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殿様の試写室

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<   2010年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

フェアウェル
さらば,哀しみのスパイ -2-
L’AFFAIRE FAREWELL
                 
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                 © 2009 NORD-OUEST FILMS

フェアウェル(farewell)と聞くとすぐ
♪So long,farewell.Aufwiedersehen,good-by♪と
「サウンド・オブ・ミュージック」の”So long,farewell”を
思い出してしまう殿です。

farewell [ fare(旅をせよ)+well(良き)]
間投詞:さらば、さようなら、ごきげんよう
★good-byより古風で、長旅など長い別れのあいさつに用いる
名詞:いとまごい、告別のあいさつ、送別会
(ジー二アス英和大辞典)


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20世紀最大のスパイ事件のひとつといわれたフェアウェル事件。
これは1980年代初頭ブレジネフ政権下のソ連で起こりました。
KGB(ソ連の政治警察。国家保安委員会Komitet gosudarstvennoi bezopasnostiの略)
のグレゴリエフ大佐(実名:ウラジミール・ヴェトロフ)が起こした事件です。

KGB
ソヴィエト連邦の諜報・治安機関。1954年設立。反ソヴィエト的活動を取り締まるとともに、
対外諜報活動も統括。
一応、冷戦時代を舞台とするスパイ物の小説・映画などではCIAのライバルとされるが、
規模・権限とも、それを遙かに凌ぐ巨大組織だった。
ある意味ではソヴィエト体制そのものだと言える。
アンドロポフやプーチンを筆頭に、国家の上層部にも人材を送り込んでいる。1991年解体。

大変な時代でした―――

なんて、わかったように言ってますが、
同時代に生きていながら、あの嵐の時代を他人ごとみたいに横目で眺めて
通り過ぎてきてしまいました。

嵐の中で生きるということ、というか、嵐をひきおこすということ。
主人公であるフェアウェルことグレゴリエフ大佐は何を考え、
どう行動したのか。
20年前の歴史の転換期を今、改めて思い起こさせる映画です。

ストーリー
1981年4月、ブレジネフ政権下のモスクワ。ソ連崩壊から8年前のことです。
KGBの幹部セルゲイ・グレゴリエフ大佐は情報処理の責任者として
国家の中枢部にいました。
その責任に見合った十分な収入と生活、美しい妻、
思春期を迎え何かにつけて父親に逆らうけれど優秀な息子。
グレゴリエフ大佐はエリートとして十分満ち足りた日々を送っていました。
しかし、初めて人類を宇宙に送った栄光のソ連も80年代に入ると、
科学技術の分野でも、経済面でも、かげりを見せ始めました。

グレゴリエフ大佐は諜報部員であればこそ、
そのことをより確実なものとして感じ取っていました。
「世界を変える」
それをやり遂げなければ、ソ連の未来も、愛する息子の未来もありません。
彼はソ連の内部機密をフランスに漏洩することを決意しました。

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そして、彼はフランスの家電メーカー技師ピエール・フロマンと接触します。
フランスの国家保安局からピエールの上司を経て、彼らは顔を合わせました。
相手が保安局の人間ではなく、
一般人であることに失望したグレゴリエフでしたが、
なぜかピエールには親近感と信頼を覚え、内部機密を手渡すのでした。

当時、フランスは政権交代したばかり。
アメリカは左翼のミッテラン政権に不満を感じていました。
81年オタワ・サミットで米・レーガン大統領は
仏・ミッテラン大統領が共産主義者を大臣に起用したことを不服とし、
組閣の見直しを要求。

「内政干渉だ」と対応しつつ、ミッテランがレーガンに差し出したもの―――
それがグレゴリエフの情報でした。
そこにはNASAやCIA、ホワイトハウスで働くスパイの情報が。
そして、その表紙には"フェアウェル“というコードネームが記されていたのでした…


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大きく揺れる現代史の波間に漂う家族愛、友情を描き、
骨太でありながら、情愛あふれる秀作です。
思わず前のめりになってしまうほど緊張感あふれるピエール一家の逃走シーン。
逮捕されたグレゴリーエフが面会に訪れた息子を抱きしめる場面には
思わず嗚咽を漏らしてしまいました。
そして、CIAの非情さに歯ぎしり。

歴史を動かした事件の裏にあるのは
人間としての、夫としての、父としての義務と責任と情愛。
そして国を超えた友情です。
決して、英雄でも偉人でもない2人の男の友情が胸を打ちます。

この映画をアメリカでもロシアでもなくフランスがつくったことは大正解。
だって、アメリカはバランス・オブ・パワーの当該国ですし、
もう一方のロシアにとって、グレゴリエフ大佐は裏切り者です。
アメリカやロシアが映画化するとしたら、
ものすごく偏った映画になっていたことでしょう。

映画の中でも、両大国の間でこずるく(いえ、賢く)立ち回る
ミッテラン大統領が描かれていますが、
当時、フランスは客観的であることが冷戦下を生き抜くための姿勢であったし、
現在では、客観性こそがこの映画をつくるために必要な姿勢となっています。

が、しかし、
エミール・クストリッツァの多才さにはただただ脱帽。
偉大な監督とは、偉大な俳優でもあります。
夏休みの一本はこれで決まりです。

                           fin

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フェアウェル さらば,哀しみのスパイ
クリスチャン・カリオン/監督・脚本、クリストフ・ロシニョン、ベルトラン・フェーブル、フィリップ・ボファール/プロデューサー、エリック・レイノー/原案脚本、「ボンジュール・フェアウェル」/原作、クリント・マンセル/音楽、ウォルター・ヴァン・デン・エンデ/撮影
出演
エミール・クストリッツァ/グリゴリエフ大佐、ギヨーム・カネ/ピエール・フロマン、アレクサンドラ・マリア・ララ/ジェシカ、インゲボルガ・ダプコウナイテ/ナターシャ、アレクセイ・ゴルブノフ/ショーホフ、ディナ・コルズン/アリーナ、フィリップ・マニャン/ミッテラン大統領、ニエル・アレストリュプ/ヴァリエ、フレッド・ウォード/レーガン大統領、デヴィッド・ソウル/ハットン、ウィレム・デフォー/フィニーCIA長官、エフゲニー・カルラノフ/イゴール、ヴァレンチン・ヴァレツキー/アナトリー
7月31日(土)、シネマライズほか全国順次ロードショー
2009年、フランス映画、113分、提供/ロングライド + マイシアター、配給/ロングライド
www.farewell-movie.jp

by mtonosama | 2010-06-27 21:21 | Comments(12)
フェアウェル 
さらば,哀しみのスパイ 
 -1-
L’AFFAIRE FAREWELL

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                  © 2009 NORD-OUEST FILMS

世界には、私たちの知らない出来事があまりにも多いです。

1989年、ベルリンの壁が崩壊し、
ルーマニアではチャウシェスク大統領夫妻が処刑され、
東欧諸国は次々にソ連のくびきから解き放たれます。
そして、1991年
地球上の全陸地面積1/6弱から構成された巨大な国家
ソヴィエト社会主義共和国連邦=ソ連が崩壊しました。

1991年
1917年の10月革命によって生まれた世界初の社会主義国家が
その74年の歴史の幕を閉じました。
冷戦時代が終わりを告げたのです――――

と、ここまではかなりの数の人が知っています。

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今回、当試写室で上映する作品は現代史の大きなエポック=ソ連崩壊のきっかけとなった
ひとりのソ連諜報部員の起こした事件=フェアウェル事件を描いたフランス映画です。

フェアウェル事件―――
知りませんでした。

あの大きな歴史のうねりの背後にこんなできごとがあったのか、と驚きました。
同時に、世界を変えることを真剣に考えた人間的なひとりの諜報部員の生き方に
感じ入ってしまいました。
これが実話というのですから、事実は映画よりも奇なり、です。

人間的な諜報部員って矛盾した表現です。
でも、ほんとに、今まで見たことも聞いたこともないスパイ像でした。
あのエミール・クストリッツァ監督がこの人間的なスパイを演じています。
今回は監督ではなく俳優です。主役です。

事件の主・諜報部員グリゴリエフ大佐(コードネーム:フェアウェル)は
巨大な国家の中枢部分にいたからこそ、この事件を起こし得たわけですが、
逆に、彼のような地位にあったら「ふつう、そんなこと考えないよな」
というようなことに手をつけたともいえるわけです。

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バランス・オブ・パワー。
その昔、大学の現代史の講義で、講師は何度もこの言葉を口にしました。
バランス・オブ・パワー。
それはこの言葉ひとつで〈歴史〉を解明できるかのような魔法の言葉でした。

当時、世界はソ連とアメリカの勢力のバランスの上に成り立っていました。
世界は、どちらかが少しでも前に出たら、一挙に、右へ、あるいは左へ、
大きくはねあがる巨大なシーソーみたいなものでした。

グリゴリエフ大佐の行動はからくも平衡を保っている巨大なシーソーの上で
一歩前に踏み出したようなものです。
でも、その結果、シーソーが跳ね上がったのはどちら側だったのでしょうか。
それは、わたしたちもよく知っているあの興奮に満ちた出来事でした。

さて、グリゴリエフ大佐は一体何をしたのでしょう?
ソ連、アメリカ。
バランス・オブ・パワーのはざまでフランス・ミッテラン政権はどう動いたか。
ソ連、アメリカ、フランス。
なんとも規模の大きい、フランス映画には珍しいジャンルの映画です。

と、期待と好奇心が膨らんだところで、続きは後編で。See you.

To be continued.

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フェアウェル さらば,哀しみのスパイ
クリスチャン・カリオン/監督・脚本、クリストフ・ロシニョン、ベルトラン・フェーブル、フィリップ・ボファール/プロデューサー、エリック・レイノー/原案脚本、「ボンジュール・フェアウェル」/原作、クリント・マンセル/音楽、ウォルター・ヴァン・デン・エンデ/撮影
出演
エミール・クストリッツァ/グリゴリエフ大佐、ギヨーム・カネ/ピエール・フロマン、アレクサンドラ・マリア・ララ/ジェシカ、インゲボルガ・ダプコウナイテ/ナターシャ、アレクセイ・ゴルブノフ/ショーホフ、ディナ・コルズン/アリーナ、フィリップ・マニャン/ミッテラン大統領、ニエル・アレストリュプ/ヴァリエ、フレッド・ウォード/レーガン大統領、デヴィッド・ソウル/ハットン、ウィレム・デフォー/フィニーCIA長官、エフゲニー・カルラノフ/イゴール、ヴァレンチン・ヴァレツキー/アナトリー
7月31日(土)、シネマライズほか全国順次ロードショー
2009年、フランス映画、113分、提供/ロングライド + マイシアター、配給/ロングライド
www.farewell-movie.jp

by mtonosama | 2010-06-24 06:19 | 映画 | Comments(6)
ザ・ロード -2-
THE ROAD

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「パパ、僕たちは善き者なの?」
う・う・う…
最初から泣いてどうする!
でも、けなげなんです。そして、いたいけない子どもなんです。
10歳くらいの男の子って、ほんとに可愛いです。

「そうとも。これからもずっと善き者だ」
う、うわあぁぁぁ(号泣)

このような言葉で、廃墟の中で、生きる意味を確かめ合う父と子。
父は「ロード・オブ・ザ・リング」で勇者アラゴルンを演じたヴィゴ・モ―テンセンです。

     「ロード・オブ・ザ・リング」ではプラチナブロンドのさらさらヘア、
     エルフ族の弓の名手レゴラスを演じたオーランド・ブルームにのぼせあがっていた殿。
     あまりにも渋すぎるアラゴルンは関心外でした。
     なんと軽薄なのでありましょう。反省しきりであります。

ストーリー
果てしもない旅の疲れと汚れがその父子の顔と衣服を覆っています。
旅と呼ぶにはあまりにも絶望的なその道程。2人が目指すのは南でした。
空は厚い雲に覆われ、耐えがたい寒気が2人を苛みます。
南へ行けば、この寒さも少しは和らぐでしょうか。
父が押すショッピングカートの中には防水シート、ポリ袋、毛布に双眼鏡、そして拳銃。
それが全財産です。
文明が崩壊して10年以上経った世界では、
わずかな生存者の誰もが燃料と食物を探し求めています。
生き残った内のある者は徒党を組んで人々を襲い、その肉を喰らう食人集団となり、
他の人々は彼らから逃げ、身を隠しながら、食物を探し、あてもなくさ迷います。

ある日、路上にうち捨てられた車中で寝ていた父親は、何かが迫りくる気配を感じました。
息子を起こし、急いで森の中へ。やってきたのはトラックに乗った武装集団。
その一人に見つかってしまった父は拳銃で威嚇するものの、
男は息子の細い喉にナイフを突き付けます。
間一髪、男は父親の放った銃弾を受け、即死。
息子は返り血を浴びて呆然自失―――

2人の行く手は餓死か、自殺か、食人集団のえじきか。
この救いのない世界で、父は息子に正しく生きるための箴言を伝えます。
「あの男は善き者ではなかった。悪者には気をつけないといけない。
俺たちは火を運んでいるのだから」
「火って?」
「心に宿る火だよ」
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寒さと飢えに挫けそうになったある日、
父は廃墟になったスーパーマーケットで缶コーラを見つけます。
一口飲んだ息子は「おいしい」とつぶやき、げっぷをします。
滝で身体を洗ったときには初めて見た虹に心を奪われました。
とある民家の地下シェルターには奇跡的に2人では食べきれないほどの食料もみつけました。
湯をわかし、体を洗い、髪を切る父子。
しかし、幸福は長くは続きません。
不審な足音を耳にした父は、嫌がる息子をなだめ、
再び、南へのあてのない旅を続けるのでした……

救いのない旅、暗い空、身の毛もよだつ食人集団。
いやだなぁ、殿は食人集団に入りたくないなぁ。
でも、こんな状況になったら、それもあり、なんだろうか。
少年の母のように息子も夫も捨てて、どこかでひっそり命を断つって方がいいかなぁ。
自分本位過ぎるような気がするけど。
飢え死にするのは苦しいだろうなぁ。

映画とわかっていながら、はまりこんでしまうのは、
近い将来、訪れるかもしれない大災害が絵空事とはいえないことや、
父子が歩み続ける土地にリアリティがあり過ぎるから、でしょうか。
本当に実在する場所で撮った映像ですからね。

ヴィゴ・モ―テンセン。あの深刻な顔つきはまさにこの映画にはうってつけ。
悩めるイエス・キリストのようでもありました。

しかし、どんなにつらい状況にあろうとも、生き続けていかねばならない人間って、
なかなかつらい生物ですよね。
「生存する」ことは本能だから、”善き者”として「生きる」のか―― 
うーん、難しい。

間もなく公開です。

                        

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ザ・ロード
ジョン・ヒルコート/監督、コーマック・マッカーシー/原作、ニック・ウェクスラー、ポーラ・メイ・シュワルツ、スティーヴ・シュワルツ/製作、トッド・ワグナー、マーク・キューバン、マーク・バタン、ラッド・シモンズ/製作総指揮、ジョー・ペンホール/脚本、ハビエル・アギーレサロベ/撮影
出演
ヴィゴ・モ―テンセン/男、コディ・スミット=マクフィー/少年、ロバート・デュヴァル/老人、ガイ・ピアース/復員軍人、モリー・パーカー/復員軍人の妻、マイケル・ケネス・ウィリアムズ/盗人、ギャレット・ディラハント/ギャングのメンバー、シャーリーズ・セロン/女
6月26日(土)TOHOシネマズシャンテ他全国順次ロードショー
2009年、アメリカ映画、112分、提供/ブロードメディア・スタジオ、ハピネット、配給/ブロードメディア・スタジオ
www.theroad-movie.jp

by mtonosama | 2010-06-21 06:03 | 映画 | Comments(6)
ザ・ロード -1-
THE ROAD

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恐ろしいことです。
今のまま、気温が上昇し続ければ、220年後には平均気温は100℃となり、
人類は死滅する、という説があります。

現在、我々が直面している気温の上昇は
8000年前から人類が行ってきた森林伐採の結果であり、
220年後人類が死滅した後も気温は上がり続け、320年後には400℃を超え、
地球は第2金星化するのだそうです。

なんと恐ろしい!

人類の危機は気温上昇に限りません。
核問題が公になる度に、その針が不気味に動く世界終末時計によれば、
人類に残された時間はあと5分――-

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世界終末時計(せかいしゅうまつどけい、Doomsday clock)とは、核戦争などによる人類の滅亡(終末)を午前零時になぞらえ、その終末までの残り時間を「零時まであと何分」という形で象徴的に示す時計である。実際の動く時計ではなく、一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表される。(Wikipediaより)

今回、当試写室で上映するのは、
遠くない未来、全人類の上に訪れた大いなる災いの後
(その災いが何だったのかは映画からはわかりません)、
それでも生き残った父と子が歩む南への道を描いた映画「ザ・ロード」です。

原作は、「ノーカントリー」(‘07 ジョエル&イーサン・コーエン監督)の原作となった
「血と暴力の国」を書いたコーマック・マッカーシー。
「ノーカントリー」怖かったですね。

終末映画といえば、大きな波がすべてを呑みこみながら襲いかかるとか…
あるいは衝撃波がエッフェル塔、国連ビルといった世界のランドマークを波状的に破壊する、とか…
とにかくCG技術をこれでもかとばかりに駆使したシーンが売りです。

ところが、「ザ・ロード」にはCG映像はありません。
人類に不幸をもたらした大きな災害のその後を映し出した風景はすべて実在する場所です。
例えば、
ルイジアナ州のハリケーン・カトリーナで壊滅した地域
ペンシルバニア州のエリー湖周辺
オレゴン州のいくつかの地域

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ほとんどの人類が死んでしまった、ある大災害の後の地球。
おそらくは大気には常に大量の粉塵が浮遊しているのでしょう。
空はいつも灰色の厚い雲に覆われ、
かつてはたくさんの車が行き交ったハイウェイは惨めな残骸をさらし、
買い物客の笑い声が響いたショッピングモールも割れた瓶が散乱し、
埃の降りつもった廃墟となっています。
森の木々は立ち枯れ、時折轟音を立てて折れ倒れてきます。
春が訪れることは二度とない世界――-

“全米各地にロケハンを敢行して撮影された終末的な世界の風景”
とキャッチフレーズにはありますが、
こうした荒涼とした風景が皆アメリカに実在するということが、また怖いです。
さあ、どんなお話でしょうか。
次回では本編を上映いたします。それまで、どうぞ、しばしのお待ちを。
To be continued.

ザ・ロード
ジョン・ヒルコート/監督、コーマック・マッカーシー/原作、ニック・ウェクスラー、ポーラ・メイ・シュワルツ、スティーヴ・シュワルツ/製作、トッド・ワグナー、マーク・キューバン、マーク・バタン、ラッド・シモンズ/製作総指揮、ジョー・ペンホール/脚本、ハビエル・アギーレサロベ/撮影
出演
ヴィゴ・モ―テンセン/男、コディ・スミット=マクフィー/少年、ロバート・デュヴァル/老人、ガイ・ピアース/復員軍人、モリー・パーカー/復員軍人の妻、マイケル・ケネス・ウィリアムズ/盗人、ギャレット・ディラハント/ギャングのメンバー、シャーリーズ・セロン/女
6月26日(土)TOHOシネマズシャンテ他全国順次ロードショー
2009年、アメリカ映画、112分、提供/ブロードメディア・スタジオ、ハピネット、配給/ブロードメディア・スタジオ
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by mtonosama | 2010-06-18 05:46 | 映画 | Comments(8)
          北京の自転車 -2-
                 十七歳的単車
                 Beijing Bicycle

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「北京の自転車」。このタイトルと大まかなストーリーを聞いて、
連想したのはヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」(‘50:日本公開)でした。
幼いとき、この映画を観て号泣した覚えがあるのです。
「北京の自転車」というタイトルを見ただけで、
あのどうしようもない戦後の貧しさの中で生きるイタリアの親子の絶望感を思い出し、
再び、胸が痛くなりました。

ですが…
この映画に登場するのは、
中国の猛烈な経済発展の中で大きく変貌する都市(北京)の姿であり、
庶民の住居であった明の時代からの伝統的な建物・四合院が壊されている様子であり、
ニョキニョキと天を衝く近代的なビルが建築され、変化する街並みであり、
その建築労働者として、あるいは、農村で食い潰れて、都会に溢れる出稼ぎ者たち、
そして、都市生活者たちです。

イタリアのあのせつなく胸を締めつける絶望感とは質を異にしながら、
1台の自転車をはさんで展開する2人の少年の物語からは
中国が直面する問題とともに、少年のナイーブな心の軌跡が
鮮やかに浮かび上がってきます。
何かから逃げ、同時に、どこかへ向かう全力疾走…

そして、この男の子たちの演技がとても素晴らしいんです。
殿はジェン君が気に入ってます(最初の画像がジェンくんです)。
いえいえ、余計なことを言う前にざっとストーリーをご紹介しなければ。

ストーリー
四川省の村から経済発展著しい北京に出稼ぎにきた17歳のグイは
自転車宅配便の仕事を得ました。
最新式のMTB(マウンテンバイク)と制服に身を包み、都会風な髪に整えたグイを見て、
胡同の路地裏で小さな食品店を営む同郷の先輩も喜んでくれました。
その真新しい自転車は稼ぎが一定額を超えると自分のものになるのです。
自転車を自分のものにできる日を夢見て、グイは毎日必死に働きました。
そして、とうとうその日がやってきました。
ところが、配達を終えて、表へ出ると、厳重にチェーンをかけて駐輪したその場所から
大切な自転車が消えていたのです。

北京市内の四合院に、父とその再婚相手と彼女の連れ子である妹と4人で暮らす
17歳の高校生・ジェン。
友だちの間では自転車の曲乗りが大流行。
自転車を持っていないジェンは親の金を盗んで中古自転車を買い、
建設中のビルで友達と練習に明け暮れています。
憧れの同級生とも、彼女の自転車のチェーンを直してあげたのをきっかけに
交際が始まりました。
ジェンはその中古自転車のおかげで何やら運が向いてきたような気がしています。

宅配会社を解雇されたグイ。しかし、盗まれた自転車をみつければ、再び雇ってやる、
という言質を経営者からとることに成功。
必死に北京市内を探し回ります。
そして、とうとう四合院の中で、その自転車をみつけました。
それはジェンの中古自転車でした。
「店で金を出して買ったのだから、自分のものだ」と主張するジェン。
「もともとは自分のものだ」と言い張るグイ。
双方譲り合わず、激しく言い争います。ジェンの仲間も加わり、グイは打ちのめされます。
殴られても蹴られても諦めないグイ。
最終的に2人は折衷案を出します。
それは毎日交互に自転車を使うというものでした。

ある日、ジェンは不良少年とけんかになります。
自転車を受け取りにきたグイはそれにまきこまれてしまいます。
入り組んだ胡同を2人は必死に逃げるのですが…

この逃走シーンが圧巻です。
狭い路地を抜けて疾走するジェン。
回り角にさしかかると、全身をブレーキにして制動をかけ、
一瞬の躊躇の後、曲る方向を決めます。砂埃が上がります。
そこに自転車に乗ったグイも加わる。息詰まるシーンです。

胡同の袋小路、洗濯物の干し場に追い詰められたジェン。殴られるジェンとグイ。
血だらけになって白いシーツにすがりながら倒れ込むシーンは
アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」(‘59)のラストシーンを思い起こさせました。
少年の細い体が崩れおちる姿はいつの時代も鮮烈な物悲しさを誘います。

中国の経済発展にはすさまじい勢いがあります。
数カ月で街の風景が変わり、
老人たちがくつろぎ、幼児が遊んでいた路地がなくなります。
都会が変貌を続ける一方で、西域の農村部では100年前(いえ、それ以上でしょう)
の生活を続けています。

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そんな田舎からグイくんのような若者たちが都会にやってきます。
1台のMTBは「たかが自転車」ではないのです。
中国といえば自転車というイメージがありますが、
この映画の製作された2000年には既に都市生活者の大半にとって、自転車はただの足。
グイくんが会社から支給される自転車も、乗れればいいというチャリンコではなく、
最新式のMTBというところが新しい中国を象徴しています。
でも、グイくんにとって、自転車はただの足でも、新しい中国の象徴でもなく、
全存在なんですね(頑固で、無口で、不器用で、一生懸命な農村青年グイが自転車をどんなに大切に磨いているかを観てください)。

そして、ジェンくんにとっても「たかが自転車」ではありません。
都会の高校生であるジェンくんの家庭は豊かではないし、その構成も複雑です。
やっと手に入れたMTBはやはり命の次に大切な存在です。

これまで、第6世代の監督たちの映画には大躍進のさなかにある地方都市を描いたものや
農村出身者を描いたものが目につきました。
今回、初めて都会に暮らす普通の高校生を描いた映画が現れました。
ジェンくん、素晴らしいです。好(ハオ)です。

都会と田舎。富裕層と貧困層。
富める者はますます富み、貧しい人の暮らしは封建時代の頃と変わらない貧しさ。

この国には一体どんな将来が待ち受けているのでしょう。
                      
北京の自転車

監督・脚本/ワン・シャオシュアイ(王小帥)
出演
ツイ・リン(崔林)/グイ、リー・ピン(李濱)/ジェン、ジョウ・シュン(周迅)/チン、リー・シュアン(李爽)/ダー・ホアン、カオ・ユアンユアン(高圓圓)/シャオ
2000年、中国・台湾、113分、配給/ワコー、グアパ・グアポ
新宿K’s cinemaにて7月24日(土)~30日(金)13:20、18:40、8月27日(金)10:40
画像提供:ワコー/グアパ・グアポ
http://www.ks-cinema.com/movie/china_2010.html
http://www.ks-cinema.com/schedule.html

上演予定はこちらで。


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by mtonosama | 2010-06-15 06:09 | Comments(6)
        北京の自転車 -1-
                 十七歳的単車
                 Beijing Bicycle

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なんのかんの言っても中国が気になって仕方のない殿です。
さきの“映画にこじつけ台湾旅行” http://mtonosama.exblog.jp/page/2/ でも
中国のトイレのことを悪く言ってしまいましたが、
この手の悪口は、小学生男子が好きな女子をわざといじめたりするのと同じようなもの。
どうぞ、聞き流してくださいませ。

というわけで、
7月24日から8月27日までの約1ヶ月にわたって
「中国映画の全貌2010」が開催されます。
上海万博を記念して中国・香港映画60本!の連続上映です。
殿もこの機会に、話題の映画、見逃した映画などを観てみたいと思っております。

今回、当試写室で上映するのは「中国映画の全貌2010」開催記念で
特別公開される「北京の自転車」です。
2001年にベルリン国際映画祭銀熊賞、審査員グランプリ、新人男優賞を受賞しました。
2000年に製作された作品です。
2000年?今年は2010年ですよ。

そうなんです。
この映画、国家電影局に無許可で出品したため、長く国内上映禁止処分になっていました。
日本でも今回が初の劇場公開。

北京オリンピックのために今はほとんど姿を消してしまった胡同・四合院でのシーンには
北京市民ならずとも郷愁を誘われます。
久々に納得できる中国映画を堪能しました。

ところで、中国映画が変わってしまったなぁ、と感じたのはいつ頃のことだったでしょう。
殿の場合は「北京バイオリン」(‘02)を観て、今までと随分変わったなぁ、と感じました。
ハリウッドに進出した陳凱歌(チェン・カイコー)監督が再び中国に戻り、
中国を舞台にした作品をつくった、ということで感動的な映画ではありましたが、
なにか違和感を感じたものです。

建国以来、一貫して国家が映画を管理してきた中国はいま一大転換期を迎えている。90年代の市場経済化とともに、国営の撮影所も独立採算制へと移行し、従来の製作配給網は弱体化した。かわって民間のプロダクションが映画製作に乗り出し、彼らと国営撮影所の「合作」が大勢を占めるに至っている。さらに21世紀に入り、世界貿易機関(WTO)加盟とともにアメリカ映画の中国上陸攻勢が始まっている。(2004年8月18日 中日新聞夕刊)
   ↑ ↑
これが2004年のこと。
「初恋のきた道」の中でも「タイタニック」のポスターが土壁に張ってありましたっけ。

2008年にはアジア最大規模を誇る撮影所「中影集団映画数字製作基地」が完成しています。
3年の歳月をかけ、北京に建てられたこの撮影所。
建設費用の総額は、20億元(約300億円)だそうです。

中国では〈売れる映画〉ということが必須課題なのでありましょう。
確実に客を呼べる監督やエンタテインメント作品を別にすれば、
若い監督や、シリアスなテーマを得意とする監督たちには生きにくくなっています。
中国映画界も市場経済の海に投げ込まれているわけです。

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ですから、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)や本作の王小帥(ワン・シャオシュアイ)など
60年代から70年代生まれの第6世代の監督たちは自主制作映画を撮るようになりました。

  ちなみに、「初恋のきた道」(‘99)の張芸謀(チャン・イーモウ)や「花の生涯 -梅蘭芳-」(‘08)
  http://mtonosama.exblog.jp/10447417の陳凱歌(チェン・カイコー)達、
  文化大革命を経験した監督たちは第5世代と呼ばれています。

張芸謀(チャン・イーモウ)や陳凱歌(チェン・カイコー)達、第5世代の監督たちは今や60代。
巨匠とか大家とか呼ばれる作家になりました。
良い意味でも、悪い意味でも、その作品には型というか、枠というか、
ある種の定型ができてきたような気がします。
〈だから、いけない〉という訳では決してありませんが。

でも、第6世代にはそうした枠はありません。
もちろん、これも、だから良いとか悪いとかではないのですが、
彼らの試行錯誤は興味深く、今回の「北京の自転車」からもとても新鮮な衝撃を受けました。
俳優たちにも、かつての中国映画にはなかった”かっこ良さ”があります。

かっこ良い俳優たちについては次回でお知らせしますね。
では、それまで、再見(サイチェン)!

to be continued.

北京の自転車
監督・脚本/ワン・シャオシュアイ(王小帥)
出演
ツイ・リン(崔林)/グイ、リー・ピン(李濱)/ジェン、ジョウ・シュン(周迅)/チン、リー・シュアン(李爽)/ダー・ホアン、カオ・ユアンユアン(高圓圓)/シャオ
2000年、中国・台湾、113分、配給/ワコー、グアパ・グアポ
新宿K’s cinemaにて7月24日(土)~30日(金)13:20、18:40、8月27日(金)10:40
画像提供:ワコー/グアパ・グアポ
http://www.ks-cinema.com/movie/china_2010.html
http://www.ks-cinema.com/schedule.html

上演予定はこちらで。


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by mtonosama | 2010-06-12 06:13 | 映画 | Comments(8)
シスタースマイル
ドミニクの歌
-2-
Soeur Sourire

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(c) 2009 PARADIS FILMS - LES FILMS DE LA PASSERELLE - EYEWORKS FILM &
TV DRAMA-KUNST & KINO


ギターを持った修道女といえば、絶対に「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアですが、
またまた新たなギターを持った修道女が生まれました。シスタースマイルです

さ、皆さん、前編からここまでお読みになって、この修道女にどんな印象をお持ちになりました?
「いつも夢を追いかけて、明るくて、一生懸命で、良いじゃない?」ではありませんか?
♪ドミニク ニクニク♪のメロディが頭の中で響いている限り、
明るく、元気な修道女にしか思えません。

ところが…
人を第一印象やその作品だけで判断してはいけない、という実例が
“シスタースマイル“の物語なのです。

ストーリー
1950年代の終わり。ベルギー・ブリュッセルの近郊で、
ショートヘアーに黒ぶち眼鏡の賢そうな目をした女子学生が
男子学生に混じってサッカーをしています。ジャニーヌ・デッケルスです。
彼女は学校にやってきた修道女からアフリカ救援活動の話を聞き、
いつか従妹のフランソワーズと共に、アフリカへ行きたいと夢見ていました。
しかし、母はジャニーヌの夢には耳を貸さず、平凡な結婚だけを圧しつけるのでした。
ジャニーヌは生きる意味と心の安息を求め、修道院に入ることを決意。
母の「二度とこの家の敷居はまたがせませんよ」の声を背に、
ギターとエルビスのブロマイドを持って家を出ました。

フィシェルモンの修道院に着いたジャニーヌが修道院長から聞かされたのは、
修道女になるには6年間の修行が必要なこと。
ギターも取り上げられてしまいます。
修道院の厳しい規律になじめず、ことあるごとに問題を起こすジャニーヌ。
しかし、次第にその率直な性格が周囲に認められ、
ギターを弾くことも許されるようになります。
音楽の才能を発揮したジャニーヌは
ドミニコ教会の創立者・聖ドミニコを讃える「ドミニク」を作詞作曲します。

その明るいメロディと透き通った歌声はいつしかレコード会社の耳に入り
“歌うシスター”としてレコードデビューを果たします。
ジャニーヌは"シスタースマイル“という芸名で契約し、
印税はすべて教会に寄付されることになりました。「ドミニク」はたちまち世界中で大ヒット。
あらゆるメディアが”シスタースマイル“の素顔を知ろうと修道院に押し掛けてきました。
絶縁していた両親までもが彼女のサインをもらうため、会いにきます。

ある日、修道院からの現場中継でアメリカの人気テレビ番組に出演したジャニーヌは
「コンサート活動をしたい」と発言してしまいます。
ちょうど同じ時期、修道院から彼女の夢だったアフリカ救援活動への派遣を命じられました。
アフリカ救援の専門知識を学ぶため、大学で聴講するジャニーヌ。
彼女は大学で同世代の若者と語りあうことによって、
女性問題や社会問題にも目を向けるようになっていきます。
女性の産児制限を賛美する歌「黄金のピル」をつくったのもその頃でした。
でも、それが問題になり、修道院を去ることを決意するジャニーヌ。

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親友のアニーを訪ね、共同生活をしながら、レコード会社を回るジャニーヌ。
しかし、修道衣を脱いだジャニーヌにレコード会社はもはや関心を示すことはなく、
“シスタースマイル”という芸名を使うことも許されませんでした。
そんなある日、カナダでコンサートツアーをしないかという話が持ち込まれます…


60年代という時代は洋の東西を問わず、若い娘が生きるには難しい時代でした。
ましてベルギーはカトリックの国ですし、ジャニーヌは修道女。
ピルはもちろん親友のアニーと暮らすことすら、タブーだった時代に
あまり器用とはいえないジャニーヌは、それでも時代を先取りしてがんばりました。

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実は、“シスタースマイル”は1966年にハリウッドで映画化されています。「歌え!ドミニク」。
当時女優としても歌手としても大人気のデビー・レイノルズの主演です。
でも、イチゴのショートケーキのような明るく楽しい典型的な美談にしあがっていて
生前、この映画を観たジャニーヌは「こんなのウソばっかり」と怒ったそうです。
さもありなん、です。

映画の後半、世間知らずのジャニーヌが追い詰められていく様子を見ていると
人生も、教会も、家族も無情だよな、と思ってしまいます。
世界で何百万枚も売れた楽曲だというのに彼女には印税も入らず、困窮していきます。
神のため、人々のため、という彼女の信仰心と、世間のことに無知な彼女を
教会が利用したといっては言い過ぎかもしれませんが、
著作権契約もあいまいなままだったのですね。

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場末の酒場で歌わされ、怒って飛び出すジャニーヌ
行き交う車もないカナダの田舎道で車を降り、マネージャーに背を向けて立ち去るジャニーヌ。
思わず「そんなに癇癪起こして… この後どうするの?」と心の中で訊いてしまいました。
♪ドミニク ニクニク♪のメロディが静かに空からおりてくるような初冬の午後、
薄暗い曇天とジャニーヌの頑なな背中があまりに寂しく、胸がつまりました。

あの有名な歌に、
時代におしつぶされながらも不器用に頑張りぬき、
悲惨な最期を遂げるしかなかったジャニーヌの生き方をかぶせたガツンとくる映画です。
   
                            fin

シスタースマイル ドミニクの歌
ステイン・コニンクス/監督、エリック・ウーマン、マルク・シラム、クリスティーヌ・ピロー、ペーター・ブカ―ト/製作、クリス・ヴァンデル・スタッペン、アリアン・フェート、ステイン・コニンクス/脚本、ブルノ・フォンテーヌ/音楽、イヴ・ヴァンデルメーレン/撮影
出演
セシル・ド・フランス/ジャニーヌ・デッケルス、サンドリーヌ・ブランク/アニー、マリー・クレメール/従妹(フランソワーズ)、ジョー・デスール/ジャニーヌの母、ヤン・デクレール/ジャニーヌの父、クリス・ロメ/修道院長、フィリップ・ペータース/マネージャー、クリステル・コルニル/シスター・クリスティーヌ、ツィラ・シェルトン/最年長修道尼、ラファエル・シャルリエ/ピエール、ヨハン・レイセン/ジャン神父、ベルナルド・アイレンボッシュ/デュボア神父
7月3日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2009年、フランス=ベルギー、124分、配給/セテラ・インターナショナル
http://www.cetera.co.jp/dominique/ 


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by mtonosama | 2010-06-09 06:40 | 映画 | Comments(8)
シスタースマイル
ドミニクの歌
-1-
Soeur Sourire


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(c) 2009 PARADIS FILMS - LES FILMS DE LA PASSERELLE - EYEWORKS FILM &
TV DRAMA-KUNST & KINO


ある年代以上の方なら確実にこの歌をご存知ですよね。
逆に知らない人はいくつ位の年齢層に属するのか、知りたいです。
(などと挑発的な態度をとってまで、自らの歳をさらしますか)
とにかく一世を風靡した有名な歌です。



日本ではザ・ピーナッツやペギー葉山も歌いました。


♪ドミニク ニクニク♪のフレーズは今もソッコウで記憶に蘇ってきます。
そして、この映画を観たため、殿の頭の中はさらにドミニク・メリーゴーラウンド状態に
なって、♪ドミニク ニクニク♪がエンドレスで鳴り響いております。

日本で大ヒットしたのは東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)のこと。
全米ビルボードで第1位、
レコード売り上げはエルビス・プレスリーを越え、世界で300万枚を記録しました。
その曲を作詞作曲し、自ら歌ったのがシスタースマイル、
フランス語でスールスーリールsoeur sourireという芸名のベルギー・ドミニコ教会のシスターでした。

最初、この映画の試写状を手にしたとき、邦題といい、写真といい、
“ただただ明るい右肩上がりの60年代”という感じで、
観にいくことをためらった殿です。
が、行ってビックリ、観てビックリ(なんか古いなぁ)。

この映画、殿が持ったような偏見を持ったままで、観ないでいると後悔します、
というわけで、老婆心ながら当試写室で上映することを決断しました。キッパリ

この映画の主人公であるジャニーヌ・デッケルスは1933年10月17日ブリュッセル生まれ。
実在の人物です。
60年代、戦争に疲れたヨーロッパも徐々に復興し、
若い人々は自由を求め、羽ばたきたいと夢見ていました。
でも、まだまだ古い価値観が幅をきかせていた時代。
ジャニーヌも頑迷な母親に抑えつけられ、鬱屈した日々を送っていました。
何かがしたい、でも、自分が本当に求めているものは何か、わからない。

そんな何かを求めてジャニーヌが飛び出した先はなんと修道院。
家族を捨て、仲の良い従妹とも別れ、ギターとエルビス・プレスリーのブロマイドを手に
修道院の門を叩いたのでした。

ギターを抱え、修道院の扉の前で胸を高鳴らせている様子は
「サウンド・オブ・ミュージック」のワンシーン(”I Have Confidence”を歌うシーンです)のようです。

1957年生まれのステイン・コニンクス監督も「サウンド・オブ・ミュージック」を
意識したのでしょうか。

ところで、このコニンクス監督、10年以上前に本作の脚本を手にしましたが、
気に入らず、一旦は監督を辞退したのだそうです。
ところが、別のプロデューサーから新しい脚本とセシル・ド・フランスという女優を
紹介され、考えを変えました。

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そうなんです。この女優さん、すごいんです。
一筋縄ではいかないシスタースマイルことジャニーヌ・デッケルスという女性を
本当によく理解して演じていました。
まるで、シスタースマイルに憑依されたかのよう、といったら言い過ぎでしょうか。

セシル・ド・フランス。
セザール賞新人女優賞をとった「スパニッシュ・アパートメント」(‘02)や
同じくセザール賞助演女優賞の「ロシアン・ドールズ」(‘05)に出演した時は
それほど存在感を感じませんでしたが、今回はすごいです。

さて、セシル・ド・フランス、どんな修道女を見せてくれるのでしょうか。
やはり皆さまご自身の眼で彼女を確認していただきたいところです。

という訳で、次回に続きます。乞うご期待!

to be continued.

シスタースマイル ドミニクの歌
ステイン・コニンクス/監督、エリック・ウーマン、マルク・シラム、クリスティーヌ・ピロー、ペーター・ブカ―ト/製作、クリス・ヴァンデル・スタッペン、アリアン・フェート、ステイン・コニンクス/脚本、ブルノ・フォンテーヌ/音楽、イヴ・ヴァンデルメーレン/撮影
出演
セシル・ド・フランス/ジャニーヌ・デッケルス、サンドリーヌ・ブランク/アニー、マリー・クレメール/従妹(フランソワーズ)、ジョー・デスール/ジャニーヌの母、ヤン・デクレール/ジャニーヌの父、クリス・ロメ/修道院長、フィリップ・ペータース/マネージャー、クリステル・コルニル/シスター・クリスティーヌ、ツィラ・シェルトン/最年長修道尼、ラファエル・シャルリエ/ピエール、ヨハン・レイセン/ジャン神父、ベルナルド・アイレンボッシュ/デュボア神父
7月3日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
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by mtonosama | 2010-06-06 06:32 | Comments(6)
映画にこじつけ台湾旅行
最終日 -最終回-

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そして、再び台北へ。
免税店や、なぜか和菓子の工場を見学した後、バスは台北桃園中正国際空港へ向かいます。

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3泊4日。短いようで充分に長かった台湾の旅が終わりました。

再見。台湾!
再見。4日間、盛り沢山のツアーを案内してくれたガイドの陳さん!

が、しかし、まだ終わらないのです。
台北に向かう飛行機の中で叶わなかった機内映画観賞の完遂を
今度こそ、果たさなくては。

どうやって観るかはもうわかっている、
機内食だって観ながら食べるぞっ、と固い決意のもと、観始めたのは
「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」
“ハリー・ポッターの監督が描く奇想天外なアクション・アドベンチャー”です!
そそるではありませんか。

「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」
学校にも溶け込めず、教科書もちゃんと読めない難読症の高校生。
17歳のパーシー・ジャクソンは実はポセイドンと人間の間に生まれた“デミ・ゴッド”。
彼は自由自在に水を操る不思議な能力を持っていた…

てきぱき、無駄なく、映画を観るためのセッティングもしました。
小さな画面を食い入るように観ながら、食事をとり、ワインも飲みました。
なんのぬかりもなかったんです。

なのに、嗚呼…
観始めて2時間も経っていないというのに、
キャビン・アテンダントさんったら、容赦なくイヤフォンを回収し始めました。
間もなく、成田に到着するというのです。早すぎるよー。

画面ではまだパーシー君がおとうさんのポセイドンとお話しているところだったんですよ。
仕方がないから、日本語音声のないまま中国語の字幕を追って観ました。ほぼ執念です。
でも、今回も最後までは観られませんでした。

台湾旅行の教訓。
台湾は近過ぎて、機内映画は観られません・・・・・

これで、本当に「映画にこじつけ台湾旅行」はおしまいです。
長い間、台湾旅行におつきあいいただき、ありがとうございました。

次回からは通常営業に戻ります。
またのお越しをせつにお待ち申し上げております。

では、今度こそ、ホントに再見!

                         

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by mtonosama | 2010-06-05 06:38 | 映画 | Comments(6)
映画にこじつけ台湾旅行
最終日 -8-

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疲れた後はなんといっても温泉です。
実は、温泉も今回のニッキュッパ台湾のお楽しみのひとつ。
熱海大飯店というホテル名もいいですねぇ。
静岡県の熱海温泉と関係があるのかないのか、定かではありませんが、
い湯がのように溢れている”ので熱海
という漢字文化圏そのままの素直な発想によるネーミングなのでしょうね。

北投温泉は明治16年(1894年)に硫黄を商うドイツ人商人が発見したといわれている。
1896年、大阪商人平田源吾が北投で最初の温泉旅館「天狗庵」を開業した。
その後、日露戦争の際に日本軍傷病兵の療養所が作られ、それ以降台湾有数の湯治場
として知られるようになった。
1905年、日本人学者岡本要八郎によって北投石が発見される。また同年、「湯守観音」を祀る「鉄真院」(現 北投普済寺)が創建される。
1913年、北投温泉公共浴場(現 北投温泉博物館)が落成し、北投公園も完成する。
戦前はモダンな建物が立ち並ぶハイカラな温泉街として知られ、1923年には昭和天皇(当時は皇太子)も訪問した。
戦後、台湾が中華民国に帰属した。中華民国政府は北投温泉を歓楽街として位置づけ、
置屋の営業を認めた(公娼制度)。この為、国の内外から売春目的で北投温泉を訪れる観光客が集まった。
しかし公娼制度は1979年に廃止され、また台北市長・陳水扁(前任の中華民国総統)の健全化政策により、北投温泉から置屋は消滅し、親子で楽しめるような観光地へと変貌した。
(Wikipediaより)

写真の表示板にもありますが、源泉の一つである地熱谷(日本統治時代は地獄谷と呼称)は
高温の源泉があちこちから沸く池です。
かつては地熱谷で茹でる温泉卵が有名でしたが、
卵を茹でる際に池に転落する事故が絶えないので、
現在は全面的に禁止されています。
なんだかすごい話ですね。

世界ではここと秋田県の玉川温泉でしか産出されない北投石が有名です。
北投石は当地にある共同浴場・瀧乃湯の前で発見されたそうで、
ツアーのお約束・ショッピングセンターでも、北投石のブレスレット(腕輪数珠?)
を買うこともできます。

「北投石を付けた翌日には調子の悪い箇所がすっきりするよ」

というガイドさんや売り子さんの話でしたが、
結構なお値段なので買いませんでした。いえ、買えませんでした。

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   ↑ ↑
台湾版・マディソン郡の橋なんていうことは全然なく、
おそらくはラブ・アフェアーもなく、町のおじさんおばさんや、観光客が休んでいました。

マディソン郡の橋」1995年
ベストセラーの同名小説の映画化作品です。

89年冬。アイオワ州マディソン郡。
フランチェスカ・ジョンソン(メリル・ストリープ)の葬儀を出すために
実家に戻った長男のマイケルと妹のキャロリン。
母の遺書の中に「死んだら火葬にしてほしい」とあるのを見て当惑しながら、
彼らに宛てた母の手紙と日記を読み始めました―――

65年秋。
フランチェスカは夫と2人の子供が出かけた4日間、1人で家を守ることに。
開放された気分の彼女の前に、ロバート・キンケイド(クリント・イーストウッド)
という男が現れ、ローズマン橋までの道を訊ねます。
彼は屋根付きの橋を撮影するためにやってきたカメラマンでした。
フランチェスカはその晩、彼を夕食に誘います。
ロバートが宿に帰った後、フランチェスカは「明日の晩もいかが?」と書いたメモを、
早朝、彼が撮影に訪れることになっている橋の上に残しました。
翌日、橋の上で落ち合った2人は打ち解け合っていきます。
彼らが愛し合うようになるのに、時間はかかりませんでした。
一晩中愛を交わした2人は、次の日もピクニックを楽しみます。
2人に残された時間はあと僅か。
その夜も再び狂おしい愛のひとときを求めあいます。
最後の朝、フランチェスカは「遊びだったの?」とロバートに問い、
彼女を本気で愛し始めているロバートは一緒に来てくれるよう、請います。
しかし、家族のことを思い悩むフランチェスカを見て、
ロバートは静かに立ち去っていきました。
数日後、夫と買い物に出掛けたフランチェスカは、降りしきる雨の中に
立ち尽くすロバートをみつけます。
車から出ようとドアのノブに手をかける彼女でしたが…
(このシーンはじーんときます)
そして、2人の関係は終わりました―――

14年後、夫が死に、フランチェスカはロバートに連絡をとろうとしました。
彼からは何の返事もありません。
ある日、彼の弁護士から連絡がきます。
“ロバートは亡くなりました。ついては、彼の遺品を送りたいのですが”と―――

母の手記を読みおえたキャロリンとマイケルは、その秘めた恋に心を打たれ、
母の遺灰を、あの橋の上から撒くのでした…

屋根がある橋というだけで北投温泉の橋を「マディソン郡の橋」に結びつけてますね。
ま、“映画にこじつけ台湾旅行”ですから、ご容赦を。

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嗚呼、癒しの台湾版・マディソン郡の橋であります。

そして、バスは台北市内へ向かいます。

続く

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by mtonosama | 2010-06-04 05:47 | Comments(8)