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コレラの時代の愛

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       (c)Copyright 2007 Cholera Love Productions,LLC ALL RIGHTS 

コレラの時代の愛
Love in the Time of Cholera

「コレラの時代の愛」?
どんな時代なんじゃ、と思わず知らずつっこみを入れたくなってしまいます。
「百年の孤独」(‘67)で知られる南米コロンビアのノーベル文学賞作家
ガルシア=マルケスの小説の原題そのままなのですが。

本作は映画化を渋る作家を説得して、ようやく完成した作品です。

      南米にはある種の特異な情念が存在します。
      アマゾン河が流れ、ジャングルがあり
      乾ききった大地には上空から見なければわからない
      鳥やら猿やらの絵が描かれ、
      インディオがカラフルな毛糸の帽子をかぶって農作業をしているかと思えば、
      ピサロやコルテスの末裔が建てた
      とてつもないオペラハウスや大邸宅があります――

      そんな土地だから、愛する女性と結ばれる日を51年9か月と4日
      待ち続けた男を主人公とした小説が書かれたとしてもなんの不思議もありません。

あ、聞こえましたよ。「そんなのストーカーじゃん」って言ったでしょう。

確かに、狂気じみていますけどね。

そこはなんといっても原始の魂と古代の神々、
スペイン爛熟期の文化が混在する南米ですから。

      

      1879年、スペインとの長い独立戦争に勝利し、活気にあふれる
      コロンビアの港町カルタヘナ。電報配達員のフロレンティーノは母
      と二人、貧しいながらも静かな日々を送っていました。
      ところが、配達先の裕福なラバ商人の娘フェルメーナを一目見た
      途端、恋に落ちます。情熱的なラブレターを送り続け、フェルメーナ
      の心を射止めることができました。これを知った彼女の父親は二人
      の仲を裂くため、娘を遠く離れた親戚の家に預けてしまいます。

      時を経て、彼女はその恋に見切りをつけていました。そして、父の
      望んだ通り、裕福な医師フベナルと結婚してしまったのです。

      嗚呼、フェルメ―ナ。汝の名は女なり。その心はなんと移ろいやす
      いことでしょう。

      彼女の結婚のその日からフロレンティーノの狂おしい51年9か月
      4日が始まったのでありました…

 

フロレンティーノを演じるのはハビエル・バルデム。1969年生まれのスペイン人です。
今年3月に公開された「ノーカントリー」でなんとも恐ろしい殺し屋を演じ、
アカデミー賞助演男優賞をとった俳優ですから、印象に残っている方も多いはずです(実は「ノーカントリー」では彼の怪演が残像となって怖い思いをしました)。

フェルメーナへの一途な想いを秘める一方で、
求められるままに622人もの女性と関係を持つフロレンティーノ。
真に愛する女性への想いと、622人の女性との交渉が
彼にとってなんの矛盾もないのかどうか、男ならぬ身の知るところではありません。
が、しかし、誰かに、あるいは、何かに夢中になっている人間は
異性にとって魅力的な存在ではあります。

 「ノーカントリー」のあの殺し屋がコレラの時代ではなんとも愛らしく上品に変身しているし、
アマゾンクルーズのシーンもロマンティックで旅心をそそります。

ただ、惜しいのは英語がつかわれていること。
スペイン語ならもっと南米の情念と狂おしいまでの男の純情を感じることができるのに、
と残念でなりません。
あ、スペイン語はできないんですけど…
でも、どうせ、字幕を読むにしても、その国の言葉の方が雰囲気が出るってものじゃありませんか。

監督/マイク・ニューウェル、脚本/ロナルド・ハーウッド
キャスト
フロレンティーノ/ハビエル・バルデム、フェルミーナ/ジョヴァンナ・メッツジョルノ
8月9日よりシャンテ・シネ、Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開


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by Mtonosama | 2008-07-28 14:45 | 映画 | Comments(4)
Commented by ライスケーキ at 2008-07-28 22:13 x
フェルメーナへの一途な想いと622人の女性との交渉ーーー良く人数覚えているねーーーと言うのが私にはさっぱり理解出来ません。 映画、原作ではその辺の描写があるのでしょうか。 所詮男性と女性は違うのでしょうが、テキトーに遊んでおいて「真に愛する女性への愛」なんて何の意味を持つのでしょう。
  本当に最近の映画は英語ばかりですね。 英語を話すジャンヌ・ダルクなんて見たくない。 百年戦争を描いていても敵、見方共英語を話しているんじゃ どちらがイギリス軍だかフランス軍だかわからない。  いくら英語の方が収入が上がるからって その国の言葉を大事にして欲しいよね。  まぁ、英語を話すサムライもいるわけだけど・・・。 話が大分それましたが映画館で映画を見たいライスケーキからでした。
Commented by との at 2008-07-29 06:39 x
ジャンヌ・ダルクのFollow me!!を思い出しましたよ。英国軍討ちに行くのに、Follow meはないですよね。映画界のグローバリゼーションは勘弁してほしい。

622人に関しては映画の中で「これで何人?」という質問が何度も入るんです。たぶん原作ではもっとはっきりしてるんでしょうね。読んでみなきゃ。
Commented by すっとこ猫 at 2008-07-29 12:09 x
”ノーカントリー”の殺し屋かあ。
見てないけど評判良かったので観たかったな。
ラテン系には弱い猫ざんすの。

「誰でも心に
  オオカミが吠え
   夜のみだらな鳥の啼く
     暗い森を持っている”

マルケスではないけど ドノソという作家の
”夜のみだらな鳥”

しかし
”コレラの時代の愛”なんとかならなかったのか、この邦題。
Commented by との at 2008-07-29 14:47 x
「コレラの時代の愛」ってそのまま打つと
「これらの時代の愛」になってしまうのですよ。困りますわ。

ラテン文学やラテン系の映画とかラテン系のイケメンって
魑魅魍魎っていうか、
血みどろっていうか、濃いっていうか、
とにかく「これらの時代」の形容詞をぜーんぶひっくるめて
持ってるって感じでなんかいいよね。

でも、アメリカ人の手にかかるとビッグマックになってしまうような気が…

これって差別かな?