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殿様の試写室

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帝国オーケストラ ディレクターズカット版

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(c)SV Bilderdienst
帝国オーケストラ
ディレクターズカット版
The “Reichsorchester” The Berlin Philharmonic and the Third Reich

今週もまたドキュメンタリー映画をご紹介します。
ドキュメンタリーというと、劇映画とは違って事実に即して客観的に描かれている
と考えますよね。
でも、本当はとても主観的なものかもしれない、と思う今日この頃です。

映画作家の抱く主観が、ストーリーという仲立ちを経ないで
ズバリと斬りつけてくるドキュメンタリー映画は監督と観客との真剣勝負です。

          「帝国オーケストラ」。
          ベルリン・フィル創立125周年を記念して上映されるドキュメンタリー映画です。

          ハーケンクロイツの前で演奏するオーケストラ。
          映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、末っ子のグレーテルが
          新婚旅行から帰ってきたトラップ夫妻に「おうちに蜘蛛の旗が出ているわ」
          と告げるシーンがあったのを唐突に思い出しました。

          蜘蛛の旗の前で演奏するのがモーツァルトであろうとシューマンであろうと、
          おぞましいと思ってしまうのはひとりグレーテルに限ったことではありません。

     ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は1882年に創立され、
     2007年-2008年シーズンで125周年を迎えたすばらしいオーケストラです。
     創立当初からGmbH(有限責任会社)として
     オーケストラ運営全般に責任を持つ組織形態をとっていたベルリン・フィル。
     それはまさに国家からも権威からも干渉されることを断固として拒む芸術家集団として
     のプライドの表れだったのでしょう。

          第1次世界大戦後、ドイツは天文学的な数字のインフレに襲われました。
          ベルリン・フィルの経営も逼迫。
          1920年代から成功をおさめ続けてきた首席指揮者フルトヴェングラーをしても
          この財政危機をのりこえることはできませんでした。
          1933年アドルフ・ヒトラーが政権を掌握した年、楽団は倒産の危機に直面して
          いました。

          同年10月、ナチス宣伝大臣ゲッペルスは
          ベルリン・フィルに対して財政支援を行うことを決定。
          翌34年ナチス政権は楽団の経営権を100%購入し、
          帝国オーケストラを設立しました。 
          オーケストラメンバーは公務員扱いとなり、兵役は免除され、以後11年間
          ナチス政権=第三帝国の文化使節としての任務を負うことになったのです。

     ベルリン・フィル125年の歴史の中の暗黒の11年。
     この映画は、当時のメンバー
     96歳になったヴァイオリニスト、ハンス・バスティアンと
     86歳のコントラバス奏者エーリッヒ・ハルトマンの証言をもとに撮影されました。
     そして、ドイツからの亡命に成功したユダヤ人メンバー
     シモン・ゴールドベルクらの子どもたちが父の遺品と記憶を手掛かりに語っていく
     歴史の証言ともいうべきドキュメンタリー映画です。

     高給を支払われ、政治的な集会で演奏するベルリン・フィルメンバーたち。
     映画にはヒトラーやゲッペルスの顔が映し出されます。
     海外演奏旅行では“No Harmony with Nazis”のプラカードを持ったデモ隊に
     迎えられたりもしています。
     「街へ出るのがつらかった」と証言者は語ります。
     なぜなら、彼と同年輩の男は皆戦争に行っているのに
     「おまえは何をしているのだ?」
     と無言で問いかける市民の目が痛かったからなのです。

          介助者の手を借りなければ歩けないほど高齢な証言者。
          今、彼らは過去を悔い、涙を流して語ります。

     しかし、しかしですよ。
     彼らはナチスに庇護されることによって
     演奏を続けることを選んだ特権階級でした。

          ずいぶん酷な言い方だとは思います。
          彼らもあの時代にベルリン・フィルの演奏者であったばかりに
          百歳に近くなった今も後悔し続けなければならないのですから。
          監督もパンフレットの中で言っています。

     「こういう質問が心の中を反復するかもしれません。『自分だったら、どうしただろうか』」

          ナチスを受け入れなければ、ベルリン・フィルは存続しませんでした。
          そして、優秀な演奏者は楽器の代わりに武器を持って、
          ナチスの兵士として戦わなければならなかったことでしょう。

     これもベルリン・フィルの歴史です。

          「自分だったら、どうしただろう」
          楽器か武器か。生か死か。反抗か愛国か。
          監督のつきつけてくる課題に、どうぶつかっていきましょう。

監督/エンリケ・サンチェス=ランチ
出演
フルトヴェングラー時代の演奏家とその関係者、ナチス宣伝大臣ゲッペルス、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)ほか、当時の記録映像
10月下旬 渋谷・ユーロスペース他全国順次ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
www.cetera.co.jp/library/Reichsorche
by mtonosama | 2008-09-22 06:45 | 映画 | Comments(4)
Commented by すっとこ猫 at 2008-09-22 08:01 x
「自分だったらどうしただろう」

卑怯なすっとこ猫は迷わず“音楽”を”演奏”をとります。

だってそれはギフト。誰にでもある才能ではないんだもの。
その為に謗られてもいいの、確信犯なの。

人生はいつも不公平。
監督には「後悔は一切していないよ。自分は特権階級だったよ」と言う生存者にはインタビューしてないのでしょうか。

殿様の投げかけた命題”ドキュメントなら真実なりや”が
ここにありそうです。
ドキュメンタリーのあざとさをふと感じるひねくれ者の自分ざんす。
Commented by との at 2008-09-22 09:39 x
すっとこ猫さん

「自分だったらどうしただろう」
♪泣くの、笑うの、死んじゃうの♪

才能とはいえ、芸術のためとはいえ、
ヒトラーの御用楽団員になるのはイヤだし
兵隊になるのもイヤだし
だとしたら、死んじゃうのかなぁ。

特権階級は生存していなかったかもしれないし、
そんな趣旨の映画には出たくないよって言ったかもしれないし、
インタビューの人選が難しいんじゃないでしょうかねぇ。

特権階級だったとしっかり自覚してるのは、
7月のクラウス・バルビーくらいじゃないでしょうか。

編集段階でどのインタビューを残すか。
こういうところに監督の主観が出てくるのかも。

嫌な時代でしたなぁ。
Commented by ライスケーキ at 2008-09-22 21:18 x
ベルリン・フィルの歴史を語ったドキュメンタリーですか。 興味深いです。 暗黒の11年をしっかり語り反省する勇気に やはりドイツだと感心しますね。 日本だったら この時代には触れず無かった事にするのではないかな。  昨年ベルリンを訪ねたときベルリン・フィルのコンサート・ホールも見てきた。 近くに日本大使館があり、前の通りの名はヒロシマ・シュトラッセだった。 ドイツにはナチスの時代を忘れないための記念館が各地にあるけれど、過去をしっかり反省しなくては 本当に正しい将来は築けないよね。
Commented by との at 2008-09-23 06:29 x
ライスケーキさん

ベルリン・フィル125周年はひとくちで言えるほど
簡単な歴史ではないですね。

125周年を記念してもう一本、11月に公開されますが、
これはもう現在のベルリン・フィルを代表する
偉大かつ華やかなマエストロ、サー・サイモン・ラトルを存分に楽しめる作品です。

ベルリンは遠いけど、映画館はまあ近い(?)ので。
Hiroshima Strasseですか?
私はKarl Liebknecht Strasseを発見!