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殿様の試写室

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マーティン・スコセッシ監督『沈黙』を語る -3-


マーティン・スコセッシ監督『沈黙』を語る

-3-

1月16日(月)来日記者会見
リッツ・カールトン東京グランドボールルーム


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殿様の試写室では
「沈黙」に登場する隠れキリシタンのご子孫をご紹介して
3日間のスペシャル試写を締めさせていただきます。


隠れキリシタン帳方(ちょうかた)村上茂則氏(66歳)
長崎在住。外海(そとめ)地区で今なお続く隠れキリシタンの信仰を守り続ける。
隠れキリシタンの指導者である帳方の7代目。
外海地区には隠れキリシタンの聖地・枯松神社がある。
これは弾圧の時代、神社にカモフラージュして作られたキリシタンの施設で
現在は隠れキリシタンや当時キリシタンをかくまった仏教徒の子孫らが集まり、
毎年11月に枯松神社祭を行っている。


村上茂則氏
只今ご紹介いただきました村上茂則です。
本日はこのような場で『沈黙』の監督さんにお会いできて感謝しています。
今、長崎には隠れキリシタンは3ヶ所しか残っていません。
先月22日この映画を観ましたが、
あの人たちが自分の先祖だと思うと涙が出ました。
先祖たちの生きた様子を世界の、そして、日本の皆さんに見ていただきたいと思います。

マーティン・スコセッシ監督
日本の文化や日本のキリシタンの勇気を損なうことがないよう、
忠実に、敬意を持って描きました。
映画の撮影中、モキチがはりつけになるシーンでは
アメリカのスタッフも日本のスタッフも皆泣きました。
非常に真剣に取り組んだ映画でしたし、
自分にとっては巡礼をするような感覚で撮影した作品です。

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3日間にわたって
マーティン・スコセッシ監督の記者会見を
レポートいたしました。

当試写室は明日より平常営業となりますので、
今後もお気軽にお立ち寄り頂ければ幸いです。
ありがとうございました。




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☆2017年1月25日に更新しました。いつも応援して下さってありがとうございます☆

by Mtonosama | 2017-01-25 05:11 | 映画 | Comments(4)
Commented by すっとこ at 2017-01-25 06:50 x
おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

隠れ切支丹の七代目の子孫がおられたとは。
存じませなんだ。

こういう方は まっこと映画の中のことを
現実の祖先の辿った苦悩として

観るのに どんなに辛かったことでしょうね。

ヒトは
怖い 生き物ですね。

殿様の渾身のレポートに
こちらも 渾身の力を込めて ポチッと❣️❣️
Commented by Mtonosama at 2017-01-25 17:09
♪すっとこさん

神社やお寺に名を借りてキリシタンを続けてきた人たちがおられるんですね。
以前、タクシーに乗った時、運転手さんが自分の故郷のことを話してくれて「隠れ」「隠れ」というので「隠れってなんですか?」って訊いたら隠れキリシタンのことでした。キリスト教とはまったく違うものに姿を変えているらしいのですが、本当に今もいるんだなあとその時知りました。天草四郎の時代からのクリスチャンなんですよね。なんか不思議でした。

渾身のポチッ、渾身で受け止めました。ありがとうございました。
Commented by ライスケーキ at 2017-01-25 21:04 x
「隠れキリシタン」の方が今でもいらっしゃるなんて、
初めて知りました。
普通のキリスト教とは違うんですね。
ますます、分からなくなりました。

日本にいると 初詣は神社、結婚式はチャペル、お葬式は
お寺。 なんて言う生活をしているので、「命を懸けてまで信仰を守る」と言う宗教観が分かりません。

「神は大自然の中に宿っている」と言う感覚が、今の私にはピッタリでしすが、これって「多神教」の神道でしょうか。いずれにしろ、「宗教の自由」。  己がどんな宗教を信じていても、良いけれど。 それを他人に強要したり、迫害したりするのは、本当の神の「宗教」じゃなくて
神の名を借りた、人間の「宗教」じゃないかと思います。
Commented by Mtonosama at 2017-01-26 05:34
♪ライスケーキさん

神仏は自分の中にいてくださるものだと思います。それが自然に宿る大いなる存在に呼応すると心が震える瞬間があるのかなあ、と。
本来、一人である人間が共感できる人々と共に生活し、神を讃える日々を送っていたら争いなど起こりようがないのでしょうね。でも、地上に社会があり、それがいくつもあれば価値観の異なるものもあるはずでそこに衝突が起こるのでしょうか。衝突は世の常。人はあちらこちらで衝突しながら生き、死んでいくのでしょうね。