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殿様の試写室

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カテゴリ:映画( 978 )


静かなる情熱

エミリ・ディキンスン

-1-

A QUIET PASSION

(C)A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rig hts Reserved.


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(C)A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rig hts Reserved.


時代は19世紀。
舞台は北米マサチューセッツ州。
美しい町アマスト。
ボストンから120㎞ほど離れた田舎町です。

エミリ・ディキンスンは
1830年この町に生まれ、
1886年55歳で亡くなるまで
この町を出ることはありませんでした。

あ、ただ1847年9月
17歳の時、
アメリカ最初の女子大
マウント・ホリヨーク女子専門学校に入学しています。

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この写真は在学中、彼女の生涯で
唯一撮影された肖像写真です。

でも、翌1848年8月には
宗教上の理由で退学してしまいました。

その後はず~~~っと終生
アマストの父の家を出ることはありませんでした。

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生前、発表された彼女の詩はわずか10篇。

エミリ・ディキンスンは
上流階級で生まれ育った子女ゆえ
生活に困ることもなく
病弱の母に代わって家事をとりしきり、
生涯結婚することなく
晩年はブライド病(腎臓炎)に苦しみました。

と、これだけ見れば
ふ~ん、恵まれた偏屈お嬢さんの自伝映画か、
と思いますよね。

とのはそう思ってしまいました。
でも、人生はそんな簡単なものではないんですねぇ。

彼女の詩を1篇だけ引用します。
I died for Beauty — but was scarce

I died for Beauty — but was scarce
Adjusted in the Tomb
When One who died for Truth was lain
In an adjoining Room —
He questioned softly "Why I failed" ?
"For beauty", I replied —
"And I — for Truth — Themself are one —
We Brethren, are", he said —
And so, as Kinsmen, met a Night —
We talked between the Rooms —
Until the Moss had reached our lips —
And covered up — our names —

「わたしは〈美しさ〉のために死んだ――けれど」 (1862年)

わたしは〈美しさ〉のために死んだ――けれど
墓に収まり 安らう間もなく
〈本当のこと〉のために死んだひとが
となりの部屋に横たえられた――
彼は静かに訊ねた「どうして失敗したのだろう?」
「美しさのためよ」とわたしは答えた――
「ぼくは――本当のことのために――このふたつはひとつで――
ぼくたちは兄弟だな」と彼は言った――
だから ある夜に同郷の親戚として出会った――
部屋を隔てて わたしたちは語りあった――
互いの唇に苔が這い寄り――
そして わたしたちの名前を――覆うまで――
http://nightinriver22.hatenablog.com/entry/Emily_Dickinson/I_died_for_Beauty_%E2%80%94_but_was_scarce

最後の2行なんてゾクッとしました。
余計なことを口走らないように自らの口を覆い、
その静寂に聴き入りたくなります。

エミリ・ディキンスン―――あまりなじみのない詩人でした。
彼女は生前評価されることもなく
裕福ではあっても
ガラスの天井どころか
コンクリートで固めた天井が女性の頭上を覆っていた時代に生き、
男女差別が当たり前で、
女性が表現者として認められることなどなかった時代に
詩を書き続けました。

その作品は1886年彼女の死後、
遺品整理をしていた妹によって発見されたのですが、
清書されたその詩は46束にまとめられ、
1800篇近くありました。

いまやその詩は多くの芸術家に影響を与えています。
サイモン&ガーファンクルは
「エミリー、エミリー」「夢の中の世界」を、
武満徹はその詩から着想を得て
「そして、それが風であることを知った」を作曲しました。

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外出を嫌い、家族以外の交流を避けていたエミリ。
その人生や人柄は明らかではありません。
そんな彼女を描き出した監督はテレンス・ディヴィス。

アメリカが舞台でありながら、
その静謐な世界は
イギリスの名匠である彼が描くにふさわしいものでした。

そして、エミリ・ディキンスンを演じたのは
なんと『セックス・アンド・シティ』のミランダ役
シンシア・ニクソンです。
彼女はエミリの熱心な愛読者だったんですって。

さあ、いったいどんな作品でしょうか。
続きは次回まで乞うご期待でございますよ。



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静かなる情熱
監督・脚本/テレンス・デイヴィス、プロデューサー/ロイ・ボウルター、ソル・パパドパウロス、撮影/フロリアン・ホーフマイスター、美術/ムージェン・セップ、衣装/カトリーヌ・マルシャン
出演
シンシア・ニクソン/エミリ・ディキンスン、 ジェニファー・イーリー /ラヴィニア・ディキンスン、キース・キャラダイン/エドワード・ディキンスン、ジョディ・メイ/スーザン・ギルバート、キャサリン・ベイリー/ヴライリング・ バッファム
7月29日(土)岩波ホールほか全国順次ロードショー
2016年、イギリス、125分、配給/アルバトロス・フィルム、ミモザフィルムズ、字幕/佐藤恵子、字幕監修/武田雅子
http://dickinson-film.jp/

by Mtonosama | 2017-07-18 22:09 | 映画 | Comments(6)

台湾萬歳
-2-


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(C)「台湾萬歳」マクザム/太秦


本作を台湾三部作最終章とした酒井充子監督は言います。
「台湾の80歳以上のお年寄りは
日本の統治時代に青少年期を過ごした人達です。
彼らは戦前戦後の激動の時代を経験しています。
わたしは、日本に対する複雑な気持ちも混じった彼らの思いを
『台湾人生』、『台湾アイデンティティ』で伝えてきました。

人々が生きて紡いできた日々の暮らしこそ
台湾にとってかけがえのない宝であり、原動力です。
長年にわたる取材の中でそんな当たり前のことに
改めて気づかされました。
最終章ではその当たり前のことを撮りたいと思いました」


張旺仔さん(85歳)、李典子さん(77歳)夫妻

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張さんは元漁師。1931年の生まれ。
台東縣成功鎮在住
戦争末期には空襲もあり、機銃掃射も間近で見ました。
国民学校を卒業する年に終戦。
19歳から49歳までカジキ漁。
かつて日本人が台湾に持ち込んだ突きん棒漁一筋。
現在は畑仕事が日課の好々爺です。
台湾は夫婦別姓のため、つれあいの姓は李さん。
「典子」は父親の日本人の友人がつけてくれたそうです。



オヤウさん(69歳)、オヤウ・アコさん(62歳)


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台東縣成功鎮在住
カジキ突きん棒漁を営むアミ族の夫婦。
カジキの季節が終わるとトビウオやシイラを獲り、
一年中海とつきあう生活です。
アミ族はかつての「新港」漁港の築港の際、
労働力として駆り出されました。
アコさんの叔父は戦前に村を代表して日本を訪問した秀才でしたが、
戦後、国民党に徴兵され、
中国大陸で43年間も過ごすことになってしまいました。


カトゥさん(41歳)


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台東縣延平郷在住、中学校の歴史教師&シンガーソングライター
1974年パイワン族の父とブヌン族の母との間に生まれました。
通称のカトゥは祖父の日本語名が加藤四郎だったことから。
ブヌン族の伝統的な狩りを今も続けています。


ムラス・タキルダンさん(89歳)

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台東縣延平郷在住、日本名きよこさん、ブヌン族。
日本統治時代、もともと住んでいた高地の村から
強制的に移住させられ、今の地に。
移住経験の数少ない証言者。
地元のお年寄りの聞き取りをしているカトゥさんが
本作ではムラスさんに移住当時の話を聞きに。
ムラスさんは移住後はかつて住んでいた村に一度も帰ったことがない、
自分たちの土地を守ってほしいと訴えます。


ダフさん(41歳)

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カトゥさんと共に伝統の狩りを大切にするブヌン族。
撮影隊が同行した狩りで一発でキョンをしとめた狩りの名手。

本作では
人々は日本統治が良かったとか悪かったとかを語りはしません。
ただ大昔から続いてきた自然との関わりを
穏やかに懐かしそうに
日本語で話してくれます。
そんなお年寄りの語り口に
うんうんと頷きながら、耳を傾けてしまいます。

突きん棒漁や足袋、ほっかむり、刺身、ワサビ・・・
カトゥさんとダフさんは
仕留めたキョンをさばきワサビをつけて食べていました。

台湾には今も日本統治時代の残したものや食生活が
色濃く残っています。

撮る側と撮られる側の間に
良い関係が生まれているのだなぁと思わせる作品でした。

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数年前、台湾を訪れて以来
すっかり台湾を好きになってしまったとのですが、
その理由は人々の優しさと穏やかさでした。

過去に起きたことを踏まえつつ
是非もう一度台湾を訪ねてみたくなりました。






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☆7月15日に更新しました。

台湾萬歳
監督/酒井充子、エグゼクティブプロデューサー/菊池笛人、統括プロデューサー/小林三四郎、プロデューサー/小関智和、陳韋辰、撮影/松根広隆
出演
張旺仔、許功賜、潘春連、柯俊雄ほか
7月22日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開
2017年、日本、カラー、93分、製作/マクザム、太秦、配給/太秦、http://taiwan-banzai.com/




by Mtonosama | 2017-07-15 07:06 | 映画 | Comments(2)

台湾萬歳
-1-

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(C)「台湾萬歳」マクザム/太秦


台湾映画はドキュメンタリーも劇映画もいろいろ観てきました。
どれもゆったりとした大らかさが感じられますし、
懐かしい感じがして好きです。

昨年11月当試写室で上映した『湾生回家』は
http://mtonosama.exblog.jp/26768412/
http://mtonosama.exblog.jp/26813602/

日本占領時代に台湾に暮らした日本人たちが
台湾に寄せる想いを綴った
ホァン・ミンチェン(黄銘正)監督の作品。
これも印象深い映画でした。

今回、当試写室で上映するのは
酒井充子監督の台湾三部作の最終章
『台湾萬歳』です。

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三部作第一章『台湾人生』(’08)
日本の統治下にあった1895年から1945年の間の台湾では、
同化政策として日本語教育を強要され、
日本人として生きる世代が生まれました。
青春時代を日本の統治下で過ごした
“日本語世代”と呼ばれる5人の台湾人に
当時の様子や戦後の国民党独裁時代についてインタビューを行い、
台湾と日本の密接な歴史を振り返った作品です。

続く『台湾アイデンティティ』(’13)では
第二次世界大戦、二二八時代、白色テロという歴史のうねりによって
人生を歩み直さなくてはならなくなった6人の台湾人を通し
台湾の戦後の埋もれた時間を描き出しました。
当試写室でも2013年6月と7月に上映しています。
http://mtonosama.exblog.jp/19923846/
http://mtonosama.exblog.jp/19944481/


そして最終章『台湾萬歳』では
時代は変わっても台湾の海や大地に向き合い、
生きている人々が描かれています。

前二作が
変わりゆく台湾を老人たちの言葉を通して
描いたものだとしたら、
本作は
何があっても変わらない
台湾の芯のようなものを描き出した作品です。

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本作の舞台となったのは
台湾の原風景が色濃く残る台東縣。

台東縣は台湾南東部にある人口22万5千人の地域で
アミ族、ブヌン族、タオ族など
多様な民族が暮らしています。

台湾には原住民族が暮らしていましたが、
17世紀以降、大陸から漢民族の移住が活発化。
為政者はオランダ、鄭成功親子三代、清、日本
と移り変わりました。

鄭成功
1624年8月27日 - 1662年6月23日
中国明代の軍人、政治家。
日本の平戸で父・鄭芝龍と日本人の母・田川マツの間に生まれた。
日本名は福松。
清に滅ぼされようとしている明を擁護し
抵抗運動を続け、
台湾に渡り、鄭氏政権の祖となった。
様々な功績から隆武帝は明の国姓である「朱」と
称することを許したことから国姓爺とも呼ばれていた。
近松門左衛門の「国性爺(こくせんや)合戦(かっせん)」は彼を題材にした作品。
台湾・中国では民族的英雄として描かれており、
特に台湾ではオランダ軍を討ち払ったことから、
孫文、蒋介石とならぶ「三人の国神」の一人として尊敬されている。
Wikipediaより

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台東縣で暮らす人々の生活の中心には
「祈り」「命への感謝」「家族」があります。

Formosa 
「美しい島」
台湾

美しい島というのはその大地を指すだけではありません。
東日本大震災の時には
台湾から200億円を超える義援金が寄せられました。

1895年から1945年までの半世紀にわたる
日本の統治時代には嫌なことも数々あったと思われるのに、
それでも彼らが示してくれた想いには
頭が下がります。

さあ、いったいどんなお話でしょうか。
続きは次回までお待ちくださいませ。



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台湾萬歳
監督/酒井充子、エグゼクティブプロデューサー/菊池笛人、統括プロデューサー/小林三四郎、プロデューサー/小関智和、陳韋辰、撮影/松根広隆
出演
張旺仔、許功賜、潘春連、柯俊雄ほか
7月22日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開
2017年、日本、カラー、93分、製作/マクザム、太秦、配給/太秦、http://taiwan-banzai.com/

by Mtonosama | 2017-07-12 05:24 | 映画 | Comments(2)

パリ・オペラ座
~夢を継ぐ者たち~

-2-

Backstage

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パリ・オペラ座バレエ団は
パリ・オペラ座(ガルニエ宮とオペラ・バスティーユ)を
拠点とし、オペラ・バレエ公演を使命とする
フランス文化省の管轄下にある世界最高峰のバレエ団です。

前編でご紹介したアニエス・ルテステュは
20年以上にわたり古典から現代作品まで
ほとんどのレパートリーを踊ってきた
オペラ座のトップエトワールでしたが、
2009年以降、後輩たちへの指導に力を注いでいます。
といっても、まだ46歳の美しい指導者です。

ヌレエフの指導を受けた最後の世代として
その教えが彼女を経て
オニール八菜やアマンディーヌ・アルビッソンたちに
受け継がれていく過程をカメラは追います。

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そして、
マチュー・ガニオ。
美しいお方です。
いわゆる王子系のお顔立ちですね。
母はやはりパリ・オペラ座のエトワール
父はマルセイユ・バレエで活躍したスターダンサーで、
1984年の生まれです。
2001年にパリ・オペラ座バレエ団に入団。
2004年5月、ヌレエフが振り付けた『ドン・キホーテ』に
主演し、20歳でスジェから飛び級でエトワールに任命されました。

スジェ?
えっと、オペラ座のダンサーは5つの階級に分かれていまして、
スジェというのは丁度真ん中に位置します。
名前がつくような主要な役を踊るダンサーだそうです。

マチュー様は現在主席エトワールとして
パリ・オペラ座バレエ団を代表する存在。
日本でもダンスマガジン誌の人気投票で
男性ダンサー部門で第1位に選ばれているんですって。

本作では彼が出演した『ジゼル』の舞台も
観ることができます。
マチュー・ガニオ様の素晴らしいバレエと謙虚なその姿勢に
150歳はポーッとなってしまいました。

映画には誰もが知る名作『ジゼル』の他、
ウィリアム・フォーサイス振付の『パ/パーツ』
イリ・キリアン振付、石井眞木作曲の
『輝夜姫(かぐやひめ)』など
古典、現代舞踊も登場します。

ダンサーはじめ指導者、振付家。
356年続くパリ・オペラ座の伝統に命を吹き込む人々に
密着した映画でした。

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以前、伝統工芸の世界に携わる方が
「伝統とは守ることではない。常に変わり続けることです」
とおっしゃるのを聞いたことがあります。
それも一人や二人ではありません。
大勢の工芸作家が異口同音にこのことを口にしました。

バレエの世界も同じだったんだなぁと納得。

チュチュを夢み、トウシューズに憧れ、
挫折した150歳ですが、
十二分に楽しませていただきました。





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パリ・オペラ座 ~夢を継ぐ者たち~
監督/マレーネ・イヨネスコ
出演
マチュー・ガニオ、アニエス・ルテステュ、ウリヤーナ・ロパートキナ、オニール八菜、バンジャマン・ペッシュ、ウィリアム・フォーサイス、アマンディーヌ・アルビッソン、ジョシュア・オファルト、エリザベット・プラテル、バンジャマン・ミルピエ、ジャン=ギヨーム・バール、ローラン・イレール、ウェイン・マクレガー、ステファン・ビュリヨン、ギレーヌ・テスマー
7月22日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
2016年、フランス、字幕翻訳/古田由紀子、字幕監修/岡見さえ、配給/ショーゲート、協力/(公財)日本舞台芸術振興会、http://backstage-movie.jp/

by Mtonosama | 2017-07-09 05:04 | 映画 | Comments(4)

パリ・オペラ座
~夢を継ぐ者たち~
-1-

Backstage

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パリ・オペラ座。
なんとゴージャスな響きでしょう。
建物も豪華ですが、
なんといってもルイ14世によって
創設されたバレエ団という
その経歴もまた輝くばかりに豪華絢爛なのであります。

ルイ14世といえば
「王は踊る]('00 ジェラール・コルビオ監督)という
映画がありましたが、とのはこれもポカンと口を開けて
酔い痴れていた記憶があります。



パリ・オペラ座。
356年という年月にわたって、
世界中から愛されているバレエの殿堂。

パリ・オペラ座を舞台に
その素顔を追いかけた作品が本作
『パリ・オペラ座~夢を継ぐ者たち~』です。

監督はマレーネ・イヨネスコ。
『バレエに生きる ~パリ・オペラ座のふたり~』(’11)
『至高のエトワール ~パリ・オペラ座に生きて~』(’13)
『ロバートキナ 孤高の白鳥』(’14)など
バレエ・ドキュメンタリーに人生を捧げる監督であります。

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本作はイヨネスコ監督の集大成ともいえる作品。
カメラは、激しい競争を勝ち抜いてきた
バレエ・エリートたちのトップに立つエトワールの練習風景や
創作のプロセスを捉えています。
バレエファンは必見です。

エトワール
パリ・オペラ座バレエ団の最高位。フランス語で星という意味です。


本作の中心に立つのは
2013年にエトワールを退いたアニエス・ルテステュ。
”ニジンスキーの再来“と称えられたアンドレ・ヌレエフの
指導を受けた最後の世代に属するダンサーです。

ニジンスキー
ロシア・バレエ史における伝説的なスター、
ヴァーツラフ・ニジンスキー(1889~1950)。
まるで空を飛んでいるかのような華麗なジャンプ。
当時の人々は
「飛行するニジンスキー」「空中の皇帝」などと呼んでいた。
https://jp.rbth.com/blogs/2014/02/21/47253

ヌレエフ
ルドルフ・ヌレエフ。1938年~1993年。
ソ連のバレエダンサー。
1961年に、海外公演の途中に亡命。
1963年ごろから英国ロイヤル・バレエのゲストとして
20歳近く年上のマーゴ・フォンテインとペアを組み、
後に伝説のパートナー・シップとまで言われるようになる。
1964年にウィーン国立歌劇場で自身とフォンテインが出演する
『白鳥の湖』の振り付けを担当したことをきっかけに
ウィーンに活動拠点を移し、1982年にオーストリア国籍を取得。
1980年代にはパリ・オペラ座芸術監督に就任、
シルヴィ・ギエム、シャルル・ジュド、マニュエル・ルグリなどを見出した。
また、レパートリーを一新して、
ウィリアム・フォーサイスなど現代作品を積極的に採用、
現在のオペラ座の隆盛の礎を築く。
1993年、AIDSによる合併症のため、54歳で死去した。
(Wikipediaより)

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なんだか伝説のバレーダンサーの名前が並んでしまいました。
本作ではニジンスキーやヌレエフに並んで
まさに将来のレジェンドたるべきエトワールや
プルミエ、プルミエールが登場します。

そうそう、ニュージーランド人のラグビー選手を父に
日本人を母に持つオニール八菜も
ヌレエフの技術と心を託される一人として登場します。

とののように1ヶ月でバレエに挫折した門外漢は
脇へ退くとして
バレエファンにはたまりませんよ。

さあ、どんな作品なのでしょうか。
続きは次回までお待ちくださいませ。




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パリ・オペラ座 ~夢を継ぐ者たち~
監督/マレーネ・イヨネスコ
出演
マチュー・ガニオ、アニエス・ルテステュ、ウリヤーナ・ロパートキナ、オニール八菜、バンジャマン・ペッシュ、ウィリアム・フォーサイス、アマンディーヌ・アルビッソン、ジョシュア・オファルト、エリザベット・プラテル、バンジャマン・ミルピエ、ジャン=ギヨーム・バール、ローラン・イレール、ウェイン・マクレガー、ステファン・ビュリヨン、ギレーヌ・テスマー
7月22日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
2016年、フランス、字幕翻訳/古田由紀子、字幕監修/岡見さえ、配給/ショーゲート、協力/(公財)日本舞台芸術振興会、http://backstage-movie.jp/



by Mtonosama | 2017-07-06 06:46 | 映画 | Comments(4)

ヒトラーへの
285枚の葉書

-2-

Alone in Berlin

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(C)X Filme Creative Pool GmbH / Master Movie / Alone in Berlin Ltd /
Pathe Production / Buffalo Films 2016



この映画の原型となったのは
「ハンペル事件」という第2次世界大戦中に
実際にベルリンで起きた事件です。

夫は工場で働き、妻は地区の情宣活動に勤めています。
一人息子が出征していましたが、
北部戦線で戦死してしまいました。

時は1940年6月
ナチス・ドイツ軍パリ入城。
まさにヒトラーの絶頂期であり、
北欧からアフリカに至るまで
ハーケン・クロイツが翩翻(へんぽん)と翻る時代でした。

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ストーリー
1940年、ナチス・ドイツのパリ入城の知らせに沸き立つベルリン。
軍需工場に勤めるオットーと
国家社会主義女性同盟メンバーのアンナの
クヴァンゲル夫妻は小さなアパートで静かに暮らしていた。
そんな二人の許に飛び込んだ一人息子ハンスの訃報。
ふたりは深い喪失感に沈み込む――

やがて、
オットーはポストカードにメッセージを書き始める。
「総統は私の息子を殺した。
彼はあなたの息子も殺すだろう」
四角い文字で一字一字丁寧に書き記す。

翌日オットーはアンナと共に
そのメッセージを記した葉書を
ビルの階段に置いて立ち去る。
これが、
ナチ政権への不信と憤りに固まったクヴァンゲル夫妻の
ささやかな抵抗の始まりだった。

その後も黙々とメッセージを記すオットー。
アンナも国家社会主義同盟の活動を抜け出し、
カードの配布を手伝う。
それは
見つかれば死に直結する国家への反逆行為だった。

市民からの通報を受けた捜査に乗りだした
ゲシュタポのエッシャリヒ警部は
犯人の特定に手こずっていた。
ベルリン各地で発見された葉書は既に120枚以上。
ナチ親衛隊の大佐から事件の早期解決を促された
エッシャリヒ警部はカードの分布状態を分析し、
犯人の住まいをアレクサンダー広場に近い筈と推理する。

夫妻は用心深かった。
移動には複数の路面電車を乗り継ぎ、
指紋も決して残さない。

エッシャリヒ警部もそれ以上の手がかりを
見つけ出すことはできなかった。

ある日、部下が誤認逮捕した容疑者を釈放したエッシャリヒ警部は
そのことで親衛隊大佐から激しく咎められ、
屈辱的な仕打ちを受けた。
彼もまた言いようのない怒りや虚しさを感じる一人となる。

「現政権下では幸せはない」
「今の体制を倒そう」
オットーとアンナはゲシュタポや親衛隊の監視の目が光る
ベルリンの街になおも葉書を置いて回っていた。

だが、落とし穴は
思いがけないところに口を開けていたのだ……

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葉書を置いて回る――
地味な事件です。
夫妻が置いた285枚の葉書は殆どが市民の手によって
ゲシュタポに届けられました。
でも、その葉書をそっとポケットにしまった市民も
10数人ですが、いたのです。

一人息子を奪われたオットーとアンナ、
教育もノーハウもあるわけではない平凡な夫妻が
巨大な権力に、葉書で立ち向かっていきました。
象に立ち向かうカマキリよりも無力です。

それなのにこの言いようのない感動はなんでしょう。
共謀罪が成立し、
この映画のような状況が他人事とは思えないからでしょうか。
無力と思えた一介の初老の夫婦が
死を賭けて抵抗に立ち上がったからでしょうか。

オットーを演じたブレンダン・グリーソン、
アンナを演じたエマ・トンプソン、
エッシャリヒ警部のダニエル・ブリュール。
入魂の演技です。

素晴らしい映画でした。
とのの消えかけている勇気の炎に
そっと手をかざして守ってくれる――そんな作品でした。






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ヒトラーへの285枚の葉書
監督・脚本/ヴァンサン・ペレーズ、撮影/クリストフ・ボーカルヌ、音楽/アレクサンドル・デスプラ
出演
エマ・トンプソン/アンナ・クヴァンゲル、ブレンダン・グリーソン/オットー・クヴァンゲル、ダニエル・ブリュール/エッシャリヒ警部
7月8日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
2016年、独・仏・英、英語、103分、日本語字幕/吉川美奈子、原作「ベルリンに一人死す」(みすず書房)、後援/ドイツ連邦共和国大使館、配給/アルバトロス・フィルム、http://hitler-hagaki-movie.com/

by Mtonosama | 2017-07-03 06:17 | 映画 | Comments(7)

ヒトラーへの
285枚の葉書

-1-

Alone in Berlin

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(C)X Filme Creative Pool GmbH / Master Movie / Alone in Berlin Ltd /
Pathe Production / Buffalo Films 2016



歳をとり、更に耳年増、目年増となると
感動する機会は少なくなってしまいます。

歳をとるのは必ずしも悪いことばかりではありませんが、
心が平坦になりすぎるということはあるかもしれません。

が、しかし、
この映画には感動しました。

派手な筋立てがあるわけではありません。
でも、
ものすごく心の琴線に触れてくるのです。

戦後72年経っても、
第2次世界大戦でナチス・ドイツが
行なったことを題材にした映画は作られ続けています。
まだまだ続くのでしょう。

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本作もそうです。
タイトルを見ればわかりますよね。
『ヒトラーへの285枚の葉書』。
オリジナルタイトルは
“Alone in Berlin”ですが――
なかなか深いです。

主人公は北の戦線で一人息子を失い、
ヒトラー政権に対して抵抗し続けた
名もない労働者夫婦。

原作は
ドイツ人作家のハンス・ファラダが
ゲシュタポの記録文書をもとに
1946年
4週間で書き上げたという「ベルリンに一人死す」です。
(赤根洋子訳 みすず書房)。

オットー&エリーゼ・ハンぺル夫妻という
実在の人物をモデルにした小説です。

アウシュヴィッツから生還した
イタリアの作家プリーモ・レーヴィは
「ドイツ国民による反ナチ抵抗運動を描いた最高傑作」
と評しました。

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ハンス・ファラダは
日本ではほとんど紹介されることのない作家でしたし、
ナチス時代には「望ましからざる作家」の烙印を押されました。
しかし、
彼は亡命はせず、独裁体制の始まりから終わりまでを
その目で見続けた作家です。

そして
1946年
戦後ドイツ出発の年に
「ハンペル事件」の秘密文書を
旧ゲシュタポより入手し、
自分自身の目で見た戦時の日常を織り込みながら、
この長編小説を4週間で書き上げました。

それが「ベルリンに一人死す」です。
全精力を注いだからでしょうか、
書き上げてわずか3ヶ月で亡くなってしまいました。

その上、本国では長く忘れ去られていましたが、
死後60年経って英訳されたことで
いま再評価されている作家、ハンス・ファラダ。

ハンス・ファラダ
1893年生まれ。本名ルドルフ・ディッツェン。
26歳で作家デビュー。
その時グリム童話から取って
ハンス・ファラダというペンネームを名乗る。
横領罪で服役後、
地方新聞の記者として取材した農民暴動をもとに
“Bauern,Bonzen und Bomben”(’31)を発表。
大恐慌と不況に見舞われるドイツ人を描いた
“Kleiner Mann,was nun?”(’32)
(「どうする小市民」仮題 今夏みすず書房より近刊)
がベストセラーになり、ハリウッドで映画化。
大戦中、ナチスによって「望ましくない作家」に分類され、
精神的葛藤から極度のアルコール及び薬物依存症に。
1946年に長編「ベルリンに一人死す」を書き上げたが、
3ヶ月後に死去。

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監督はヴァンサン・ペレーズ。
スイス・ローザンヌ生まれのスペインとドイツとのハーフで、
この人もまた
スぺイン側の祖父がファシストによって殺され、
ドイツ人の叔父は17歳の時にソ連戦線で戦死、
(主人公の息子と同じです)
という家族の歴史を持っています。
ヨーロッパでは皆がまだまだ戦争をひきずっているのですね。
それは日本も近隣国も同じことですが。

さあ、一体どんなお話でしょう。
続きは次回まで乞うご期待でございます。



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ヒトラーへの285枚の葉書
監督・脚本/ヴァンサン・ペレーズ、撮影/クリストフ・ボーカルヌ、音楽/アレクサンドル・デスプラ
出演
エマ・トンプソン/アンナ・クヴァンゲル、ブレンダン・グリーソン/オットー・クヴァンゲル、ダニエル・ブリュール/エッシャリヒ警部
7月8日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
2016年、独・仏・英、英語、103分、日本語字幕/吉川美奈子、原作「ベルリンに一人死す」(みすず書房)、後援/ドイツ連邦共和国大使館、配給/アルバトロス・フィルム、http://hitler-hagaki-movie.com/

by Mtonosama | 2017-06-30 06:32 | 映画 | Comments(10)

三毛猫ひかちゃん 
-56-


あたし、ひかちゃん。

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せっせ、せっせ。
指と指の間は汚れが溜まりやすいから
清潔にしないとね。

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ふーっ、さっぱりしたわ。
なんたって、あたしは綺麗好きなの。

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あら?
窓が少し開いてるじゃないの。

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フフフ、
脱出成功よ。
窓を締め忘れた飼い主が悪いのよ。

あたしはね、
例え7cmしか隙間がなくっても潜り抜けられんだから。
よ~く覚えておおきなさい。


これが鳥さんの目線ね。
ふ~ん、あの人たちったら
いつもこんな見方をしてるんだわねぇ。

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で、でも、
ちょっとヤバくない?
降りれないし・・・

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なによ。
あたしだって失敗くらいするわよ。

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あ~あ、
あたしはやっぱり窓の内側にいる方が
似合うタイプなんだわ。
だって深窓の令嬢ですものね。

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こうやって見ると
ワンってお利口さんよね。

だけど、
あたしは断固リードは拒否よ。

また、いつか逃げ出してやるから。

ひかり


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by Mtonosama | 2017-06-27 05:51 | 映画 | Comments(4)

ラスト・プリンセス
―大韓帝国最後の皇女―
-2-

THE LAST PRINCESS

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(C) 2016 DCG PLUS & LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.


『ラストエンペラー』
そして、
『ラスト・プリンセス』
いずれの作品も
日本の侵略が関わった悲劇です。

なんかとっても恥ずかしいです。

日本統治時代、
徳恵翁主は13歳で日本へ強制的に
渡航させられましたが、
当時、既に
彼女の異母兄(高宗四男)の英親王が
人質として日本に住み、
梨本宮の方子(まさこ)と結婚していました。

彼は「人質は自分一人でたくさんなのに」と
ひどく腹を立てていたそうです。
そりゃ、そうですよねぇ。

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ストーリー
「朝鮮」から「大韓帝国」へ国号が変わり
李氏朝鮮第26代国王・高宗(コジョン)が
初代皇帝の座についていた日本統治時代。

1919年
皇帝と梁(ヤン)貴人の7歳になる娘・徳(トッ)恵(ケ)翁主は
両親の愛を受けて成長。
だが、皇帝は激動の時代を生き抜かねばならない娘の身を案じ、
侍従キム・ファンジンの甥
キム・ジャンハンを娘の結婚相手にと考えていた。
しかし、ジャンハンは亡父の遺志を継いで
独立運動家になることを固く決意していたので
徳恵との婚約を辞退するのだった――

皇帝は日韓併合条約に反発を抱いていた。
そのことで朝鮮総督府と激しく対立した夜、
幼い徳恵の目の前で薬殺されてしまう。
暗殺を企てたのは王公族の家務を司るハン・テクス長官だった。

※王公族とは、大日本帝国により併合された旧大韓帝国皇族である
李王家とその一族の日本における身分。



1925年

徳恵とジャンハンは友情以上の絆で結びついていた。
だが、皇族である彼女には自由な生き方など許される筈もない。
日本への留学が進められていた。
テクス長官が彼女の存在を危険視していたからだ。
「勉強が終わったら必ず帰ってきます」
後ろ髪をひかれる思いで母に別れを告げ、
侍女ポクスンを伴い、宮殿を後にする徳恵だった――

数年後の東京。
異母兄・英親王と妻・方子の邸宅で
暮らしていた徳恵のもとへ
大日本帝国陸軍少尉となったジャンハンが訪ねてきた。
だが、ここでもテクス長官の監視の目が。

卒業したにもかかわらずいつまでも
帰国できずにいる徳恵は
甥のイ・ウ王子から
「祖国へお連れします」と
思いもよらない言葉をかけられる。

彼は朝鮮を日本の統治下から取り戻そうと
独立運動家を率いていたのだ。
彼らは祖国復興の目標を掲げ、
英親王と徳恵を上海に亡命させるため
綿密な計画を立てるのだった。

ある日、
テクス長官から朝鮮人労働者への演説を頼まれる徳恵。
その返礼は祖国への帰還だった。
危篤に陥っている母に会いたい一心から
労働者の前で日本語の原稿を読み上げる徳恵。
だが、原稿から目を上げた時、
そこにいたのは奴隷のような扱いを受けている同胞の姿だった。
思わず、徳恵は朝鮮語で
「祖国の家族のために希望を捨てないでください」
と語りかけた。

怒り狂ったテクス長官は
彼女の帰国を取り止める。
その後、追い打ちをかけるように母の訃報が・・・

徳恵に残された道は亡命のみ。
決行は東京で開かれる紀元節の記念行事の日。

徳恵の運命やいかに……

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日本がヒールになる映画って
あまり見たくない気持ちになってしまうはなぜでしょう。
例えば『パールハーバー』とか、本作とか・・・

でも、本作の場合すごい悪役が出てくるんです。
それも日本人ではありません。

朝鮮人でありながら日本に尻尾を振り、
徳恵を苛め抜くテクス長官。

島田紳助にそっくりな顔をしたこの悪党が
あまりにも憎々しくて
ついひきつけられてしまいました。

歴史エンターテインメントです。






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ラスト・プリンセス
監督・脚本/ホ・ジノ、脚本/チェ・グノ、ソ・ユミン、イ・ハノル、キム・ヒョンジョン
製作総指揮/チャ・ウォンチョン、パク・ヒョンテ、撮影/イ・テユン、
原作/クォン・ビヨン「朝鮮王朝最後の皇女 徳恵翁主」
出演
ソン・イェジン/高宗の娘・徳恵翁主、パク・ヘイル/独立運動家キム・ジャンハン、ユン・ジェムン/李王職長官ハン・テクス、ペク・ユンシク/徳恵の父、パク・チュミ/徳恵の母、ラ・ミラン/徳恵の侍女ポクスン、パク・スヨン/徳恵の異母兄・英親王、戸田菜緒/英親王の妻・李方子
6月24日シネマート新宿ほか全国順次公開
2016年、韓国、127分、カラー、字幕翻訳/小寺由香、配給/ハーク、http://www.lastprincess.info/

by Mtonosama | 2017-06-24 06:41 | 映画 | Comments(4)

ラスト・プリンセス
―大韓帝国最後の皇女―
-1-

THE LAST PRINCESS

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(C) 2016 DCG PLUS & LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.


いまもしこりの多い隣国・韓国。
それというのも元をたどれば
朝鮮王朝から大韓帝国へと変遷した
日本統治時代にあるのでしょう。

秀吉の朝鮮出兵もありました。

九州の柳川にある古い料理屋さんに行った時
長押に当時の兜や槍があるのを見て驚いたものです。

本作は大韓帝国の初代皇帝・高宗の娘
徳恵翁主が主人公です。

日韓併合の推進と朝鮮皇室の消滅を図る
政略に巻き込まれた彼女は
わずか13歳で日本へ留学させられてしまいます。

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ストーリーのベースは
2009年に女性作家クォン・ビヨンが
フィクションをまじえて創作した韓国のベストセラー
「徳恵翁主」。
19週連続売り上げ1位に輝いていた
「1Q84」(村上春樹著)を抜いてトップになった小説です。

韓国での総発行部数は100万部を超え、
2010年上半期韓国書籍ベストセラー第1位、
2006年-2016年の10年間ベストセラー第8位を記録。

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1912年に生まれた徳恵翁主。
父は朝鮮王朝26代の高宗。
60歳という高齢で授かった娘なので
高宗は徳恵をたいそう可愛がったということです。

翁主というのは王の側室から生まれた王女を指します。
王の正室から生まれた王女は公主と呼ばれるとのこと。

徳恵の母は女官から高宗の側室になった
貴人・梁氏。
貴人というのは側室に与えられる品階で
格式では二番目の高位にあたります。

話は韓国と日本との忌まわしい過去に及びますが、
徳恵の生まれた1912年は日韓併合から2年目。
既に朝鮮半島は日本の植民地であり、
徳恵翁主の異母兄は人質として
日本に渡っていました。

7歳で父の死を目の前で見た徳恵。
その死は日本の勢力による毒殺ではないかと
噂されました。

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彼女の人生は本人の意志とは関係なく
劇的に変化させられます。

1925年13歳で強制的に来日させられ、
学習院で教育を受け、
対馬藩主の血筋をひく
宗武志伯爵と政略結婚させられ、
家族と切り離され、
心の病を患った悲運の皇女。

まさに韓流であります。

監督・脚本はホ・ジノ。
切ない恋を描いた監督デビュー作
『八月のクリスマス』で
「第19回青龍映画賞」新人監督賞・作品賞・主演女優賞・撮影賞、
「第18回映画評論家協会賞」で監督賞・作品賞・女子演技賞・撮影賞、
「第34回百想芸術大賞」新人監督賞・作品賞・主演女優賞など
映画賞を総なめにした監督です。

さあ、いったいどんなお話でしょうか。
続きは次回まで乞うご期待でございます。




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ラスト・プリンセス
監督・脚本/ホ・ジノ、脚本/チェ・グノ、ソ・ユミン、イ・ハノル、キム・ヒョンジョン
製作総指揮/チャ・ウォンチョン、パク・ヒョンテ、撮影/イ・テユン、原作/クォン・ビヨン「朝鮮王朝最後の皇女 徳恵翁主」
出演
ソン・イェジン/高宗の娘・徳恵翁主、パク・ヘイル/独立運動家キム・ジャンハン、ユン・ジェムン/李王職長官ハン・テクス、ペク・ユンシク/徳恵の父、パク・チュミ/徳恵の母、ラ・ミラン/徳恵の侍女ポクスン、パク・スヨン/徳恵の異母兄・英親王、戸田菜緒/英親王の妻・李方子
6月24日シネマート新宿ほか全国順次公開
2016年、韓国、127分、カラー、字幕翻訳/小寺由香、配給/ハーク、http://www.lastprincess.info/


by Mtonosama | 2017-06-21 06:06 | 映画 | Comments(6)