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殿様の試写室

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アクト・オブ・キリング -1- THE ACT OF KILLING

アクト・オブ・キリング -1-
THE ACT OF KILLING

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©Final Cut for Real Aps,Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD,2012


ああ、わからない。
こんなことを、地域が、世界が、許していたことが。
人はここまで明るく陽気に殺人できるということが。

こんなにも得意げな顔をして同胞を100万も200万も殺せる人間がいるのなら、
ハンナ・アーレントが同胞であるユダヤ人を敵に回してまで
「悪の凡庸」を訴えたことはどうなるのでしょう。

虐殺から40年近く経っていながら、虐殺者たちは反省どころか、
自慢げに自分たちが行ったことを映画にして、自分たちが出演しようというのです。

なんともショッキングな映画であります。
ああ、わかりません。

と、ひとりでわめいていても始まりませんね。
まずはインドネシアで何が起こったのかを見ていかねば。

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1965年9月30日。スカルノ大統領時代のこと。
スカルノ大統領――
1945年8月17日にインドネシアの独立を宣言した人物。
そう、あのデヴィ夫人の旦那さんだった大統領です。
そのスカルノ政権下で「9・30事件」が起こりました。


9・30事件
大統領親衛隊の一部が陸軍トップの6人の将軍を誘拐・殺害。
国営ラジオ局を占拠し、「9・30運動司令部」を名乗ってインドネシア革命評議会の設立を宣言。
クーデターを起こした国軍部隊は権力奪取に失敗しているので、正しくはクーデター未遂事件。
だが、一般に、未遂事件後のスハルトによる首謀者・共産党勢力の掃討作戦に関連する一連の事象全体を指して「9・30事件」と総称している。
1965年10月から翌3月までスマトラ、ジャワ、バリなどで100万人単位の人々が殺害されている。

映画に登場するのは
スハルト政権下で「9・30事件」の首謀者や共産主義者、華僑への虐殺を実行したチンピラたち。
自分たちのその行為を得々と語り、自らその時の様子の映画制作するところを
ジョシュア・オッペンハイマー監督が撮った入れ子構造のドキュメンタリー映画です。

事件の背景として、国軍と共産党の権力闘争、スカルノの経済政策の失敗にともなう国内混乱、マレーシアとの対立により国際連合脱退にまで至った国際政治におけるインドネシアの孤立などがあった。
この事件を契機として、東南アジア最大だったインドネシア共産党は壊滅し、初代大統領スカルノは失脚した。
インドネシア国内では「9月30日運動 Gerakan Tiga-puluh September」、略して「G-30-S」という。
また、クーデター部隊やその協力者をナチスのゲシュタポ(=恐怖政治のイメージ)にかけて、
「ゲスタプ(Gerakan September Tiga-puluh)」ともいわれる。(Wikipediaより)

目年増、耳年増のとのですが、
(あ、すいません。図々しかったです。目や耳に限定するまでもなく本物の年増です)
まったく知りませんでした。

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かつてオランダの植民地であったインドネシアは
戦後スカルノ大統領の下で植民地経済からの脱却をめざしていたんですね。
大統領は、当時勢力を拡大しつつあったインドネシア共産党をその支持基盤とし、
外交的にも親共路線を強めていました。

彼は外国企業の接収、新たな外資導入の禁止、欧米諸国を中心とした外資の排除を図ります。
また、植民地時代から経済分野で優勢な地位を固めていた華人を差別し、
さまざまな輸入品目の規制を図ることで地場産業の振興を図り、自立的な経済の樹立を目指しました。

ですが、これがうまくいきませんでした・・・

これらの経済政策は、
深刻な食糧不足とインフレ率数100%に達する末期的な経済状況を生み出してしまったのです。
さらに、スカルノ政権による外資凍結、外国企業接収は、
それらに利権を有していた欧米諸国からの非難もひきおこしました。

この危機的状況を乗り切るためにスカルノ大統領は民衆のナショナリズムを鼓舞。
その柱となったのがインドネシア国民党と宗教組織そして共産党の三者一体による挙国一致体制でした。

そこへ起きたのが「9・30事件」です。
事件への関与を疑われる難しい立場に追い込まれたスカルノ大統領。
当時、陸軍戦略予備軍司令官だったスハルトと会談しました。
そして、事件後の「治安秩序回復」に必要な全ての権限をスハルトに与えたのです。
これが後にスカルノ自身の政治生命を奪う致命傷になろうとは思いもよらなかったことでありましょう。
更に、この映画にあるような怖ろしい虐殺が起こることも・・・

あ、「9・30事件」前史だけで長くなりすぎてしまいました
知らなかった血塗られたインドネシア史ですが、
映画にはそのような画像はいっさい出てこないので、それだけはご安心を。
しかし、観客の想像力にとりついて離れないとんでもない手法の映画であります。
続きは次回までしばしお待ち下さい。
心肝を寒からしむる映画ではありますが、どうぞご期待下さいませ。



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☆3月30日に更新しました。いつも応援して下さり、本当にありがとうございます☆

アクト・オブ・キリング
監督/ジョシュア・オッペンハイマー、共同監督/クリスティーヌ・シン、匿名希望、撮影/カルロス・マリアノ・アランゴ=デ・モンティス、ラース・スクリ―、製作/シーネ・ビュレ・ソーレンセン、製作総指揮/エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォーク、アンドレ・シンガー、ヨラム・テン・ブリンク、トシュタイン・グル―デ、ビャッテ・モルネル・トゥヴァイト、制作プロダクション/ファイナル・カット・フォー・リアル(デンマーク)
4月12日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
2012年、デンマーク・ノルウェー・イギリス合作、インドネシア語、121分、日本語字幕/金子嘉矢、字幕監修/倉沢愛子、配給/トランスフォーマー
http://www.aok-movie.com/

by Mtonosama | 2014-03-30 06:53 | 映画 | Comments(4)
Commented by poirier_aaa at 2014-03-31 23:19
少し前、カンボジアの大変な時代の記録を読んだことを思い出しました。それに今年はルワンダ大虐殺から20年目、第一次世界大戦勃発から100年目なのですよね。

同胞同士で殺し合うなんて、いえ、同胞でなくても人間同士でこうして簡単に殺し合うなんて、どうしてこんなことが起こりうるのだ!?と思います。異常な世界だと今のわたしには見えるのですが、でもひとたび戦争になったら、あるいは一定の極限状態になったら人は簡単に狂気に飛び込んでいかれるのかもしれず、そんなところに人間の得体の知れない怖さを感じます。

インドネシアのこと、わたしはほとんど知りませんでした。
何が起きたのでしょうか?次回の試写室を待ちます。
Commented by Mtonosama at 2014-04-01 05:55
♪poirier aaaさん

ポルポト時代のことをお読みになったのですか?
アンコール・ワットに行ったとき、あの壁画の説明を受けな
がら、クメール・ルージュは先祖返りのようなことをしたの
だね、と漏らしたガイドさんの言葉が気になりました。

ルワンダも映画で観て、国連の無力さを感じさせられました
が、インドネシアのこの虐殺は知りませんでした。死体など
は全然出てきませんが、人間の底知れぬ気味悪さを思い、当
惑しました。

Commented by ライスケーキ at 2014-04-01 20:32 x
う~ん、インドネシアにこんな歴史があったんですか。

デヴィ夫人が欧米の社交界で花形?だったとか、
彼女がバラエティ番組で勝手なこと言っているのを観て、
インドネシアってお気楽な国かと思っていたら、
とんでもないですね。
恥ずかしいです。

彼女のハデな生活の費用はどこから出ているんだろう。

「知らない」と言うことは罪ですね。
映画から色々なことを 教わっています。
Commented by Mtonosama at 2014-04-02 06:35
♪ライスケーキさん

デヴィ夫人もスハルト政権の成立により、インドネシアには
いられなくなったのでしょうね。

世界には知らないことが多いです・・・