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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

<   2010年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

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   (C)2009 Lennon Films Limited Channel Four Television Corporation and UK
               Film Council. All Rights Reserved.


今年2010年はジョン・レノン生誕70周年です。
あのダコタハウス前での銃撃死から、もう30年経ったのですね。

そんなメモリアルイヤーだからこそ、
ジョンをいい加減に扱った映画なんか観たくない―――
これがすべてのファンに共通する気持ちでしょう。

監督も俳優も責任重大です。

その監督は英国の現代アート界で注目を集める女性芸術家のサム・テイラー=ウッド。
「イングリッシュ・ペイシェント」のアンソニー・ミンゲラ監督に
才能を見いだされた人です。1967年生まれの43歳。
実は本作が長編デビュー作となります。

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ジョンを演じたア―ロン・ジョンソンは少しもジョンに似ていません。
でも、映画を観ている内に、
10代のジョンのプライベートな日々と内面世界を覗き見しているような、
そんな罪の意識すら覚えてしまうほどの存在感を見せてくれました。
1990年生まれですから、まだ20歳ですね。
映画撮影時は10代。まさにリアルタイムの青年として青年時代のジョンを演じたわけです。

ストーリー
1950年代半ばのリヴァプール。
ジョン・レノンは幼い頃から伯母夫婦に育てられていました。
勉強が苦手で、少しばかり問題児のジョンを厳しくしつけるミミ伯母さん。
一方、ジョージ伯父さんは楽しいことが大好きで、
家ではジョンと友達のように遊んだり、歌ったりしていました。
ところが、突然、伯父さんが心臓発作で亡くなってしまいました。
悲嘆にくれるジョン。
ミミ伯母さんは「しっかりしなさい。これからは2人なのよ」
と涙も流さず、冷静に告げます。

伯父さんの葬儀も終わった頃、
本当の母親に会いたくないかと、従弟から尋ねられたジョン。
なんと、ジョンの実母はミミ伯母さんの家のすぐ近くに住んでいたのでした。

母ジュリアの家を訪ねたジョンを、母は恋人を抱くように強く抱きしめます。
母はミミ伯母さんと姉妹とは思えない程、奔放な女性でした。
ロックンロールを聴き、歌い、踊る母。
エルヴィス・プレスリーに夢中で、バンジョーの弾き方も教えてくれました。
ジョンは音楽への憧れを募らせ、頻繁に母ジュリアに会いにいくように。
しかし、母にはボビーという内縁の夫がいて、既に2人の娘もいます。
母の家に、ジョンの居場所はありません。

ジョンは次第に音楽にのめりこむようになりました。
彼はクォーリー・バンク高校の友達を集め、"ザ・クォーリーメン“を結成。
最初のライブをしたセント・ピーターズ教会でポール・マッカートニーと出会います。
ジョンとポールはすぐにお互いの才能を認めあい、一緒に音楽をつくり始めました。
ライブを重ね、評判を呼ぶ中、ジョージ・ハリスンもバンドに加わりました。

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ジョン17歳の誕生日の夜。
自分の生い立ちをめぐる多くの秘密に耐えられなくなったジョンは
母ジュリアとミミ伯母さんに詰め寄ります。
「親父はどこにいるんだ?
僕はなぜ伯母さんに育てられている?おかあさんは僕を捨てたの?」
必死につめよるジョンを前にして、悲痛な表情でとまどう2人の母―――
この時、ジョンは初めて秘密を知らされるのでした。

秘密を知り、ショックを受けても、ジョンは2人の母を心から愛していることに
あらためて気付くのでした。

リヴァプール美術大学に入学したジョン。
2人の母に愛され、音楽への可能性も開き始めた18歳のジョン。
だが、若い夢に燃えて、歩き始めたジョンに悲劇がふりかかります……

ミミ伯母さんとジュリアの違いはファッションにも表れています。
ジュリアはジェイムズ・ディーンのハリウッド映画に出てきそうなファッション。
ミミ伯母さんはそれこそ“イングリッシュ・ペイシェント”のようなクラシックで地味目なファッション。
昔から聞きかじっていたこわいミミ伯母さんの印象のまんま。
でも、こわいこわいと思っていたミミ伯母さんの愛情あふれる側面は意外でした。

優しい日差しに包まれた落ち着いた50年代のリヴァプールの街並みを、
10代のジョンが歩いている姿。
ビートルズファンがまだ知らないジョンです。
古いアルバムをのぞいているような幸せな気分になりました。

ストロベリー・フィールドやキャバーン・クラブ。
ファンなら一度はその目で観たい建物も登場しますし。

ポールも、ジョージもまったく本物とは似ていないけれど、
そんなことは問題ではありません。

半世紀(!)以上前のジョン・レノンという青年の内面史をここまで描いてもらえて
もう思い残すことなどないとのです。

あ、おまけの情報があります。
本作の監督サム・テイラー=ウッドとジョンを演じたア―ロン・ジョンソンは昨年婚約、
第1子が生まれたということです。

                           

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ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ
監督/サム・テイラーウッド、脚本/マット・グリーンハルシュ、撮影/シーマス・マッガーヴェイ
出演
ア―ロン・ジョンソン/ジョン・レノン、アンヌ=マリー・ダフ/ジュリア・レノン、クリスティン・スコット・トーマス/ミミ・スミス、デヴィッド・モリッシー/ボビー・ディキンス、デヴィッド・スレルフォール/ジョージ伯父さん、トーマス・ブローディ・サングスター/ポール・マッカートニー、ジョシュ・ボルト/ピート・ショットン、サム・ベル/ジョージ・ハリスン、オフィリア・ラヴィボンド/マリー・ケネディ
11月5日(金)、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー!
2009年、イギリス映画、98分、配給/ギャガ
http://nowhereboy.gaga.ne.jp/

by mtonosama | 2010-09-29 06:54 | 映画 | Comments(10)
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   (C)2009 Lennon Films Limited Channel Four Television Corporation and UK
                Film Council. All Rights Reserved.



     ♪He's a real nowhere man,sitting in his nowhere Land,
              Making all his nowhere plans for nobody.


               あいつはまったくあてもなく、自分の世界に閉じこもり、
                ただ自分一人の夢を描いている男


               作詞・作曲/ジョン・レノン&ポール・マッカートニー
                     リード・ヴォーカル/ジョン・レノン

ご存知、“Rubber Soul”の4曲目、“Nowhere Man”です。

Nowhere Manの冒頭の歌詞を書いただけで、
もうこの歌がエンドレスに頭の中で鳴り続けているとのです。
はい、好きなんです。ビートルズ。

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ビートルズといえば
A Hard Day’s Night”「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」(‘64)
(こうしてみると、すごい邦題ですよね。水野晴郎さんが付けたということですが) に始まり、
Help!”「ヘルプ!4人はアイドル」(‘65)、
Yellow Submarine”「イエロー・サブマリン」(’68)
Let It Be”「レット・イット・ビー」(‘70)
と忙しい彼らが主演した映画だけで4本あります。
この中で“A Hard Day’s Night”と“Help!”、いったい何回観たことでしょう。
キャーキャー言いながら、スクリーンの彼らと一緒に歌ったことを懐かしく思い出します。

さて、「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」は
ジョンが、‘あの’ジョン・レノンになる前の青年時代を描いた映画です。

Nowhere Manが大人になってからのジョンだとしたら、
Nowhere Boyはまだ大人になる前、ビートルズになる前のジョン。

Nowhere Boy――
良いタイトルです。

ちょっと鼻にかかったあの声で、「ぼくらはいまやイエスよりも人気がある」
と記者会見で発言してみたり、
シンシアと別れ、ヨーコ・オノと結婚したり、
そのヨーコと“ベッド・イン”で平和のメッセージを送ったり、
ショーン坊やが生まれてからはイクメンに徹したり(シンシアとの間に生まれたジュリアンに
優しく接することができなかった分、あんなにショーンを可愛がったのでしょうか)、

“あの”がつくようになってからのジョン・レノンは
いつも時代の一歩先を歩いていた印象があります。

じゃあ、Nowhere Boyだったジョンはどんな青年だったのでしょう。

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              「僕はどんな場所にも馴染めなかった。
               僕はいつでも変わりもので、
               僕は愛される人間じゃなかった。
               僕はいつでも
               ジョン・レノンだった


と、本人は言っていますが―――

続きは次号で。乞うご期待です。

                         

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ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ
監督/サム・テイラーウッド、脚本/マット・グリーンハルシュ、撮影/シーマス・マッガーヴェイ
出演
ア―ロン・ジョンソン/ジョン・レノン、アンヌ=マリー・ダフ/ジュリア・レノン、クリスティン・スコット・トーマス/ミミ・スミス、デヴィッド・モリッシー/ボビー・ディキンス、デヴィッド・スレルフォール/ジョージ伯父さん、トーマス・ブローディ・サングスター/ポール・マッカートニー、ジョシュ・ボルト/ピート・ショットン、サム・ベル/ジョージ・ハリスン、オフィリア・ラヴィボンド/マリー・ケネディ
11月5日(金)、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー!
2009年、イギリス映画、98分、配給/ギャガ
http://nowhereboy.gaga.ne.jp/

by mtonosama | 2010-09-26 06:39 | 映画 | Comments(10)
神の子どもたちは
みな踊る
 -2-
All God’s Children Can Dance

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                 ©2008 Kimmel Distribution, LLC.

さて、前回、この映画の撮影はLAのコリアンタウンで行われたとお知らせしました。
ログバル監督は最初からアジア人をメインキャストにしようと考えていたそうです。
コリアンタウンでの撮影なら、韓国系の俳優?

ではなくて、
主人公ケンゴ(原作では善也(よしや))を演じるのはジェイソン・リュウ。
ニューヨーク大学芸術学部に学び、現在はそこで教えながら、舞台に出演しています。
演出家、戯曲家としても活躍する中国系アメリカ人です。
ニューヨークのダウンタウンやオフ・ブロードウェイ、
ベルリン、アムステルダム、パリなどで、
古典から現代劇、実験的演劇に至るまで、幅広いジャンルで様々な役を演じてきました。
映画は本作がデビューとなります。

ケンゴの母親イヴリンを演じたのはジョアン・チェン。
最近では「小さな村の小さなダンサー」http://mtonosama.exblog.jp/14178918
に主人公の母親役で出演しています。上海生まれの国際的実力派女優です。
とのとしては、彼女の初監督(脚本も)作品「シュウシュウの季節」(‘98)
http://www.youtube.com/watch?v=xx03ReiY82sが印象的でした。

この母子を支え続けるグレン(原作では田端さん)はツィ・マーという
香港生まれ、NY育ちの俳優が演じます。
「ER 緊急救命室」(第9シーズン)や「24 TWENTY FOUR」(シーズン V)にも
出演していますから、ご存知の方も多いでしょうか。

唯一人、欧米系なのがケンゴの恋人サンドラを演じるソニア・キンスキー。
そうなんです。
この名前からもおわかりのように、彼女、ナスターシャ・キンスキーの娘です。
本作が映画デビューとなりました。
母親が美しいのですから、娘が美しいのは当たり前―――ですね。

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さて、ストーリーです。原作とはずいぶん違っているような印象を受けるんですけど。

ストーリー
ある朝、ケンゴはひどい二日酔いで目を覚ましました。
前の晩、恋人サンドラと乱れた夜を過ごしたためかもしれません。
そんなとき、キャミソール1枚の母親イヴリンがケンゴのベッドに入ってきました。
いつものことです。
彼女は美しく成長した息子を心の底から愛しているのです。
ケンゴは母に欲望を抱かないようにするためにも
恋人サンドラと頻繁に肌を合わせなければならないのでした。

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ケンゴは2時間も遅刻して出勤。
勤務先は母と同じ「再生者教会」の信者であるグレンが経営するアパート管理事務所です。
そこへサンドラから電話が入り、ケンゴは彼女の元へ向かい、再び、体を交えます。
サンドラはケンゴを愛し、結婚を望んでいますが、彼の答は決まっていました。
「ぼくは神の子だから結婚はできない」。
そう、彼の本当の父はわからないのです。

ケンゴがオフィスに戻るとグレンは物思いにふけっていました。
そして、重い病気にかかっていること、ケンゴの母イヴリンに邪念を抱いていたことを
告白します。

ケンゴがグレンに頼まれた用事で街に出たとき、
左耳のちぎれた男を見かけて、思わず後をつけます。
かつて、「本当の父親が誰なのか」と母に問い詰めたとき、
耳のちぎれた男のことを聞きだしていたからです。
街を抜け、地下鉄に乗り、バスに乗り、男を追跡し続けるケンゴ。
日が暮れて、男は寂しい場所でバスを降り、さらに歩き続けます。
荒涼とした空地の一本道を歩き続ける男とケンゴ。
そして、ケンゴが辿りついたのは……

映画の冒頭には青いプールが出てきました。
「うん、イメージ・ショットをつなげていくのか、それもありだな」と観始めました。
うらさびれたコリアンタウンの通り。
乾燥しきったLAの埃っぽい風、
薄暗い部屋でのまぐわい―――

   う~ん、そうくるか。

小説「神の子どもたちはみな踊る」の構成を分解し、映画のための脚本にすると、こうなるか…
という小説映画化作品典型のような作品でした。

村上春樹さんは、本人と作品の間に東京と横浜くらいの距離を置いて、書いています。
(すいません。客観的ということです。彼の比喩を真似ようとしましたが、できません)
時折、気のきいた比喩を挿入し「ほら、書いているのはぼくだからね」
とメッセージを送ってきて、
読者に「あ、これは村上春樹の世界だったんだ」と
あらためて気付かせてくれるようなところがあります。

本人と作品との間に存在する距離感は、読者と作品との間の距離感にもつながり、
その適度な距離感がすこし乾いた文体で表現され、
村上春樹特有の世界観を構成しています。

映画の中では、原作の地下鉄千代田線がLAの郊外電車になっていました。
いえ、それは全然問題ないんですけどね。
でも、なにかが大きく違っているな、と違和感を感じたとのでした。
村上春樹の世界観のとらえ方は欧米人と日本人では違うのでしょうかね。

やれやれ―――

                              

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神の子どもたちはみな踊る
監督/ロバート・ログバル、原作/村上春樹、脚本/スコット・コフィ
出演
ジョアン・チェン/イヴリン、ジェイソン・リュウ/ケンゴ、ソニア・キンスキー/サンドラ、ツィ・マー/グレン
10月30日(土)よりシネマート六本木他にて全国順次ロードショー
2007年、アメリカ映画、1時間25分、配給/リベロ

by mtonosama | 2010-09-23 06:24 | Comments(4)
神の子どもたちは
みな踊る
  -1-
All God’s Children Can Dance

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                ©2008 Kimmel Distribution, LLC.

7月上旬のある一日、白い柵に囲まれた芝生の庭。
芝刈り機が軽快にうなりをあげています。
床屋さんが最後の仕上げをするときのような真剣な目つきで
刈り残した芝を切る青年がいます。

4回に1回の呼吸、きっちり肘上げする正確なストロークで、
屋外の競泳プールをクロールで泳ぐ青年。

小さく丸く切り取られた蒼い空しか見えない深い井戸の底で膝を抱いて
うずくまる青年。

上智大グランド横の道を歩き続ける清潔で頭の良さそうなカップル。

「オートマチックのシフトダウンは衝撃的で、エアコンは効きむらがあった。
眼を閉じると。全自動洗濯機の中に入れられたような錯覚におそわれた」※

「やれやれ」

とくれば、
はい、そうです。
村上春樹です。
※「神の子どもたちはみな踊る」(新潮社刊)より「UFOが釧路に降りる」

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                         ソニア・キンスキー

村上春樹の作品がアメリカで映画になりました。
え、アメリカで?などと今更驚くこともありません。
今や海外にも熱心なファンが存在する村上さんですものね。
とのが、今年5月に訪れた台北でも、幹線道路の街路灯のすべてに
村上春樹中国語訳最新作の広告の旗がはためいてました。

神の子どもたちはみな踊る」。
これが今回映画化された作品です。お読みになった方はご存知でしょうが、
原作はあの阪神大震災とオウム事件をバックグラウンドに置いています。
「神の子どもたちはみな踊る」(新潮社)の帯には、こうあります。

「一九九五年二月、あの地震のあとで、まったく関係のない
六人の身の上にどんなことが起こったか?
連載『地震のあとで』五篇に書き下ろし一篇を加えた著者初の連作小説」


本作「神の子どもたちはみな踊る」はその表題作です。

本作が映画監督デビュー作となるロバート・ログバルさんが
書店で偶然この短編集にめぐりあったのが、
映画「神の子どもたちはみな踊る」の生まれるきっかけでした。
村上春樹さんにとっては自作初の逆輸入映画になるわけです。

監督が本作に魅せられたのは、
主人公の宗教的な環境や、主人公が自分自身を見出す心の軌跡が、
監督自身の子ども時代や生い立ちに似ていたからなのだそうです。

撮影はLAのコリアンタウンで行われました。

ところで―――
とのは自分のお気に入りの作家の作品が映画化されるとき、
ものすごく緊張するのですが、皆さまはいかがですか?

この小説は短編ですし、大きな動きのある内容ではありません。
そして、いつも思うのですが、
村上作品は顔文字(?)あるいは符号(?)みたいなものから成り立っています。
う~ん、お約束みたいなものでしょうか。

たとえば、几帳面な芝刈り青年とか、
太平洋を進み続けるヨットのようにひたすら泳ぎ続ける青年とか、
あるいは羊男とか。
最初に刷り込まれた印象が顔文字あるいは符号と化して、
作者と読者である自分との間に暗黙の了解が生じてきます。
とのはそんな感じで読んでいます。
顔文字ですから、解釈は自由ですよね。

それゆえに、「私こそコアなファンなんだからね」と多くの人は考えていると思います。

そんな中で、ロバート・ログバル監督、いっちゃいました。
外国人ならではの暴挙、いえ、冒険、です。

ま、気に入るにせよ、入らないにせよ、
どんな作品に仕上がっているか、だけはお伝えしておかねばなりませんね。

というわけで、続きは次回まで、しばしお待ちくださいませ。

                               

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神の子どもたちはみな踊る
監督/ロバート・ログバル、原作/村上春樹、脚本/スコット・コフィ
出演
ジョアン・チェン/イヴリン、ジェイソン・リュウ/ケンゴ、ソニア・キンスキー/サンドラ、ツィ・マー/グレン
10月30日(土)よりシネマート六本木他にて全国順次ロードショー
2007年、アメリカ映画、1時間25分、配給/リベロ

by mtonosama | 2010-09-20 06:17 | 映画 | Comments(6)
        ソフィアの夜明け -2-
                EASTERN PLAYS

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撮影終了間際に亡くなった主役のフリスト・フリストフ。
ドラッグ中毒を治すため、きちんと通院もしていたのに。
長年にわたって体内に蓄積した毒が時を待たずに牙を剥いてしまったのでしょうか。

フリストはどういう気持ちで自分を演じていたのでしょう。
自分が死ぬとは思っていなかったはずです。
そして、自分を演じているその当の本人は死んでしまったのに、映画の撮影は続きました。
フリストの死によって、映画は彼の人生そのものになったわけです。
もう彼は映画の中にしかいません。

フリストは死にましたが、「ソフィアの夜明け」が上映され続ける限り、
彼の人生は反復され続けます。
同時にこの映画は、青年時代が抱える葛藤を、
現在の青年たちに、そして、これからやってくる青年たちに示し、
ともに悩み、希望を与えてくれるのだと思います。
そう、永遠の青春映画の主役として、フリストは死んでも強いオーラを発し続けるのです。

奇妙な現実感を与える映画です。
主人公イツォはフリストそのもの。
イツォの恋人ニキを演じるのは、フリストの本当の恋人ニコリナ。
イツォのアパートは、フリストのアパート。
イツォの行きつけの店は、フリストの行きつけの店。
イツォの職場は、フリストの職場。
イツォがドラッグ中毒治療に通うクリニックは、フリストが通うクリニック。
映画の中ではフリストの実人生の多くの場面が撮影されています。

ここに架空の人物が加わることによって、
映画は、ただの事実ではなく、より普遍的な真実へとワープしました。
生きるということ、悩むということ、希望ということへと―――

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新しく加わった架空の人物は、弟ゲオルギとトルコ人女性ウシュル。
この2人の存在が鍵となって、映画はフリスト・フリストフだけのものではなく、
青年たちの抱える普遍的な問題を描くものになっていきます。
さて、どんな映画なのでしょうか。

ストーリー
建築途中なのか、あるいは破壊の途中なのか、荒涼としたソフィアの町外れ。
その地に建つ集合住宅に高校生のゲオルギは両親と住んでいました。
彼は17歳。この年頃の少年にはありがちですが、いつも両親ともめています。
威圧的な父、彼を子ども扱いする母。
彼は歳の離れた兄のイツォともしばらく会っていません。
ゲオルギはスキンヘッドになって町のワルたちとつるみ始めます。

ゲオルギの兄イツォは38歳。職業は木工技師。
ドラッグ中毒のため、治療を受けていましたが、
浴びるようにアルコールをあおる日々を送っていました。
その合間にもアート作品を創り続けるイツォ。
そんなイツォに恋するニキは演劇を専攻する学生。
アーティストであるイツォのいない日々は考えられないほど、
彼女はイツォを愛していました。

ウシュルは20代のトルコ人女性。彼女は両親と共に兄を訪ね、ベルリンに向かう途中です。
イスタンブールからベルリンまで、ブルガリアを横断するロングドライブ。
一行は途中ソフィアで一泊するつもりでした。
しかし、その夜、トルコ人を排斥するネオナチのグループが一家を襲撃。
その中には、ゲオルギもいました。
偶然、現場に来合わせたイツォは一家を守ろうとしましたが、逆に殴られてしまいます。

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ウシュルの父は大けがをして入院。
見舞いに行ったイツォはウシュルと言葉を交わします。
ウシュルは精神的な言葉を口にする女性でした。
「今、世界は揺れ動き、暴走しているわ」
2人をつなぐ言葉はたどたどしい英語でしたが、互いに惹かれるものを感じました。

一方、ゲオルギとイツォも心を通わせます。
「ワルはその髪型だけにしておけ」
そんな言葉に現れる兄の想い。ゲオルギは少しずつ変わり始めました。
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ウシュルの両親は娘とイツォが惹かれあっていることに気付きます。
トルコ人の父は娘が異民族の男とつきあうことを断固として許すことはできません。
傷が癒えた父はベルリン行きをやめて、
ウシュルを連れてイスタンブールに帰っていきました。
イツォはひとり残されます。
が、しかし、そこには今までとは違う力強さと希望を感じさせる彼がいました…

ラストがとても印象的です。
明け始めたソフィアの市街地をひとり歩くイツォの姿に
「明けない夜なんてないんだ」
というシンプルだけれど力強いメッセージを感じ取ることができます。

最近、東欧の映画監督の作品が光っています。
イエジー・スコリモフスキ(ポーランド)、エミール・クストリッツァ(セルビア)、
クリスティアン・ムンジウ(ルーマニア)、そしてカメン・カレフ(ブルガリア)です。
彼らはすべてソ連の衛星圏だった国々に生まれ育っています。
共産主義の下で暮らしていた時代には、
抑え込んでいたり、表に出すことのできなかったテーマや方法論が、
監督たちの深い部分で醗酵し、
今、先鋭的で深みのある作品として発表されているのかもしれませんね。

                           

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ソフィアの夜明け
監督・脚本・プロデューサー・編集/カメン・カレフ、撮影監督/ユリアン・アタナソフ
出演
フリスト・フリストフ/イツォ、オヴァネス・ドゥロシャン/ゲオルギ、サーデット・ウシュル・アクソイ/ウシュル、ニコリナ・ヤンチェヴァ/ニキ、ハティジェ・アスラン/ウシュルの母
10月23日(土)より渋谷シアターイメージフォーラムにて公開後、全国順次公開
2009年、ブルガリア、1時間29分、配給協力/(社)コミュニティシネマセンター
www.eiganokuni.com/sofia

by mtonosama | 2010-09-17 06:07 | 映画 | Comments(4)
      ソフィアの夜明け -1-
               EASTERN PLAYS

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ソフィアにはギリシア語で「智恵」という意味があります。
フィロソフィアは「『智恵』(ソフィア)を『愛する』(フィロ)」で、「哲学」なのだそうです。
高校時代、「君たちの住む愛知県は哲学する県なのだよ」と
倫理社会(今は「倫理」というのだそうですね)の先生が教えてくれました。

といっても、この映画は哲学の映画ではなく、
ブルガリアの首都ソフィアを舞台にしたお話です。

ブルガリアといわれてもヨーグルトくらいしか思い出せませんが、
きっとソフィアに暮らす高校生たちの中にも「ぼくたちは智恵の町に暮らしているんだ」
と誇らしく思う人がいるかもしれません。

あ、すいません。ソフィアにひっぱられて映画から話が離れてしまいました。

「ソフィアの夜明け」は昨年の第22回東京国際映画祭で、
東京サクラグランプリ、最優秀監督賞、最優秀男優賞の三冠を受賞した映画です。

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審査委員長のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(監督「アモーレス・ペロス」「バベル」)は
「コンペ作15本の中で際立っていた。
映画はリアリティではなく、真実性を見せるものだと僕は思っている。
本作ではそれがうまく表現されてたよ」
 と称賛、
イエジー・スコリモフスキ(監督「アンナと過ごした4日間」)http://mtonosama.exblog.jp/11961908
キャロリーヌ・シャンプティエ(撮影監督「ポネット」「七夜待」)http://mtonosama.exblog.jp/9360157/
ユ・ジテ(韓国人男優、監督)
原田美枝子など、多士済済な審査委員をうならせての満場一致での受賞でした。

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映画製作本数が年間7~8本のブルガリアから誕生したカメン・カレフ監督は1975年生まれ。
今年35歳です。
これまで、彼の短編映画はベルリン、ニューヨーク、ロカルノ、ストックホルムなどの
国際映画祭で上映され、賞に輝いています。
60本を超えるコマーシャルと多くのミュージック・クリップを演出していますが、
「ソフィアの夜明け」は彼の長編第1作にあたります。
そんな名もない監督が映画祭を沸かせました。

そして、またこの映画には映画以外のドラマがあります。

フランスの国立映画学校を卒業して、短編映画を数本監督しただけのカメン・カレフは
偶然、町で幼なじみのフリスト・フリストフに出会います。
フリストは1969年生まれで、トリアヴナとソフィアの国立美術学院で
木工を学んだアーティストです。そしてドラッグ中毒を治すため、治療中でした。
彼との会話を通じて、監督は彼の生き方を描いた映画を作ることを決め、
フリスト本人が彼を演じることになりました。
そして、フリスト・フリストフは第22回東京国際映画祭で最優秀男優賞を受賞-----

ですが、その晴れやかな舞台にフリストの姿はありませんでした。
なぜなら撮影の終了間際、彼は不慮の事故で亡くなってしまっていたからです-.
映画製作の陰にはさまざまなドラマがあるものです。
でも、裏のドラマも含めて、映画は観客が観て、感じたものがすべて。
良い映画は必ずいつまでも心にしこりのような感動を残します。

さ、随分もったいぶってしまいましたね。いったい、どんなお話なのでしょうか。
次回に、乞うご期待であります。

                           

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ソフィアの夜明け
監督・脚本・プロデューサー・編集/カメン・カレフ、撮影監督/ユリアン・アタナソフ
出演
フリスト・フリストフ/イツォ、オヴァネス・ドゥロシャン/ゲオルギ、サーデット・ウシュル・アクソイ/ウシュル、ニコリナ・ヤンチェヴァ/ニキ、ハティジェ・アスラン/ウシュルの母
10月23日(土)より渋谷シアターイメージフォーラムにて公開後、全国順次公開、2009年、ブルガリア、1時間29分、配給協力/(社)コミュニティシネマセンター
www.eiganokuni.com/sofia

by mtonosama | 2010-09-14 06:29 | 映画 | Comments(6)
隠された日記 ~母たち、娘たち~ -2-
Mères et Filles

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          © 2009 Sombrero Films - France 3 Cinema - Filmo

列車を降り立つ若い女性。
心なしかうつむきがちなのは、なにか重いものを心に抱えているようです。
ホームでは小太りの優しげな老人が今にも腕を大きく広げて彼女を抱きしめようと
待ち受けています。父親でしょうか?
ふりそそぐ太陽の光、物憂げでありながら、安らぎに満ちた波の音が響きます。
フランス南西部、大西洋に面した小さな街アルカション。
女性の名はオドレイ。カナダで仕事をする彼女が休暇を取って故郷へ帰ってきたのでした。

ストーリー
「ママは仕事が忙しくてね」。
言い訳しながら、パパは久しぶりに戻ってきた娘を優しく抱き締めます。
遠いカナダでキャリアを獲得し、仕事も恋も楽しんでいたオドレイが
突然帰郷してきたのは、実は妊娠してしまったからなのでした。
相手はカナダのボーイフレンド、トム。
トムとは良い友達ではあるけれど、結婚するつもりはありません。
母親になることも不安だし、私たちは結婚に向いていない。
それに、なによりもまず仕事を犠牲にしたくはない―――
さまざまな思いから、オドレイは子どもを産むべきかどうか悩んでいました。

実家の一角の医院で、医師として以前と変わらず忙しく働く母マルティーヌ。
オドレイは妊娠していることは打ち明けず、久しぶりの両親との再会を楽しむはずでした。
しかし、この母娘はなぜかいつもぎこちなくなってしまうのです。

翌日、海辺を散歩しているとかつて祖父が住んでいた白い家が
オドレイの目に飛び込んできました。
彼女は患者の出入りが激しい実家ではなく、今は誰も住んでいないこの家で
カナダから持ってきた仕事を片付けながら、過ごすことにします。

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ある日、オドレイはキッチンの棚の奥から1冊の古い日記帳をみつけました。
それは50年前に突然、姿を消した祖母ルイーズの日記帳でした。
そこには丁寧な字で書かれた家族のための料理レシピと、
長女マルティーヌと長男ジェラールへの深い愛、
そして、ルイーズ自身の夢が描かれていました。

    いつも素敵な洋服を着こなしていた美しいルイーズ。
    愛する子どもたちと、ルイーズのことを深く愛してくれる夫、
    何ひとつ不満のない幸せな日々。
    しかし、彼女は家庭だけに縛られるのではなく、仕事を持つことを望んでいました。
    ルイーズは洋装店を営む夫に「あなたと一緒に働きたいの」と懇願しますが、
    夫は「君は家を守っていればいいのだ」と言うばかり。
    1950年代、女性が社会に出ることは難しく、
    ルイーズの小さな望みはすべて好奇の目の対象になったのでした。
    自分らしく生きることを願うルイーズは写真撮影や英会話を習い始めましたが、
    それすらも世間体を気にする夫によって禁じられてしまいます。
    夫と子どもを送り出し、食事を作り、家族のためだけに過ごす
    子どもたちのことも、夫のことも、とても愛しているが、
    この生活が自分にとって本当に幸せなものとは思えない―――
    ルイーズは自分の夢や心に秘めた思いを日記に綴っていたのでした。

ルイーズは子どもたちを愛していたのに、なぜ何も言わずに、姿を消してしまったのか?
そして、なぜ、子どもたちに会いに戻ってこなかったのか?
オドレイには理解できませんでした。

マルティーヌに訊いても何も話してはくれません。
それどころか「家を出ていった人のことなど、どうでもいいわ」と不機嫌になり、
オドレイが家族を捨ててカナダに行ってしまったこと、
未だに独身でいることなどを責め立てるのでした。
またも、言い争いになる母と娘。
カナダに帰る日を3日後に控えたある朝、オドレイは出血します…

祖母、娘、孫娘、女3代の歴史は、そのまま女性の権利と自由獲得の歴史にも通じます。
といってしまうと、なんとも堅いお話になってしまうのですが、
50年という時間はいろいろなものを変えるのに充分過ぎる長さかもしれません。

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学問もなく、手に職をつけることもできなかったルイーズは、
長女マルティーヌには自立した女性になってほしかったであろうし、
母を突然失ったマルティーヌは、その娘オドレイと幸せな日々を送りたかったであろうに、
オドレイは「私の人生はママのものじゃないわ」と反旗をひるがえし、
カナダに行ってしまう―――
3人3様の生き方が時代意識をあらわすと同時に、
結果的には家族としてつながっているんだなぁ、
と安心感を覚えてしまう作品です。

でも、ラストが本当に意外なんです。
ただの女性映画ではありませんよ。あ、そうそう男の影が薄い映画です。
秋の夜長、映画館でお楽しみいただきたい作品です。

                           

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隠された日記 ~母たち、娘たち~
監督/ジュリー・ロペス=クルヴァル 脚本/ジュリー・ロペス=クルヴァル、ソフィー・ハイエ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/マルティーヌ、マリナ・ハンズ/オドレイ、マリ=ジョゼ・クローズ/ルイーズ、ミシェル・デュショーソワ/ミシェル(マルティーヌの夫)、ジャン=フィリップ・エコフェ/ジェラール(マルティーヌの弟)、ジェラール・ワトキンス/ジル(ルイーズの夫)
10月銀座テアトルシネマほか全国順次公開
2009年、フランス・カナダ、フランス語・英語、104分
後援/フランス大使館 協力/ユニフランス
配給・宣伝:アルシネテラン
http://www.alcine-terran.com/diary/

by mtonosama | 2010-09-11 05:01 | 映画 | Comments(6)
隠された日記 ~母たち、娘たち~ -1-
Mères et Filles

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         © 2009 Sombrero Films - France 3 Cinema - Filmo

今年2月「おんなのまつり」“Femmes@Tokyo ファム@トウキョウ”
http://mtonosama.exblog.jp/12875369
でお知らせした「隠された日記 ~母たち、娘たち~」
いよいよ一般映画館での公開になります。
なんといってもカトリーヌ・ドヌーブが裂帛の気合をこめて臨んだ作品ですから、
絶対に観なくては、フンッ(なぜか鼻息の荒いとのであります)、とばかりに
試写を観に行ってきました。

しかし、この人は「シェルブールの雨傘」のあの楚々とした美少女だった時代も、
多少、貫禄のついた今でもその美しさは変わりません。
いえ、内面から滲み出る深い魅力が加わった分、更に大きな女優になった気がします。

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国連が制定した「国際女性の日」3月8日にちなんで催されたイベントだけに
“Femmes@Tokyo ファム@トウキョウ”で上映された映画は
“女性の、女性による、女性のための”ものばかりでしたから、
「隠された日記 ~母たち、娘たち~」も祖母、娘、孫の三代にわたる女性が
直面した問題を描いた映画です。

この映画の中で、祖母と孫との間には約半世紀の年月の隔たりがありますが、
「いつの時代も、女って大変だなぁ」とつくづく感じさせられます。
女性が手に職を持つことは、半世紀を経て特別視されることはなくなりましたが、
働きながら妊娠し、出産することは今も昔も大変なことです。
女性をとりまく周囲の状況は、多少変わったのでしょうが、
女性の体や心が50年経って一挙に進化したなんてことはありませんものね。

「隠された日記 ~母たち、娘たち~」の監督もまた
ジュリー・ロペス=クルヴァルという女性です。
2002年に初めての長編監督作品「海のほとり」でカンヌ国際映画祭のカメラ・ドールを
受賞し、翌年、共同脚本に携わったフランソワ・ファヴラ監督の「彼女の人生の役割」
(フランス映画祭横浜2004年上映)で第28回モントリオール世界映画祭最優秀脚本賞を受賞。
本作では監督の他、脚本、脚色、台詞も担当しています。

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監督は以前から、現代女性の立場と、ここ数十年間の女性の社会的地位の変化、
例えば、女性の社会的役割や女性が勝ちとってきた自由について
語りたいと思っていたのだそうです。
「過去を回想するという形式をとりながら、
女性にとって自由がないとはどういう状態なのかを表現するため、
激しさと暴力性を伴う物語にしたいと考えました」
と監督は語っています。

「女ってラクじゃネ?」って思っているそこの貴男。
「今さら、女性問題なんてね」と、横向いてる貴方。

「隠された日記 ~母たち、娘たち~」はちょっと違いますよ。
意外などんでん返しに思わず息を呑んだとのが言うんですから、確かです。

え?どんなどんでん返しかって?
そればっかりは言えません。
さ、気になるストーリーはまた次回で。

                              

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隠された日記 ~母たち、娘たち~
監督/ジュリー・ロペス=クルヴァル 脚本/ジュリー・ロペス=クルヴァル、ソフィー・ハイエ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/マルティーヌ、マリナ・ハンズ/オドレイ、マリ=ジョゼ・クローズ/ルイーズ、ミシェル・デュショーソワ/ミシェル(マルティーヌの夫)、ジャン=フィリップ・エコフェ/ジェラール(マルティーヌの弟)、ジェラール・ワトキンス/ジル(ルイーズの夫)
10月銀座テアトルシネマほか全国順次公開
2009年、フランス・カナダ、フランス語・英語、104分
後援/フランス大使館 協力/ユニフランス
配給/アルシネテラン
http://www.alcine-terran.com/diary/

by mtonosama | 2010-09-08 06:57 | 映画 | Comments(4)
私の可愛い人―――シェリ -2-
Chéri

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        (c) TIGGY FILMS LIMITED & UK FILM COUNCIL 2009

「ああ、何がうれしいといっても、ベッドを独り占めできる喜びにまさるものはないわね」
小間使いに世話をさせながら、レアはためいきとともにベッドにもぐりこみます。
そう、引退する前の彼女の仕事はココット(高級娼婦)。
見知らぬ男とベッドを共にすることがなりわいでした。

ストーリー
富と名声を得たレア(ミシェル・ファイファー)は40代でココットを引退し、
優雅な独身生活を送っていました。その美貌も未だ衰えを見せてはいません。
住まいはアール・ヌーヴォーの邸宅、
室内は趣味の良い調度品で飾られたすばらしいものでした。

ある日、レアはかつての同業者マダム・プルー(キャシー・ベイツ)の屋敷での
昼食会に招待されました。
かつては美しかったマダム・プルーも、引退した今はゴシップ好きの意地悪女です。
レアも彼女を特に好きというわけではないのですが、
彼女たちのような職業についていた女性は普通の奥様方とおつきあいすることは
なかなか難しいことなのです。

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マダム・プルーにはフレッド(ルバート・フレンド)という息子がいました。
幼いころ、レアにシェリと呼ばれ、可愛がられていたフレッド。
彼はいまや輝くような美青年に。
ところが、19歳にして既に、女には飽き飽きというデカダンな青年でした。
母の苦言には耳を傾けないフレッドですが、幼い頃からレアには心を開いています。
マダム・プルーは息子の遊興費がかかり過ぎることから、ある計画を思いつきました。
それはレアが彼を養い、将来有望な結婚ができるような立派な男性に育てるというもの。

マダム・プルーのこの虫のいい計画を、レアはなんと実行に移しました。
レアはシェリを愛しながら、良い男に育てあげていきます。
数週間のつもりだった計画も早や6年を過ぎ、一緒に暮らすことは2人にとって
とても自然で居心地の良いものになっていたのです。

ある日のこと、シェリは母親たちの昼食会によばれ、
その席で、母の知人であるココットの18歳の娘との結婚話が知らされました。
マダム・プルーはレアにもそのことを伝えます。
なんとか動揺をけどられないようにふるまえたレアでしたが…

きました!またまた歳の差恋愛です。
光源氏と若紫のような、若い男(女)を自分好みの男(女)に染め上げて行く―――
でも、育てるつもりが相手にのめりこんでしまったのですね。
相手をその気にさせるけれど、自分からは決して恋に落ちない。
それが元ココットとしてのレアのプライドだったのに。
ああ、恋って、なんてやっかいなものなのでしょう。

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女としてのプライドと、残酷におしよせてくる老い。
若いシェリ(恋人)が歳相応の花嫁を迎えるとき、
レアは自分が既に若くはないという事実をつきつけられるのです。
それとともに生まれてくるシェリへの遠慮、老いていく自分の惨めさ。
いえいえ、私は百戦錬磨のココットよ、と、折れそうな気持の合間合間に浮かぶ誇り。
ミシェル・ファイファー、まるで自分自身が本当にそんな想いに揉まれているかのような演技でした。

キャシー・ベイツの意地悪なせりふも最高。思わず笑ってしまいます。
シェリの結婚話を祝うふりをしながら、傷心を隠すレアをハグして
「あら、良い香り。歳を取ると肌がゆるんで香水の香りがしみこみやすくなるのね」
ですって。
あの貫録と間合いで言われるこのせりふ。甲羅を経た女ならではの意地悪です。
キャシー・ベイツ、さすがです!

小気味よく、テンポの速いクィーンズ・イングリッシュ、
フランス語でなくてもこの作品に関しては全然気になりませんでした。
脇を固める老ココットたちは、英国で高い評価を受けている舞台俳優たちが演じています。
細かいところまで神経の行き届いたよくできた映画でした。

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50代、60代、もしくはそれ以上の年齢で若い男を好きになってしまった場合、
年長の女にはそれなりの覚悟が必要ですね。そして、それを覚悟と感じさせない優美さも。

                          

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私の可愛い人―――シェリ
監督/スティーヴン・フリアーズ、脚本/クリストファー・ハンプトン、製作/ビル・ケンライト
出演
ミシェル・ファイファー/レア・ド・ロンヴァル、ルバート・フレンド/シェリ、フレッド・ブルー、キャシー・ベイツ/マダム・ブルー、フェリシティ・ジョーンズ/エドメ、イーベン・ヤイレ/マリ=ロール、フランシス・トメルディ/ローズ、アニタ・パレンバーグ/ラ・コピーヌ、ハリエット・ウォルター/ラ・ルーピオット
10月16日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
2009年、90分、英・独・仏、配給/セテラ・インターナショナル
www.cetera.co.jp/cheri/

by mtonosama | 2010-09-05 06:24 | 映画 | Comments(8)
 私の可愛い人 ―――シェリ -1-
  Chéri

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          (c) TIGGY FILMS LIMITED & UK FILM COUNCIL 2009

Tout,tout pour ma chérie
ミッシェル・ポルナレフのヒット曲です。覚えておいでの方は確実に……。
いえ、続きは言いますまい。とにかく、その昔、大変に流行った曲です。
♪トゥ トゥ プ マ シェリ マ シェリ♪なんて、意味もわからずに歌っていました。 
意味は“すべてを私の恋人のために”ですか。

   chéri(シェリ)は“恋人”、“愛しい人”という意味でして、
   chériが女性にとっての男性の恋人、
   chérieeがつくと男性にとっての女性の恋人ということになるそうです。
   おお、なんとややこしい。

私の可愛い人―――シェリ」。原作はコレットの「シェリ」です。

f0165567_6185062.jpgシドニー=ガブリエル・コレット(Sidonie-Gabrielle Colette, 1873年1月28日 -
1954年8月3日)は、フランスの女性作家。コレット(Colette )というペンネームで活躍した。「性の解放」を叫び、同性も対象とした華麗な恋愛遍歴で有名。代表作のひとつは『ジジ』(1944年)であり、後にブロードウェイで舞台化され、さらに
1958年にはモーリス・シュヴァリエ主演により映画化もされた。ブロードウェイ版『ジジ』のオーディションに自ら立会い、主演にオードリー・ヘップバーンを抜擢したことでも有名。
1924年に、再婚相手ジュヴネルの連れ子ベルトランとの仲が取りざたされ、離婚に至る(ベルトランとの関係からインスピレーションを得た作品が『青い麦』(1922年)である)。1935年、17歳年下のモーリス・グドケと再々婚。今度の結婚生活は幸福だった。
生涯にわたって挑発的な人物として、結婚生活のかたわらで同性愛体験を謳歌した。だが、第一次世界大戦中は、ジャーナリストとして活躍し、自宅を野戦病院として開放していた。第二次世界大戦中は、夫グドケがナチスのゲシュタポに連行されるなどの経験もあり、(おそらく心ならずも)ヴィシー政権に協力した。
受けた名誉は、レジオン・ドヌール・シュヴァリエ賞(1920年)、ベルギー王立アカデミー(1935年)、アカデミー・ゴンクール総裁(1945年、最初の女性総裁)、Grand Officier(1953年)など。
1954年8月3日にパリで他界。生前、自らの奔放な生活様式を理由に、ローマ・カトリックによる葬儀を拒否したにもかかわらず、8月8日に国葬が営まれ(女性として初めての国葬である)、亡骸はペール・ラシェーズ墓地に葬られた。(Wikipediaより)

コレットの作品って読んだことなかったのですが、随分おもしろそうな人ですね。
彼女、10代の頃はパリのダンスホールでイケイケだったらしく、
その豊富な経験から、戯曲、映画の脚本、評論、短編小説、長編小説など
70冊以上の優れた作品を生み出しています。

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1873年に生まれ、第2次大戦後の1954年まで、81年の人生を生きたコレット。
もちろんその間に大変な苦労もしているのでしょうが、
「私の可愛い人―――シェリ」の舞台になったのはパリが最も華やかだった時代、
20世紀初頭、ベルエポックのころ、
第1次世界大戦前、熟れ落ちる寸前の果実の香しさを思わせる時代でした。
コレット自身も美しく有能で自由奔放な作家として、
おそらくは人生の絶頂期を過ごしていたのでしょうか。

本作の主人公レアは、50代に手がかかろうかというお年頃、
美しく、知的で、人生は自分の意志で切り開き、資産の運用にもたけ、
住居はパリ市内の高級住宅、
仕事は引退し、口うるさい夫や金食い虫の子どももいない
自由な独身生活を享受しています。
100年後のわたしたちから見ても、なんとも羨ましい女性です。

え、彼女の仕事ですか?
ココット(クルチザンヌ)。
日本語で言えば、高級娼婦です。
美貌と教養、経済的な知識も持ち、
行きつけのレストランはリュ・ロワイヤル通りのマキシム、
その顧客は王侯貴族。
バイエルン王ルードヴィヒ1世の愛人ロラ・モンテスなどがその好例でしょうか。
ま、はした金を積んだ位では顔を見ることすらできない、という高嶺の花です。
吉原の花魁みたいな存在ですか。
花魁たちの教養も半端なものじゃなかったといいますものね。

ココットも花魁も普通の奥様方からは一線を画される女性。
引退後の交際の場は元ココット仲間に限られるというのはつらいところです。

ちょっと前置きが長くなりました。
さて、その元高級娼婦レアが一体何をするんでしょう。
それは次回のお楽しみということで。
乞うご期待。

                             

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私の可愛い人―――シェリ
監督/スティーヴン・フリアーズ、脚本/クリストファー・ハンプトン、製作/ビル・ケンライト
出演
ミシェル・ファイファー/レア・ド・ロンヴァル、ルバート・フレンド/シェリ、フレッド・ブルー、キャシー・ベイツ/マダム・ブルー、フェリシティ・ジョーンズ/エドメ、イーベン・ヤイレ/マリ=ロール、フランシス・トメルディ/ローズ、アニタ・パレンバーグ/ラ・コピーヌ、ハリエット・ウォルター/ラ・ルーピオット
10月16日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
2009年、90分、英・独・仏、配給/セテラ・インターナショナル
www.cetera.co.jp/cheri/

by mtonosama | 2010-09-02 06:50 | 映画 | Comments(6)