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殿様の試写室

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<   2012年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

愛について、
ある土曜日の面会室
 -1-
Qu'un seul tienne et les autres suivront

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刑務所の面会室というのは普通あまりなじみのない場所ですが、
この映画ではその面会室が重要なポイントとなっています。
監督か脚本家が入っていたことがあるのでしょうか。

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レア・フェネール。
弱冠28歳の美しいこの人。
彼女が本作の監督なのですが、実は、何度も面会室に行ったことがあるのです。
収監されていたわけではありません。

2005年、彼女がまだ21歳の時ですが、
刑務所傍聴援助会(SEP91)でボランティア活動をしていたのだそうです。

面会者のための事務的な手続きを手伝ったり、
子どもの面倒を見たり、
字を書けない人のために手紙を書いたり――

ま、そんな活動内容です。

彼女がその活動に参加した時はパリ郊外クリシー=ス=ボワで暴動が起こり、
収監者が急増した時期にあたっていました。


2005年パリ郊外暴動事件とは、2005年10月27日にフランス・パリ郊外で北アフリカ出身の三人の若者が警察に追われ逃げ込んだ変電所で感電し、死傷したことをきっかけにフランスの若者たちが起こした暴動。暴動はフランス全土の都市郊外へ拡大した。(Wikipediaより)

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レア・フェネール監督は、ボランティア活動をしていた時、
30分の面会時間のために遠くから刑務所にやってくる面会者たちを見ていました。そこには当然ドラマがあり、涙することも、感動することも、驚くようなこともあったのだと思います。


そして、監督と面会室との接点はもうひとつありました。
彼女が中学生の頃でしたが、その中学に隣接して刑務所があり、そこで見た光景です。
それは、ひとりの女性が塀越しに、夫であろう収監者に向って
近況や子どものこと、あるいは性的な話題までも
房内に届けとばかりの大きな声で叫ぶように話していました。
そこを通る人々は泣き叫ぶ彼女を大きく迂回しながらも、
全身でその声を聞き、その姿を見ていたことでしょう。
そんな監督の体験が、心にしみる1本の映画になりました。

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物語は3つのエピソードから成り立っています。
そのひとつは若い男女の、
もうひとつは収監中の犯罪者にたまたま瓜二つだった不器用な男の、
そして、三番目は、息子を殺されたモスレムの母親の、
それぞれの人生です。

塀の外と内をつなぐ唯一の場所である面会室。
どちらに属する人にとっても異空間であるその場所でいったい何が起こるのか――
カトリーヌ・ドヌーヴがその才能を絶賛したレア・フェネール監督の長編デビュー作。
乞うご期待でございます。



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愛について、ある土曜日の面会室
監督・脚本/レア・フェレール、脚本/カトリーヌ・パイエ、撮影/ジャン=ルイ・ヴィアラール
出演
ファリダ・ラウアッジ/ゾラ、レダ・カテブ/ステファン、ポーリン・エチエンヌ/ロール、マルク・バルベ/ピエール、ヴァンサン・ロティエ/アレクサンドル、ジュリアン・リュカ/アントワーヌ、デルフィーヌ・シュイヨー/セリーヌ、ディナーラ・ドルカーロワ/エルザ、ミカエル・エルベルディング/フランソワ
12月15日(土)シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー
2009年、フランス、120分、配給/ビターズ・エンド
http://www.bitters.co.jp/ainituite/

by Mtonosama | 2012-11-30 06:13 | 映画 | Comments(4)
最初の人間 -2-
Le Premier Homme

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© Claudio Iannone

アルベール・カミユの遺作でありながら、タイトルが「最初の人間」というのは
ちょっと不思議な感じがします。

最初の人間――
きっと初めてアルジェリアに根を下ろしたというカミユの父や
太陽と海と砂漠の大地に生まれ育ったカミユ自身のことを指しているのでしょうか。

アルジェリアでも、フランスでも、異邦人であるという困難な立場を生きたカミユが書いた最後の作品です。
主人公ジャック・コルムリが、アルジェリアの独立戦争のさなかに帰郷する設定の
この未完の小説はまさにカミユの自伝であり、これまでに書いてきた作品の原点といって差し支えないでしょう。
まさに「初めであり、終りである」です。

1954年11月1日、アルジェリア全土で民族解放戦線が蜂起。
アルジェリア独立戦争と呼ばれるこの独立運動は1962年まで続きますが、
1956年、市民への停戦の呼びかけに失敗したカミユはアルジェリア問題について公に語ることを止めます。

アルジェリアは、もともと自分たちの土地であったと主張するイスラム教徒、
アルジェリアに生まれ育ったのだから、自分たちの土地だと言い張るフランス人。

しかし、いつの時代も、いずれの土地でも同じことが行われるものです。

監督は「家の鍵」(‘04)のジャンニ・アメリオ。
本作では抒情詩を思わせるような主人公の子供時代が描かれていますが、
これはもう子供の演出にかけては天下一品のアメリオ監督ならではのものでしょう。

さあ、一体どんなお話なのでしょうか。


ストーリー
1957年夏、ジャック・コルムリはブルターニュの仏軍墓地にある父の墓の前に佇んでいた。
まだ20代で戦死した父。
数日後、ジャックは母を訪ねるため、独立戦争さなかのアルジェリアに向う。
空港にはジャックを大学での討論会に出席させるため、学生たちが出迎えにきていた。

作家として成功をおさめたジャックは政治的な発言を避けてきたが、彼をリベラルと捉える人は大勢いる。ジャックがアラブ人とフランス人との共存を語りかけると、会場は怒号と喝采で湧き返った。

翌日、母の家に向うジャック。
彼が子どもの頃、厳しい祖母や気の良い叔父と暮らしていたアパート。
そこに母は今もひとりで暮らしていた。数年ぶりに訪れた我が家で、ジャックは父の写真を見ながら、幼い頃の日々に想いを馳せるのだった――
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友だちと遊び興じた日々。
犬殺しの車から野良犬を逃がし、代わりに自分がそこに入れられたこと。
祖母の折檻に怯えたこと。
上級学校に進学できるように祖母を説得してくれたベルナール先生のこと。


翌日、ジャックはアラブ人居住区に出かけ、小学校時代の級友ハムッドに会う。
彼は当時ジャックがフランス人であるというだけでケンカをしかけてきたものだ。
そのハムッドが、独立運動のために不当逮捕された息子のアジズを助けてくれと頼んできた。
早速、奔走するジャックだったが、その努力も及ばずアジズは断首刑に。
そして、ジャックはラジオで皆に呼びかけるのだった……

「今日、ママンが死んだ」というクールな表現になじんだとのにとって、
主人公ジャックはとても人間的で情緒的でした。
同様に、不条理文学の旗手、あるいは、サルトルとの論争といった予備知識や先入見で
カミユを捉えていると、本作では意外感を抱くことになるかもしれません。

そんなクールさと情緒性を持つジャック・コルムリを
ジャック・ガンブランが好演していました。
彼、顔はとてもクールでカミユにも似ているのに、
「ママンが死んだ」どころか、
「ママン、大丈夫?」
「ねえ、寒くないかな?」
「痛かったらすぐに言って」
もう、ママ、ママ、ママの連呼って感じでした。
でも、「異邦人」でムルソーを演じたマルチェロ・マストロヤンニより適役かも。
(などと言いきってしまっていいのか?)

イメージはそのままアルベール・カミユでありながら、
その人物像はこれまで抱いていたカミユを嬉しい形で裏切ってくれます。
政治の時代に生きたイコンとしてのカミユではなく、
肉親や恩人、そして、アルジェリアの風土に密着した生きた人間的なカミユがスクリーンには息づいていました。

来年はカミユ生誕100年。この映画でカミユに初めて出会う人は幸せです。
小説「最初の人間」を読み、もう一度、他の作品を読みなおしてみたくなりました。





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最初の人間
監督・脚本/ジャンニ・アメリオ、原作/アルベール・カミユ「最初の人間」(新潮文庫)、撮影/イヴ・カープ、製作/ブリュノ・ぺズリー、フィリップ・カルカッソンヌ
出演
ジャック・ガンブラン/ジャック・コルムリ(1957)、ニノ・ジグレット/ジャック・コルムリ(1924)、カトリーヌ・ソラ/キャサリーン・コルムリ(1957)、マヤ・サンサ/キャサリーン・コルムリ(1924)、ドゥニ・ポダリデス/ベルナール先生、ウラ・ボーゲ/祖母、ニコラ・ジロー/叔父(1924)、ジャンポール・ボネール/叔父(1957)、アブデルカリム・ベンハウンチャ/ハムッド・アブデラマン、ジャン=フランソワ・ステヴナン/農夫
12月15日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
2011年、仏・伊・アルジェリア、フランス語、カラー、105分、字幕翻訳/寺尾次郎
配給/ザジフィルムズ
http://www.zaziefilms.com/ningen/

by Mtonosama | 2012-11-27 07:08 | 映画 | Comments(10)
最初の人間 -1-
Le Premier Homme

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© Claudio Iannone

アルベール・カミユ。
大学に入った年、少し大人になった気がして、この作家の小説「異邦人」を読みました。

“今日、ママンが死んだ”
「異邦人」の書き出しの言葉です。
ママンどころか父も祖父母も曽祖母すら存命していた18歳のこむすめでしたから、
肉親の死を告げるこの言葉から、初めて人の死を知らされたような衝撃を受けました。
ママンという言葉も新鮮でしたし、主人公ムルソーの頭上の白熱した太陽も印象的でした。
その後、映画「異邦人」(‘68 ルキノ・ヴィスコンティ監督)を観て、
ギラギラした太陽の印象はさらに鮮烈なものになりました。

「反抗的人間」「シジフォスの神話」「転落」「追放と王国」
第3、あるいは第4反抗期(?)の18歳はタイトルにもそそられました。

読んだのはもう100年以上昔のことなので内容は覚えていませんが、
ただ、18歳まで漠然と持っていたフランスのイメージが少し変わったような気がしました。

フランスのイメージといっても
“わたしの耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ”(ジャン・コクトー 堀口大學訳)
くらいしかありませんでしたけどね。ひぇっ、恥ずかしい。

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「異邦人」の中の眩しすぎる太陽とか、
やっとの思いで運び上げた途端に転げ落ちてくる石とか、
どこか激しくて、人生は思い通りにいかないぞ、みたいな部分は、
カミユという作家がフランスだけで生まれ育った人ではないということによるのかもしれません。
そう、太陽がやたら熱くて、どこまでも砂漠が拡がるアルジェリアの大地が
大きな影響を与えているのだと思います。


アルベール・カミユ
f0165567_6544773.jpg1913年~1960年。アルジェリア生まれ。
フランス人入植者の父が第1次世界大戦で戦死。
以後、母とともにアルジェ市内にある母の実家で暮らす。
実家には祖母の他、叔父も暮らし、聴覚障害のあった母も含め、家族に読み書きのできる人はいなかった。
1918年に小学校入学。家は貧しく、上級学校に進学する気はもともとなかったが、この小学校の教諭ルイ=ジェルマンはカミユの才を見抜き、彼を進学させるように家族を説得。彼はこの先生から受けた恩を生涯忘れず、ノーベル賞記念講演の出版の際にも「ルイ=ジェルマン先生へ」と献辞を添えた。
1924年に奨学金を受け、アルジェの高等中学校に進学。
高等中学校時代のカミユはサッカー少年でもあり、アルバイトにも励みながら成績は優秀。
この時代、教員のジャン・グルニエの影響で文学に目覚める。
1932年アルジェ大学文学部に入学。在学中に結婚するが、離婚。
大学卒業後、処女エッセイ集「裏と表」(‘37)出版。
翌年「アルジェ・レピュブリカン」の新聞記者に。第2次世界大戦時には反戦記事を執筆。
また、アマチュア劇団活動でも活躍。
「異邦人」(‘42)、「カリギュラ」(‘44)、「ペスト」(‘47)等で文学的地歩を固める。
しかし、「反抗的人間」(‘51)をめぐり、サルトルと論争し、孤立を深める。
以後、持病の結核を抱えながら、「転落」(‘56)等を発表。
1957年、43歳でノーベル文学賞受賞。その後はプロヴァンス地方の田園地帯に住み、
パリとの間を行き来する日々を送る。
1960年交通事故で死亡。

彼が亡くなったその傍らの鞄に入っていたのが、未完の小説「最初の人間」でした。
その後30年以上の年月を経て、カミユの娘カトリーヌ・カミユはその原稿を未完のまま出版。
フランスで60万部を売り上げるベストセラーになりました。
これは彼の自伝ともいえる小説であり、不条理文学の旗手カミユの原点を知る上で画期的ともいえる作品です。

生誕100年を前にいよいよ映画化された本作。乞うご期待であります。



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最初の人間
監督・脚本/ジャンニ・アメリオ、原作/アルベール・カミユ「最初の人間」(新潮文庫)、撮影/イヴ・カープ、製作/ブリュノ・ぺズリー、フィリップ・カルカッソンヌ
出演
ジャック・ガンブラン/ジャック・コルムリ(1957)、ニノ・ジグレット/ジャック・コルムリ(1924)、カトリーヌ・ソラ/キャサリーン・コルムリ(1957)、マヤ・サンサ/キャサリーン・コルムリ(1924)、ドゥニ・ポダリデス/ベルナール先生、ウラ・ボーゲ/祖母、ニコラ・ジロー/叔父(1924)、ジャンポール・ボネール/叔父(1957)、アブデルカリム・ベンハウンチャ/ハムッド・アブデラマン、ジャン=フランソワ・ステヴナン/農夫
12月15日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
2011年、仏・伊・アルジェリア、フランス語、カラー、105分、字幕翻訳/寺尾次郎
配給/ザジフィルムズ
http://www.zaziefilms.com/ningen/

by Mtonosama | 2012-11-24 07:09 | 映画 | Comments(6)
砂漠でサーモン・フィッシング 
-2-
SALMON FISHING IN THE YEMEN

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©2011 Yemen Distributions LTD.,BBC and The British Film Institute.All Rights Reserved.

緑と清冽な渓流が美しいスコットランド。
そして、サンドベージュの大地がどこまでも続くイエメン。
暑い砂漠と寒冷地の魚・鮭。
いくらイメージしようとしても、この真逆のものたちはどうやったって結びつきません。

いったいこんな砂漠でどうやって鮭を釣ろうというのでしょう。


ストーリー
漁業・農業省に所属する水産学者アルフレッド・ジョーンズ博士はオフィスで怒っていた。
<イエメンに鮭を泳がせて釣りをする>というありえないプロジェクトの顧問を依頼されたからだ。
依頼人はイエメンの大金持ちシャイフ。
英国外務省の支持をとりつけてはいるが、水産学者としては受け入れがたいプロジェクトである。
早速、この件の窓口である投資コンサルタントのハリエット・チェトウォド=タルボット宛に
きっぱりと拒絶のメールを送信。

翌日、出勤すると上司から投資コンサルタントのハリエットと会うよう命令されたジョーンズ。
折しも中東派兵を開始した英国。そのことへの国際的な批判の矛先をかわすため、
明るい話題づくりとして<イエメンで鮭釣り>プロジェクトが展開されることになったという。
泣く子も黙る鉄の女・首相広報官マクスウェルの絶対命令だ。

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渋々ハリエットを訪ね「水のない砂漠で鮭を釣ることはできない」と言い聞かせる。
ところが、依頼主の大富豪シャイフはイエメン国内に水を含んだ地層を発見し、
住民の生活のために砂漠に水をひく長期計画を実行。既にダムも完成しているという。

オフィスに戻れば、上司からプロジェクトに専念しなければクビだと迫られる。
科学者としてのプライドと家のローンの狭間で悩むジョーンズだったが、
給料倍増という提案を受け、この荒唐無稽なプロジェクトを引き受けることに――

北海で1万匹の鮭を捕獲し、飛行機でイエメンまで生きたまま運ぶ。
その費用ざっと5000万ポンド。
実行不可能なプランを述べ立てるジョーンズに、にこやかにほほ笑みながら
早速、行動を開始するハリエット。

だが、この2人、共に、ある心配事を抱えていた。
ジョーンズの妻は仕事人間で夫には一切関心を示さない。
一方、ハリエットの恋人は中東に派遣された軍人。
それぞれの悩みを抱えつつ、シャイフがスコットランドに所有する城へと向かった2人。
城に到着するや、シャイフと釣りに出かけたジョーンズだったが、
そこでシャイフの思わぬ人間性に触れて、彼に共感を抱くこととなる。

シャイフと出会って、この突拍子もないプロジェクトにすっかり乗り気になったジョーンズ。
しかし、問題発生。ハリエットの恋人が戦闘中、行方不明になってしまったのだ――

その後、共にイエメンへ向かった2人の前には次から次へと難題が起こる……

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英国の鮭は一匹たりともイエメンには渡さないという環境局、
"シャイフはイエメンを西欧化しようとしている"と非難する人々、
三峡ダムの中国人技術者、
首相の支持率アップのため、エンジン全開の広報官。
ドタバタあり、ラブロマンスあり、あるいは、開高健も脱帽の釣りシーンあり。
思いっきり楽しませてもらいました。

「サラの鍵」(‘10)でユダヤ人一斉検挙の真相を追うジャーナリストというシリアスな役を演じた
クリスティン・スコット・トーマス。
http://mtonosama.exblog.jp/16847182/ http://mtonosama.exblog.jp/16859987/
彼女が首相広報官として、はじけた演技を見せてくれたのにはビックリ。
いつも深刻な役が印象に残っているものですから。

意外性やら、珍しい風景やら、
お楽しみの要素は満載。
イギリス版釣りバカ日誌ですかねぇ。あ、ちょっと違うか。

スコットランドの釣り風景、良かったですよ。





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砂漠でサーモン・フィッシング
監督/ラッセ・ハルストレム、製作/ポール・ウェブスター、脚本/サイモン・ビューホイ、原作/ポール・トーディ
出演
ユアン・マクレガー/アルフレッド・ジョーンズ、エミリー・ブラント/ハリエット・チェトウォド=タルボット、クリスティン・スコット・トーマス/パトリシア・マクスウェル、アマール・ワケド/シャイフ・ムハンマド、トム・マイソン/ロバート・マイヤーズ、コンリース・ヒル/バーナード・サグデン、レイチェル・スターリング/メアリー・ジョーンズ
12月8日(土)全国ロードショー
2011年、イギリス映画、108分、字幕翻訳/松浦美奈
http://salmon.gaga.ne.jp/

by Mtonosama | 2012-11-21 08:21 | 映画 | Comments(10)
砂漠でサーモン・フィッシング
-1-
SALMON FISHING IN THE YEMEN

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©2011 Yemen Distributions LTD.,BBC and The British Film Institute.All Rights Reserved.


映画ってタイトルが大切、とつくづく思うのは、
今回上映する作品のようなタイトルを見たときです。
英語タイトルをほぼそのまま訳したような邦題にがっつり釣り上げられてしまいました。
いいですね。「砂漠でサーモン・フィッシング」。

でも、なんで鮭が砂漠で釣れるんでしょう。
この疑問が、精妙なフライ(毛バリ)のように水面を躍り、誘うかのように移動します。
そして、滑るようにライズしてくる魚影。
ああぁ、釣られちゃった――

釣られてしまったのは魚ではなく自分の方でしたが。

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原作は英国で60歳の新人として大評判になったポール・トーディの「イエメンで鮭釣りを」(‘06)。
彼のデビュー小説です。
1946年アイルランド生まれの66歳。父の希望で家業の経営に30年間つとめてきましたが、
会社が買収され、非常勤会長に退くことに。
その時、一念発起。念願だった小説の執筆に取り組みました。
59歳で初めて書いた小説が「イエメンで鮭釣りを」でした。
そのデビュー小説がなんと23ヶ国語に翻訳され、大ベストセラーに。

そして、それを脚本にしたのがサイモン・ビューホイ。
あの「スラムドッグ$ミリオネア」(‘08)でアカデミー賞脚色賞を受賞した脚本家です。
http://mtonosama.exblog.jp/10706035/
「フルモンティ」(‘97)
「127時間」(‘10)
http://mtonosama.exblog.jp/15998518/ http://mtonosama.exblog.jp/16013752/
の脚本も書いたすごい人です。

そして、そして、監督はラッセ・ハルストレム。
「ギルバート・グレイプ」(‘93)(ディカプリオが可愛かったですね)、
「サイダーハウス・ルール」(‘99)、「ショコラ」(‘00)の監督です。
ま、「HACHI 約束の犬」(‘09)などという失敗作も時にはありますが、
記憶に残る作品を数多く撮っています。

さらに、さらに、主演はユアン・マクレガーですから、これを見逃す手はありません。

この荒唐無稽な鮭とり物語はロンドン、スコットランド、イエメンを舞台に展開します。
もっともイエメンへの入国は禁じられたので撮影はモロッコで行われましたけれど。

あ、そうだ。
最後にイエメンがどこにあるのか、調べておかないと。

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えっと、イエメンはアラビア半島の南端にありました。
イエメンのすぐ上にあるのがサウジアラビアで、
紅海を挟んだ対岸アフリカ大陸にあるのがエチオピアです。

で、どんな国かというと、

イエメンは、アラビア半島諸国において唯一共和制をとる立憲国家である。現行憲法は1991年に発布され、1994年および2001年に改正されたものである。民主化に強い意欲があり、言論の自由も認められているとされるが、サーレハ政権下ではサーレハ個人や一族に対する批判は認められておらず、厳しい取締りを受けていた。
国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出される。任期は7年で、3選禁止。その権限は強大で、形式上も事実上も国家の最高指導者である。副大統領と首相は大統領により任命される。
内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、首相の助言に基づき大統領が任命する。
議会は二院制で、諮問評議会(111議席)と人民代表院(301議席)から構成される。諮問評議会議員は全員が大統領による任命制。人民代表院議員は国民の直接選挙で選出され、任期は6年。ただし、諮問評議会に立法権は無く、大統領の政策に対する助言機関に過ぎないことから、イエメン議会は実質的に立法権を行使しうる人民代表院のみの一院制であるとする説もある。
主要政党には旧北イエメン与党でアリ・アブドラ・サーレハ大統領率いる国民全体会議、旧南イエメンの政権党であったイエメン社会党、そしてイエメン改革連合の3党がある。
最高司法機関は最高裁判所。女性にも参政権が認められている。(Wikipediaより)

だそうです。

さあ、一体どんなお話でしょうか。乞うご期待でございますよ。



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砂漠でサーモン・フィッシング
監督/ラッセ・ハルストレム、製作/ポール・ウェブスター、脚本/サイモン・ビューホイ、原作/ポール・トーディ
出演
ユアン・マクレガー/アルフレッド・ジョーンズ、エミリー・ブラント/ハリエット・チェトウォド=タルボット、クリスティン・スコット・トーマス/パトリシア・マクスウェル、アマール・ワケド/シャイフ・ムハンマド、トム・マイソン/ロバート・マイヤーズ、コンリース・ヒル/バーナード・サグデン、レイチェル・スターリング/メアリー・ジョーンズ
12月8日(土)全国ロードショー
2011年、イギリス映画、108分、字幕翻訳/松浦美奈
http://salmon.gaga.ne.jp/

by Mtonosama | 2012-11-18 06:34 | 映画 | Comments(6)
阿賀に生きる -2-

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©阿賀に生きる製作委員会

前回、「阿賀に生きる」は20年前の作品だと申し上げました。
20年も経てば、人もフィルムも歳をとるということで、今回はニュープリントでの上映。
20年経っても変わらない永遠のじいちゃんばあちゃんの魅力を存分にお楽しみください。

日本の田舎の老夫婦。
憎まれ口をきいたり、一緒に農作業をしたり、餅をついたり。
仲が良いのか悪いのか、それでも長い間、共に暮らしてきた人たちです。
ちょっと観ただけだったら、田舎の老夫婦の日常生活を描いたよくできた記録映画かな、
とお思いになるでしょう。

酔いつぶれたじいちゃんや、口の達者なばあちゃん。
笑いながら観ていると、この人たちが新潟水俣病の患者であることを忘れてしまいます。

昭和電工の鹿瀬(かのせ)工場が、メチル水銀を含んだ工場廃液を未処理のまま、
阿賀野川に流し続けていたことから起きた新潟水俣病。
長年、阿賀野川流域に住み、この川で捕れる魚を食べてきた人たちですが、
「わしらの身体を元通りにしてくれ」
などと訴えているわけではありません。
住民たちが裁判所に向うシーンはありますが、
映画のほとんどの部分がこの老夫婦たちの日常を描いているだけです。

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撮影クルーを気遣うおばあさんや酔いつぶれて寝てしまうおじいさん。
名人芸ともいえる川舟つくりの技術を持ちながら、それを封印してきた元舟大工が
何かを決意したかのように川舟づくりを伝え始めること。

まったくの自然体で阿賀野流域の村で暮らしている人々。
彼らを観ていると、
日々の生活の中へ音もなく流れ込み、人々の身体の中に蓄積していく毒の怖ろしさ、
そして、それらを流す企業の罪深さを実感します。
それは当然去年の3月以来、今も澱のように積もり続ける放射性物質と
原発政策を推進してきた電力会社、国への怒りにつながります。

とはいえ、映画は抒情的といえるほど優しい日本の原風景を展開します。
いったい、どんな映画なのでしょう。


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新潟県を流れる大河・阿賀野川。
監督を始めとする7人のスタッフがその流域の民家に住みこみ、
そこに暮らす人々を3年間にわたって撮影。
鹿瀬(かのせ)町に住み先祖代々田んぼを守り続ける長谷川芳男・ミヤエさん夫婦。
阿賀野川に浮かぶ川舟を200隻以上作った舟大工・遠藤武さんと妻ミキさん。
餅つき職人・加藤作二・キソさん夫婦。
この3組の夫婦の日々の暮らしをカメラは追う。

元船頭の帆苅周弥さんが阿賀野川に吹く風について話す。
帆苅さんが会長を務める「水俣病患者の会」の活動。
長谷川芳男さんが酔っ払っては話す鮭の鉤釣り漁の自慢話。
囲炉裏を囲んで季節の川魚や山の幸を食べながら、座は湧く。

舟づくりをやめて5年も経った遠藤さんの仕事場。
新潟水俣病の裁判史上初めて、昭和電工に働いていた労働者の立場から
廃液垂れ流しの実態を証言した江川豊栄さんの話。
初めて弟子をとり、川舟づくりの技を教える遠藤さんの姿。
近在の漁師さんたちが長谷川さんの鮭の鉤釣り漁を手伝ってくれる話…

阿賀野川の日常が笑い声をはさみながら淡々と描かれます。
じいちゃんばあちゃんの見せる自然な笑顔が、監督やスタッフの村での暮らしぶりを物語っています。
双方が向け合う優しい視線を感じました。

この3組の夫婦のどこが新潟水俣病なのか――
酔っ払ったじいちゃんや歳にそぐわない色っぽい唄を披露するばあちゃん。
笑いながら映画を観ていました。

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でも、そんな中で寡黙な舟大工・遠藤さんが火傷の跡を見せて、
「感覚がないからな、五右衛門風呂でヤケドしたんだ」
とボソッと話すのを聞き、ああ、この人たちは何も不平はいわないけれど水俣病なのだ、
ということを心底実感しました。

映画は日常の中に入り込み生活を侵していく物質の怖ろしさを静かに伝えてきます。
荒々しい声で弾劾するより、もっと深く強く訴えかけてくるものがありました。

20年という時の経過を感じさせない作品です。





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阿賀に生きる
監督/佐藤真、撮影/小林茂、製作/阿賀に生きる製作委員会
提供/カサマフィルム、協賛/シグロ、配給・宣伝/太秦、配給協力/コミュニティシネマセンター
11月24日よりユーロスペースほか全国順次公開
1992年、日本、115分、カラー、16ミリ、スタンダードサイズ、モノラル
http://kasamafilm.com/aga/

by Mtonosama | 2012-11-15 06:39 | 映画 | Comments(7)
阿賀に生きる -1-

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©阿賀に生きる製作委員会

まず、最初にお断りしなくてはなりません。
実は「阿賀に生きる」は新作映画ではありません。
20年前に撮影された映画です。
そして、この映画の監督・佐藤真さんも、ここに映っている登場人物の皆さんも
ほとんどあちらの世界に行ってしまっています。

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映画の主役は3組の老夫婦。
長谷川芳男さんとミヤエさん。芳男さんは、昔は鮭漁の名人でしたが、
今はミヤエさんと2人で田んぼを守っています。
遠藤武さんとミキさん。
武さんは阿賀野川を行き来する200隻以上の川舟を造り続けてきた誇り高い船大工でした。
元気なミキさんにやりこめられては苦笑しています。
加藤作二さんとキソさん。餅つき職人の仲の良い夫婦です。
寝たり起きたりのキソさんですが、
にこやかに笑いながらも大酒呑みの作二さんへきつい一発を繰り出します。

このどこにでもいるおじいさん、おばあさんたちはみな新潟水俣病の患者です。


水俣病
環境汚染による食物連鎖により引き起こされた人類史上最初の病気であり、「公害の原点」といわれる。(2009年9月4日朝日新聞)
1956年に熊本県水俣市で発生が確認されたことがこの病名の由来であり、英語では「Minamata disease」と呼ばれる。この後、新潟県下越地方の阿賀野川流域で昭和電工が起こした同様の公害病の病名も水俣病であることから、これを区別するために前者を熊本水俣病、後者を第二水俣病または新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)と呼称する。ただし、単に「水俣病」と言われる場合には前者を指す。水俣病、第二水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくは四大公害病とされ、日本における高度経済成長の影の面となった。
(Wikipediaより)

「阿賀に生きる」は1992年佐藤真監督によって制作されました。


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佐藤真監督
1957年青森県弘前生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。1981年「無辜(むこ)なる海-1982年水俣-」(監督/香取直孝)に助監督として参加。1984年同作品の自主上映の旅で、新潟県阿賀野川とそこで暮らす人々に出会い、映画制作を決意。1989年からスタッフ7名で阿賀野川流域の民家で共同生活をしながら撮影、1992年「阿賀に生きる」を完成。長編映画初監督にして二ヨン国際ドキュメンタリー映画祭銀賞ほか4賞受賞、サンダンス・フィルム・フェスティバルIN TOKYOグランプリ受賞、文化庁優秀映画作品賞など国内外で高い評価を受ける。1996年(有)風間フィルム設立。1999年よりNPO法人映画美学校ドキュメンタリー科専任講師となり、2001年には京都造形芸術大学教授に就任。著作に「日常という名の鏡―ドキュメンタリー映画の界隈―」(‘97)、「映画が始まるところ」(’02)など。2007年9月4日急逝。

ドキュメンタリーといっても映画ですから、編集意図があり、
テーマへと観客をひきずりこんでいく整合性のあるストーリーがあることは承知の上です。
例え、それがマイケル・ムーアのようにはっきりはしていないにしても、です。
しかし、本作にはそんな強引さはありません。
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それは、監督やスタッフたちが、3年にわたって阿賀野川の民家で共同生活をし、
老夫婦の田植えを手伝ったり、お餅をついたり、酒を呑み交わして歌を歌ったりと、
息子や孫のようにつきあってきた生活者だったから。
おじいさんおばあさんたちの笑顔を見てると、それはしっかり伝わってきます。
温かい撮影現場だったのでしょう。

4大公害病のひとつである新潟水俣病患者の悲痛な訴えとか、裁判とか、
そういう肩を怒らせるような記録ではなく、
その地に根を生やして生きてきた生活者の記録です。
さあ、いったいどんなお話でしょうか。
続きは次回までお待ちくださいませ。



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阿賀に生きる
監督/佐藤真、撮影/小林茂、製作/阿賀に生きる製作委員会
提供/カサマフィルム、協賛/シグロ、配給・宣伝/太秦、配給協力/コミュニティシネマセンター
11月24日よりユーロスペースほか全国順次公開
1992年、日本、115分、カラー、16ミリ、スタンダードサイズ、モノラル
http://kasamafilm.com/aga/

by Mtonosama | 2012-11-12 07:28 | 映画 | Comments(4)
ミラクルツインズ -2-
THE POWER OF TWO

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©Twin Triumph Productions.LLC

前回、長々と病気や臓器移植の引用をしてしまいました。
誰でも病気にはなるし、臓器移植も他人事とはいえないのではありますが、
できれば、あまり目にしたくはない現実です。
でも、なぜかこの映画を観てしまったとのです。

彼女たちが日系アメリカ人だったからでしょうか。
その賢そうで、思慮深い顔立ちに魅かれてしまったからでしょうか。
あるいは、自分自身、生きることに憶病になっていたからでしょうか――

アナベル・万里子さんとイサベル・百合子さんは
1972年に日本人の母親とドイツ人の父親の間に生まれた一卵性双生児です。
彼女たちは生まれた時から嚢胞(のうほう)性(せい)繊維症(せんいしょう)という肺の難病を抱えていました。
幼い時から毎日苦しい治療をしながら、成長し、名門スタンフォード大学を卒業。
カウンセラーとして働いてきました。
治療を重ね、胸が苦しい時には背中をたたいてもらいながら、肺に溜まった粘液を排出し、
同病の患者たちとのキャンプで励まし合いながら成長したふたりでしたが、
ある日、とうとう肺が機能しなくなる日が来ました。
そして、それぞれ両肺の移植を受けたのです。

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映画は水泳大会で見事に泳ぎ抜くふたりの姿から始まります。
その大会は移植手術を受けた人たちのものです。
背中や腹部に大きな傷跡のある人々が力強く泳いでいます。
スウィマー・とのはここにも魅かれました。

映画は、更に彼女たちの家族、臓器移植によってつながったドナーの家族たちのコメント、
彼女たちの母親の国である日本での取材などから構成され、
(そこでは、父・河野洋平氏に生体肝移植を行った河野太郎氏へのインタビューも行われています)
医療分野に限らない様々な角度から、臓器移植の意味を伝えています。

「ミラクルツインズ」という邦題、
2000年にアナベルが両肺の移植に成功し、
2004年にはイサベルも両肺移植に成功、
2007年にはアナベルの移植した肺が拒絶反応を起こし、再移植を行い、成功。
その結果、ふたりは水泳や登山もするまで回復できたこと――
映画では、そんな“奇跡”が描かれています。

大変な病気を抱えながら、
いつも穏やかな笑顔を絶やさない彼女たちが前向きでいられるのは何故なんでしょう。

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アナベルが言っています。
「ネガティヴな態度でいては、自分と周囲の人々を苦しめることになってしまいます。
病気であっても人生を楽しむことはできるし、
病の経験を成長するチャンスとして使えばいいのです」


イサベルも言っています。
「私は今までもっと効果のある薬ができるという希望、
移植後にはもっと良い人生があるという希望を持って生きてきました。
さらには愛する者に囲まれて安らかに死ぬという希望も持っているので、
それが人生のバネになっています。
ポジティヴでいることは辛いことを見てみぬふりをすることとは違います。
ネガティヴな感情を経験しなければ、ポジティヴになることを学べません」


死ぬことをも希望として語ることのできるイサベルってすごいな、と思いました。

幼い頃も、少女時代も、穏やかで楽しそうな顔をしていた彼女たちですが、
きっと発作に苦しむときには何度ももう死ぬかもしれないと思ったことでしょう。

彼女たちがシャボン玉を吹いているシーンがあります。
なんかわざとらしくて好きじゃないな、と思いましたが、
実は、シャボン玉を吹くということは彼女たちが呼吸できることの象徴的な行為でした。

カメラの前で傷跡を見せ、胸をさらした彼女たちは
まずは自分たちの体験を示すことによって、臓器移植について知ってほしいと考えています。

苦しいときに苦しい顔をしても苦しさは消えていかないのだったら、
笑っていた方がいいですよね。病気に限らず、どんなときにでもあてはまることかも。






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ミラクルツインズ
監督・プロデューサー/マーク・スモロウィッツ、プロデューサー/アンドリュー・バーンズ
出演
アナベル・ステンツェル、イザベル・ステンツェル・バーンズ
11月10日(土)渋谷アップリンク他にてロードショー
2011年、アメリカ・日本、94分、協力/社団法人臓器移植ネットワーク
http://www.uplink.co.jp/miracletwins/

by Mtonosama | 2012-11-09 07:13 | 映画 | Comments(6)
ミラクルツインズ -1-
THE POWER OF TWO

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©Twin Triumph Productions.LLC

自分や身内がその立場にいなければ、
ついつい素通りしてしまうことって、ずいぶんあります。
いきなりですが、臓器移植もそういうことのひとつだと思います。
素通りしているけれど、いつ自分の身にふりかかってくるかわからないんですけど。

もしかして自分が事故にあって脳死状態になったら、
自分の臓器を、それを必要とする見知らぬ誰かに提供することができるでしょうか。
いえ、自分のものなら「さしあげますよ」と言えるかもしれませんが、
身内のそれを「どうぞ」とさしだすことはなかなか難しいと思います。
ドナーカードがあったにしても、逡巡するに違いありません。

あるいは、逆の立場になり、自分の病を治すには臓器移植しかないとしたら――
自分の治癒は誰かの死を前提とする、という事実を受け入れることもきつい選択です。

「ミラクルツィンズ」は臓器移植されることによって救われた双子の姉妹を追ったドキュメンタリー映画です。
主人公はドイツ人の父と日本人の母との間に生まれた日系アメリカ人の双生児、
アナベル・万里子とイサベル・百合子。
彼女たちが背負う病気は嚢胞性繊維症(のうほうせいせんいしょう)という肺の病気です。


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嚢胞性繊維症(のうほうせいせんいしょう)
膵嚢胞線維症(嚢胞性線維症)は、消化器や呼吸器における塩化物イオン(Cl-)の分泌が遺伝的にうまくいかないために、生まれて間もなくからこれらの臓器の働きが悪くなる病気です。
粘っこい分泌液が膵管に詰まるために小さな嚢胞がたくさんできて、膵臓が線維でおおわれるので膵嚢胞線維症と名付けられました。
この病気は膵臓だけではなく、肺、消化管、肝臓、精巣、汗腺など全身の臓器の外分泌腺がおかされ多彩な症状を示すので、最近では嚢胞性線維症と呼ばれています。
特に、肺では気道と呼ばれる細い空気の通り道が粘液で塞がり、そこに細菌感染がおきます。
肺の感染症はたいへん治りにくく、肺の組織が破壊されるため呼吸障害が徐々に進行し、呼吸不全になります。また、汗腺で塩分の再吸収がうまくいかないため汗が塩辛いのが特徴で、この病気を診断するために最も重要な所見です

欧米の白人では出生3,000人に1人と頻度の高い遺伝病です。わが国の全国調査によると、日本人では約150万人に1人と推定されています。日本人では極めて稀な病気ですが、国際結婚により生まれた子供さんや海外の日系3世、4世の人では、欧米人の頻度に近い可能性があります。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/129 難病情報センター

臓器提供
臓器提供は、脳死後あるいは心臓が停止した死後にできます。
2010年7月17日に改正臓器移植法が全面施行され、生前に書面で臓器を提供する意思を表示している場合に加え、ご本人の臓器提供の意思が不明な場合も、ご家族の承諾があれば臓器提供できるようになりました。これにより、15歳未満の方からの脳死後の臓器提供も可能になります。
自分が最期を迎えたときに、誰かの命を救うことができます。あなたの意思で救える命があります。
自分の意思を尊重するためにも、臓器移植について考え、家族と話し合い、「提供する」「提供しない」どちらかの意思を表示しておくことが大切です。
*提供しない意思については、15歳未満の方の意思表示も有効です。
日本で臓器の提供を待っている方は、およそ13,000人です。それに対して移植を受けられる方は、年間およそ300人です。
アメリカでは22,291件臓器移植が行われ、肺だけでも1,466件の手術が行われました(2007年)。
(社)日本臓器移植ネットワーク

引用が長くなってしまいました。

主人公の双子の病気も日本人には珍しいものですし、
臓器移植についても真剣に知ろうとはしていなかったのですが、
映画によってこんな人生があることを知らされました。

さあ、彼女たちはどんな人生を送っているのでしょうか。
そのことについては次号までお待ちくださいませ。



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ミラクルツインズ
監督・プロデューサー/マーク・スモロウィッツ、プロデューサー/アンドリュー・バーンズ
出演
アナベル・ステンツェル、イザベル・ステンツェル・バーンズ
11月10日(土)渋谷アップリンク他にてロードショー
2011年、アメリカ・日本、94分、協力/社団法人臓器移植ネットワーク
http://www.uplink.co.jp/miracletwins/

by Mtonosama | 2012-11-06 06:28 | 映画 | Comments(8)
北のカナリアたち -2-

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(C)2012「北のカナリアたち」製作委員会

クランクインは2011年12月2日。
体感温度がマイナス30℃まで下がる過酷な真冬の北海道。
北海道は北海道でも、最北の地の稚内。さらにサロベツ、利尻島、礼文島。
北方四島が見えそうな土地が舞台です。

確かにこれは寒そうだ、と思いながら、
観客の気楽さで座席に沈みこんで画面に見入っていました。
それが、ガバッと身を起こしました。冬の海上を進む船の甲板のシーンです。
身を切るような強風が吉永小百合さんの髪も顔の皮膚も後方に引っ張り、
美しい彼女の顔をすさまじいまでの形相に変えてしまっていたのです。
俳優にもカメラクルーにも命がけの撮影だったことでしょう。
さあ、一体どんな展開なのでしょう。


ストーリー
北海道の離島に新しい小学校教諭が降り立ちました。川島はる。
夫・行夫とやってきた彼女が受け持つことになったのは島の分校の6人の生徒たちでした。

6人の中で最年少の信人は吃音があり、ガキ大将の勇にちょっかいを出されては大泣き。
一旦泣きだすと手に負えない信人の甲高い鳴き声に合わせて、はる先生はオルガンを奏でます。
と、その泣き声がいつかロシア民謡カリンカのメロディに変わり――

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子どもたちの歌の才能に気づいたはる先生は合唱を通じて、彼らの学校生活を明るいものに変えていきました。島の住民たちも優しく見守ります。




ある日、心に傷を負った警察官の阿部がこの島に赴任してきました。
実は、夫の病のことで大きな悩みを抱えていたはる。
そんな彼女はいつか阿部に心を動かされてゆきます。

美しく晴れ上がった夏の一日。
はると夫、子どもたちが出かけたバーべキューで思いがけない事故が起こりました。

子どもたちはその事故を自分の責任と考え幼い胸をいため、それぞれに深い痛みを抱くのでした。
はるもまた父をひとり残し、島を去っていきます。

それから20年。
東京で図書館司書として生活し、定年を迎えたはるのもとに2人の刑事がやってきました。
彼らは分校の生徒だった信人が起こした事件について
彼の担任だったはるに事情を訊きに来たのでした。
「なぜ信ちゃんが!?」

はるは6人の生徒たちとの再会を果たすため、20年ぶりに北海道へ向かいます。

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真奈美、直樹、結花、七重、勇、そして、信人。
ひとりひとりが明かしていくそれぞれの心の傷。
はるは生徒たちの痛みを受け止め、自らも心に閉じ込めていた想いを告げるのでした……

感動のラスト。ここで思わず嗚咽であります。
信人を演じた森山未来の真に迫ったシーンにタオルハンカチが濡れました。

ひとりひとりの生徒がそれぞれに抱えていた心の傷。
20年間誰にも言えず、子ども達が歌を忘れたカナリアになって秘め続けていた痛み。
現在と20年前を挟み込みながら展開される事件と、
20年分身体は大きくなりながら子ども時代の傷を封印し続けてきた生徒たち。
そして、はる。

ひとりひとりの傷を明らかにしながら、視点を変えて事件の真相に迫る手法は
「告白」を思わせるものがありました。
例えは一般的ではありませんが、メガネ屋さんや眼医者さんで検眼をするとき、
レンズを一枚一枚入れ替えながら調整しますよね。
え?例えが特殊過ぎてわからない?
すいません。
でも、あんな感じにひとりひとりの生徒がはる先生と話すたびに新しい局面が見えてくるんです。

そして、圧巻のラストには滂沱の涙。
子役たちの歌のうまさはさすが3,100人の応募者の中から歌声の良さで選ばれただけのことはあります。
まさにカナリアです。

映画が与えてくれる快感に安心して身を委ねていられる作品でした。

東映さん、還暦おめでとうございます。





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☆11月3日に更新しました。寒くなりました。皆さまお風邪など召しませんように☆

北のカナリアたち
監督/阪本順治、撮影/木村大作、原案/湊かなえ(「往復書簡」幻冬舎文庫)、脚本/那須真知子、音楽/川井郁子
出演
吉永小百合/川島はる、柴田恭平/川島行夫、仲村トオル/阿部英輔、里見浩太郎/堀田久、森山未来/鈴木信人、小笠原弘晃/20年前の信人、満島ひかり/戸田真奈美、渡辺真帆/20年前の真奈美、勝地涼/生島直樹、相良飛鷹/20年前の直樹、宮崎あおい/安藤結花、飯田汐音/20年前の結花、小池栄子/藤本七重、佐藤純美音/20年前の七重、松田龍平/松田勇、菊池銀河/20年前の勇
11月3日(土・祝)全国ロードショー
配給/東映
http://www.kitanocanaria.jp/

by Mtonosama | 2012-11-03 06:33 | 映画 | Comments(6)