ハンナ・アーレント -2- Hanna Arendt
Hanna Arendt
(C)2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl, MACT Productions SA, Metro Communicationsltd.
本作の監督、マルガレーテ・フォン・トロッタは
ドイツ史に名を残す女性を描いてきた彼女。
1942年生まれのドイツ映画を代表する女性監督です。
マルガレーテ・フォン・トロッタ
60年代に住んでいたパリでヌーヴェル・ヴァーグやイングマール・ベルイマンの作品に影響を受けた後ドイツに帰り、女優としても活躍。1971年フォルカー・シュレンドルフの「ルート・ハルプファスの道徳」(‘71)への出演をきっかけに同年シュレンドルフと結婚。脚本や短編映画の制作に関わるようになり、「第二の目覚め」(‘78)で監督デビュー。その後1975年に「カタリーナ・ブルームの失われた名誉」で単独での監督デビューを果たす。
本作でもハンナ・アーレントを主演しています。
芯のある女性たちが撮り、そして、演じた、芯のある哲学者の映画です。
さあ、どんなお話なのでしょうか。
ストーリー
1960年、何百万人にものぼるユダヤ人を強制収容所に送り込んだ責任者アドルフ・アイヒマンが逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報部に逮捕された。そのニュースは世界中を駆け巡る。
NY在住のドイツ系ユダヤ人で著書「全体主義の起原」で名声を得ていた哲学者ハンナ・アーレントは
アイヒマンの裁判の傍聴を希望。雑誌「ザ・ニューヨーカー」に傍聴記録の執筆を提案した。
高名な哲学者の要望は即座に受け入れられる。
親友のアメリカ人作家メアリー・マッカーシーはハンナの決意を称える。
だが、夫のハインリヒ・ブリュッヒャーだけは強制収容所で受けた彼女の心の傷を心配していた。
1961年、イスラエルに到着したハンナは家族のような信頼で結びついているクルト・ブルーメンフェルトを訪ねる。彼はユダヤ国家再建を願う熱心なシオニストだ。
アイヒマンの裁判が始まった。
傍聴を重ね、彼の証言を聞き、観察し続ける内に、
ハンナはこの男が凶悪な怪物のような存在ではなく、
凡庸な普通の人間に過ぎないのではないか、と思い始める。
「アイヒマンは命令に従ったに過ぎない」と判断し、主張するハンナにクルト達シオニストは激怒。
イスラエルからの帰国後、ハンナはなかなか原稿を進めることができずにいた。
学生時代の師であり恋人でもあり、ナチスに入党したハイデガーとの想い出が頭をよぎり、
さまざまな証言者たちの言葉に心が揺れる。
そんな時、夫ハインリヒが動脈瘤破裂で入院。
ハンナの必死の看病で一命をとりとめはしたが、執筆はますます遅れるばかりだった。
アイヒマンに死刑判決。それをきっかけにハンナは執筆を再開する。
第1稿を旧友ハンス・ヨナスに見せる。
だが、彼も彼女の主張に反論。その原稿を発表しないように懇願するのだった。
1963年、書き上がった原稿を読んだニューヨーカー誌の編集部は連載と出版を決める。
だが、発売直後、その反響の大きさに編集部は驚くことに――
「ハンナ・アーレントによるアイヒマン擁護」と非難の声が轟き、
編集部には抗議の電話が殺到したのだ。
大学の同僚たちもハンナを攻撃し、
今や、彼女の味方は夫ブリュッヒャーと親友メアリーとロッテだけになってしまった。
郊外にひきこもっていたハンナのもとにイスラエル政府関係者が訪れ、出版の中止を警告する。
その時、彼らの口からクルト・ブルーメンフェルトの重病を知らされたハンナは、急ぎイスラエルへ。
だが、クルトも彼女に背中を向けるのだった。
ニューヨークへ戻ったハンナは更に激しい嵐に巻き込まれる。
続々と届く誹謗と中傷の手紙。大学からつきつけられる辞職勧告。
ハンナは学生への講義という形をとり、初めての反論を決意するのだった……
愛に生き、学問の道を捨てるなどということももちろんなく、
強制収容所からの脱出というアクションシーンを見せてくれもしません。
ただ、ひたすら、悪について、それに対応する正義について、
不器用なほど必死に考えるだけです。
自分自身ユダヤ人であり、シオニストの友人を持ち、強制収容所に入れられたこともあるハンナが
私情をはさむことを排し、対象であるアイヒマンを冷静に観察します。
世間におもねる判断を下せば、世界中を敵に回すことはなかったのに、
と軟弱なとのなどは思ってしまいました。
4年間という短い年月の中にここまでハンナ・アーレントの思想と人生を凝縮させた監督の力量と
バルバラ・スコヴァの演技にぐうの音も出ないほど追いつめられました。
俳優たちの迫真の演技の中で、そこだけ実写でスクリーンに映し出されるアイヒマンの凡庸さ、普通さに、
ハンナならずとも拍子抜けするような心持になります。うまい演出です。
こんな男に、存在を否定され、人生を絶たれてしまったユダヤ人の無念さが今さらながら胸に迫ります。
それだけに、復讐に終わることなく、対象を凝視しつづけた
ハンナの哲学者としての生き方にはあらためて瞠目させられます。
本作はハンナ・アーレントという女性ではなく
ハンナ・アーレントという哲学者、もっといえば人間ハンナ・アーレントを描いた映画です。
思考し続ける人、まさに「人間は考える葦である」ということを実感しました。
それにしても、世間というものはなんと大勢に与しやすいものでありましょう。
非難するとなると一斉に非難し、他の考えに耳を貸すことなどいっさいない。
こういうのって、この国でもいっぱい見てきたような気がします。
終
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ハンナ・アーレント
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ、脚本/パメラ・カッツ、マルガレーテ・フォン・トロッタ、製作/ベッティナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン、撮影/キャロリーヌ・シャンプティエ、美術/フォルカー・シェイファー
出演
バルバラ・スコヴァ/ハンナ・アーレント、アクセル・ミルベルク/ハインリヒ・ブリュッヒャー、ジャネット・マクティア/メアリー・マッカーシー、ユリア・イェンチ/ロッテ・ケイラー、ウルリッヒ・ノエテン/ハンス・ヨナス、ミヒャエル・デーゲン/クルト・ブルーメンフェルト、ニコラス・ウッドソン/ウィリアム・ショーン、サーシャ・レイ/ローレ・ヨナス、ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ/シャルロッテ・ベラート、クラウス・ポール/マルティン・ハイデガー、フレデリック・ベヒト/学生時代のアーレント、ミーガン・ケイ/フランシス・ウェルズ、トム・レイク/ジョナサン、ハーヴェイ・フリードマン/トーマス・ミラー
10月26日(土)より岩波ホールにてロードショー
114分、ドイツ語・英語、カラー・モノクロ、日本語字幕/吉川美奈子、協力/German films、配給/セテラ・インターナショナル、http://www.cetera.co.jp/h_arendt/
歯車となった人間が、考えることを放棄して命令に素直に従う、、、今現実におきていることを考えても、ナチスのしたことだけが特殊なことだったとか自分と関係ない他人事だとか思えなくなっています。誰でも自分でそうと気づかぬうちに悪の一端を担ってしまう可能性がありそうですよね。それがすごく怖いです。
ハンナ・アーレントという名前すら知らなかったわたし、殿様の試写室のお陰でひとつ賢くなりました〜。パリでは4月末に公開されていました。またしても見逃してます。
最近ネットとご無沙汰で・・・
このような映画は気楽にさぁみましょうかというわけにいきませんよね。。
気持ちが落ち込んでいるときなどは私には無理かも(苦笑)
なので殿様のブログで見たつもりになっております。
最近はDVDで女性の歴史ものを見ています。
昨日はキアナ・ナイトレー主演のアンナ・カレーニアを見ました。
悲劇ですが映像が美しく見入ってしまいました。
実はトルストイの名前は知っていても本読んだことないかたんです。
最近本読む時間ないし、でもDVDなら古典に触れることもできるのでこれからもこの路線で行こうかなと思ってます。
元気が出たらこのような作品にも挑戦したいと思います。
悪の凡庸さを繰り返し伝える彼女をユダヤ人仲間は反ユダヤ主義といい、
ニューヨーカーの読者はナチと決めつけます。
周囲が一色に染まるそうした類型化もとても気味が悪かったです。
そういう中で考え続け、主張し続けるハンナ・アーレントに
息を呑む思いでした。それにしてもフランス上映は4月です
か?早いですね。もうDVDで観られるのでしょうか?
お久しぶりです(^^)/
DVDご覧になっていらっしゃるのですね。
私もロシアものが名前が難しく、挫折することが多いので
DVD派になろうかしら。
またお立ち寄りくださいね。
「私は命令に従っただけ」と言うアイヒマンを、
「凶悪な怪物」ではなく「凡庸な普通の人間」とは思えない。
普通の人間なら、裁判で「謝罪の言葉」を口にするはずだ。
あれだけの事をしたのだから。
「命令に従っただけ」と言う言葉が 大きな悲劇を生んでいる。
日本の戦時中も その言葉で多くの国民が辛い生活を強いられた。
間違った「命令」には 一人一人が「否」と言うしかない。
でもでも、私が「命令」されたら「否」と言えるだろうか。
その時は、「貝になるしかない」のかもしれない。
もしかしたら、アイヒマンはあれだけのことをしたという自
覚がないのかもしれません。命令に従っただけなのに、なん
でこんなところで裁判にひきだされなければならないのか、
位にしか思っていないのかもしれないですね。アーレントさ
んはガッカリしたでしょう。でも、大勢に流されず、主張し
続けるってすごいな、と思いました。考えることの多い作品
です。
これは重たい映画ですね。
わたしもアイヒマンが「命令に従っただけ」をくり返すのは
保身のためが大きかろうと思います。
この命令がただの命令ではなく多くの人の命を奪う命令
なのですから。それを知っていた筈なのに。
「命令だったから」と主張できるあきれ返るばかりの凡庸さが
最大の悪なのかも知れません。
自身がホロコーストの生き残りなのに まるでアイヒマンを
弁護しているかのような論調・・・まわりの人間が混乱する
のも無理はないでしょうね。
ともすれば雪崩をうってまわりと同調してしまう自分は
まさに凡庸です。凡庸な悪です。
と、思いながら予告編を観ました・・・ポチッ。
ユダヤ人を人として認識しなかった罪悪と想像力の欠如。
仕事なんだから、命令なんだから、ということで
あらゆることを片付けようとする自身への尊厳のなさ。
ユダヤ人虐殺は別にして、
こういう凡庸さはどこにでもあるのに、友人や職を失いかけ
ながらも、アイヒマンに対して「悪の凡庸さ」をあえて言い
続けたアーレントさんはホントに信念の人なのだ。
これ、NYでやりますか?もう公開されたのかなぁ。
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