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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

 

ヒトラーの忘れもの
-2-

LAND OF MINE


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(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF


戦争がいけないことは誰だってわかっています。
ナチスドイツの犯罪性もよく知るところです。
決して許せないことであり、
あってはいけないことです。

が、しかし、
戦後、ナチスドイツの後始末に携わったドイツの少年兵たちが
地雷に吹き飛ばされて死んでいくということだって
あってはならないことでしょう―――

71年前、デンマークの美しい海岸で何が起こったのでしょうか。

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ストーリー
1945年5月
デンマークは5年間にわたるナチスドイツの占領から解放された。
その後、ナチスドイツが海岸線に埋めた地雷を除去するため、
置き去りにされたドイツ兵が駆り出された。
しかし、物静かなセバスチャン、双子のヴェルナーとエルンストを
含む11人は地雷を扱った経験のない少年兵だ。

彼らの監督を務めるデンマーク軍のカール・ラスムスン軍曹は
全員が少年であることに驚くが、
ナチスドイツを心底憎む彼は少年たちに
容赦ない罵声を浴びせ、暴力を振るうのだった。

海辺の粗末な小屋で寝起きし、
海岸に這いつくばって、慎重に棒でつつきながら地雷を探し出し、
その信管を抜き取るという死と隣り合わせの作業が一日中続く。

ある日、少年兵の一人が作業中に嘔吐したことで地雷が爆発。
彼は大変な重傷を負う。

少年たちは飢えにも苦しんでいた。
空腹から家畜の餌を食べた彼らはひどい下痢と嘔吐に。
ラスムスン軍曹はわずかな食糧を少年たちに与える。

その後も少年たちの苦難は続く。
双子の一人ヴェルナーが地雷の第二の犠牲者となった。
兄が吹き飛ばされる現場を目撃してしまったエルンストは
錯乱状態に陥る―――

次第に、
少年兵たちにナチの罪悪を償わせることへの
疑問を抱き始めるラスムスン軍曹。

彼は、任務の合間に休日を設け、少年たちに浜辺で遊ぶ許可を与え、
彼も少年たちとサッカーに興じるのだった。

だが、そんな安らぎも一瞬の内に吹っ飛ぶ。

既に地雷を撤去し、安全になっていた筈の場所で
ラスムスンの愛犬が爆死してしまったのだ―――

その数日後、近くの農婦が少年たちの小屋に助けを求めてきた。
幼い娘が地雷原にさまよいこんでしまったという。
セバスチャンが飛び出し、少女に近づこうとしたその時、
兄を失って以来、虚脱状態に陥っていたエルンストが現れた。
そして、少女を救出した後、再び地雷原に向かい、
兄を追うように壮絶な爆死を遂げる。

悲しむセバスチャンを慰めながら
ラスムスンは帰郷を願う少年たちの想いを叶えてやろうと
心に誓うのだった……

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ラストについては語りませんが、
感動というのはこういう瞬間であるのだろうということだけはお伝えします。

こわもてのラスムスン軍曹が次第に
ナチスドイツの少年兵たちに父のような兄のような
真情を寄せ、優しい顔になっていく過程に心を打たれました。

デンマーク軍々曹と少年たちとの心の交流。
少年たちの悲惨な戦後を描き、「たまらんなあ」という思いにさせながら
人間の心は本来善なのだ、と思わせてくれる感動的な作品でした。

少年好きのみならず必見の作品です。







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ヒトラーの忘れもの
脚本・監督/マーリン・サントフリート、プロデューサー/ミケール・クリスチャン・リークス、撮影/カミラ・イェルム・クヌスン
出演
ローラン・ムラ/カール・レオポルド・ラスムスン、ミゲル・ボー・フルスゴー/エベ大尉、ルイス・ホフマン/セバスチャン・シューマン、ジョエル・バズマン/ヘルムート・モアバッハ、エーミール・ベルトン/エルンスト・レスナー、オスカー・ベルトン/ヴェルナー・レスナー
12月17日(土)シネスイッチ銀座他にて全国順次ロードショー
2015年、デンマーク・ドイツ、カラー、101分、ドイツ語・デンマーク語・英語、日本語字幕/吉川美奈子、配給/キノフィルムズ/木下グループ

# by Mtonosama | 2016-12-10 05:56 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 

ヒトラーの忘れもの
-1-

LAND OF MINE

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(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF


ああ、もう少年と聞くだけで心が騒ぎます。
自分、少年フェチだったのか・・・

今回、当試写室で上映するのは『ヒトラーの忘れもの』です。
オリジナルタイトルは“Land of Mine”
“地雷の国”です。

第二次世界大戦後にデンマークに置き去りにされた
ドイツの少年兵たちを描いた作品で、
デンマークの人たちですらあまり知らなかった史実。
その監督・脚本を担当したのはマーチン・サントフリートです。

マーチン・サントフリート監督
1971年デンマーク出身。
演出・脚本を独学で学び、編集マンとしてキャリアをスタート。
さまざまなドキュメンタリー映画の編集を手がけてきたが、
初めて監督した『Angels of Brooklyn(原題)』(‘02)が
ロバート賞(デンマーク・アカデミー賞)最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞。
『Applause(原題)』(’09)で各方面から高い評価を受ける。
本作はニコライ・リー・コスを主演に迎えた
『Dirch(原題)』(‘11)に続く作品。
現在、ジャレット・レト、浅野忠信出演の『The Outsider(原題)』を準備中。

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ジャンルとしてはナチものですが、
13、14歳の少年もドイツ軍であればナチなんでしょうか。
ま、そうなんでしょうねえ・・・

この映画の舞台はデンマーク。
デンマークからドイツにつながるユトランド半島の西海岸は
北海に沿って遠浅の海岸線が続く美しい地形です。
でも、第二次世界大戦はこの海岸線を変えてしまいました。

1939年に勃発した第二次世界大戦は
1941年6月に独ソ戦が始まり、12月には日本も参入し、
日独伊の枢軸国と英米ソの連合国とが対立する形になりました。

そして、1942年ドイツ軍は
大西洋側からの英米軍の侵攻に備え、
スカンディナヴィア半島からピレネー山脈に至る海岸線に
「大西洋の壁」と呼ばれる防御線を築き始めました。
総延長約2600km。
(北海道から沖縄までの日本列島の総延長が3000kmです)

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この長い防御線にナチスドイツは砲台、トーチカを築き、
無数の地雷を埋めたのです。
デンマークの西海岸は「大西洋の壁」の内、400kmを占め、
そこに埋められた地雷は約150万個と言われています。

デンマークに駐屯した20万人のドイツ将兵の内19万人程は
1945年6月までに武装解除され、ドイツに戻されました。
しかし、1万人を超える兵士は「捨てられた敵国人」として
兵籍を外され、デンマークに残されて様々な任務に充てられました。

さて、大戦末期のこと。
ドイツの徴兵年齢は10代半ばまで下げられました。
日本でいえば、中学2~3年の少年たちです。

こうした少年兵たちがデンマークで
150万個に及ぶ地雷撤去作業に従事させられたのです。

本来なら、ドイツ将兵にもジュネーブ協定が適用され、
地雷除去の強制というような作業は禁止される筈でした。

ところが、第二次大戦中、デンマークはドイツの保護国であり、
ジュネーブ条約の適用外であったことから、
この少年兵たちの悲劇が生まれました―――

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舞台は美しい白い砂浜と青い海。
そして、登場するのは少年たち。
それも細いうなじが子ども子どもした幼い少年兵です。
美しい白い砂浜に埋まった地雷。
この皮肉な対比が観る者をひきつけてやみません。

さあ、いったいどんなお話でしょうか。
続きは次回までお待ちくださいませ。
乞うご期待でございます。



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ヒトラーの忘れもの
脚本・監督/マーリン・サントフリート、プロデューサー/ミケール・クリスチャン・リークス、撮影/カミラ・イェルム・クヌスン
出演
ローラン・ムラ/カール・レオポルド・ラスムスン、ミゲル・ボー・フルスゴー/エベ大尉、ルイス・ホフマン/セバスチャン・シューマン、ジョエル・バズマン/ヘルムート・モアバッハ、エーミール・ベルトン/エルンスト・レスナー、オスカー・ベルトン/ヴェルナー・レスナー
12月17日(土)シネスイッチ銀座他にて全国順次ロードショー
2015年、デンマーク・ドイツ、カラー、101分、ドイツ語・デンマーク語・英語、日本語字幕/吉川美奈子、配給/キノフィルムズ/木下グループ

# by Mtonosama | 2016-12-07 05:16 | 映画 | Trackback | Comments(4)

ミス・シェパードを
お手本に

-2-

The Lady in the Van


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(C) 2015 Van Productions Limited, British Broadcasting Corporation and TriStar Pictures,Inc.
All Rights Reserved.



前回、ミス・シェパードは日本でも上演され、
主演は黒柳徹子さんだったとお話しました。

アラン・ベネットが自身の経験を基に書いた
回想録「The Lady in the Van」は1999年に舞台化されています。
大評判となった作品が15年を経て同じチームで映画化されたのが本作です。

ベネットを演じたのは舞台と同じくアレックス・ジェニングス。

英国ナショナル・シアターのほか
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどの舞台で活躍する俳優です。

さあ、マギー・スミスvsアレックス・ジェニングス。
丁々発止の演技を見せてくれますよ。

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ストーリー
劇作家アラン・ベネットの駐車場に1台の黄色いヴァンが停まっている。
そして、その中には誇り高い老淑女ミス・シェパードがくつろいでいる。
書斎の窓から目をやればどうしたって視野に入ってくる光景だ。

ロンドン北西部カムデン、グロスター・クレセント通り23番地。
文化人が多く暮らし、寛容でリベラルな地区である。

5年前にベネットがこの家を買うずっと前から、
ミス・シェパードはいた。
彼女は通りの上から数ヶ月ごとに少しずつ坂を下り、
色々な家の前で路上駐車を続けていたのだ。
近所の住人の話によればミス・シェパードはどうやら昔は修道女だったらしい。
住人たちは親切で、彼女を見かければ声をかけるし、食べ物を差し入れたりもする。
なのに、彼女が返すのは悪態だけ。
子どもがリコーダーの練習をすれば騒音だと言い放ち、次の路上へと移動する。
そして、ついに23番地のベネットの家の前へやってきた。

ベネットは母親についての戯曲を書くことが多い。
結婚していない息子が心配なのか、よく電話をしてくる母親。
彼女だけでも相当なものなのに、
今度はまたまた得体のしれない老嬢が軒先を塞いでしまったのだ。

ミス・シェパードに深入りしようとは思わないが、
作家としてはかなり食指をそそられているベネット。

とうとう彼女が路上から追い立てられる日が来た。
その時、あろうことか、ベネットは彼女に
「ひとまずうちの駐車場に車を入れては?」と提案したのだった。

それから15年―――
ミス・シェパードは相変わらず悪態をつきながら、
自由気ままにベネットの駐車場のヴァンの中で暮らしている。
つかず離れずの距離を保ちながら
いつしか彼女の様子を書き留めるようになっていくベネット。

養護施設に暮らすようになった母を見舞って帰宅すると
ミス・シェパードはなんとなく体調がすぐれないようだ。

ある日、彼女は社会福祉士の勧めで
福祉施設に体験入所することになった。
久しぶりに入浴し、清潔な衣服に着替える。
と、目の前にピアノがあるのに気付いた……

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さあ、どんな風にして彼女の過去が明らかになっていくのでしょうか?

そうなんですよね。
誇り高いミス・シェパードの人生には
襤褸をまとって路上生活しなければならない彼女なりの理由があったのですね。

でも、それを痛々しいとは思わせず、
まずっちゃたね、とも思わせない
誇りとユーモアと埃に溢れたもうひとつの人生を確実に生きていたんです。

こんな人生を演じられるのも
やはり長い人生をきちんと生きてきた
マギー・スミスという女優だからこそでしょう。

ベネットを演じたアレックス・ジェニングスも良かった。

「人間って素敵」って思わせてくれる映画でした。






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ミス・シェパードをお手本に
監督/ニコラス・ハイトナー、原作・脚本/アラン・ベネット(回想録「The Lady in the Van」より)、製作総指揮/クリスティーン・ランガン、エド・ウェザレット、チャールズ・ムーア、マイルズ・ケットリー、撮影/アンドリュー・ダン
出演
マギー・スミス/ミス・シェパード、アレックス・ジェニングス/アラン・ベネット、ジム・ブロードベント/警官アンダーウッド、フランシス・デ・ラ・トゥーア/ヴォーン・ウィリアムズ夫人、ロジャー・アラム/ルーファス
12月10日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2015年、イギリス、英語、104分、字幕翻訳/西田有里、後援/ブリティッシュ・カウンシル、英国政府観光庁、配給/ハーク、http://www.missshepard.net/

# by Mtonosama | 2016-12-04 06:30 | 映画 | Trackback | Comments(6)

ミス・シェパードを
お手本に

-1-

The Lady in the Van

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(C) 2015 Van Productions Limited, British Broadcasting Corporation and TriStar Pictures,Inc.
All Rights Reserved.



ミス・シェパード。ミスといっても御年70歳は超えているでしょうか。
ロンドンはカムデンというという高級住宅街に暮らす―――
もとい
高級住宅街の路上の古びたヴァンの中に暮らす
誇り高い老淑女がミス・シェパードです。

カムデン・タウンはロンドンの北西部にあります。
ロンドンの原宿といわれているんですって。
ロンドンにいることを一瞬忘れてしまうほど、活気がある街で
週末にもなると、なんと10万人もの人が訪れるのだそうです。

でも、この映画の舞台になっているグロスター・クレセント通りは
ヴィクトリアン様式の家が立ち並ぶ閑静な住宅街で
演劇界や文学界の著名人が暮らしています。

そうです。昔は原宿だって一歩奥に入れば静かな住宅があったものです。
ま、140年前の記憶ですけど。

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カムデン・タウンのグロスター・クレセント通り。
1968年、本作の原作と脚本を書いた劇作家アラン・ベネットが
ここに引っ越してきました。

でも、彼が越してくるずっと前からミス・シェパードは
この街の路上でポンコツのヴァンを根城にしていたんです。
最初は山の手の方に。
それから
ヴァンを停められる場所を求めて
次第次第にベネットの近くまで坂道を降りてきて
彼女の車はやがて彼の家の前で停まりました。
車が壊れて、それ以上進めなくなったからなんですけどね。

ええ、本作は実話なんですよ。
アラン・ベネット
1934年ウェスト・ヨークシャーのリースに生まれ、
オックスフォード大学エクスター・カレッジで学び
同校のマグダレン・カレッジで現代史を教えていた。
1960年代から劇作家、小説家、シナリオライターとして活躍。
トニー賞やローレンス・オリヴィエ賞などを受賞する劇作家。

監督はニコラス・ハイトナー。
ニコラス・ハイトナー監督
1956年マンチェスター生まれ。舞台演出家、映画監督。
1999年の舞台版「The Lady in the Van」でも演出を担当。
アラン・ベネットと共に多くの作品を送り出してきた。
1989年に初演の演出で成功を収めた「ミス・サイゴン」で有名になった。

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でも、なによりもすごいのはミス・シェパードを演じたマギー・スミスです。
ポンコツのヴァンは言ってみればゴミ屋敷ならぬゴミ車。
車の周囲にはいかにも臭そうなゴミ袋が詰まれ、
車の中にも訳のわからないものが詰め込まれているのですが、
彼女もまたそれに負けず劣らずの汚さなんですね。

その上、可愛げのないことといったら。
冬場にはありとあらゆる衣装を着こんでふくらみ、
悪臭が漂い、
親切な住人に悪態をつくわ、
子供を怒鳴るわ、いやはや大変なばあさんです。
が、しかし
憎ったらしいけど、Ladyと呼ばれるほど
謎に満ちた誇り高い淑女ミス・シェパード。
フランス語もわかり、どうやらピアノも弾けるようなのです。

そんなLadyを
マギー・スミスははまり役と言いたいほどの好演で見せてくれました。

本作は日本でも黒柳徹子が舞台で演じ、大ヒットを記録しました。

可愛いばあさんでなくても良いんですってよ!
あら、それを聞いてちょっと嬉しくなってるのはとのだけかしら?

続きは次回まで乞うご期待でございますよ。



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ミス・シェパードをお手本に
監督/ニコラス・ハイトナー、原作・脚本/アラン・ベネット(回想録「The Lady in the Van」より)、製作総指揮/クリスティーン・ランガン、エド・ウェザレット、チャールズ・ムーア、マイルズ・ケットリー、撮影/アンドリュー・ダン
出演
マギー・スミス/ミス・シェパード、アレックス・ジェニングス/アラン・ベネット、ジム・ブロードベント/警官アンダーウッド、フランシス・デ・ラ・トゥーア/ヴォーン・ウィリアムズ夫人、ロジャー・アラム/ルーファス
12月10日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2015年、イギリス、英語、104分、字幕翻訳/西田有里、後援/ブリティッシュ・カウンシル、英国政府観光庁、配給/ハーク、http://www.missshepard.net/

# by Mtonosama | 2016-12-01 06:52 | 映画 | Trackback | Comments(6)

グレート・ミュージアム
ハプスブルグ家からの招待状

The Great Museum

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(C) Navigator Film 2014

グレート・ミュージアム。
645年にわたりウィーンに君臨したハプスブルグ家の王侯たちが
収集した膨大な美術品や珍品を収蔵し、
今年で創立125年を迎えたゴージャスな美術館――ウィーン美術史美術館。
1891年ハプスブルグ家のフランツ・ヨーゼフ1世の命によって設立された
ウィーンの誇る偉大な美術館です。
まさに世紀末ウィーンの結晶ともいえる存在ではないでしょうか。

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収蔵作品は
いま折しも国立西洋美術館で開催中のクラーナハ、
ドイツルネッサンス期の画家であり、版画家であり、数学者でもあるデューラー、
ベラスケス、ルーベンスなどの名画から
歴代皇帝たちの王冠や貨幣コレクション、黄金の塩入れという美術工芸品など
多彩な品々まで。
なかでも教科書でもおなじみの「バベルの塔」をはじめとした
ブリューゲル・コレクションは世界最多を誇ります。

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さて、そんな美術館中の美術館が創立120周年を迎えた2012年
大規模な改装工事にとりかかりました。
その改装工事に2年以上密着し、撮影したのが本作です。

監督はヨハネス・ホルツハウゼン。
1960年ザルツブルグ生まれ。
‘81年からウィーン大学で美術史を学び、
'85年,’86年に国際的に著名な美術館や美術史家を招いて
「アートとアートのコンセプト」と題した講義シリーズを
開催するなどした美術畑の監督。
脚本も書いています。

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本作ではナレーションもインタビューも音楽もなく撮影しています。
館長や学芸員、修復家、美術史家、運搬係、お客様係は
一筋縄ではいかない組織の中で働く苦労を垣間見せ、
同時に
この偉大な美術館を構成する一員であることに
この上ない誇りを持っているようです。

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印象的だったのは何百年を経た絵画や工芸品の修復に携わる修復家の姿でした。
明かり取りの窓から差し込む光線の中、
細かい作業にいそしむ女性の姿はそれ自体絵画のようでありました。

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同時にこのような宝の宝庫でありながら、
美術館のブランド戦略をめぐり意見の食い違いを見せるスタッフ、
美術より収支という経営陣と収支より美術という現場の責任者たち、
どんな世界でも悩みはつきないものであります。
こんなに宝物があるのだから、
経営戦略などさして必要ではないのかと思いきや
やはりこの美の殿堂でもマーケティングが必要なのありましょう。

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そんな人間模様や
素晴らしい美術作品
そして
グレート・ミュージアムのビフォーアフターを楽しめる
『グレート・ミュージアム~ハプスブルグ家からの招待状~』は
現在上映中です。

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国立西洋美術館で開催中の
「クラーナハ~五百年後の誘惑~」にも足を伸ばしてくださいませ。

まあ、今回はなんと格調の高い試写室であったことでございましょう。





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グレート・ミュージアム ハプスブルグ家からの招待状
監督・脚本/ヨハネス・ホルツハウゼン、製作/ヨハネス・ローゼンベルガー、共同脚本/コンスタンティン・ウルフ、撮影/ヨルク・ベルガー、アッティラ・ボア
出演
ザビーネ・ハーク、パウル・フライ、パウルス・ライナー
11月26日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
2014年、オーストリア、ドイツ語・英語、98分、カラー
提供/ドマ、ハピネット、スターサンズ、配給/スターサンズ、ドマ、配給協力/コピアポア・フィルム、後援/ウィーン美術史美術館、オーストリア大使館、日本語字幕/吉川美奈子、字幕監修/千足伸行、http://thegreatmuseum.jp/

# by Mtonosama | 2016-11-28 05:57 | 映画 | Trackback | Comments(4)