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殿様の試写室

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革命の子どもたち -2- CHILDREN OF THE REVOLUTION

革命の子どもたち -2-
CHILDREN OF THE REVOLUTION

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©Transmission Films 2011


当試写室にお立ち寄りいただいているお客様の内、
お若い方でしたら重信房子やウルリケ・マインホフは「誰それ?」でありましょう。

150歳ともなりますと、重信の真ん中分けしたロングヘアーが
自らの青春の苦い思い出と共に蘇ってまいります(遠い目)・・・

さ、重信房子をご紹介しましょう。


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重信房子
1945年、世田谷区に生まれる。高校卒業後、明治大学二部に入学。
学費を支払うため、当時高給だったキッコーマン醤油に就職。大学では小学校の先生になるため、
文学部史学地理学科専攻。歴史的に正当に評価されていない人々に光をあてる小説を書きたかったという。
彼女は安定した家庭を持つことを望み、一般的な生活をしていた。
だが、学費値上げ反対運動に関わったことから活動家としての人生が始まる。
71年に世界革命を目指し、パレスティナで日本赤軍を結成し、最高指導者となる。
70~80年代にかけてパレスティナ解放人民戦線(PFLP)と連携し、
一連のハイジャックや外国公館の攻撃など多くのテロ事件を繰り返した。
国際指名手配をされながらも活動を続けた後、偽造旅券を使って日本に不法入国。
2000年、潜伏先の大阪市西成区のマンションで逮捕される。
2010年、懲役20年が確定。
現在、八王子医療刑務所に服役中。


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重信メイ
1973年、重信とパレスティナ人活動家との間に生まれる。ベイルート在住。
パレスティナ人戦士であり、リーダーだった父親の素性が知られると自身にも暗殺の手が
及ぶため、16歳まで父親が誰か明かされず、28年間無国籍で暮らした。
97年、ベイルートのアメリカン大学を卒業後同大学政治学科大学院に進学。
2001年に日本国籍を取得し、初めて日本へ。
現在ジャーナリストとしてパレスティナ問題を中心に中東問題、アラブ世界、イスラム文化、
イラクやクルド問題などを講演活動で伝えている。

そして、もうひと組登場する革命の母子は
ドイツ人のウルリケ・マインホフとベティーナ・ロールです。


ウルリケ・マインホフ
1934年生まれ。核兵器反対運動で学生闘士として注目される。
卒業後、左翼的な雑誌コンクレット誌の記者に。
この頃、映画監督のミヒャエル・ハネケ(『愛、アムール』(‘12))と知り合う。
彼は「ウルリケはとても好感が持てて、温かい心の持主。彼女は政治に積極的に参加していてユーモアにも富んだ人間だった」と言っている。
61年同誌の編集長クラウス・ロールと結婚し、双子をもうけたが離婚。
68年アンドレアス・バーダーとグドルン・エンスリンが率いる極左地下組織に参加し、
バーダー・マインホフ・グループ(後のドイツ赤軍)を結成。
72年に逮捕され、シュトゥットガルトの刑務所に収監され、
76年獄中で自死。

ベティーナ・ロール
1962年双子の姉妹として誕生。
両親の離婚後、娘たちは母ウルリケ・マインホフとドイツ赤軍の同志たちによってイタリアへ誘拐される。
「闘争に命を捧げる人と共に成長できるのだから」という理由で
子どもたちをパレスティナキャンプに連れていき訓練しようと考えていたウルリケだが、
ベティーナ姉妹は保護され、計画は頓挫。
数日後、ベティーナ達が行く筈だったキャンプは爆撃され、
そこにいた子どもたちは全員死亡した。
76年、母の自殺を知った彼女は「その時の気持は話したくない」という。
現在はジャーナリストとして活動。ハンブルグに夫と幼い息子と暮らしている。

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60年代末の熱い政治の季節を生きた東西の革命家。
若く美しかった彼女たちは70年代に入り、より急進的な活動へと歩を進めていきました。
それも大急ぎで。

安定した家庭生活を望んでいた重信は中東で世界革命をめざし、日本赤軍を結成、
「華奢で武装闘争には向かない思索的な女性」だったウルリケはドイツ赤軍を結成しました。
二人の人生がなぜ180度といえるほど急展開したのか。
そのことがこの映画で描かれているわけではありません。
この変転は時代のもたらしたものとでもいうべきでしょうか。
時代精神と呼んでもいいかもしれません。
時代に急かされて世界中で若い人たちが立ち上がり、走り出したようでした。

しかし、そんな彼らも大人になり、子どもを持つことになります。
メイさんにしても、ベティーナさんにしても、
母との生活、あるいは、母と暮らせない日々にどんな思いを抱いたことでしょう。

本作は、あの熱い日々を描いてはいますが、
その後を生きる娘たちの今を描くドキュメンタリーでもあります。
娘たちが母を否定していないことは
母たちの真摯な、あるいは、少し不器用な生き方を認めているようで嬉しいです。

ひるがえって今の日本。
60年代70年代を生きた革命家、元革命家、そして、その子どもたち、あるいは孫たち――
今はあの頃以上にきな臭い時代。
立ち上がるべき時とはいえないでしょうか・・・・・





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☆7月1日に更新しました。2014年も折り返し地点に入りました。今さらながら月日の経つのは早いですね。
いつも応援ありがとうございます☆

革命の子どもたち
監督・プロデューサー/シェーン・オサリバン
出演
重信房子、重信メイ、ウルリケ・マインホフ、ベティーナ・ロール、足立正生、塩見孝也。大谷恭子 他
7月5日(土)よりテアトル新宿他全国順次公開
2011年、イギリス、カラー、88分、配給/太秦
http://www.u-picc.com/kakumeinokodomo/

by Mtonosama | 2014-07-01 07:07 | 映画 | Comments(6)
Commented by すっとこ at 2014-07-02 08:34 x
ううむむむむむむーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!

”革命の子どもたち”って
暗喩的な邦題かと思っていたら

そのままの、母が革命闘士だった、しかも娘たちの
ストーリーだったのか!

日本赤軍がその後国内で辿ったあまりにあわれな
結末はある年代から上の人には記憶から消し去ること
はできないでありましょう。

”総括”の名のもとに最後まで残った同士を次々に粛清
する・・・永田洋子の名前も忘れられん。自分がもし元BF
について行っていたら。永田洋子であったかも。あるいは
お腹に同士の子を宿しながら”総括”された身であったか。
永田は「腹をさばいて子だけ取り出すか」と言ったそうだ。
「革命の子だから」と。 どこで人間は人間であることを
止めるのだろう。

歌人、道浦母都子の
  炎あげ地 に舞い落ちる赤旗にわが青春の落日を見る
はいまだに読むと心拍数が上がる。

ローザ・ルクセンブルグというのも居たなぁ・・・。

殿様の試写室はまったく危険だ!
危険ゆえに また次を待ってしまうぞ!
やっぱりポチを押しまする!
Commented by Mtonosama at 2014-07-02 09:41
♪すっとこさん

連合赤軍のその後の行動には息を呑み、呆然としてしまったものです。

道浦母都子のあまりに湿度の高いセンチメンタリズムには未だ
辟易するとのではあります。
しかし、過去のこととして葬り去ることはあまりに痛い現代史で
ありましょうぞ。

今日もポチッをありがとうございます。

さあ、次回はどんなお話かな?そろそろヒカリーヌ姫の登場かな♪
Commented by ライスケーキ at 2014-07-02 16:11 x
革命など起きなくて良いです。
暴力的な 革命など。

戦争のない、世界であって欲しい。
日本であって欲しい。

「世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に
9条を保持している日本国民にノーベル平和賞を授与して
ください」 署名を集めています。
Commented by Mtonosama at 2014-07-02 20:47
♪ライスケーキさん

そうだ!その手もあった。

署名しました。

まずはできることから、です!!
Commented by なえ at 2014-07-05 22:12 x
不正をただす学生運動だったはずが、連合赤軍の顛末は陰惨なものでした。力(武力・権力)ではなく、人間の知恵と理性と良心で解決をするのでなければ、と強く思います。

横ですみません。

ライスケーキさん

殿様同様、私も署名しました。また私のツイッターでも
署名を呼び掛けさせてもらいました。

Commented by Mtonosama at 2014-07-06 06:50
♪なえさん

連合赤軍のあのできごとを見て、終わってしまったと思いました。

署名なさいましたか。
無力ではあってもゼロであってはいけないですよね。
ツイッターをまた覗かせていただきますね(^^)/