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殿様の試写室

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おくりびと

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        今春、父を見送りました。
        喪主として過ごした通夜、告別式、四十九日法要までの慌ただしさ。
        悲しみや疲労も加わり、かなりつらいものでした。
        まして、冠婚葬祭万事において派手かつトラディショナルな尾張名古屋での葬式。
        きつい通過儀礼でありました。そんな中で観た「おくりびと」です。

   「おくりびと」は死者の体を浄め、最後のお化粧をほどこし、柩におさめる人・納棺師を
   主人公とした映画です。
   葬式といえば伊丹十三監督のその名も「お葬式」(‘84)が思い浮かびます。
   そうそう、津川雅彦ことマキノ雅彦監督の「寝ずの番」(‘06)もありました。
   2作品ともドタバタしたお笑い系の映画でしたね。

   「おくりびと」も笑えます。

        1800万円も借金をしてチェロを購入したのに、チェリストである主人公の所属する
        オーケストラが解団してしまうのが、かわいそう過ぎて泣き笑い。

        やむなく妻とともに故郷山形へ帰った主人公がやたら条件の良い求人情報に
        ひっかかるところが切実で同情笑い。

        その求人広告のキャッチフレーズ『旅のお手伝い NKエージェント』が
        旅行代理店のそれではなく、
        『旅のお手伝い』は『安らかな旅立ちのお手伝い』の誤植、
        『NK』は『納棺』の頭文字だったというあたりは「おやじギャグかい」と苦笑い。

   チェリストから納棺師。東京人から山形人へ。
   ガラッと人生を転換した小林大悟さん(あ、主人公です)。
   彼は、6歳の時父に捨てられ(山形でジャズ喫茶を経営していた父は
   そこのウエートレスと出奔)、
   女手ひとつで育ててくれた母の死に目には海外演奏旅行中で会えず。
   いまだかつて人の死に出会ったことがありません。

        そんな小林さんがNKエージェントの社長に随って、
        さまざまな死を身近に見て、触れることになります。

        こわもての社長が
        遺体の硬くなった手や顔に触れ
        そのこわばりを優しくほぐす仕草
        死装束に着替えさせるときの
        手品とも茶道のお点前とも見紛う美しい所作

   それはすべて死者の尊厳と、見送る遺族の気持ちを思いやってのものなのですね。

        自分が死者だったら
        「どうせ死んでるんだからわかりゃしないさ」
        と遺族や弔問客の前で裸にされるのは嫌だし、
        遺族だって目のやり場に困ります。

   小林さんが死や納棺師に対して抱いていたイメージは変わっていきます。

        事故で死んだヤンキーの女子高生の清めの席で、
        事故を起こしたワルの男子高校生と衝突する遺族

        妻を亡くして、行き場のない悲しみを納棺師にぶつける夫

        納棺師が居合わせる場は、愛する人の死を認めたくない遺族の
        生々しい感情が渦巻く場でもあります。

   納棺師は死者に旅支度をさせ、化粧をほどこし、
   遺された家族に大切なひとの死を受け入れさせねばなりません。
   お葬式は本人が決定権を持たない人生最後の見せ場。
   陰の演出者として遺体を最高に美しくするという使命を持っているのが
   納棺師・おくりびとなのです。

        いつも銭湯で出会っていたおじさんが火葬場のかまの前で
        棺の主に向かって言います。
        「いってらっしゃい。またあちらで会おうな」。
        火葬場のかまは門なんだよ。
        死ぬんじゃなくて、こっちからあっちへ行くだけなんだ、と。

   次第に変わっていく小林さんの姿は妻も友人も変えていきます。
   庄内平野ののどかな風景とチェロの優しい音色が流れ…
   ラストで迎える小林さん一世一代の決断。

        笑って、泣いて、泣いて、笑って、ハンカチを持つ手が忙しいけれど、
        観終わった後は
        自分も今はおくりびと、いつかはおくられびと、
        と静かに納得させられたような気持になれる映画です。

おくりびと
監督/滝田洋二郎(「病院へ行こう」(‘90)、「僕らはみんな生きている」(’93)、「お受験】(’99)、「壬生義士伝」(‘03)」、脚本/小山薫堂、音楽/久石譲
出演
小林大悟/本木雅弘、小林美香/広末涼子、佐々木社長/山崎勉、平田正吉/笹野高史
配給/松竹、9月13日全国ロードショー
www.okuribito/jp


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by Mtonosama | 2008-08-25 07:26 | 映画 | Comments(10)
わが教え子、ヒトラー
Mein Fuerer
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  最近のドイツ映画にはナチをテーマにしたものが多い気がします。
     「ヒトラー、最期の12日間」(‘04)
     「ヒトラーの贋札」(’07)
     「白バラの祈り ゾフィー・ショル最期の日々」(‘05)。
そうそうi以前ご紹介した「敵こそ、わが友」もドイツ映画ではありませんが、同じ。
皆ここ数年の作品です。

           ヒトラーが死んで63年。
           60年も経てば、そろそろ禁忌のカーテンを開けて
           稀代の独裁者の素顔に迫ってみようかという
           勇気あるドイツ人あるいはユダヤ人の映画制作者が出てくるからでしょうか。
           加害者側も被害者側も客観的に語るには、
           ともに60年を超える歳月が必要だったのでしょう。

           とはいえ、安直なピカレスク小説ではないのですから、
           悪人としてのヒトラーは当たり前過ぎるし、
           だからといって人間としてのヒトラーを描くのも問題があるでしょう。
           ドイツ国内にはネオナチだっていますから。

           それを思うと、
           死を目前にした人間味あふれるヒトラー(「ヒトラー、最期の12日間」)を
           描いた1957年生まれのオリバー・ヒルシュビーゲル監督は、
           かなり思い切りのいいドイツ人でした。

      本作「わが教え子、ヒトラー」も思いがけない切り口からヒトラーに迫った映画です。
      私たちがヒトラーと聞いて思い浮かべるのは
      大観衆の前で唾を飛ばし、手を振り回し、足を床にうちつけ演説する姿。

      ところが、ところがです。
      ヒトラーの演説には重大な欠陥があったというのです。

           長時間演説すると声が出なくなってしまうヒトラー
           その発声上の問題を矯正し、演説を指導する教師がいた……

      それがこの作品の出発点です。
      ‘03にポール・デヴリエンという人物の著書「わが教え子(マイン・シューラー)
      アドルフ・ヒトラー」が出版されました。
      それに触発され、「わが教え子、ヒトラー」(マイン・フューラー)の脚本を書き、
      監督をしたユダヤ人がいます。
      ダニー・レヴィです。

           ポール・デヴリエンはオペラ歌手兼ボイストレーナーという
           政治とは無縁の人物ですが、
           この映画で、敗北も秒読み段階に入り、
           鬱状態にあるヒトラーに自信を回復させ、
           力強い演説を行うためのノーハウを教える教師として
           設定されたのは強制収容所のユダヤ人でした。

           戦前は世界的な名優として名を馳せ、総統になる前のヒトラーに
           発声法を教えたこともあるというグリュンバウムがその主人公。
           収容所から総統官邸へいきなり連れてこられ、
           その理由を明かされた彼は自分のおかれた立場に当惑するものの、
           収容所に残る家族を呼び寄せることを条件にヒトラーを教え始めます。

      ポール・デヴリエンがヒトラーを教えたのは1932年
      映画の中でグリュンバウムが教えるのは敗北直前の44年。
      映画は史実に基づいているとはいえ、
      わずか12年という時間設定の違いが荒唐無稽感を増幅します。
      そして、ヒトラーが妙に愛らしく人間臭く描かれます。
      グリュンバウム夫妻のベッドの真ん中にパジャマ姿のヒトラーが
      甘えて入ってきたり…

           笑いたいのに笑えない。
           私たちにとってヒトラーは悪のオーラをいまだに出しまくっていて
           「可愛い!」などと笑っちゃいられません。

           自己規制の網の目にがんじがらめにされ、
           いままでのヒトラー像が刷り込まれている人間にとっては
           立ち位置を決めるのが難しい映画。
           笑ったりすると背後から「おまえ、なに笑ってんだよ」
           とこづかれそうな気がします。

      被害者側にあるユダヤ人監督だからこそ
      撮ることのできた作品。
      時を経て笑うことができるのは被害者の側の人間だけかもしれません。

      悩めるユダヤ人グリュンバウムを演じるのはウルリッヒ・ミューエ。
      「善き人のためのソナタ」でシュタージ(旧東独国家公安局)の大尉を
      演じた俳優ですが、惜しくも昨年胃がんのため、54歳で亡くなりました。

      総統官邸に連行された時の当惑した顔
      鮮烈なラストで見せた静かな笑い
      沁みてきます。

      合掌

監督/ダニー・レヴィ
キャスト
グリュンバウム/ウルリッヒ・ミューエ、ヒトラー/ヘルゲ・シュナイダー
9月初旬 Bunkamuraル・シネマにてロードショー他全国順次公開
www.waga-oshiego.com

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by Mtonosama | 2008-08-18 07:14 | 映画 | Comments(6)
コッポラの胡蝶の夢
FRANCIS FORD COPPOLA
YOUTH WITHOUT YOUTH


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(C)2007 American Zoetrope, Inc. All Rights Reserved.


    「コッポラの胡蝶の夢」はフランシス・コッポラが10年の沈黙の後に満を持して発表した
    映画です。その原作は、ルーマニアの宗教学者であり、幻想小説家であるミルチャ・エリ
   アーデの小説「若さなき若さ」(‘76)ですが―――

              ミルチャ・エリアーデ(1907~1986)

          1907年ルーマニアの首都ブカレストに生まれる。
          ブカレスト大学で哲学を学び、22歳の時、カルカッタに留学。
          サンスクリット語と東洋哲学を修める。
          帰国後、博士号を取得し、宗教学者に。
          さまざまな大学で講義をしつつ、小説の執筆を開始。
          母国語であるルーマニア語の他にフランス語、ドイツ語、イタリア語、
          英語、ヘブライ語、ペルシア語、サンスクリット語を自由に操るが、
          小説だけはルーマニア語で書き続ける。
          第二次世界大戦中はパリに亡命。
          亡命中も小説を書き、1956年渡米。
          シカゴ大学神学部で教壇に立ち、宗教学者、小説家として活躍し、
          故国には戻らなかった。
          1986年79歳でシカゴにて永眠。

     と、まあ、そんな人物です。
     エリアーデという人そのものが小説のようではありませんか。

     しかし、あのコッポラがなぜこの少し特殊な宗教学者の小説を映画化したのでしょう?

     娘ソフィア・コッポラ(「バージン・スーサイズ」‘99、「ロスト・イン・トランスレーショ 
     ン」’03、「マリー・アントワネット」‘06)の活躍をにこやかに見守る好々爺になって、
     隠居を決め込んでいたとばかりに思っていたところへの登場ですし、
     始原の言語を研究する言語学者を主人公とする時空を超えた幻想小説です。
     コッポラとエリアーデという組合せの意外性にまずびっくりしてしまいます。


     かなり独りよがりな解釈ではありますが、
     言語の始まりは感動表現の始まりであり
     それゆえに感動を求め続ける映像作家F・コッポラが
     映画化に向けて動いたということでしょうか。

    
           1938年ルーマニアにも戦争の足音が近づいてきていました。
           ブカレスト北駅に降り立ったひとりの老人がとぼとぼと歩いています。
           老人の名はドミニク・マティ。
           その昔、婚約者ラウラと別れ、
           愛も人生も、ひとつの研究のために捧げて生きてきました。
           しかし、すでに年老い、研究すらも成果はないまま。
           絶望した老学者はひそかに生を終えるつもりで
           この地にやってきたのです。
           悄然と歩くドミニクに追い打ちをかけるかのごとく
           雨が降り始め、大音響とともに雷が彼を直撃しました。

           目を覚ましたのは病院のベッドの上。
           全身にやけどを負いながら、奇跡的に一命をとりとめたのでした。

           主治医が驚くほどの回復力を見せ、すっかり健康を取り戻したドミニク。
           その肉体も30代にしか見えないほど、若返っていました。
           落雷による急激な電気エネルギーの吸収は肉体のみならず、
           その頭脳にも驚異的な進化を与えます。
           そんなドミニクに接近する恐ろしい魔の手。
           ナチが狙いをつけてきたのでした…

   なんと荒唐無稽な、と眉をひそめるのはしばしお待ちを。

   実際にも、ルーマニアは枢軸国について第二次世界大戦に参戦し、
   ナチスの政策に従っていたという事実があり、戦後はソ連の支配下にありました。
   89年の民主化運動のたかまりの中でチャウシェスク大統領が処刑されたのも
   まだ記憶に新しいできごとです。
   ルーマニアの複雑な状況下で翻弄されたドミニクの人生は
   作者エリアーデの人生でもあったわけです。

   さらに加えて、ドミニク・マティを演じたティム・ロスと
   ドミニクの主治医役のブルーノ・ガンツの演技が
   本作に現実味と深さを与えています。

   ティム・ロスといえば少し首をかしげながら話す姿が印象的な俳優。
   「海の上のピアニスト」(‘99)でも首をかしげてピアノを弾く姿が
   頭にこびりついて離れません。
   そうそう。気の弱そうな上目づかいもこの人の持ち味。
   この映画でも30代の肉体を得て、とまどう姿がとても上品で素敵です。

      あ、ごめんなさい。ちょっと入れ込み過ぎました。

   一方、ブルーノ・ガンツもナーバスな患者・ドミニクを守る医師を好演しています。
   本作は英語での出演ですが、
   今回ばかりは彼らが原作のルーマニア語ではなく
   英語を話していても気になりません。

   といいますのも、この作品の後半になると
   サンスクリット語、バビロニア語、古代エジプト語やら古代語、
   さらにドミニクが自分で考えた人工語までもが出てきて、
   言語のオンパレードだからです。
   こうした言語をきわだたせるためにも耳慣れた英語を使うのは、
   ま、許容範囲の内です。

   そうそう、ドミニクの恋人を演じたアレクサンドラ・マリア・ララ
   (「ヒトラー ~最期の12日間」の秘書役でヒトラーを演じたブルーノ・ガンツと共演)
   は実際にサンスクリット語などを話すのですが、とてもそれらしく聞こえました。

   サンスクリット語を聞いたことがなくても、「らしい」か、「らしくない」かくらいはわかります。
   少なくともティム・ロスは「らしくない」サンスクリット語でしたから。
   なんでも、マリア・ララの母親は言語学者ということですから、
   蛙の子は蛙というところでしょうか。

          言語学者の数奇な運命に、戦争や、時空を超えた愛が絡む、
          というお話ですが、要は古今東西永遠のテーマである不老不死。
          日本にも八百比丘尼などという不老不死をテーマにした話がありますが、
          いくら若く、美しく、頭脳が明晰なままでも、
          親しかった人々が歳をとり、死んでいくのを見送りながら、
          生き続けなくてはならないのはつらいことです。

          Youth without Youth 若さなき若さ…
          悲しい言葉です。

          そして、幻想小説の醍醐味を十分に満喫できるラスト。
          コッポラ監督、まだまだ隠居ではありませんでした。

監督・脚本・製作/フランシス・フォード・コッポラ
原作/ミルチャ・エリアーデ
作家・翻訳・言語指導/ウェンディ・ドニガー

キャスト
ドミニク・マティ/ティム・ロス
ヴェロニカ/ラウラ/ルピニ/アレクサンドラ・マリア・ララ
スタンチェレスク教授/ブルーノ・ガンツ
8月30日(渋谷Q-AXシネマ改め)渋谷シアターTSUTAYA他全国順次公開
配給・宣伝:CKエンタテインメント
www://kochou-movie.jp

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by Mtonosama | 2008-08-10 15:37 | 映画 | Comments(5)
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(c) MMVII by RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC and PARAMOUNT VANTAGE,
A Division of PARAMOUNT PICTURES CORPORATION.All Rights Reserved.

イントゥ・ザ・ワイルド
INTO THE WILD

ショーン・ペンは嫌いです。
「俺ってすごいだろ。こんな演技は俺にしかできないんだぜっ」
ムンムンした臭みを身体中から発散している感じがしませんか?
もちろん、あのちょっと暗い顔とセクシーさが好きという人も多いのでしょうが。
でも、それは俳優ショーン・ペンの話。

監督ショーン・ペンがやってくれました。
“Into the Wild” 「荒野へ」。
もう、タイトルからしてそそられるではありませんか。

荒野、荒地。
むかし「荒地派」という現代詩のグループがありましたっけ。 そうそう「青年は荒野をめざす」も。
今もむかしも青年は荒野をめざすのです。

クリストファー・マッカンドレスはアラスカを目指しました。
そして1992年の夏
その地で彼の遺体が発見されました。
ヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」にある豹を思わせる意外な死に場所
24歳という若さ
米東海岸の豊かな家庭に育ち、
優秀な成績で大学を卒業し、ハンサムで誰からも好かれ、
将来を嘱望されていた青年がすべてを捨てて旅立ち、
2年後に死んだのです。

この出来事に当時アメリカ中の人々が関心を寄せました。
ジャーナリストで登山家のジョン・クラカワーもその一人。
綿密な追跡取材の後に彼が発表したノンフィクション「荒野へ」はベストセラーになりました。
そして、ショーン・ペンも読み、読後すぐに映画化を決意します。

映画はクリストファーがアラスカでたった一人生きる100日を超す日々と
アラスカに至るまでの家庭生活やさまざまな人との出会いが交互に重なって描かれています。
その経緯はスパイラルをなしながら、印象的で、荘厳なラストに収束していきます。

        北カリフォルニアのパシフィック・クレスト・トレイルを旅する
        中年ヒッピーのカップルとの出会い、
        サウスダコタの広大な農場、カヤックによるコロラド川の急流下り、
        水路によるメキシコ国境越え、貨物列車にもぐりこんでの気ままな彷徨

最高のロードムービーです。
同時に、心の荒野に安住することを選ばず、
地の果てアラスカという現実の荒野に分け入り、
たった一人で果敢に生き抜いた人間を見事に描ききった感動的な映画です。
彼の勇敢な生き方には拍手を送りたい気分です。

遺体のそばにあったフィルムを現像したという
実物のクリストファー・マッカンドレスがエンドロールのバックに出てきます。
その端正な笑顔には悲壮感はみじんもなく、
自分の人生を生き抜く青年のさわやかな充足感が満ち、
死ぬためにではなく生きるために生きている笑顔でした。

        ショーン・ペン監督にもあらためて拍手を送らねば―――

監督・脚本/ショーン・ペン
キャスト
クリストファー・マッカンドレス/エミール・ハーシュ
9月6日シャンテシネ、テアトルタイムズスクエア他全国公開
Intothewild.jp

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by Mtonosama | 2008-08-04 11:49 | 映画 | Comments(5)