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殿様の試写室

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マイ・バック・ページ -2-

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                  ©2011映画『マイ・バック・ページ』製作委員会

              1960年代の終わりという時代を、当事者として生きた人々にとって、
         この時代を過去のものとしてひとくくりにすることはなかなか難しいことだと思います。

       彼らにとってこの時代を過去としてふりかえるにはまだまだ生々しすぎるからでしょうか。
               若かったよな、とか、バカだったよな、とか、自虐的に口走りつつも、
       籠城した大学構内から眺めた朝日を忘れられなかったりしているのかもしれません。
        でも、「懐かしかったなぁ」とは口が裂けてもまだいえないのでしょう。きっと。まだ。

             と、老いの時代に入りつつある当事者たちがウジウジしている間に、
    当事者たちの息子世代にあたる山下敦弘監督はその時代を背景にした映画をつくってしまいました。
                          さあ、どんなお話でしょう。

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ストーリー
革命がロマンとして信じられていた時代があった。

だが、1969年1月東大安田講堂の闘いの後、全共闘運動は失速。
その背後から、赤軍や京浜安保共闘などより先鋭化したグループが現れ、
学生運動は社会から遊離していく―――
1969年はそんな時代の始まりであった。

1969年、東都新聞社で週刊東都の記者として働く沢田雅巳。
彼は取材対象である活動家たちの想いを共有したいという感情と、
ジャーナリストとして要求される客観性との間で揺れ動く日々を送っていた。

ある日、沢田は指名手配中の東大全共闘議長・唐谷を日比谷で開かれる大会に連れてくるよう、
先輩記者の中平から命じられる。そのことが新聞記者としての境界線を越えていることを自覚しながらも大会の熱狂の渦に巻き込まれ感動する沢田。

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1970年、日本大学の教室で“哲学芸術思潮研究会”と称したサークルの討論会が開かれている。
檀上で話すのは片桐優。その横には彼を支持する柴山。
論破されながらも、熱弁で、あるいは詭弁で相手を圧倒する片桐。
そのエネルギーに学生の重子と七重はひきつけられていた。

1971年、全共闘は崩壊しつつあり、一部の活動家はより暴力的な直接行動へと進み始めていた。
そんな時、中平に或る組織の幹部を名乗る男から連絡があり、沢田は中平と共に、
自宅の離れで梅山(実は片桐)と名乗るその男を取材。
闘争計画を熱い口調で語る梅山を中平はガセ(偽物)ときめつけた。
しかし、梅山と2人、部屋に残った沢田はクリアデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の
「雨を見たかい」を口ずさむこの男に親近感を覚える。

ある日、沢田は中平から警告を受ける。
「梅山はやっぱりガセだ。やつにはもう近づくな」
正体をつきとめようと迫る沢田をアジトへ連れていく梅山。
そこにあったのは赤く塗られたヘルメット、アジビラ、そして、包丁。
沢田は夢中でシャッターをきった。
梅山が言う。
「『真夜中のカーボーイ』観た?ダスティン・ホフマンが泣くんだ。
あれは僕だ。行動を起こすとき、僕もこわいって思う」

ことを起こすときには独占取材をさせてくれるよう沢田は頼み、梅山は了承する。
そして……


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           「マイ・バック・ページ」は1971年に陸上自衛隊朝霞駐屯基地で
        自衛官が殺害された事件を背景に、これに関わった2人の人物を描いた映画。
            もう40年も前の話です。しかし、まだ痛みの残る話です。


                    監督も俳優たちも生まれていない40年前。
     梅山や沢田の心情が、「真夜中のカーボーイ」の中のダスティン・ホフマンが泣くシーンでよみがえり
           CCRの「雨を見たかい」で描けるとしたら、あまりに抒情的すぎるかもしれません。

                    でも、この頃、梅山も、きっと沢田も、
    自衛隊員にも、機動隊員にも、親がいて、妻がいて、もしかしたら子どももいたかもしれない
             という想像すら働かないほど、若く、生活感がなかったんです

          製作者たちは「真夜中のカーボーイ」に彼らの心情を仮託しなければ、
             梅山や沢田のことを理解できなかったのかもしれません。

                 なにかを信じたいあまりに行動を起こした2人。
     信じたいという思いが破滅に向かったと、とるか、あるいは、思想に殉じたと、とるか、
                   どう解釈するかで大きく変わってきます。
             でも、こんな単純な二者択一そのものがナンセンスなんでしょう。

真夜中のカーボーイ」(’69)
 
                       これも切ない話でしたねぇ。
        
      梅山と沢田がラッツォとジョーだったとしたら、あまりに寂しいロマンの結末です。                
                 おっといけない、なんかしんみりしてしまいました。


                              

マイ・バック・ページ
監督/山下敦弘、原作/川本三郎「マイ・バック・ページ」(平凡社刊)、脚本/向井康介、撮影/近藤龍人
出演
妻夫木聡/沢田雅巳、松山ケンイチ/梅山(本名:片桐優)、忽那(くつな)汐里(しおり)/倉田眞子、石橋杏奈/安宅重子、韓英恵/浅井七恵、中村蒼/柴山洋、長塚圭史/唐谷義朗(東大全共闘議長)、山内圭哉/前園勇(京大全共闘議長)、古舘寛治/中平武治(週刊東都記者)、あがた森魚/飯島(東都ジャーナルデスク)、三浦友和/白石(東都新聞社 社会部部長)
5月28日(土)新宿ピカデリー他ロードショー
2011年、日本、2時間21分、配給/アスミック・エース
http://mbp-movie.com/


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☆5月8日に更新しました。いつも応援して下さって、本当にありがとうございます☆
by mtonosama | 2011-05-08 07:09 | 映画 | Comments(6)
Commented by ライスケーキ at 2011-05-08 21:04 x
あの時代、単に「過去」としては語れない。
単に「懐かしい」では語れない。
「雨を見たかい」が聞きたくなった。
「真夜中のカウボーイ」が見たくなった。
Commented by mtonosama at 2011-05-09 06:34
♪ライスケーキさん

「真夜中のカーボーイ」。
私ももう一回じっくりと大画面で観たいです。

ところで松ケンが松平健と違うこと、ご確認いただけましたでしょうか?(笑)
Commented by すっとこ at 2011-05-09 23:40 x
あの頃のBFは
学生運動の全国指名手配犯となりました。

おたずね者のポスターが
ハンサムに撮れていたので
友人と喜びあいました←屈折してます。

あれはもう40年も前のことだということを
殿様の試写室にて気付かされました。

殿様も凄い人物と交差していたのですね!

 わたしは♪赤色エレジー♪を
 これからYou Tubeで聞こうかなぁ・・・。
Commented by mtonosama at 2011-05-10 05:27
♪すっとこさん

おかえりなさ~い。
お疲れではありませんか。

ま、BFですって!?なつかしいですぅ。
週刊マーガレットとかに出てた用語ですね。

そう、あれは40年も前のこと――
とのはまだ生まれていませんでした(おいっ!)。
Commented by いか at 2011-06-02 01:04 x
凄い・・・。これが、レビューってやつなんっすね!!
感動です・・・。
自分は上手く感想が書けなかったから、いやはや、勉強になります^^
って事で、足跡つけさせて頂きました☆゛
Commented by mtonosama at 2011-06-02 06:58
♪いかさん

はじめまして。殿様の試写室へようこそお越しくださいました。
過分なお言葉をいただき、恐縮です。ありがとうございます。

どうぞ、是非またお立ち寄りくださいませ<(_ _)>