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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

<   2010年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

                    ANPO -2-

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この映画に、いままで持っていた安保のイメージを求めようとすると、良い意味で裏切られます。
冒頭、ちょっとめんどうくさいことを言いそうなおにいさん(ごめんなさい)、
アーティスト・会田誠さんがアメリカについて話します。
横尾忠則さんも自作の油彩の前でTIME誌の表紙を断った時の話を始めます。
BGMには「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞・武満徹作曲)をアレンジした
インストルメンタル曲が流れています。



なんかまったりしつつ、この映画はどこへ連れていってくれるんだろうと思っていたとき、
「ANPO」の映画タイトルがスクリーンに登場すると同時に耳を襲った轟音。

な、なんだ!?なんなんだ?この音は!

いえ、大げさではなく、本当に一瞬、何の音かわからず、どぎまぎしました。
そして、その音が、沖縄の基地を飛び立つ米軍戦闘機の爆音と知った時、
あらためて沖縄の抱える問題の大きさを実感しました。

沖縄、基地。
アーティストたちは絵画や写真を通してそれらを表現しており、
拳をふりあげるだけではない、無言の抗議と抵抗を、この映画は映し出しています。

  小さなお人形が落ちているのかと見間違えてしまった
  米軍軍用トラックにはねられて亡くなった沖縄の幼女の姿。

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  真っ青な海のこちらに拡がる白いビーチを無粋に断ち切る鉄条網のフェンス。

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  広島で閃光が多くの命を一瞬で奪ったとき、着ていた主はもういないのに、
  ところどころ血痕がつき、焼け焦げ、残った衣服だけを撮影した写真展。

  ヘルメットをかぶり、銃を構えた大きなしゃれこうべの絵。

  占領日本に駐留した米軍兵士たちは紳士的で、子どもたちにはチョコレートや
  チューイングガムを配ってくれたという話をよく聞きます。
  しかし、ヤミ市のなかを逃げ回る若い女性を追いかけ、
  おさえつけ覆いかぶさる米軍兵士の姿を、
  深作欣二監督は覚えていました。
  「仁義なき戦い」の中の1シーンが戦後のヤミ市で監督の見たものを表わしています。

  60年の頃、高校生だった串田和美さん(俳優・演出家)は
  校庭で「国会へデモに行こう!」とアジテーションしたところ、
  先生が飛び出してきて、怒られるかと思いきや「俺も行くぞ」と言われたとか、

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  横尾忠則たちアーティスト集団のデモは、洋服が派手でみんなが面白がって見たとか、

  舞台芸術家の朝倉摂さんは当時教えていた学生たちをひきつれてデモに参加したとか、

半世紀も経つと、牧歌的な話や思い出に美化された部分もあるかもしれません。
しかし、これだけ広範な人々が60年安保闘争に燃えたのは、
60年当時、戦後まだ15年しか経っておらず、あの戦争の記憶は人々の体と頭にしみついており、
誰の心の中にも「もう戦争はいやだ!」という気持ちが渦巻いていたからだと思うのです。

10年後にやってきた「戦争を知らない子どもたち」の70年安保闘争が
マスコミにたたかれ、既成左翼政党からは暴力学生と罵られ、
市井の人々からの共感が得られなかったのは、
まさに戦争を知らず、戦争を実感できない世代の行動だったからかもしれません。
(でも、70年安保だっていろいろあったんです…)

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沖縄の写真家・石川真生(まお)さんが、

「ひとりひとりの米兵は憎くない。だけど、米軍は憎い、日本政府が憎い。
でもね、なによりも、こういう状態を許してる自分たちが憎い」

そういって泣きました。
で、「ごめんね、私、泣き虫なんだ」って言い訳するのです。
とのも泣きそうになっちゃいました。

戦争が終わって6年目、1951年サンフランシスコでアメリカやイギリス、中華民国を
はじめとする第二次世界大戦の連合国49ヶ国と日本の間で、
日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)が締結され、
連合国軍の一国であるアメリカ軍がその後も在日米軍として駐留することになりました。

ANPOという言葉の陰から顔を出すのは、いまだ被占領国であるかのような日本の姿です。
沖縄をはじめ、各地に残る米軍基地、日本は本当に独立した国なのでしょうか。

―――龍馬が泣くぜよ。

龍馬がいないなら、半世紀前のANPOが、
そして、ARTが解決の手がかりにならないでしょうか。

この映画が差し出してくる問題提起をしっかり受け止めていきたいものです。

追伸
リンダ・ホーグランド監督がインタビューした中村宏さん。
この映画の予告編にも出てくる大きな目玉の絵を描いた絵描きさんですが、
とのはこの人の作品が好きでした。
この映画で中村宏さんのお顔を初めて拝見して、とても優しそうな方だったので、
うれしくなってしまいました。

うれしくなってるだけじゃいけないんですけどね。

                              

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ANPO
監督・プロデューサー/リンダ・ホーグランド、撮影/山崎裕、編集/スコット・バージェス、音楽/武石聡、永井晶子
出演・作品
会田誠、朝倉摂、池田龍雄、石内都、石川真生、嬉野京子、風間サチコ、桂川寛、加藤登紀子、串田和美、東松照明、富沢幸男、中村宏、比嘉豊光、細江英公、山城知佳子、横尾忠則
出演
ティム・ワイナー、半藤一利、保阪正康
作品
安部合成、石井茂雄、井上長三郎、市村司、長濱治、長野重一、浜田友明、濱谷浩、林忠彦、丸木位里、丸木俊、森熊猛、山下菊二
9月18日(土)より渋谷アップリンク、横浜シネマ、ジャック&ベティ他全国順次公開
2010年、89分、アメリカ・日本、配給/アップリンク
http://www.uplink.co.jp/anpo/

by mtonosama | 2010-08-30 06:14 | 映画 | Comments(4)
                   ANPO -1-

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                            中村宏さん

ANPOです。
漢字で書けば安保です。
正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/pdfs/jyoyaku.pdf
略して日米安全保障条約。
1960年6月19日、大半の日本国民の反対を圧し切り、死者まで出して成立した条約です。

それから半世紀。

日本で生まれ育ったアメリカ人、リンダ・ホーグランド監督が
日本人としてでもなく、アメリカ人としてでもない独自の視線で、
そして日本とアメリカの双方向からの視線で、
安保、沖縄、基地、日米関係をみつめ、
画家、舞台芸術家、映画人、写真家などの作品を通し、
彼らとのインタビューを通じて、
映画「ANPO」をつくりました。

皆さまは「60年安保」と聞くと、どんな映像を思い浮かべますか?
おそらくはモノクロ画面の中に白いシャツと黒いズボンをはいた学生たちと
およそデモには不向きな洋服を着た女性たちが道路を埋めている光景だと思います。
彼らが向かう先は国会であり、
その国会も現在のように背後に高いビルを控えた姿ではなく、
ひとりドーンと建っています。

ですが、「ANPO」では、
例えば、
横尾忠則さんが、
写真家・石内都さんが、
歌手・加藤登紀子さんが、
美術家・会田誠さんが、
版画家・風間サチコさんが、
作品の前で、安保について、沖縄について、戦争について、アメリカについて、そして、日本について
語ります。

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                       風間サチコさん

実は会田さんも、風間さんも、安保世代ではありません。
それどころか1960年にはまだ生まれていない人たちです。

日米安全保障条約
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(英:Treaty of Mutual Coopera-
tion and Security between the United States and Japan、昭和35年条約第6号)は、
日本とアメリカ合衆国の安全保障のため、日本にアメリカ軍(在日米軍)を駐留することなどを定めた二国間条約のことである。
通称日米安全保障条約、(日米)安保条約、日米安保と呼ばれる。
1960年(昭和35年)1月19日に、ワシントンD.C.で締結された。日米同盟の根幹となっている。
1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約と同日に、日米間で締結された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)を形式的には失効させて成立しているが、
旧安保条約に基づくアメリカ軍の駐留を引き続き認めており実態的には改定とみなされ、
これにより60年安保条約ともいわれる。(Wikipedia)

安保は50年前に結ばれた過去の条約ではなく、今も発効し続けており、
普天間をはじめとした基地問題はここから始まっているのですから、
“安保を知らないこどもたち”(「戦争を知らない子どもたち」という歌がありましたね)こそ、
戦争について、安保について、大いに語らなくてはいけないのだと思います。

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でも、60年安保といえば、デモであり、国会であり、
太い黒ぶちの眼鏡をかけたおじさんたちが偉そうにしゃべる、というイメージ、
そしてきわめて政治的なイメージしか持ち合わせていなかったとのにとって、
アーティストがそれぞれに自分の言葉で語る「ANPO」は新鮮でした。

この新鮮な「ANPO」をつくったリンダ・ホーグランドさんって、
一体どんな人なのでしょう。

彼女、映画業界人の間では、海外映画祭に出品する際の通訳や英語字幕翻訳者として
知られるアメリカ人。日本で生まれ育っています。
〈当然ながら日本語はペラペラです。満員の試写室に挨拶のため、
顔を出した彼女の日本語の達者だったこと!〉
彼女は字幕翻訳の仕事を通じて、日本映画を深く知れば知る程、
“60年安保”が当時の映画監督に大きな影響を与えていることに気付きました。
そんな監督として、深作欣二監督、川島雄三監督、大島渚監督などの作品も
「ANPO」には登場します。

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リンダ・ホーグランドさんは宣教師のお嬢さんとして山口県と愛媛県で育ち、
地元の小・中学校へ通学したので、
日本の戦争については日本人と一緒に学び、
原爆についても小学校4年生のとき、教室で学びました。

原爆の話の後、同級生たちが一斉に彼女のことをふりかえって見たそうです。
同級生のリンダちゃんが原爆を落としたアメリカと同じ国の人間だということに
ビックリしたんでしょうね。
監督も、自分の国が行ったむごたらしい行為に、子どもながら罪の意識を持ち、
教室から逃げ出したい気持ちだったということです。

プロデューサーを担当した前作「TOKKO ―特攻―」 (2007)、そして今回の「ANPO」
監督の映画づくりの背景にはそのときの体験が大きく影を落としています。

“安保を知らない子どもたち“にとっては、
リンダ・ホーグランドさんのような外国人の眼を通して描かれたANPOの方が
すんなり入ってくるのかもしれません。

さ、リンダさんは、沖縄、基地、日米関係をどのように描いてくれたのでしょうか。
アーティストたちは1960年どのように安保に関わったのでしょうか。
乞うご期待です。





                             

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ANPO
監督・プロデューサー/リンダ・ホーグランド、撮影/山崎裕、編集/スコット・バージェス、音楽/武石聡、永井晶子
出演・作品
会田誠、朝倉摂、池田龍雄、石内都、石川真生、嬉野京子、風間サチコ、桂川寛、加藤登紀子、串田和美、東松照明、富沢幸男、中村宏、比嘉豊光、細江英公、山城知佳子、横尾忠則
出演
ティム・ワイナー、半藤一利、保阪正康
作品
安部合成、石井茂雄、井上長三郎、市村司、長濱治、長野重一、浜田友明、濱谷浩、林忠彦、丸木位里、丸木俊、森熊猛、山下菊二
9月18日(土)より渋谷アップリンク、横浜シネマ、ジャック&ベティ他全国順次公開
2010年、89分、アメリカ・日本、配給/アップリンク
http://www.uplink.co.jp/anpo/

by mtonosama | 2010-08-27 06:30 | Comments(6)
           ベンダ・ビリリ!
           ~もう一つのキンシャサの奇跡 -2-
                     BENDA BILILI!

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映画の舞台はコンゴ。
映画を撮ったのは2人のフランス人。ルノー・バレとフローラン・ドラテュライ。
ルノーとフローランはコンゴを愛する映像作家です。
2004年、首都キンシャサの路上で彼らがベンダ・ビリリの演奏を偶然耳にしたことから、
この映画の撮影は始まりました。

首都とはいえ、埃にまみれた交差点や目抜き通り
(はたして目抜き通りという呼び名が当たっているのか疑問ですが)
を一歩離れれば、車いすの車輪が泥に埋まってしまうようなキンシャサの町。
平均寿命が45歳といわれる過酷な生存状況を強いられるこの国で、
スタッフ・ベンダ・ビリリの面々は楽しげに演奏していました。

リーダーでボーカル担当のリッキーと、ギターとボーカルのココは
元々コンゴの人気グループのサポートメンバー。
ところが、車いすのため、移動がままならず、他メンバーとの待ち合わせにも遅刻しがち。
そんな事情から、障害者だけでバンドを結成することを思いつき、
”スタッフ・ベンダ・ビリリ”の誕生となりました。

ビリリは不自由な体で生き抜いていくために、
シェゲ(ストリート・チルドレン)達は生活と命を守ってもらうために、
お互いに助け合わねばなりません。
子どもたちはビリリに手を貸し、親の手伝いをする子どものように、
そして、ビリリは子どもたちを守り、父親の代わりになったのです。

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シェゲの中からは才能のあるミュージシャンが生まれたりもします。
ロジェという13歳の子どもなどはシェゲの中から生まれた大天才。
空き缶に木の棒を1本のワイヤーで留めた1弦ギター(サトンゲというそうです)を自分で作り、
よくこんな深い音が出せるな、というような音色と神業的なアドリブを奏でます。

ストーリー
2004年12月、キンシャサの路上で2人のフランス人映像作家が出会った音楽グループ、
スタッフ・ベンダ・ビリリのリーダー・リッキーはシェゲたちの親代わり。
ひったくりで稼ぐシェゲたちが音楽に出会い、ビリリに出会うことで、
悪事を働かなくてもよくなるのです。
ベンダ・ビリリは歌います。

    ♪俺は丈夫に生まれたがポリオになっちまった
     親たちよ 頼むから予防接種に行ってくれ
     赤ん坊にワクチンを与えてやるんだ
     親たちよ 頼むから子どもを見捨てないでくれ
     障害のある子どもも他の子どもたちとちっとも変らない♪ 「ポリオ」

路上の現実を歌うビリリ。
感動した2人のフランス人は彼らのアルバムを作ろうと資金集めを決意し、
彼らのドキュメンタリーフィルムの撮影も開始しました。

2005年7月、ある日、シェゲの中に奇妙な楽器を演奏する少年がいました。
少年の名はロジェ。
彼は病気の母親と小さな弟たちを田舎に残し、生活のために路上でシェゲをしていました。
彼の奏でる不思議なサウンドをすっかり気に入ったリーダーのリッキーは
ロジェをメンバーに加えます。
9月、いよいよスタジオ録音に臨むベンダ・ビリリ。
ところが、録音中に1本の電話が。
リッキーをはじめとするメンバーが生活していた身体障害者のためのシェルターが
火事で燃えてしまったのです。
録音は中止。
メンバーは四散。
フランス人映像作家ルノーとフローランも資金が枯渇し、一時帰国することに。
ロジェも村に帰っていくしかありませんでした。

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2006年7月、ビッグニュースです!
ルノーとフローランが撮影したビリリの映像を見たレコード会社が
アルバム制作を支援してくれることになったのです。
10月、録音が始まります。
録音はいつもビリリが練習しているキンシャサ動物園で行われました。
「アフリカで一番のバンドになる」と言い続けてきたビリリの夢がいよいよ動き始めました。

2009年3月、キンシャサのフランス文化センターで
アルバム発売記念のオープニング・コンサートが開催。
7月、スタッフ・ベンダ・ビリリ生まれて初めてのヨーロッパツアーに出発。
天才少年ロジェの母親は息子の稼いだ金で病気も治り、旅立つ息子に言います。
「あんたが頼りなんだから。頑張って家族を養わないとね」

     ♪段ボール(トンカラ)で寝てた俺がマットレスを買った
      同じことが起こりうる お前にも 彼らにも
      人間に再起不能はない 幸運は突然訪れる
      人生に遅すぎることは 絶対ない♪  「トンカラ」

フランス・ベルフォールへ、雪のオセロへ。ビリリの世界への飛躍が始まります…

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」
「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」http://mtonosama.exblog.jp/13683706/
につながる音楽映画です。
しかし、この映画が違うのは常に前を見ているところでしょうか。
身体に麻痺があろうが、平均寿命が45歳だろうが、国が機能していなかろうが、
スタッフ・ベンダ・ビリリは歌い、踊り続けます。
日本公演が楽しみです♪

スタッフ・ベンダ・ビリリ来日決定!9月下旬から10月にかけて全国公演
http://bendabilili.jp/concert.html ←スタッフ・ベンダ・ビリリの日本コンサート情報のお知らせはこちらで。
 
 
                           

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ベンダ・ビリリ! ~もう一つのキンシャサの奇跡
監督/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、記録/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、撮影/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、編集/ジャンクリストフ・イム、録音/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、音楽/スタッフ・ベンダ・ビリリ、音楽監督/キューバン・カベヤ、音楽レーベル/バスキュール・エディション、ストリクトリイ・コンフィデンシャル、ベル・キノワーズ、クラムド・ディスク
出演スタッフ・ベンダ・ビリリ
リッキー/リーダー、ボーカル、ココ/ボーカル、ギター、ジュナナ/ボーカル、ダンス、テオ/ボーカル、ギター、ロジェ/サトンゲ、ボーカル、ランディ/パーカッション、カボセ/ボーカル、カバリエ/ベース、モンタナ/ドラム、ボーカル
9月11日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
2010年、フランス、87分、提供/プランクトン、配給/ムヴィオラ、プランクトンwww.bendabilili.jp/movie/

by mtonosama | 2010-08-24 06:28 | 映画 | Comments(4)
          ベンダ・ビリリ!
           ~もう一つのキンシャサの奇跡 -1-

                    BENDA BILILI!

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ベンダ・ビリリ!
「外側を剥ぎ取れ=内面を見よ」という意味のリンガラ語です。

リンガラ語?
コンゴ民主共和国の正式言語だそうです。

コンゴ民主共和国?
そうですよね。アフリカにコンゴという国があると知っていても、
どこにあるのかもよく知らないし、その同じ国が一時ザイール共和国と呼ばれていたことなども
知りません。

知らないことだらけのコンゴです。

コンゴ民主共和国
アフリカ中央にあり、1960年にベルギーから独立した国。
直後に内乱が起こり、ベルギー軍が介入。「コンゴ動乱」が始まりました。
65年のクーデター以来97年までモブツ独裁政権が続き、
71年、国名はザイール共和国となりました。
この独裁政権下で汚職や内政の混乱、周辺国を巻き込んだ地域紛争に見舞われたコンゴ。
97年モブツ独裁政権が崩壊、ザイール共和国からコンゴ民主共和国となりました。
しかし、2002年の和平合意に至るまで長期にわたり、この国では不安定な状態が続きました。その結果、経済は疲弊し、現在も国民生活は劣悪です。
国民の平均寿命は45歳だそうです。
このドキュメンタリー映画の主役であるストリート・チルドレンやポリオによる身体障害者は
内乱や戦争、政治的な混乱から生み出された人たちといえるでしょう。

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その昔、日本でもポリオ(小児麻痺と言われてました)が流行したことがありましたが、
2000年8月に日本国内のポリオは根絶されたことが、WHOに対して正式に提示されています。
WHOによれば、近年ポリオ患者数は減少していますが、
アフリカ、東地中海地域ではまだまだ根絶には至っていません。
予防にはワクチン接種が効果的なのですが、
貧困や政治的混乱がワクチン供給の障害になっているわけですね。

世界保健機関(せかいほけんきかん、英: World Health Organization、仏: Organisation Mondiale de la Santé)は、人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関(国連機関)である。
略称は英語: WHO、フランス語: OMSとされる。
1948年設立。本部はスイス・ジュネーヴ。
設立日である4月7日は世界保健デーになっている。
WHOにおける健康の定義は、「完全な肉体的、精神的及び社会福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」(WHO憲章前文より)とされていて、かなり広い目標を掲げている。
そのために、病気の撲滅のための研究、適正な医療・医薬品の普及だけでなく、
ベーシック・ヒューマン・ニーズ(BHN)の達成や健康的なライフスタイルの推進にも力を入れている。(Wikipediaより)

なんか、理屈っぽくなってしまいました。すいません。
この映画に出てくる楽しそうなおじさんたちやかっこいい少年がどういう背景を背負っているのか、
ということをお知らせしようと思っただけなんですが。
正直言って、彼らの背負ってる荷物はかなり重たいです。
しかし、これは音楽の映画。
好きか、嫌いか、
楽しいか、楽しくないか。
音楽として聴くなら、まず理屈は抜きにして楽しみたい♪
路上や動物園で神出鬼没にパフォーマンスをしているおじさんたち。
なんとも楽しいサウンドを奏でてくれるおじさんたちは
街のそこここにいるシェゲ(ストリート・チルドレン)たちの
世話を焼いていますが、実はおじさんたちも障害を抱え、車いすや松葉杖の厄介になっています。

「それがなにか問題でも?」って言いたいくらい溌剌としているんですけどね。

シェゲ
コンゴ民主共和国の首都キンシャサには数万人のシェゲと呼ばれるストリート・チルドレンが暮らしています。シェゲの語源は1997年モブツ独裁政権を打倒した兵士達の中にいたチェ・ゲバラのような子ども兵士を指した言葉。
現在のシェゲは貧困や家庭内暴力から逃げてきた子どもたち。
靴磨きをしたり、駐車場で車の警備をしたり、して生活する身寄りのない子どもが多いが、
中には家族がいながら、生活のためにシェゲをしている子どもも。

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車いす4名、松葉杖1名、健常者3名から成るスタッフ・ベンダ・ビリリ。
彼らが欧州ツアーを成功させるまでの5年間の軌跡を記録した
「ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡」。 
上から目線の同情や偏見などふっとんでしまう映画です。

だけど、”ベンダ・ビリリ”(外面を剥ぎ取れ)。
ビリリと外側を破って、コンゴが内に抱える問題にも目を向けたいものです。
どんな音楽?そして、どんなお話?
続きは次回でのお楽しみです。

スタッフ・ベンダ・ビリリ来日決定!9月下旬から10月にかけて全国公演
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ベンダ・ビリリ! ~もう一つのキンシャサの奇跡
監督/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、記録/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、撮影/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、編集/ジャンクリストフ・イム、録音/ルノー・パレ&フローラン・ドラテュライ、音楽/スタッフ・ベンダ・ビリリ、音楽監督/キューバン・カベヤ、音楽レーベル/バスキュール・エディション、ストリクトリイ・コンフィデンシャル、ベル・キノワーズ、クラムド・ディスク
出演スタッフ・ベンダ・ビリリ
リッキー/リーダー、ボーカル、ココ/ボーカル、ギター、ジュナナ/ボーカル、ダンス、テオ/ボーカル、ギター、ロジェ/サトンゲ、ボーカル、ランディ/パーカッション、カボセ/ボーカル、カバリエ/ベース、モンタナ/ドラム、ボーカル
9月11日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
2010年、フランス、87分、提供/プランクトン、配給/ムヴィオラ、プランクトンwww.bendabilili.jp/movie/

by mtonosama | 2010-08-21 06:01 | 映画 | Comments(8)
             冬の小鳥 -2-
                겨울새(旅人)
                Une Vie Toute Neuve
                A Brand New Life

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  © 2009 Copyright DCG Plus & NOW Films, GLORIA Films. All Rights Reserved.

♪あなたは知らないでしょうね
 どれだけ愛していたか
 時が流れればきっと後悔するわ
 寂しい時や沈んでいる時は
 名前を呼んでください
 私はそこにいるわ…… 「あなたは知らないでしょうね」 

     1975年に韓国で大ヒットした清純派歌手へウ二のデビュー曲。
     2001年にアイドルグループ「ピンクル」が歌いリバイバルヒットしました。

少女は細い声で大好きなおとうさんに連れてきてもらった焼肉屋さんでこの歌を歌います。
新しいよそゆきの服を着て、おとうさんと二人で宿に泊まり、ケーキを買い、バスに乗り、
そして、冬枯れの畑の中に建つ大きな門のある建物に着きました。

ストーリー
1975年。9歳のジニが父に連れられてやってきたその建物の庭では
小さな子どもたちが遊んでいました。
ジニは父と離され、子どもたちのいる部屋に通されますが、
事情がわからないジニは表へ飛び出します。
その時、彼女の眼に映ったのは門の向こうへ去っていく父の後姿でした。

そこは、事情があって親と暮らすことのできない女の子たちを集めた
カトリック系の児童養護施設。

ジニは自分には親がいるのだと主張し、
院長先生に父と連絡を取ってくれるように頼みます。
食事にも手をつけず、寮母やシスターたちに反抗し続けるジニ。
とうとう脱走し、門の外へ飛び出しました。
でも、小さなジニがひとりでどこへ行けるというのでしょう。

日曜日、子どもたちはよそゆきに着替えて教会に向かいます。
年上のスッキが支度の遅いジニの世話を焼いてくれます。
礼拝中「父よ。なぜ私をお見捨てになったのですか」
という聖書の一節を聞くともなく聞くジニ。
その視線の先には仲良く寄り添う信者の父娘の姿がありました。

健康診断の日、施設に来た理由を医師に問われたジニはポツリポツリと語ります。
父親と新しい母との間に生まれた赤ちゃんの足に安全ピンが刺さっていたこと、
それが彼女の仕業だと思われたこと―――
語りながら、ジニの目から大きな涙がこぼれました。

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ジニとスッキは仲良しになりました。
ある日、2人は庭で傷ついた小鳥をみつけ、世話をすることに。
遠い外国で養子になることへの憧れを楽しそうに話すスッキのおしゃべりを聞きながら、
「わたしはどこにも行かない」とつぶやくジニ。
養子縁組を望むアメリカ人夫妻が施設にやってきたときも、
スッキは英語を交えて積極的に自己アピールしますが、ジニは何も話しません。
小鳥も死んでしまいました。

2人に関心を持ったアメリカ人夫妻が再び施設を訪れました。
スッキはジニに一緒に外国へ行こうと誘います。少しだけその気になるジニ。
ですが、スッキだけが彼らの養子になって、施設を出て行ってしまいました。

再び、心を閉ざすジニ。
そして、ジニはもう一度、院長先生に父の住所を訪ねてほしいと懇願するのでした…

9歳の少女は自分が父に捨てられるなどと、思ってもいませんでした。
スクリーンでジニが抵抗し、諦め、やがて、受け入れる様を観ながら、
エリザベス・キューブラー・ロスの「死の受容のプロセス」を思い出しました。

エリザベス・キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』の中で発表したもの。
以下のように纏められている。すべての患者がこのような経過をたどるわけではないとも書いている。
    否認 :自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階
    怒り :なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階
    取引 :なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階。
    何かにすがろうという心理状態である。
    抑うつ :なにもできなくなる段階
    受容 :最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階
(Wikipediaより)

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子どもが親に捨てられるということは、死に等しいことです。
施設に預けられれば、体だけは生きていくことができます。
でも、その心は死にかかっています。

ラストでは1人で飛行機に乗ってフランスに向かうジニの姿が映し出されます。
この映画のすべてがウニー・ルコント監督の実人生と重なるというわけではありませんが、
そのシーンを観れば、
ジニは新しい両親に迎えられ、素晴らしい子ども時代を過ごせるかもしれないし、
もしかしたら、やがて優れた映画監督になるかもしれない、という期待感が湧いてきます。

9歳でジニは「捨てられたこと」を受容し、
フランスで生きるという新しい人生を選択することになったわけです。

キム・セロンがいなければ、生まれなかったかもしれない映画です。
いやぁ、良い映画でした。

                            

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冬の小鳥
脚本・監督/ウニー・ルコント、プロデューサー/イ・チャンドン、ロラン・ラヴォレ、イ・ジュンドン
出演
キム・セロン/ジニ、パク・ドヨン/スッキ、コ・アソン/イェシン、パク・ミョンシン/寮母、オ・マンソク/院長、ソル・ギョング/ジニの父、ムン・ソングン/医者
10月9日(土)より岩波ホール他全国順次公開
2009年、92分、韓国・フランス、韓国語、配給/クレスト・インターナショナル
http://www.fuyunokotori.com/

by mtonosama | 2010-08-18 06:21 | 映画 | Comments(6)
             冬の小鳥 -1-

                  겨울새(旅人)
          Une Vie Toute Neuve
          A Brand New Life


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   © 2009 Copyright DCG Plus & NOW Films, GLORIA Films. All Rights Reserved.

感動する映画の要素ってなんでしょうか。

脚本?
監督?
俳優?
観る人の感性?

おそらく、どれが欠けてもいけないと思うのですが、
この映画の中で、忘れ難い印象を与えてくれたのは
キム・セロンという名の9歳の少女。
主人公・ジニを演じた女の子です。
いえ、もう女優、いえ、表現者といってしまいましょう。

いかにもアジア的な静かな顔立ちのキム。
その奥二重の切れ長の目は、
彼女の心がとらえた悲しみ、痛み、喜び、そして諦めをあらわしていました。
それは湧き出した水がじわじわと大地を潤すような、静かだけれど、確かな感情表現です。

「ポネット」(‘96製作)という4歳の少女が主人公のフランス映画がありました。
「ポネット」と「冬の小鳥」を観て、理解できたことは、
子どもというのは何もわからない存在などではなく、
全身で、全力で、心の全てで、
自分の置かれた状況を理解しようとするものだということです。

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     だから、大阪で餓死した幼い姉弟はどんな思いで死を迎えたことでしょう。
     ドアを出て行く母親の背中が、彼らの目に映った最後の母の姿だとしたら、
     あまりにもむごいことです。
     あ、いけない。涙が出てきた。

タイトルをご覧ください。4つの言葉が並んでいます。
その内の韓国語はこの映画の主人公とウニー・ルコント監督の生まれた国の言葉。
映画の中で使われる言葉です。
そして、フランス語は監督が養女として暮らすことになった国の言葉。

そう、「冬の小鳥」は韓国から養子としてフランスに渡った監督の実体験から、
着想された映画です。
9歳のときにパリ郊外にある牧師の家に養女としてひきとられ、
フランス人として生きてきた監督は現在44歳。
彼女、もう韓国語は忘れてしまったので、
脚本はフランス語で書かれました。

主人公ジニを演じたキムがその演技力で、
深く印象づけてくれた施設での日々と心の移り変わりも、
監督が1975年から76年までを過ごした児童養護施設で抱いた感情そのままだそうです。

監督は言います。
脚本は、母国語である韓国語で書かれるべきでしたが、
私はすっかり言語を失っていました。
フランス語で書くことになりましたが、
私は映画という共通言語で書くことを信念としていました。
それこそが、私のハンデを補ってくれると信じていたからです


映画という共通言語―――
母国語を忘れてしまった悲しみに執着せず、映画という新しい言語を習得し、
素晴らしい作品を生み出した監督に拍手を送りたいです。

ところで、なぜ韓国から海外へ養子に行くのでしょうか?
実は、とのがドイツのコンスタンツという街に4週間ほどプチ語学留学したときのこと。
ルームメイトだったエーファ(スウェーデン人)のお姉さんが韓国からの養子と聞き、
「へえ」と思ったことがありました。

「韓国では戸籍法上の制約や血統主義の伝統もあって、
孤児が養父母を国内で見つけることが難しく、それを絶えずヨーロッパやアメリカに求めていた」
(渡辺直紀:武蔵大学人文学部日本・東アジア比較文学科准教授)
ということで、韓国国内では「孤児輸出」として社会問題にもなっているそうです。

エーファのお姉さんが暮らすスウェーデンですが、
1991年にスウェーデンの韓国人養子を取り上げた映画『スーザン・ブリンクスーアリラン』(日本題:スーザンブリンクのアリラン)が公開されて韓国内でも大きな反響を呼び、1998年に金大中大統領が海外の成人養子29人を青瓦台に招待して、韓国が育てられなかったことを公式に謝罪した(Wikipediaより)
とのこと。

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しかし、この映画のテーマは養子問題ではありません。

親に捨てられた子どもがその受け入れがたい事実とどのように折り合いをつけていくのか、
その心の軌跡が、キム・セロンという最高の女優を得て、描かれた作品です。

さあ、どんなお話でしょうか。この続きは絶対に見逃せません。乞うご期待であります。

                        

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冬の小鳥
脚本・監督/ウニー・ルコント、プロデューサー/イ・チャンドン、ロラン・ラヴォレ、イ・ジュンドン
出演
キム・セロン/ジニ、パク・ドヨン/スッキ、コ・アソン/イェシン、パク・ミョンシン/寮母、オ・マンソク/院長、ソル・ギョング/ジニの父、ムン・ソングン/医者
10月9日(土)より岩波ホール他全国順次公開にてロードショー
2009年、92分、韓国・フランス、韓国語、配給/クレスト・インターナショナル
http://www.fuyunokotori.com/

by mtonosama | 2010-08-15 06:27 | 映画 | Comments(8)
残暑
お見舞い申し上げます。


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お暑うございます。

何度も言われて聞き飽きましたよね。
せめてこのマイナスイオンと豪快な水音が皆さまに届きますように。

あと少し、もう少し我慢してこの暑さを切り抜けましょう。

どうぞ「殿様の試写室」で涼んでいらしてくださいませ。

8月15日
by mtonosama | 2010-08-15 05:44 | Comments(6)
             スープ・オペラ -2-
                         SOUP OPERA

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                         Ⓒスープの会

スープといえば、お鍋。お鍋といえば湯気。湯気といえば台所。
まぁ、なんて素直な連想でしょう。

舞台は、懐かしい感じの古い和風木造住宅。
台所はこぎれいに片付けられ、なんとなく寂しげな雰囲気もありますが、
ホッとできるゆる~い感じで湯気が漂っています。

ストーリー
ある古い家屋のキッチン、あ、キッチンというよりおだいどこって呼んだ方が合いますか。
お鍋からは鶏がらスープの湯気とおいしそうな匂いが漂ってきます。
大学図書館に勤めるルイは叔母のトバちゃんと2人で、この古い家に暮らしています。
トバちゃんはルイを産んで間もなく亡くなった姉の代わりに、洋裁店をしながら、
女手ひとつで育ててくれた人。ルイにとってはおかあさんです。

そのトバちゃんが還暦を前に20歳近く年下の医師・水谷さんと恋に落ち、
家を出ていってしまいました。
ひとりぼっちになってしまったルイ。
そこへ田中十二夫、トニーと名乗る変なおじさんが舞い込んできました。
トニーさん、勝手に庭に入り、絵を描いたりしています。
もちろん、出ていってもらったのですが。

ある日、ルイは学生時代からの友人で編集者の奈々子に誘われ、
人気作家・井上豪の接待パーティに同席します。
とんでもない我が儘作家のハチャメチャぶりにあきれながらも、
隣席の若いバイト編集者・康介に勧められた「冷製桃のスープ」の美味しさに
思わず夢見心地になるルイ。
その夜、ルイを家まで送ってくれた康介。
そこへトニーが現れたのです。

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翌日、ルイが仕事から帰ると、なぜかトニーと康介が2人、
台所で楽しげに食事の支度をしています。
3人の楽しい夕御飯が始まり、ルイの鶏がらスープを味わった康介はうっとり。
「いいなぁ、ここに暮らしたい」。
そんな康介に、「住もうよ」とトニー。
ルイが言葉をはさむ間もなく、2人はこの家に下宿することになりました…

夏草に覆われた朽ちかけたメリーゴーラウンド。
おや、猫がいますよ。
草の中で、おじさんが一人バンドネオンを弾き始めます。
冒頭から、まったりムード全開。

あ、おじさんなどと気安く言ってしまいましたが、
バンドネオンを奏でるのは京谷弘司さん。
あのピアソラから「近い将来、アストル・ピアソラのライバルとなるコウジへ!」という
とびきりのメッセージを受けた日本が誇るバンドネオン奏者です。
常に第一線で活躍し、その演奏力は本場アルゼンチンでも知られる京谷さん。
穏やかで、優しくて、思わずホッ、でした。

バンドネオンの京谷さん、クラリネットの稲元渡さん、ヴァイオリンの立花純平さんたち
の演奏をバックに登場人物が踊り、壊れていたメリーゴーラウンドがくるくる回り始める―――
ラストシーンはフェリーニの「8 1/2」を思い出させてくれました。
「8 1/2」ラストのあの印象的なハジケっぷりには及びませんが、ま、いけてました。
日本の俳優たちってハジケる前に、どうしても照れてしまうんでしょうね。

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癒し系映画というと、必ず美味しそうなご飯がつきもので、
料理担当者が話題になります。
この映画も六本木「ラ ファランドール」のオーナーシェフ
稲元亘さんが腕をふるいました。
この人、クラシック・フレンチをベースに、身体に負担のかからない料理を追求、
日本の旬と素材を活かし、フランス料理の文化と懐の深さを表現することを目指す
料理人です。

おいしいごはんと優しい音楽、そして、気のおけない仲間がいれば、
ひとは癒されます。
でも、ごはんとは別に、ルイを演じた坂井真紀さんのおっとりした優しい口調にも
ホッと息をついたとのでした。

                              

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スープ・オペラ
監督/瀧本智行、原作/阿川佐和子、脚本/青木研次、撮影/柴主高英、美術/若松孝市
出演
坂井真紀/島田ルイ、北村海歩/5歳のルイ、加賀まりこ/トバちゃん(楢崎藤子)、藤竜也/トニー(田中十二夫)、余貴美子/田中泰子(トニーの妻)、西島隆弘/林康介、田山涼成/精肉店主人、草村礼子/桂木夫人、萩原聖人/水谷医師、鈴木砂羽/奈々子、平泉成/井上豪、コミア―ナ鈴木/クリスチーナ(井上豪の妻)、リアン/猫
10月2日(土)、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他全国ロードショー
2010年、日本、119分、カラー、 www.soup-opera.jp

by mtonosama | 2010-08-12 05:24 | 映画 | Comments(6)
          スープ・オペラ -1-
                     SOUP OPERA

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                          Ⓒスープの会

癒し系映画と呼ぶ新ジャンル。
のったり、まったり、おいしいごはん
女子は小花プリントの少し長めの木綿ギャザースカートをはき
男子は穏やかな笑顔を浮かべ、白い開襟シャツを着ています。草食系男子です。
夏の日差しも紗を通したようで、どこか優しげ
静かに風も吹いていたりします。
「かもめ食堂」以来、
ある意味、パターン化しているこの手の映画。

でも、眠れない夜、静かな音楽を聴きたくなるように、
時々、誰も殺し合わない、意地悪も言わない、地球が滅びたりもしない、
の~んびりする映画を観たくなることって、ありません?

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「スープ・オペラ」って、そんな映画です。

阿川佐和子さん原作「スープ・オペラ」(新潮文庫刊)を瀧本智行さんが監督しました。
阿川さんも癒し系でくくるには「ちょっと…」という印象ですし(ごめんなさい)、
瀧本監督も監督デビュー作「樹の海」(‘04)を観た限りでは、
それ系の監督ではないのですけどね(それ系って…)。

猫といい、
バンドネオンやクラリネットを使った映画音楽といい、
古い木造和風家屋といい、
なんかホッと息をつきたくなるような映画です。

今の時代は、美味しくて素朴なごはんや、のんびり優しい人間関係みたいなものを
望んでいるのでしょうかねぇ。
最近の邦画、癒し系が多いような気がします。

阿川佐和子
1953年東京都生まれ。81年情報番組でリポーターを務め、83年より報道番組のアシスタント。
89年から「筑紫哲也NEWS23」のキャスターを務めた。
92年、渡米。帰国後「報道特集」でキャスター復帰。
98年からレギャラーを務める「TVタックル」は20年を超えた。
エッセイ集「ああ言えばこう食う」(壇ふみとの共著)で99年講談社エッセイ賞を受賞。
初の小説集「ウメ子」では坪田譲治文学賞を、「婚約のあとで」では島清恋愛文学賞を受賞
している。
「スープ・オペラ」は小説第5作目で初の映画化。

阿川さんが「スープ・オペラ」映画化に寄せた言葉です。

     「当初、私は一人の中途半端な年頃の、
      世の中に対してことさら意欲的でも無気力でもない中途半端な娘が、
      自分の人生をどう切り開いていくか、
      そこらへんをテーマに書こうと考えていました。
      ところがその娘の居場所を古びた家に定め、血縁は素っ頓狂な叔母さんのみ、
      のちの同居人として風変りなじいさんと妙に明るい若者を登場させてみたら、
      話が自ずとメリーゴーラウンドのようにぐるぐる回り始めました。―後略―」

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夏の暑さと、会社での人間関係に疲れ、仏頂面の夫との日々にうんざりした―――
はい。そうです。あなた、そして、わたし、です。

たまには空気を抜いて、こんな映画を見てのんびりしましょう。
え、どんなお話かって?それは次回のお楽しみということで。

                             

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スープ・オペラ
監督/瀧本智行、原作/阿川佐和子、脚本/青木研次、撮影/柴主高英、美術/若松孝市
出演
坂井真紀/島田ルイ、北村海歩/5歳のルイ、加賀まりこ/トバちゃん(楢崎藤子)、藤竜也/トニー(田中十二夫)、余貴美子/田中泰子(トニーの妻)、西島隆弘/林康介、田山涼成/精肉店主人、草村礼子/桂木夫人、萩原聖人/水谷医師、鈴木砂羽/奈々子、平泉成/井上豪、コミア―ナ鈴木/クリスチーナ(井上豪の妻)、リアン/猫
10月2日(土)、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他全国ロードショー
2010年、日本、119分、カラー、配給/プレノンアッシュ www.soup-opera.jp

by mtonosama | 2010-08-09 06:09 | 映画 | Comments(9)
           シングルマン -2-
                  A SINGLE MAN

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         (c)2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved.

「シングルマン」の舞台は60年代です。
60年代といえば、昭和では35年から44年。懐かしい時代です。
映画から時代を知るのに、必要なのはファッションと音楽ですよね。

さすがはトム・フォード監督。ファッション・デザイナーの本領発揮です。
若干、食傷気味になっている60年代ファッションや音楽ですが、
この映画では古臭さを感じさせません。
主役のコリン・フォースと、この作品で重要な役回りを演じたニコラス・ホルトの衣装は
フォード自身がデザインし、ミラノでつくらせたもの。
ニコラスくんの着ていた薄いピンクのモヘアのセーター、素敵でした。

f0165567_5284234.jpgそして、60年代の音楽といえばオールディズですが、
こればっかりじゃ―――ね。
監督がコンタクトした音楽担当者は誰あろう梅林茂という
日本人です。
ウォン・カーウァイ監督「花様年華」(2001年:日本公開)の
テーマを気に入っていたトム・フォード監督、
その作曲を担当した梅林氏に電話をしました。

東京からLAへ飛んだ梅林氏は、この映画のために
3つのテーマを作曲。
「シングルマン」の持つ静謐さは彼の音楽が影響する部分が
大きいとみました。
http://www.shigeru-umebayashi.com/


「さあさあ、60年代でございますよ」というわざとらしい設定はないのですが、
テレビから流れるキューバ危機のニュースが主人公の不安感とリンクするという
芸の細かさも見せています。
うまいです。

キューバ危機(The Cuban missile crisis)は、アメリカのすぐ南に位置するキューバにおいて、
1962年10月15日から13日間続いた、米ソ間の冷戦が頂点に達して核戦争の危機を招いた
国際緊張の事である。(Wikipediaより)

ストーリー
1962年11月30日、金曜日の朝。
ジョージ(コリン・ファース)にとって、朝の目覚めは愛する者の不在を思い知らされる
もっともつらい時間。
16年間暮らしたジム(マシュー・グード)が交通事故で亡くなって8ヶ月、
悲しみはますます深くなるばかりです。
この日、ジョージはその悲しみを断ち切ることを決意しました。

   LAの大学で英文学を教えるジョージと建築家のジム。
   2人の出会いはカップルで賑わうバーでした。
   客たちはあまりの混雑から店の外にまで溢れていました。
   軍服のよく似合う若々しい復員兵のジミーとジョージが初めて出会ったのもそこです。

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でも、2人の幸せな日々はもう還ってはきません。
大学のデスクを片付け、銀行の貸金庫をカラにし、新しい銃弾を購入し、
着々と、一日の終わりと、一生の終りに向けて、準備を進めるジョージでした。

ですが、最後の授業ではいつになく熱く講義をするジョージ。
講義に触発された学生のケニー(ニコラス・ホルト)が
教室を出るジョージを追って来ました。
銀行に行けばいつも騒がしい隣家の少女とバッタリ。
ところが、少女の愛らしさを知り、にこやかに会話を交わしさえします。
道を歩けば、ジェイムス・ディーンに心酔しているというゴージャスなスペインの青年と
言葉を交わし、ときめきに似たようなものも感じました。

しかし、帰宅したジョージは、
遺書、保険証書、「ネクタイはウィンザーノットで」のメモを添えた死装束、
すべてをきちんとテーブルの上に整えます。後やるべきことはひとつだけ―――

そこへ、かつての恋人で今は親友のチャーリー(ジュリアン・ムーア)から電話が。
その日、ジョージは彼女の家を訪問する予定だったのです。
彼女を訪ね、楽しい時を過ごすジョージ。

一日の終わり、ジョージを待ち受けていたのはケニーでした。
そして、思いもよらない奔放な行動。
人生はそう捨てたものではない、そう思えるようになったジョージ…


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そう、ジョージはゲイです。
ゲイが主人公であること、ファッション・デザイナーが監督をつとめたこと。
まっすぐには観られないというか、偏見で観てしまう部分も多いかもしれませんが、
愛の形がどんなものであれ、愛する者を失う悲しみに違いはありませんし、
人生もまた何がきっかけになって変わるか、わかりません。
この際、偏見や色眼鏡はどこか離れたところへ置いておくことにいたしましょう。

アメリカ映画でありながら予定調和的な結末を迎えないところ。
いいです。
デザイナーとしてのトム・フォードには縁はなかったけれど、
映画監督としての彼には期待大です。

                             


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シングルマン
監督・脚本・製作/トム・フォード、原作/クリストファー・イシャーウッド、衣装/アリアンヌ・フィリップス、音楽/アベル・コルゼ二オフスキー、追加音楽/梅林茂
出演
コリン・ファース/ジョージ、ジュリアン・ムーア/チャーリー、マシュー・グード/ジム、ニコラス・ホルト/ケニー、ジョン・コルタジャレナ/カルロス
10月2日(土)新宿バルト9ほか全国順次ロードショー
2009年、アメリカ、101分、提供・配給/ギャガ
http://singleman.gaga.ne.jp/

by mtonosama | 2010-08-06 06:12 | 映画 | Comments(12)