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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

<   2010年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

映画にこじつけ台湾旅行 
2日目 -4-

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台湾2日目午前11時。九份に到着。殿にとって、この旅行、最大のハイライトです。
どこかで見たような景色だと思いませんか?
江ノ島?
はあ…そうとも言えます。

実は、ここ九份は
千と千尋の神隠し」のモデルになった町です。
千尋の両親がガツガツ食べながら、豚になってしまったあの町です。

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そして、九份は
台湾の生んだ巨匠・侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の作品「悲城情市」(‘89)を
撮影した場所でもあります。
案内板の一番上に「悲城情市電影場景」と書いてあるの、ご覧になれますか?
ガイドの陳さんが
「九份は昔さびれていましたが、『悲城情市』公開以後、このにぎわいです」
と人混みをかきわけながら教えてくれました。

悲城情市
'45年から'49年までの台湾の激動の4年間を背景に、
ある一家のたどる変遷を描いた作品です。
「映画にこじつけ台湾旅行-2-」でお伝えした二二八事件も描かれています。

ロングショットを多く用いた静かな映画で、
映画に登場する日本の家屋が日本よりも日本風で不思議な印象を受けたものです。

しかし、「悲城情市」で二二八事件が描かれていたというのに、
事件を記念してつくられた二二八紀念公園に行きながら
何も思い出せなかった殿はなんておばかなんでしょう。

「悲情城市」、絶対もう一度観なくては。

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九份は戦前まで、東洋随一の金鉱があった町です。
そこで働く坑夫さんたちは非番の日にはこの町にやってきて羽を伸ばしたのでしょうね。
その頃の雰囲気が狭い道をはさんだ両側のお店に残っていました。

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写真はそうした坑夫さんたちが訪れた映画館です。なんか和むでしょ?

さあ、ようやくお昼です。

2日目、次はいよいよ午後の部に入ります。

続く

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by mtonosama | 2010-05-31 06:33 | 映画 | Comments(6)
映画にこじつけ台湾旅行
2日目 -3-


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台湾2日目。
なにせ「太鼓判!台湾の“楽しさ”トク盛!!台湾北部得!特!盛4日間」という
盛りだくさんなツアー。1回や2回ではお伝えしきれません。

暑いし、疲れたから、もう十分。
ではなく、シンフェン。地名です。
(この看板では略字ですが、二ンベンに分で份と書きます)

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この写真も朝の9時です。
十份という小さな町で体験した天燈上げ。

これだと天燈より線路上のおにいさんの方が迫力ありますが。

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               ↑ ↑
天燈というのは、紙でつくった大きな気球の内部に火をつけた油紙を入れて
空に飛ばすもの。内部の空気が暖まると、天燈は天高く上がっていきます。
天燈の表面に願い事を書いて、飛ばすんですよ♪
最初の写真の天燈の下で燃えているのがその油紙。

一旦、空に浮かび始めると思いのほか高速で上がっていくので、
殿のカメラ技術ではその感動的なシーンをお伝えすることができません。

というわけで、映画。
天燈が登場する映画で、その幻想的な光景を楽しんでくださいませ。
埋もれ木」(‘05 小栗康平監督)http://www.umoregi.info/
プール」(‘09 大森美香監督)http://mtonosama.exblog.jp/11703340

いずれの映画も夜空に浮かぶ天燈が美しく、印象的だったのですが、
明るい夏空を猛スピードで東シナ海(たぶん…)に向って飛んでいく天燈も
なかなかなものでした。
天燈が上空かなたに消えるまで、口を開けて見ていた殿です。

2日目まだお昼にもなっていません。

続く

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by mtonosama | 2010-05-30 06:09 | 映画 | Comments(8)
映画にこじつけ台湾旅行
 2日目 -2-


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早寝早起きが身上の殿は台北2日目もいつも通り5時に起床。
朝のお散歩にでかけました。
太極拳をやっているおじいさんやおばあさんの姿を見るのもお散歩の楽しみです。

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あ、猫だ!へぇ、アジアで見る初めての猫♪
中華人民共和国でも、ベトナムでも、カンボジアでも、
犬や豚はいても、猫って見たことありませんでした。
くろさん、カメラ目線をありがとう。もっと上手に撮れたらよかったのにね。

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散歩の途中、たくさんの予備校がありました。近くに台北医科大学があるからでしょうか。
この予備校、「儒林状元第」とありますが、状元というのは科挙(隋から清まで行われた官僚登用試験)にトップの成績で合格した人のこと。
なんとも縁起の良いネーミングの予備校です。

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二二八紀念公園にある鳥居です。

ご承知のように台湾は1895年から1945年まで半世紀もの間、日本に統治されていました。
それを証明するのがこの鳥居。
しかし、その割に、台湾の人たちは日本人に対して親切です。
そのことが不思議だったのですが…

二二八?二二八事件。
いったいなんだ?日にち的に二二六と関係があるのか?

2.28事件
1947年2月27日、台北市内で外省人(中国大陸籍)官吏がたばこ売りの台湾人女性を銃床で殴打したことをきっかけに、翌28日から国民党統治に対する抗議行動が台湾全島に拡大。国民党軍は武力による鎮圧に踏みきった。殺害・処刑された被害者はその後の政治弾圧を含めて18,000~28,000人とされる。(2007年3月1日付「産経新聞」

1945年敗戦した日本が台湾から去るのと入れ替わるように、
台湾へやってきたのが大陸の中華民国。
外省人というのは彼らのことをいいます。それに対して前から台湾に住んでいた人々は本省人
外省人は本省人を差別的に扱い、本省人たちは次第に不安を高めていきました。
そんな中、起こったのが二二八事件だったわけです。

知らなかったです。

日本が出ていき、同胞がやってきたと思ったら、政治弾圧!
台湾の人たちは裏切られた、と思ったことでしょう。

     でも、これと同じようなことが、日本でも起きているんですよね。
     第二次世界大戦時、地上戦にまきこまれ、洞窟に逃げ込んだ沖縄の人たち、
     日本兵から自害せよと言われたとき同じことを思ったでしょうね。
     そして、現在の基地問題…

二二八紀念公園はその事件を忘れないためにつくられた公園なのですね。

外省人と比べれば、日本の方がちょっとだけマシだったってことなんでしょうか。
近い国なのに、なにも知りませんでした。
と、反省しつつ、明日も台湾2日目です。

続く

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by mtonosama | 2010-05-29 06:11 | Comments(8)
映画にこじつけ台湾旅行
 1日目 -1-


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先週、台湾へ行っていました。3泊4日、JTB旅物語、格安ツアー旅行です。
いくらかっていうと、ニッキュッパ、29,800円です!
ただ、殿は一人参加でしたので、部屋代18,000円也が余分にかかりましたが。

成田から台北まではわずか3時間。
久々の飛行機にワクワク、操作法にとまどいながら、映画をセット。
「インビクタス――負けざる者たち」を観始めました。

クリント・イーストウッド監督作品
1994年、ネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)はとうとう南アフリカ共和国初の大統領に。
アパルトヘイトによる人種間の差別や対立、経済格差の残る国をまとめるため、
マンデラは白人選手の多いラグビーチームの再建を図る。
翌1995年、自国で開催するラグビー・ワールドカップに向け、
マンデラ大統領とチームキャプテン・ピナール(マット・デイモン)は手をとりあって進んでいく…

いいぞ、いいぞ。ラグビーのルールなんて全然わからないけど、面白い♪
と感動のラストまで釘付け…といきたかったのに、
良いところで飛行機は台北に到着。

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中華人民共和国とは違って略字を使わない漢字の国・中華民国です!

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これも中華民国です。

機内食は4時という中途半端な時間だったので、
ホテルに到着した後、お腹が空いてしまいました。
だからといってココ壱やセブンイレブンで晩御飯じゃなぁ…
で、路地を探索。麺や餃子の店がたくさん並んでいました。
「麻辛肉絲麺」となんだか美味しそうな字づらの漢字をみつけ、指差し注文。
ついでに殿が唯一ちゃんと発音できる「イーピンピーチュー!」
(一瓶啤酒)=ビール1本!と
頼んだところ、「メイヨ―」(没有)=ないよ。

日本の立ち食いソバ屋にビールがおいてないのと同じこと。
麺は55元。日本円にして165円です。
入ったお店は量も値段もリーズナブルな台北の座れる立ち食いソバ屋だったわけです。

台北の夜は一本のビールもなくふけてゆきました。
続く

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by mtonosama | 2010-05-28 05:46 | Comments(8)
必死剣鳥刺し -2-

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              (C)2010「必死剣鳥刺し」製作委員会

さて、藤沢周平ファン、時代劇ファン待望の東映時代劇映画「必死剣鳥刺し」です。

「鳥刺し」と聞いて、モーツァルト「魔笛」の鳥刺し男パパゲーノを思い出してしまった方、
すいません、それは忘れてください。

ストーリー
海阪藩の近習頭取・兼見三左エ門(豊川悦司)には或る過去があります。
3年前のこと、藩主・右京太夫(村上淳)の愛妾・連子(関めぐみ)を城中で殺したのです。
連子は類まれなる美貌の持ち主で藩主の寵愛を一身に浴び、藩政にも口を出し、
自分の意に染まない臣下を切腹にまで追い詰める悪女。
そのことを藩主に注進できるものはおらず、
唯一、藩主を諫めることのできるのが藩主の従弟・帯屋隼人正(吉川晃司)でした。
しかし、藩主は隼人正の意見も聞き入れようとはしません。
城内の空気は次第に重苦しさを増してゆきます。

三左エ門が連子を刺したのは、そんな時期でした。
最愛の妻・睦江(戸田菜穂)を亡くし、
生きる意欲も失っていた三左エ門にとって、
悪政の張本人である連子の殺害は死に場所を求めるための行動でもありました。

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ところが、予想に反する寛大な処置。
「一年の閉門後は再び藩主に仕えよ」という沙汰が下されます。
不審感と無力感を抱きながらも、閉門の処置に従う三左エ門。
物置小屋にむしろ一枚を敷き、冬の寒さ、夏の猛暑を耐える
彼の身の周りの世話をしたのは亡妻の姪・里尾(池脇千鶴)でした

閉門を解かれ、美しい庄内平野の田園地帯を歩きながら、
生きる力を次第に取り戻してゆく三左エ門。
ですが、連子亡き後も藩の抱える問題は何一つ変わってはいませんでした。
ある日のこと、三左エ門は中老・津田民部(岸辺一徳)から呼び出されます。
それは彼を天心独名流の遣い手と知っての相談。
その腕で、或る者を討ち取れというのです。
討ち取る相手は、別家の帯屋隼人正。
藩主の悪政を歯に衣着せず批判する彼もまた直心流の達人です。
三左エ門にとってはできれば闘いたくはない相手。
しかし、彼は藩命に従うことを決意します。

その決着の日、三左エ門は思いもよらなかった運命に流されていくのでした…


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いやぁ、剣戟シーンでは力が入りました。
自動車学校で思わず補助ブレーキを踏む指導教官のごとく、
足をつっぱっていました。

やはりお家芸。東映チャンバラの真髄であります。
〈必死剣鳥刺し〉なる秘剣の〈必死〉の本来の意味が
これでもかとばかりに描かれます。

映画を観ながら「なんで標準語をしゃべってるんだ?」とか
「なんで笹野高史みたいな俳優さんが出てきて笑わせてくれないんだ?」と
知らず知らず、山田洋次監督の隠し剣シリーズと比較しながら、
観ていた殿ですが、ラストのチャンバラですべて吹っ飛びました。

お家のため、とおのれの信念を曲げ、苦悩する藩士。
隠し剣シリーズの人物は侍や武士というより会社員と呼びたくなります。
それだけにラストの渾身の闘いが
思い通りにならない日々を過ごす人々の胸を打つのでしょう。

水戸黄門の印籠のように、隠し剣シリーズのチャンバラは日本人にとって
永遠のカタルシスなんだと思った殿でした。



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必死剣鳥刺し
監督/平山秀幸、脚本/伊東秀裕、江良至、原作/藤沢周平「必死剣鳥刺し」(文春文庫「隠し剣孤影抄」所収)
出演
豊川悦司/兼見三佐エ門、池脇千鶴/里尾、吉川晃司/帯屋隼人正、岸部一徳/津田民部、小日向文世/保科十内、戸田菜穂/兼見睦江、村上淳/右京大夫、関めぐみ/連子
7月10日(土)全国ロードショー
2010年、114分、公式HP http://www.torisashi.com/

by mtonosama | 2010-05-25 07:26 | 映画 | Comments(7)
必死剣鳥刺し -1-

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                 (C)2010「必死剣鳥刺し」製作委員会

なんかものすごくバラバラなラインナップの当試写室です。

前回のアルゼンチンタンゴから、今回は江戸時代へ飛び、
舞台は東北・海阪藩。
海阪藩(うなさかはん)と言ったら―――
そうです。ご存知、藤沢周平です。

これまでに
藤沢作品は「たそがれ清兵衛」(‘02)、「隠し剣 鬼の爪」(‘04)、「蝉しぐれ」(‘05)、
「武士の一分」(‘06)、「山桜」(‘08)、「花のあと」(‘10)
6本が映画化されています。

そのうち4本が山田洋次監督作品。
藤沢周平「隠し剣シリーズ」イコール山田洋次という公式を勝手に
作っていましたが、今回は違いました。
「レディ・ジョーカー」(‘05)、「しゃべれどもしゃべれども」(‘07)などを
監督した平山秀幸さん。
東映作品です。

そして、
東映といえばチャンバラ。
幼いころ、毎週土曜日には家族で東映映画をかけている映画館へ
チャンバラ映画を観にいきました。
今回、久々に、岩にぶつかるあの波がしらと三角形の東映ロゴの
オープニングシーンを観たとき、子どもの頃の興奮を思い出しました。

     あのシーンには「荒磯に波」という名前がついており、
     犬吠埼灯台の近くで撮影されたんですって。

映画といえば東映、東映といえばチャンバラでしたものねぇ。
(と、同意を求められて困りますよね。すいません)

最近のチャンバラ映画といえば藤沢周平「隠し剣シリーズ」。
今までのどの「隠し剣シリーズ」を観ても(「蝉しぐれ」「花のあと」は観ていませんが)、
ラストの剣戟が圧巻!
真田広之、永瀬正敏、木村拓哉、東山紀之など
最高の俳優陣が渾身の闘いぶりを見せてくれました。

でも、藤沢周平自身は
「名もない普通の人をえらいと思う」と言っていたように、
その作品の主人公は下級武士です。
現代にあてはめれば、日がな一日机に向かう人の良い公務員って感じですか。

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江戸時代、父の仕事はその息子が継ぎ、息子の仕事はそのまた息子が継いで、
ひたすら代々コツコツと机に向かって筆を走らせる下級武士たち。
忠義と人情の板挟みになりながらも愚直なまでにまじめに生きる彼らが
その人生でただ一回爆発するのがラストの剣戟というわけです。

「隠し剣シリーズ」の場合、あまり知られてはいないけれど、
どの主人公も最強の剣の遣い手である、というところが味噌です。
同僚たちは誰一人彼らの剣の腕を知りません。
〈隠し剣〉という言葉には秘技とか秘剣の意味もあるのでしょうが、
本当は、その腕を人の目から隠し、普通の人間を装う、という意味なのかも。

最後の最後にその技をさらし、丁々発止と斬り結ぶ―――
花はあるけれど、そこはかとない悲しさが漂います。
そうなんですねぇ。「葉隠」です。
「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり」です。
「葉隠」(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に出された肥前国鍋島藩藩士、山本常朝の武士としての心得について見解を「武士道」という用語で説明した言葉を田代陣基が筆録した記録である。全11巻。葉可久礼とも書く。(Wikipediaより)

さあ、今回の剣の使い手は豊川悦司です。
長身から繰り出す剣の技はさすがであります。
以前、「丹下左膳」ではがっかりさせられましたが、今度は魅せてくれましたよ。

というわけで、続きは次回までのお楽しみ。

続く

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必死剣鳥刺し
監督/平山秀幸、脚本/伊東秀裕、江良至、原作/藤沢周平「必死剣鳥刺し」(文春文庫「隠し剣孤影抄」所収)
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豊川悦司/兼見三佐エ門、池脇千鶴/里尾、吉川晃司/帯屋隼人正、岸部一徳/津田民部、小日向文世/保科十内、戸田菜穂/兼見睦江、村上淳/右京大夫、関めぐみ/連子
7月10日(土)全国ロードショー
2010年、114分、公式HP http://www.torisashi.com/

by mtonosama | 2010-05-22 06:12 | Comments(6)
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ごあいさつ


当試写室へご来場いただき、誠にありがとうございます。
おかげさまで、「殿様の試写室」は今月で満2年を迎えました。
3年目への突入です。

試写室で観た映画の中から
好きな作品、あるいは気になる作品という
まったく自分勝手な基準で選んだものを
当試写室では上映させていただいております。

3日に1回、前・後編に分けて上映しておりますが、
弱小試写室ゆえ、時々息切れすることもございます。
しかし、そんな時も、
ご来室くださる皆さまの足音を感じては励みと致して参りました。

どうぞ、今後ともご贔屓のほど、なにとぞよろしく御願い奉ります。

殿

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           ちょっとピンぼけな携帯写真でごめんなさい。
           鎌倉鶴岡八幡宮の大公孫樹です。GWにはもうこんなにひこばえが!
           ちなみにU.S.ARMYの背中のおにいさんは知らない人です。

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by mtonosama | 2010-05-18 05:52 | Comments(12)
      アルゼンチンタンゴ
              伝説のマエストロたち -2-

                Café de los MAESTROS


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         (c) 2008 LITA STANTIC PRODUCCIONES S.A. / PARMIL S.A. /
             VIDEOFILMES PRODUCCIONES ARTISTICAS


ミラノのスカラ座、パリのオペラ座、そしてブエノスアイレスのコロン劇場。世界の三大劇場です。
真夏の一夜、タンゴの黄金時代を築いた巨匠たちが
このコロン劇場のステージに勢ぞろいしました。
それは時間を超越した奇跡のコンサートです。
そこには昨年6月9日84歳で亡くなったカルロス・ラサリの顔も見えます。

彼らは60年から70年(!)もの演奏歴を持ちながら、
その演奏技術も、美声も、往時と少しも変わりません。
すっと伸びた背にタキシードがビシリと決まっています。
アルゼンチンの宝ともいうべき伝説のマエストロたちは輝かしく
堂々として、ステージから熱狂する聴衆に微笑みかけます。

「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」
この真夏の一夜限りのステージと、
二度と実現することはないアルバム「カフェ・デ・ロス・マエストロ」の録音、
スタジオ内でのメイキング風景、マエストロたちへのインタビュー、
そして、彼らの若き日の演奏フィルムから構成される音楽ドキュメンタリー映画です。

と言っても、殿の未熟な筆力ではこの映画の感動が伝えきれないことが
口惜しい、ああ、じれったい。

バンドネオンのボタンの上を飛ぶように舞う驚異の指先、
重なり合い、絡まりあうように響くその重層的な音色
ピアノが、バイオリンが、華やかに、切なげに、
抑えに抑えながら、それでも溢れだす情感をメロディに託します。
そして、静寂。
終わりかと思わせるほどの間(ま)を置いて再び流れる音。

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なんていえばいいのでしょうか。
彼らの年齢など関係ありません。
音楽に圧倒されて、知らない間に涙を流していました。

この映画とアルバム「カフェ・デ・ロス・マエストロ」を企画したのは
グスタボ・サンタオラージャ。
「ブロークバック・マウンテン」(‘05)「バベル」(‘06)でアカデミー作曲賞を受賞した音楽家です。
彼はこのアルバムのために数々の歴史的名編曲の再現も意欲的に行いました。

そして、後見人ともいえるエグゼクティブ・プロデューサーは「セントラル・ステーション」(‘98)
「モーターサイクル・ダイアリーズ」(‘04)のウォルター・サレス監督。
(この2作は最高です。いずれも南米を舞台にした究極のロードムービー。
「モーターサイクル・ダイアリーズ」でマチュピチュに佇むゲバラの姿に憧れて、
この地を訪れてしまいました)

音楽面でも映像面でも、アルゼンチンの持つ最高の力を見せてくれた映画。

「モーターサイクル・ダイアリーズ」に憧れてマチュピチュを訪ねたように、
「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」を観て、アルゼンチンに行きたくなっている殿です。
しかし、アルゼンチンはあまりに遠い…

アルゼンチン・タンゴ。ブエノス・アイレス。チェ・ゲバラ。
ゲバラの生まれた街を歩き、
タンゴの演奏を聴き、
タンゴを踊る男女を見ていたい。

それがかなわぬ夢ならば、せめてもう一度、いえ二度、
伝説のマエストロたちに映画の中でお会いしたいものです。

あ、その前に「カフェ・デ・ロス・マエストロス」のCD買ってこよっと。
(輸入元:ユニバーサルミュージックLLC、品番:477 6572)



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アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち
監督/ミゲル・コアン、エグゼクティブ・プロデューサー/ウォルター・サレス、プロデューサー/グスタボ・サンタオラージュ、リタ・スタンティック、音楽制作スタッフ/グスタボ・サンタオラージュ、グスタボ・モッシ、ホルへ・“ポルトゥゲス”・ダ・シルバ、アニバル・ケルペル
出演
オラシオ・サルガン、レオポルド・フェデリコ、マリアーノ・モーレス、カルロス・ガルシーア、ホセ・“ペペ”リベルテーラ、ビルヒニア・ルーケほか
6月26日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
2008年、アルゼンチン、92分、配給/スターサンズ、配給協力/ビターズ・エンド
www.starsands.com/tango/

by mtonosama | 2010-05-15 05:36 | 映画 | Comments(12)
      アルゼンチンタンゴ
              伝説のマエストロたち -1-

               Café de los MAESTROS


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        (c) 2008 LITA STANTIC PRODUCCIONES S.A. / PARMIL S.A. /
            VIDEOFILMES PRODUCCIONES ARTISTICAS


なぜか、昔からラテン系というか、南米の音楽が好きです。
ボサノヴァに始まり、ジャカジャカしたサンバも、ペルーの音楽も。
ただ、タンゴは大人の聴くラテンという感じで、
幼い頃、よく耳にしたにもかかわらず、なかなかなじめませんでした。

最近になってタンゴそれもアルゼンチンタンゴを聴きたくなったのは、
大人になったからかもしれないし、
あの官能的なダンスのせいかもしれません。

アルゼンチンタンゴには、
抑えた情念、というか、
人生は楽しいことばかりじゃないんだよ、というか、
せつないなぁ、というか、
子どもだった頃にはわからなかったものが、
いっぱいつまっているような気がします。
そして、アルゼンチンタンゴには盛装がとても似合います。

「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」には盛装したおじさまたちが
勢ぞろいします。あ、おばさまもいます。

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1940年代から50年代、アルゼンチンタンゴは黄金時代を迎えていました。

タンゴは1860~70年代にブエノスアイレスの場末に
ヤクザ者のダンス音楽として生まれました。
船乗りによって運ばれてきたキューバのハバネラ、
スペイン色の濃いミロンガ、
アフリカ系住民のカンドンべ、
タンゴ誕生以前に流行したワルツやポルカによって覚えたダンスの楽しさ
こうした様々な音源や要素が重なってタンゴは生まれました。

アルゼンチンでは1920年代末、タンゴは第1次黄金期を迎えますが、
1929年の世界大恐慌によって、間もなく低迷します。
当時、流行したミュージカルやトーキー映画、ジャズに押されたことも低迷の理由。
しかし、1935年古典タンゴをとりあげたファン・ダリエンソ楽団がデビューし、
大変な人気を博しました。
40年代に入るとタンゴは第2黄金期を迎えます。
日本では、ヨーロッパに渡って変化したタンゴをコンチネンタル・タンゴあるいは
「ヨーロッパ・タンゴ」と呼び、それに対して元来のものをアルゼンチンタンゴと呼んで区別。
日本でのタンゴの普及は、戦前(昭和初期)にアルゼンチンから一部移入され、
その後、戦後にかけて競技ダンス・社交ダンス(ソシアルダンス)で用いられる
タンゴのための舞踊音楽が入ってきたことに、よっています。
そのため、長い間、タンゴと言えばマランド、アルフレッド・ハウゼといったイメージで、
理解されていました。
ただし、競技ダンスや社交ダンスが一般的には下火になり、
1980年代後半、アメリカで成功した「タンゴ・アルヘンティーノ」公演が日本にも移入し、
これ以降、アルゼンチンタンゴが普及するようになりました。(Wikipediaより)
ピアソラもアルゼンチンタンゴをブームにした立役者です。
ヨ―ヨ―・マなどクラシック界の大スターがピアソラを取り上げましたし。

さて、映画です。
2006年、ブエノスアイレスで一番古いレコーディングスタジオに
1940年代から50年代にかけて活躍したアルゼンチンタンゴの大スターたちが集まりました。
アルゼンチンタンゴ第2黄金期に活躍したスターたちです。
それはそれは感動の再会でした。
赤の他人の殿ですら、もらい泣きするほどの感無量な再会。

ここで、何かを思い出されませんか?
そうです。「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」(‘99)です。
ライ・クーダーとキューバの老ミュージシャン(ブエナビスタ・ソシアルクラブ)との演奏を中心に彼らの来し方とキューバの日常生活を描いたドキュメンタリー映画。ヴィム・ヴェンダースが監督し、2000年のアカデミー賞にノミネートされた作品です。

映画の発想は同じなのですが、この2作品はどこかが違います。
いえ、どちらが良いとか悪いとかではありません。どちらも良いですから。
キューバとアルゼンチン―――
南米大陸の上の方と下の方という地理的な違いでしょうか。
アメリカの影響、ヨーロッパの影響、ということでしょうか。
情念を発散する、情念を内に向けていく、ということでしょうか。

皆さまもこの違いを観比べ、聴き比べてお教えくださいませ。公開は来月です。

というわけで、続きは次回に。

To be continued.

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アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち
監督/ミゲル・コアン、エグゼクティブ・プロデューサー/ウォルター・サレス、プロデューサー/グスタボ・サンタオラージュ、リタ・スタンティック、音楽制作スタッフ/グスタボ・サンタオラージュ、グスタボ・モッシ、ホルへ・“ポルトゥゲス”・ダ・シルバ、アニバル・ケルペル
出演
オラシオ・サルガン、レオポルド・フェデリコ、マリアーノ・モーレス、カルロス・ガルシーア、ホセ・“ペペ”リベルテーラ、ビルヒニア・ルーケほか
6月26日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
2008年、アルゼンチン、92分、配給/スターサンズ、配給協力/ビターズ・エンド
www.starsands.com/tango/

by mtonosama | 2010-05-12 06:36 | Comments(6)
映画で観る戦争(ベトナム)の真実 -2-

ハーツ・アンド・マインズ
ベトナム戦争の真実
〈デジタル修復バージョン〉
Hearts and Minds

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ウィンター・ソルジャー
ベトナム帰還兵の告白
Winter Soldier

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ベトナム戦争が終わってから、もう35年経ちました。
日本とアメリカが戦争したことを知らない人がいるくらいですから、
ベトナムで戦争があったことを知らない人も大勢いることでしょう。
それでも、いまだに世界に戦争の火種は尽きるということがありません。

しかし、映画が反戦のきっかけになることもありえます。

この2本が、ベトナム戦争だけでなく、あらゆる戦争の愚かさを
あらためて問いかけるものになればいいのですが。

ハーツ・アンド・マインズ
ベトナム戦争の真実
フランスとの間で戦われていたインドシナ戦争の南北分断に端を発する
ベトナム戦争勃発の原因、
アメリカの政治家や官僚たちの大義(!)、
古くは中国、フランスと長い間他国の侵略を受け続けてきたベトナム人の怒り、
帰還米兵たちの生々しい証言、
村を焼かれ、子どもを殺されたベトナム農民の激しい抗議―-

映画はアメリカ人、ベトナム人、大統領から一般市民、
戦争反対派そして賛成派
あらゆる人々の証言を集め、ベトナム戦争の真実を浮き彫りにしていきます…


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「ハーツ・アンド・マインズ」は1975年1月30日、
アメリカで数々の上映妨害行動を経て一般公開されました。
この映画がどれほど人々の関心をひいたかを示す印象的なできごとがあります。
1975年4月5日、アカデミー賞授賞式でのことです。
本作のプロデューサー、バート・シュナイダーが受賞スピーチで
ベトナム戦争とアメリカの良心について語り始めたとき、
司会のフランク・シナトラが「アカデミー賞に政治を持ち込むな!」と抗議したのです。
(彼はハリウッドきってのタカ派です)
それに対してシャーリー・マクレーンが
「映画は真実を見つめて平和に貢献しなければならないわ」と反論。
拍手喝采を浴びたそうです。
ベトナム戦争は、華やかなハリウッド・アカデミー賞の会場も揺さぶっていました。

ウィンター・ソルジャー
ベトナム帰還兵の告白
ベトナム戦争が泥沼化していた1971年。1月31日から2月2日の3日間、
デトロイトのハワード・ジョンソン・ホテルのホールで
“ウィンター・ソルジャー公聴会”が開催されました。
主催は“戦争に反対するベトナム帰還兵の会(VVAW)”。
米軍のベトナムにおける戦争犯罪や残虐行為を、帰還兵自身が証言するこの公聴会には
100人を超える帰還兵が参加しました。
彼らはまさに自分たちがベトナムで犯し、目撃した行為を生々しく語ります…

30数年後、2008年10月には彼らの意志を引き継ぎ、
“戦争に反対するイラク帰還兵の会(IVAW)”がイラク版の"ウィンター・ソルジャー公聴会”を
開催したということです。

ちなみに、ウィンター・ソルジャーとは
「今こそ魂の試練のときである。夏の兵士と日和見愛国者たちは、
この危機を前に身をすくませ、祖国への奉仕から遠ざかるだろう。
しかし、試練に耐える者は人々の愛と感謝を受けるに値する」
1776年の冬、バレーフォージにて トーマス・ペイン(「コモン・センス」より)
から来ています。

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ベトナム戦争当時、アメリカ側死者何人、ベトナム側死者何名と
人の死は数字で表されるだけでした。
そして、いつも圧倒的にベトナム側の死者は多かったものです。

この2本の映画にはベトナム戦争当時の報道からは見えなかったものがありました。

     映画の中で証言する帰還兵たちは清潔で善良そうな普通の青年だということ。

     善良でこぎれいな彼らも軍服さえ身につければベトナム人をグークと呼び、
     誰かれかまわず殺害し、家に火をつけるのです。

グーク(gook)
1.《米略式》きたない[べとべとした、ぬるぬるした]もの、どろ、汚物。
2.《米俗》《侮蔑》外国人、〈特に〉東洋人;(ベトナム戦争時の)ベトコン。
3. 《米俗》まぬけ、ばかもの;ルンペン、放浪者。
4. 《米俗》売春婦 (ジー二アス英和大辞典)
 グーク、ひどい言葉です。

そして、ベトナム戦争時、ベトナム人は無表情だ、とアメリカ人が言うのも
よく聞きました。
実際、映画の中でアメリカの政治家がそのようなことを発言しています。
聞いていると、不愉快を通り越して、気持ちが悪くなるくらいの
アジア人への差別が彼らの中にはあります(この差別意識が「ザ・コーブ」の中にもあるように感じたのは、殿だけでしょうか)。

彼らはベトナム人を無表情だと呼びますが、
その無表情なベトナム人が爆撃で死んだ夫の葬儀の場でその名を叫びながら、
墓穴の中に一緒に入っていこうとするほどの深く激しい悲しみを見せました。
ひとりの農夫は子どもが死んだ怒りと悲しみをカメラに向かって
延々と訴え続けました。

空爆する兵士も、差別意識丸出しにベトナム人を罵る政府高官も、
アメリカ人。
公聴会で自らの行為の恐ろしさに絶句した帰還兵も、
ベトナム人の悲しみにしっかりと目を向けたカメラマンも
アメリカ人。
後者のアメリカ人がもっと増えたら、アメリカ人も変われるのに。

40年も前のこと、と、通り過ぎず、
今も世界のそこここで起きている問題として、
この映画をとらえることが必要です。

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ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実
監督/ピーター・デイヴィス、製作/バート・シュナイダー、ピーター・デイヴィス、撮影/リチャ―ド・ピアース、編集/リンジ―・クリングマン、スーザン・マーティン、製作補/トム・コーエン、リチャード・ピアース、リサーチ/ブレナン・ジョーンズ、録音/トム・コーエン
出演
ジョルジュ・ビドー(元フランス外相)、ジョン・フォスター・ダレス(元米国国務長官)、クラーク・クリフォード(元トルーマン大統領補佐官)、ウォルト・ロストウ(元米国大統領補佐官)、ランディ・フロイド・ノーマン(元米軍大尉)、J.W.フルブライト(元外交委員長)、ロバート・ミュラー(元米軍中尉)、スタン・フォルダー(元米軍伍長)、ジョセフ・マッカーシー(元上院議員)、ウィリアム・ウェストモーランド大将(ベトナム派遣軍司令官)、ダニエル・エルズバーグ(元国防省顧問、ランド研究所)、チャン・ティン神父、ジェム・チャウ(トリンベイ誌編集者)、ジョー・トレンデル(元米軍三等軍曹)、バートン・オズボーン(元CIA情報将校)、エドワード・サウダース(米軍脱走兵)、ジョージ・パットン3世(元米軍大佐)、ウィリアム・マーシャル(元米軍三等軍曹)、グエン・ゴク・リン(複合企業社長)、ロバート・ケネディ(元上院議員)、ユージン・マッカーシー(元上院議員)、グエン・カーン将軍(元南ベトナム大統領)、ゴ・ディン・ジェム(元南ベトナム大統領)、ゴ・バ・ダン(元政治犯)、マクスウェル・ディラー大将(元南ベトナム大使)、ボブ・ホープ、リンドン・ジョンソン(元米国大統領)、J.F.ケネディ(元米国大統領)、リチャード・ニクソン(元米国大統領)、ロナルド・レーガン(元米国大統領)etc
6月19日(土)~7月16日(金)東京都写真美術館ホールにて公開
BBSプロダクション製作ハワード・ザッカー、へンリー・ジャグロム・レインボー・ピクチャーズ提供、1974年アメリカ映画、112分、カラー
公式HP www.eigademiru.com

ウィンター・ソルジャー ベトナム帰還兵の告白
“ウィンターフィルム・コレクティブ“
フレッド・アロノウ/製作・撮影、ナンシー・ベイカー/製作・編集、レッタ・バロン/製作・編集、ロバート・フィオーレ/製作・撮影、デヴィッド・ギリス/製作・撮影、デヴィッド・グルービン/製作・撮影、ジェフ・ホルステイン/製作・撮影、バーバラ・ジャーヴィス/製作・編集、アルギス・カウバス/製作・録音、バーバラ・コップル/製作・録音、マイケル・レザー/製作・撮影、ナンシー・ミラー/製作・録音、リー・オズボーン/製作・録音、ルーシー・マシーフェニックス/製作・編集、ロジャー・フェニックス/製作・録音、ベナイ・ルービンスタイン/製作・編集、マイケル・ウェイル/製作・編集
出演
ラスティ・サックス/第1海兵航空団、ジョセフ・バンガート/第1海兵航空団、スコット・シマブクロ/第3海兵師団、ケネス・キャンベル/第1海兵師団、スコット・カミル/第1海兵師団、ジョン・ケリー/海軍沿岸文体11&13(現民主党の政治家、上院外交委員会委員長、スティーブ・ビトキン/第9歩兵師団、ジョナサン・バーチ/第3海兵師団、チャールズ・スティーブンス/第101空挺師団、フレッド・ニエンケ/第1海兵師団、デヴィッド・ビショップ/第1海兵師団、ナイサン・ホール/アメリカル師団、マイケル・ハンター/第1歩兵師団、マーフィ・ロイド/第173空挺師団、カール・リップバーガー/第9歩兵師団、エヴァン・ハンニー/米海軍支援部隊、ロバート・クラーク/第3海兵師団、ゴードン・スチュワート/第3海兵師団、カーティス・ウィンドグロッドスカイ/アメリカル師団、ゲイリー・キース/アメリカル師団、アラン・アカーズ/第3海兵師団、ウィリアム・ハットン/第3海兵師団、ジョセフ・ガルバリー/アメリカル師団、エドモンド・マーフィー/アメリカル師団、ジェイムズ・ダフィー/第1空挺部隊、スコット・ムーア/第9歩兵師団、マーク・レニックス/第9歩兵師団、トーマス・ヘイドマン/第1海兵師団、デニス・カルドウェル/第1航空旅団、ジェームズ・ヘンリー/第3海兵師団
6月19日(土)~7月16日(金)東京都写真美術館ホールにて同時公開
ミリァリウム・セロ&ウィンターフィルム提供、製作協力/戦争に反対するベトナム帰還兵の会、1972年アメリカ映画、95分
公式HP www.eigademiru.com

by mtonosama | 2010-05-09 06:16 | 映画 | Comments(4)