ブログトップ | ログイン

殿様の試写室

mtonosama.exblog.jp

殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

<   2013年 10月 ( 10 )   > この月の画像一覧

ある愛へと続く旅 -1-
Twice Born

f0165567_6423229.jpg

(C)Alien Produzioni / Picomedia /Telecinco Cinema/ Mod Producciones 2012


ユーゴスラヴィア。
7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、
そして、1つの国家といわれた国。
旧ユーゴスラヴィアという国家がはらんでいた多様性であります。
それでもチトー大統領というカリスマ的指導者の存命中はこの国はまとまりをみせていました。

1984年には、サラエヴォで冬季オリンピックも開催されています。
カタリナ・ヴィット。東ドイツ・フィギュアのゴールドメダリストです。
ご記憶でしょうか。美しい選手でした。

ディナール・アルプスに囲まれたサラエヴォ渓谷の中にあるサラエヴォ。
丘陵地帯に拡がる美しい街です。

f0165567_6431495.jpg


この地でかつて血で血を洗う民族紛争が起こったことはいまだ記憶に鮮明です。

実をいうとオリンピックよりもサラエヴォの街で繰り広げられた爆撃や殺戮の方が印象に強いとのです。
写真にある丘陵にもくもくと上がっていた爆撃の土煙りが今も見えるような気がします。

本作「ある愛へと続く旅」はそのオリンピックの余韻も覚めやらず
サラエヴォが豊かで平和だった頃から始まります。

イントロが長くなったのは(あ、いつものことですね)
サラエヴォの平和な時代をなかなか思い浮かべることができなかったからでして、
恐縮でございます。

f0165567_6501948.jpg

サラエヴォを描いた映画は数多くあります。
サラエヴォ出身のエミール・クストリッツァ監督の
「パパは出張中!」(‘85)「アンダーグラウンド」(‘95)
マイケル・ウィンターボトム監督「ウエルカム・トゥ・サラエヴォ」(‘97)
旧ユーゴスラヴィア出身のダ二ス・タノヴィッチ監督「ノーマンズ・ランド」(‘01)
この映画、印象的でした。
サラエヴォ出身のヤスミラ・ジュバニッチ監督「サラエヴォの花」(‘07)「サラエヴォ、希望の街角」(‘10)・・・・・
書き出していたらキリがありません。

Wikipediaには、ユーゴスラヴィア連邦解体の過程で起こったユーゴスラビア紛争は、
1991年から2000年まで主要な紛争が継続した、とあります。
2006年にモンテネグロが独立したことで、旧ユーゴスラヴィアを構成していた6つの共和国が完全に独立しました。7年前にやっと落ち着いたことになるのですね。長い戦争でした。
本作「ある愛へと続く旅」はこれまでの映画のように紛争をテーマにした映画ではありません。
戦前から戦後にいたる男女の愛の映画。
そう、ラブ・ロマンス。
映画の王道であります。

ただし、ただのラブ・ロマンスと思ってスクリーンに臨むと手痛いパンチを受けることになりますが。
ペネロペ・クルスとエミール・ハーシュが演じる恋人たち。
さあ、いったいどんなお話でしょうか。
続きは次回まで乞うご期待でございます。



どうぞポチッとお願いします♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月29日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

ある愛へと続く旅 
監督/セルジオ・カステリット、脚本/マルガレート・マッツアンティーニ、セルジオ・カステリット、原作/マルガレート・マッツアンティーニ(バイキング・ペンギン刊)、撮影監督/ジャンフィリッポ・コルテイチェッリ、音楽/エドゥアルド・クルス、製作/セルジオ・カステリット、ロベルト・セッサ
出演
ペネロペ・クルス/ジェンマ、エミール・ハーシュ/ディエゴ、アドナン・ハスコヴィッチ/ゴイコ、サーディット・アクソイ/アスカ、ピエトロ・カステリット/ピエトロ、ジェーン・バーキン/精神分析医
11月1日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
2012年、イタリア・スペイン、イタリア語・英語・ボスニア語、129分、原題/VENUTO AL MONDO、http://www.aru-ai.com/

by Mtonosama | 2013-10-29 06:57 | 映画 | Comments(4)
終わりゆく一日
DAY IS DONE.

f0165567_55755.jpg

©OKOFILM SRF ARTE Thomas Imbach

「雲 息子への手紙」(‘04 マリオン・ヘンセル監督)という映画を観たことがあります。
雲を追って世界中を旅して雄大な自然とその空に浮かぶ雲を撮った作品です。
フランス語版はカトリーヌ・ドヌーブ、
英語版はシャーロット・ランプリングがナレーションを担当していました。

f0165567_613635.jpg

「オランダの光」(‘03 ピーター-リム・デ・クローン監督)という映画も観ました。
独特の陰影を持ったオランダの光は、フェルメールやレンブラントら17世紀オランダ絵画の巨匠たちが
のこした傑作の源となったと言われています。

しかし、現代美術家ヨーゼフ・ボイスは、20世紀前半に行われたエイセル湖の開拓が
地形に変化を及ぼしたため、その光が失われてしまったと指摘。
果たして「オランダの光」は、本当に失われてしまったのか?
そもそも「オランダの光」とは、本当に実在するのか?
ということを定点観測したドキュメンタリー映画です。

f0165567_6114522.jpg

いずれもとても気になるテーマなので鑑賞しました。
はい、とても詩的ですし、美しい映像でした。
でも、人はあまりに美しいものに接すると気持がよくなって眠りに落ちていくものなのですね。
もう一度あの心地よい眠り・・・
いえ、あの美しさに触れてみたい、と思っていたところへ、
本作「終りゆく一日」の試写状が舞い込みました。

f0165567_66119.jpg

チューリッヒの工業地域にあるスタジオの窓辺に35ミリのカメラを据え
窓の外の風景を15年間撮り続けた作品です。
「雲 息子への手紙」は世界中を移動しますし、
「オランダの光」は1年間の定点観測でした。
それが、なんとこちらは15年間の定点観測――

もう、こうなると映画というより完全に発想がアートしています。
そして、15年ともなるといくら定点観測とはいえ、
ひとりの男の15年分の人生がどうしたってあらわれてきます。
これこそドキュメンタリーという形で。

窓から見える夏の雲、夕景、線路を疾駆する高速列車。
あるいは窓の下の道路にたむろするおじさんや書類を持って歩く女性。
向いの工場の火事。
15年分の映像が普通の速度だったり、早送りだったり、で展開されます。

f0165567_614160.jpg

そのBGMは留守電の再生伝言。
母親や友人や妻や小さな息子のさまざまな挨拶が
留守電特有のためらいがちな間をおいて聞こえてきます。
「今、なにしてるの?」
「あなたの作品が映画祭で3位に入賞したわ」
「ハ~イ、あなたのチビちゃんがお話したいって」
「パパの埋葬の日が決まったわ」
「君は逃げ出したのか?」

そして、ボブ・ディランやビル・キャラハンなどの歌声が
この奇妙でありながら印象的な15年のドラマにかぶさってきます。

f0165567_6185356.jpg

「終りゆく一日」。
オリジナルタイトルの”Day is Done”はニック・ドレイクの曲からとったものです。

スイスのインディペンデント映画作家トーマス・イムバッハの作品。
1995年から2010年までの間に撮りためたアトリエの窓の外の風景と
1998年から2003年の間の留守番電話の伝言を組み合わせています。
イムバッハ個人のプライベートな素材でありながら、
若い男が結婚し、子どもも生まれ、映画づくりに励み、父を亡くし、妻と別れ――
必ずしも監督本人とは限らないあるひとりの男の15年間のストーリーも見えてきます。

今までに観たことのない手法です。
ぶっとんだ発想でありながら、あぶりだしのように浮き出してくる男の15年分の人生は
非常にノーマルなものかもしれません。
彼の子どもが15歳の少年になって登場するラストシーンなど、これぞ人生って感じです。

こういう手法の映画もあるんですね。
でも、真似ッコするにしても150歳のとのにはもう時間がないなぁ。

あ、この映画では眠りに落ちなかったということをご報告しておきますね。





今日もポチッとしていただければうれしいです♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月26日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

終わりゆく一日
監督・撮影/トーマス・イムバッハ、脚本/トーマス・イムバッハ、パトリツィア・シュトッツ、編集/ギオン・レト・キリアス、トム・ラベル、音楽・音響設計/ペーター・ブレイカー、楽曲/キム・キャラハン、ボブ・ディラン、コナー・オパースト、シド・パレット、アルファヴィル、ジェイソン・モリナ、ジョン・フルシアンテ、ジョルジュ・ヴェーヌ、製作/アンドレア・シュタカ、トーマス・イムバッハ
10月26日(土)ユーロスペース他全国順次ロードショー
2011年、スイス、スイスドイツ語、111分、提供/フルモテルモ、コピアポア・フィルム、オープンセサミ、配給/フルモテルモ×コピアポア・フィルム、日本語字幕/松岡葉子、
http://day-is-done.com/

by Mtonosama | 2013-10-26 06:30 | 映画 | Comments(4)
ハンナ・アーレント -2-
Hanna Arendt

f0165567_6542268.jpg

(C)2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl, MACT Productions SA, Metro Communicationsltd.


本作の監督、マルガレーテ・フォン・トロッタは「ローザ・ルクセンブルグ」(‘86)の監督でもあります。
ドイツ史に名を残す女性を描いてきた彼女。
1942年生まれのドイツ映画を代表する女性監督です。


マルガレーテ・フォン・トロッタ
60年代に住んでいたパリでヌーヴェル・ヴァーグやイングマール・ベルイマンの作品に影響を受けた後ドイツに帰り、女優としても活躍。1971年フォルカー・シュレンドルフの「ルート・ハルプファスの道徳」(‘71)への出演をきっかけに同年シュレンドルフと結婚。脚本や短編映画の制作に関わるようになり、「第二の目覚め」(‘78)で監督デビュー。その後1975年に「カタリーナ・ブルームの失われた名誉」で単独での監督デビューを果たす。

「ローザ・ルクセンブルグ」でカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したバルバラ・スコヴァが
本作でもハンナ・アーレントを主演しています。
芯のある女性たちが撮り、そして、演じた、芯のある哲学者の映画です。
さあ、どんなお話なのでしょうか。


f0165567_6575158.jpg


ストーリー
1960年、何百万人にものぼるユダヤ人を強制収容所に送り込んだ責任者アドルフ・アイヒマンが逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報部に逮捕された。そのニュースは世界中を駆け巡る。

NY在住のドイツ系ユダヤ人で著書「全体主義の起原」で名声を得ていた哲学者ハンナ・アーレントは
アイヒマンの裁判の傍聴を希望。雑誌「ザ・ニューヨーカー」に傍聴記録の執筆を提案した。
高名な哲学者の要望は即座に受け入れられる。

親友のアメリカ人作家メアリー・マッカーシーはハンナの決意を称える。
だが、夫のハインリヒ・ブリュッヒャーだけは強制収容所で受けた彼女の心の傷を心配していた。

1961年、イスラエルに到着したハンナは家族のような信頼で結びついているクルト・ブルーメンフェルトを訪ねる。彼はユダヤ国家再建を願う熱心なシオニストだ。

アイヒマンの裁判が始まった。
傍聴を重ね、彼の証言を聞き、観察し続ける内に、
ハンナはこの男が凶悪な怪物のような存在ではなく、
凡庸な普通の人間に過ぎないのではないか、と思い始める。

「アイヒマンは命令に従ったに過ぎない」と判断し、主張するハンナにクルト達シオニストは激怒。

イスラエルからの帰国後、ハンナはなかなか原稿を進めることができずにいた。
学生時代の師であり恋人でもあり、ナチスに入党したハイデガーとの想い出が頭をよぎり、
さまざまな証言者たちの言葉に心が揺れる。
そんな時、夫ハインリヒが動脈瘤破裂で入院。
ハンナの必死の看病で一命をとりとめはしたが、執筆はますます遅れるばかりだった。

アイヒマンに死刑判決。それをきっかけにハンナは執筆を再開する。
第1稿を旧友ハンス・ヨナスに見せる。
だが、彼も彼女の主張に反論。その原稿を発表しないように懇願するのだった。

1963年、書き上がった原稿を読んだニューヨーカー誌の編集部は連載と出版を決める。
だが、発売直後、その反響の大きさに編集部は驚くことに――
「ハンナ・アーレントによるアイヒマン擁護」と非難の声が轟き、
編集部には抗議の電話が殺到したのだ。
大学の同僚たちもハンナを攻撃し、
今や、彼女の味方は夫ブリュッヒャーと親友メアリーとロッテだけになってしまった。

郊外にひきこもっていたハンナのもとにイスラエル政府関係者が訪れ、出版の中止を警告する。
その時、彼らの口からクルト・ブルーメンフェルトの重病を知らされたハンナは、急ぎイスラエルへ。
だが、クルトも彼女に背中を向けるのだった。

ニューヨークへ戻ったハンナは更に激しい嵐に巻き込まれる。
続々と届く誹謗と中傷の手紙。大学からつきつけられる辞職勧告。

ハンナは学生への講義という形をとり、初めての反論を決意するのだった……

f0165567_6561729.jpg

作品の中でハンナ・アーレントはハイデガーとの恋の悩みに悶々とするわけでもなく、
愛に生き、学問の道を捨てるなどということももちろんなく、
強制収容所からの脱出というアクションシーンを見せてくれもしません。
ただ、ひたすら、悪について、それに対応する正義について、
不器用なほど必死に考えるだけです。

自分自身ユダヤ人であり、シオニストの友人を持ち、強制収容所に入れられたこともあるハンナが
私情をはさむことを排し、対象であるアイヒマンを冷静に観察します。
世間におもねる判断を下せば、世界中を敵に回すことはなかったのに、
と軟弱なとのなどは思ってしまいました。

4年間という短い年月の中にここまでハンナ・アーレントの思想と人生を凝縮させた監督の力量と
バルバラ・スコヴァの演技にぐうの音も出ないほど追いつめられました。


俳優たちの迫真の演技の中で、そこだけ実写でスクリーンに映し出されるアイヒマンの凡庸さ、普通さに、
ハンナならずとも拍子抜けするような心持になります。うまい演出です。
こんな男に、存在を否定され、人生を絶たれてしまったユダヤ人の無念さが今さらながら胸に迫ります。

それだけに、復讐に終わることなく、対象を凝視しつづけた
ハンナの哲学者としての生き方にはあらためて瞠目させられます。

本作はハンナ・アーレントという女性ではなく
ハンナ・アーレントという哲学者、もっといえば人間ハンナ・アーレントを描いた映画です。
思考し続ける人、まさに「人間は考える葦である」ということを実感しました。

それにしても、世間というものはなんと大勢に与しやすいものでありましょう。
非難するとなると一斉に非難し、他の考えに耳を貸すことなどいっさいない。
こういうのって、この国でもいっぱい見てきたような気がします。





今日もポチッとお願いできればうれしいです♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月23日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

ハンナ・アーレント
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ、脚本/パメラ・カッツ、マルガレーテ・フォン・トロッタ、製作/ベッティナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン、撮影/キャロリーヌ・シャンプティエ、美術/フォルカー・シェイファー
出演
バルバラ・スコヴァ/ハンナ・アーレント、アクセル・ミルベルク/ハインリヒ・ブリュッヒャー、ジャネット・マクティア/メアリー・マッカーシー、ユリア・イェンチ/ロッテ・ケイラー、ウルリッヒ・ノエテン/ハンス・ヨナス、ミヒャエル・デーゲン/クルト・ブルーメンフェルト、ニコラス・ウッドソン/ウィリアム・ショーン、サーシャ・レイ/ローレ・ヨナス、ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ/シャルロッテ・ベラート、クラウス・ポール/マルティン・ハイデガー、フレデリック・ベヒト/学生時代のアーレント、ミーガン・ケイ/フランシス・ウェルズ、トム・レイク/ジョナサン、ハーヴェイ・フリードマン/トーマス・ミラー
10月26日(土)より岩波ホールにてロードショー
114分、ドイツ語・英語、カラー・モノクロ、日本語字幕/吉川美奈子、協力/German films、配給/セテラ・インターナショナル、http://www.cetera.co.jp/h_arendt/

by Mtonosama | 2013-10-23 07:08 | 映画 | Comments(10)
ハンナ・アーレント -1-
Hanna Arendt

f0165567_67182.jpg

(C)2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl, MACT Productions SA, Metro Communicationsltd.


ハンナ・アーレント。
ユダヤ人女性哲学者です。

哲学者を描いた映画としては「サルトルとボーヴォワール」(‘06)がありまして、
当試写室でも以前上映いたしております。
http://mtonosama.exblog.jp/16795799/ http://mtonosama.exblog.jp/16808562/
こちらは世界に名立たるカップルのプライベートな側面を描いたものでありました。

ですが、本作「ハンナ・アーレント」はハンナさんの女性的側面や愛やら恋やら
プライバシーやらを暴く作品ではありません。

とは申しましても、彼女、かのハイデガー先生と恋仲になったり、
その恋に破れた翌年、ユダヤ人哲学者ギュンター・シュテルンとやけっぱちで結婚したかと思えば、
スパルタクス団(のちのドイツ共産党)のハインリヒ・ブリュッヒャーと出会い、再婚するなど
となかなか恋多き女性ではあります。

f0165567_682989.jpg

まずは、彼女の生い立ちをご覧いただきましょう。

ハンナ・アーレント
1906年10月14日 ハノーファーのユダヤ人家庭に生まれる。
14歳でカントとヤスパースに影響を受け、哲学を学ぶことを決意。
1924年 マールブルグ大学に入学。
マルティン・ハイデガーに師事。不倫関係に。
その後、フライブルグ大学でフッサールに、ハイデルベルグ大学ではヤスパースに師事。
1928年 ヤスパースの指導による博士論文「アウグスティヌスの愛の概念」を執筆。
1929年 ギュンター・シュテルンと初婚。
1933年 ナチスの政権掌握。短期間拘束されるが、パリに亡命。
ハイデガー、ナチスに入党。
パリでユダヤ人青少年のパレスティナ移住を支援する組織の資金調達活動に携わる。
1937年 ハインリヒ・ブリュッヒャーと出会う。
1940年 ギュンター・シュテルンと離婚した後にハインリヒ・ブリュッヒャーと再婚。
同年、フランスのグール強制収容所に連行されるが、脱出。
1941年 母と夫とともにアメリカへ亡命。
1942年 アイヒマン、ユダヤ人絶滅計画を承認したヴァンゼー会議に出席。
1949年~50年 ドイツに帰国し、ハイデガーと再会。
1951年 アメリカ国籍を取得。
同年、「全体主義の起原」出版。
1959年 プリンストン大学初の女性専任教授に就任。
1960年 アイヒマン、アルゼンチンでイスラエル諜報部により拉致。
1961年 アイヒマン裁判傍聴のため、イスラエルへ。
1962年 アイヒマン絞首刑
1963年 アイヒマン裁判のレポートをザ・ニューヨーカー誌に連載。全米で激しい論争。
同年、同レポートを「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」として単行本化。

同年、シカゴ大学教授に就任。
1968年 ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ教授に就任。
1975年 死去。

f0165567_69584.jpg

まったくもって波乱万丈の人生です。
恋愛、強制収容所への連行そして脱出、二度の亡命――

個人的には哲学教授ハイデガーと哲学科の優秀な女子学生アーレントとの不倫に
目が行ってしまうのですが・・・
(すいません。下世話なことで)

このアーレントの69年の人生の中で、
マルガレーテ・フォン・トロッタ監督が絞り込んでいったのは、
アイヒマン裁判のレポートの執筆の時期の4年間でした。

この4年間に彼女の哲学者としての側面、
そして、思考こそを民族や怨念や復讐の上位に置く彼女の哲学的な姿勢が読みとれたからでしょう。

これぞドイツ映画という骨太な作品です。

続きは次回まで乞うご期待でございます。



今日もポチッをいただけましたら、うれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月20日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

ハンナ・アーレント
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ、脚本/パメラ・カッツ、マルガレーテ・フォン・トロッタ、製作/ベッティナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン、撮影/キャロリーヌ・シャンプティエ、美術/フォルカー・シェイファー
出演
バルバラ・スコヴァ/ハンナ・アーレント、アクセル・ミルベルク/ハインリヒ・ブリュッヒャー、ジャネット・マクティア/メアリー・マッカーシー、ユリア・イェンチ/ロッテ・ケイラー、ウルリッヒ・ノエテン/ハンス・ヨナス、ミヒャエル・デーゲン/クルト・ブルーメンフェルト、ニコラス・ウッドソン/ウィリアム・ショーン、サーシャ・レイ/ローレ・ヨナス、ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ/シャルロッテ・ベラート、クラウス・ポール/マルティン・ハイデガー、フレデリック・ベヒト/学生時代のアーレント、ミーガン・ケイ/フランシス・ウェルズ、トム・レイク/ジョナサン、ハーヴェイ・フリードマン/トーマス・ミラー
10月26日(土)より岩波ホールにてロードショー
114分、ドイツ語・英語、カラー・モノクロ、日本語字幕/吉川美奈子、協力/German films、配給/セテラ・インターナショナル、http://www.cetera.co.jp/h_arendt/

by Mtonosama | 2013-10-20 06:24 | 映画 | Comments(4)
蠢動 -しゅんどう- -2-
BUSHIDOU

f0165567_6442321.jpg

©2013三上康雄事務所

映画といえばチャンバラだった時代、いつも週末には近くの東映の映画館へ連れていかれました。
記憶に残っているのは金糸銀糸の美しい衣装をまとい、
目張りをいれてきりっとした東千代之介さま、大川橋蔵さまたち大スターの豪華絢爛なお姿。
ああ、懐かしい。
ラストシーンの定番。富士山を望む田んぼ道を三度傘を振りながら遠ざかる中村錦之介。
そうそう、錦ちゃんなどと呼んでましたわ。
これぞ、日本人の原風景であります。

あ、いけない。勝手に昔を偲んでしまいました。

本作「蠢動 -しゅんどう-」は目張りを入れた大スターも絢爛豪華な衣装も登場しません。
しかし、その昔、ちゃんばらに興じた少年少女たちのあの想いが本作には息づいています。

そうです、そうです。
土門拳のこの写真にみなぎる少年たちの裂帛の気魄です。
f0165567_6382837.jpg


さて、三上康雄監督。
かつて橋本忍脚本による「切腹」(‘62)「仇討」(‘64)「上意討ち 拝領妻始末」(‘67)
などの時代劇に感銘したそうです。
ですが、それ以降、自分の観たい時代劇には出会えず「ならば自分で創ろう」と決意。

その監督が観たい時代劇とは、
それぞれの登場人物が自らの意志を貫こうとし、
武士道と人間としての生き方の間を揺れ動く群像劇であります。

その思いの通り、
走り、斬り、闘う――
まさにちゃんばらの原点を観ることができました。
観客も息が弾み、肩に力が入ります。

さらに、作品の根底に流れる
武士道とはなにか?
人として生きるとは?
お家のためにはいかなる理不尽をも受け入れるしかないのか?
という問い。

そのリアルで躍動感溢れる映像にはきっと息を呑み、のめりこんでしまうはず。
さあ、いったいどんなお話でしょうか。


f0165567_6480100.jpg

ストーリー
享保二十年。
享保の大飢饉から三年が過ぎた。
因幡藩は落ち着きを取り戻したように見えた。
しかし、江戸幕府から遣わされた剣術指南役・松宮十三が城内を探っている様子。
それを知った城代家老・荒木源義は用人の舟瀬太悟に松宮を調べさせるのだった。

因幡藩には剣術師範の原田大八郎がいた。
幼時に父を亡くした藩士の香川とその姉・由紀は原田に信頼を寄せている。
原田は剣術の弟子でもある香川の望みである剣術修行実現のために奔走していた。

ある日、城代家老・荒木のもとに松宮を探っていた用人の舟瀬から報告が。
それは、松宮が幕府へ送る密書を入手したというのだ。
そこにあったのは因幡藩の内情を全て調べたという一文――
さらに、江戸表より西崎隆峰が使者として因幡藩に向っているという報告も。
松宮と西崎が顔を合わせれば因幡藩が改易、お取りつぶしになるのは必定。

荒木は決断する。
そして、このことが原田と香川姉弟の人生を大きく変えることになるのだった……

雪の中を走る討手たち。悔しさを胸に抱え、ひたすら逃げる若侍。
激しい息遣い、雪を蹴り走る侍たちの足音、閃く切っ先、倒れる討手、噴き出す血しぶき――

ノンストップ躍動感!
追い打ちをかけるように興奮をあおり、あるいはタメをもたせ、追いつめる和太鼓の響きと唸り。
ミュージカル以外で音楽がこれほど主役をはたす映画を初めて観ました。

ちゃんばら好きには絶対たまらない映画です。





今日もポチッとお願いできればうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月17日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

蠢動 -しゅんどう-
監督、脚本/三上康雄、プロデューサー/三上康雄、原案/三上康雄・近藤誠二(「蠢動」1982年より)、殺陣/久世浩、照明/宮西孝明、音響効果/伊藤進一、演奏/倭太鼓飛龍
出演
平岳大/原田大八郎、若林豪/荒木源義、目黒祐樹/松宮十三、中原丈雄/舟瀬太悟、さとう珠緒/香川由紀、栗塚旭/西崎隆峰、脇崎智史/香川廣樹
10月19日(土)東京・有楽町スバル座、大阪・TOHOシネマズなんば他全国ロードショー
2013年、日本、カラー、102分、製作/株式会社 三上康雄事務所、配給/太秦株式会社
http://www.shundou.jp/

by Mtonosama | 2013-10-17 06:57 | 映画 | Comments(9)
蠢動 -しゅんどう- -1-
BUSHIDOU

f0165567_635134.jpg

©2013三上康雄事務所

久々のチャンバラです。
蠢動。〈しゅんどう〉と読みます。
なにゆえ、このようなタイトルなのかよくわかりません。
英語タイトルはBUSHIDOUであり、こっちの方が納得しやすいですねぇ。
(ちょっと英語圏の人間になった気分)

平岳大の端然とした所作といい、抒情性を排した緊張感溢れる展開といい、
剣戟のバックに流れるお腹の底に響くような和太鼓といい、
これぞチャンバラ!と膝を打ちたくなくような映画でした。

製作・脚本・監督は三上康雄。
この方、とてもユニークな経歴の持ち主です。
そして、「蠢動 –しゅんどう-」も実は本作が第一作ではありません。


f0165567_6474688.jpg

三上康雄
1958年、大阪市東区(現中央区)生まれ。近畿大学商経学部経営学科卒業。中学から大学まで剣道をしていた。このことが後の作品に影響を与える。1974年高校時代に自主映画の製作グループ「BJcc」を結成。数本の短編を監督、近畿大学在学時には1年に1作品のペースで時代劇やアクション映画を4本監督する。当時の自主映画は青春や日常を描いた作品が多かったが、異色の活劇を作っていた為、新作完成の度、マスコミの話題を呼ぶ。大学卒業時の1979年6月にグループを解散。この解散式兼上映会の模様は毎日放送でニュースとして取り上げられた。

1982年に監督した「蠢動」はプロの役者や映画評論家の松田政男が出演。また、撮影、録音、編集、音楽もプロのスタッフが参加。雪の鳥取県の三朝等でロケし、ラストの殺陣は雪中の鳥取砂丘で行われた。「蠢動」はキネマ旬報の「世界映画作品・記録全集(1983年版)」と1983年2月決算号の日本映画一覧に掲載された。

1980年から、家業の建築資材メーカー「ミカミ工業」に入社し、2001年に代表取締役社長
に就任。製品やカタログ等の企画やデザインは自ら行う。2005年にIMAGICAで「蠢動」のリマスター版のDVDを自主制作、その後「蠢動」をセルフリメイクする為に、劇場版「蠢動 -しゅんどう-」の脚本を執筆。

2011年にミカミ工業の全株式をM&Aで売却し、2012年に株式会社三上康雄事務所を設立。
劇場版「蠢動 -しゅんどう-」の製作を開始。2013年1月より撮影。平岳大、若林豪、目黒祐樹、中原丈雄、さとう珠緒、栗塚旭、脇崎智史らが出演し、殺陣に久世浩、照明に宮西孝明、音響効果に伊藤進一らの時代劇のベテランスタッフを揃え、自らが監督。
(Wikipediaより)

主な監督作品「荒野の狼」(‘76)「乱流の果て」(‘77)「二天一流」(‘78)「闘争の宴」(‘79)「蠢動」(‘82)


f0165567_6495279.jpg

三上康雄監督、1974年16歳で自主映画製作グループを立ち上げたほどの映画好きで、
5年後に解散するまでに8mmで数本の短編や時代劇やアクション映画4本を監督しています。
「蠢動」第一作は1982年に16mmで製作・監督。
そして、今回の「蠢動 -しゅんどう-」。
経営していた会社を畳み、数千万円の製作費を全額負担。
自ら企画・脚本・監督をこなし、30年近く映画とは無縁の生活を送っていた身ながら、
一流の俳優、スタッフとも自らコンタクトし、陣容を固めていったというのですから、
その熱意たるや半端じゃありません。

そして、泣かせるではありませんか。
監督は常々奥様に「蠢動 -しゅんどう-」を創ると言い続けてきました。
本作はその愛妻に捧げたものであり、公開日である10月19日はまた彼女の誕生日であります。
2011年に亡くなった奥様もさぞ喜んでおられることでしょう。

さあ、いったいどんなお話なのでしょう。続きは次号までしばしお待ち下さいませ。



今日もポチッとお願いできたらうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月14日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

蠢動
監督、脚本/三上康雄、プロデューサー/三上康雄、原案/三上康雄・近藤誠二(「蠢動」1982年より)、殺陣/久世浩、照明/宮西孝明、音響効果/伊藤進一、演奏/倭太鼓飛龍
出演
平岳大/原田大八郎、若林豪/荒木源義、目黒祐樹/松宮十三、中原丈雄/舟瀬太悟、さとう珠緒/香川由紀、栗塚旭/西崎隆峰、脇崎智史/香川廣樹
10月19日(土)東京・有楽町スバル座、大阪・TOHOシネマズなんば他全国ロードショー
2013年、日本、カラー、102分、製作/株式会社 三上康雄事務所、配給/太秦株式会社
http://www.shundou.jp/

by Mtonosama | 2013-10-14 07:03 | 映画 | Comments(13)
もうひとりの息子 -2-
Le fils de l’Autre

f0165567_648127.jpg

(C)Rapsodie Production/ Cite Films/ France 3 Cinema/ Madeleine Films/ SoLo Films

「そして父になる」を観た後に、本作を試写状で知った時、
これはとても政治的な映画じゃないかなぁと思いました。
それにあり得ない設定ではないかという疑問はなかなか拭いきれませんでした。

しかし、監督が語る
《人が生きてきた場所がその子ども時代や親と子の関係にどう繋がってくるのか》
という問題はきわめて普遍的ではあります。

自身ユダヤ人であり、その家族の多くを強制収容所で失った監督が
この問題を追及するためにイスラエル人とパレスティナ人の赤ん坊取り違えを背景に
映画を撮ることには日本人が考える以上に正当性があるのかもしれません。

その際、重要なのは
「わたしはユダヤ人ですが、イスラエル人ではありません。この2つは違うものです」
という言葉です。

さて、いったいどんなお話なのでしょうか。


f0165567_6484068.jpg

ストーリー
シルバーグ家はテルアビブに暮らしている。
父アロンはイスラエル国防軍大佐で両親はフランス人。母オリットは医師でフランス出身。
18歳になった長男ヨセフの将来の夢はミュージシャン。
末っ子のカレンはお人形遊びに夢中な女の子。ごく普通の家族である。
18歳のヨセフは兵役検査を迎えていた。
友人たちの多くは兵役を嫌っていたが、ヨセフは早く一人前になりたいと検査を受ける。

数日後、血液検査に手違いがあり、再検査をすることになった。
ヨセフと両親の血液型が違っていたのだ。

18年前、オリットは当時住んでいたハイファの病院でヨセフを出産。
その病院から知らされた事実に彼女は言葉を失う。
1991年湾岸戦争の頃、ミサイル攻撃を恐れた病院は新生児を安全な場所に避難させた。
保育器の中にいたのはヨセフともう一人の赤ん坊。
その翌日、オリットに戻された子どもはもう一人の赤ん坊だったかもしれないというのだ。

オリットと夫アロンはハイファの病院に向い、
取り違えられた子どもの親がパレスティナ人夫婦であることを知る――

DNA検査の結果、取り違えの事実は確定した。
アロンは部屋を飛び出し、一方のアル・べザズ夫妻もショックを隠しきれない。
妻ライラは流れる涙を抑えきれず、夫のサイードも部屋を出ていった。
部屋に残った二人の母オリットとライラは互いの息子たちの写真を見せあい、
“本当の息子”たちの姿を確認するのだった。

アル・べザズ家はイスラエルに占領されるずっと前から
ヨルダン川西岸地区に暮らすパレスティナ人である。
今は高い塀に囲まれて村を出ることもできない。
父サイードはエンジニアだったが、塀の中では車の修理工の仕事しかなかった。

ライラは18年前ハイファに住む夫の姉夫婦を訪ねた際に次男のヤシンを出産。
幼い頃から優秀なヤシンは、パリに移住した姉夫婦に頼み、高等教育を受けさせていた。
医師をめざし、バカロレアにも合格したヤシン。村に病院を建てたいと夢見るヤシン。
そのヤシンが自分たちの子ではなかった――

休暇で故郷に帰ってきたヤシン。
厳しい検問を受け、帰郷したヤシンに両親は真実を告げることができない。

一方、ハイファの病院からヨセフがパレスティナ人であると知らされた
イスラエル内務省はヨセフの兵役を取り消す。
動揺するヨセフにオリットは真実を告げる……


f0165567_6493614.jpg

取り違えの事実を知り「僕も爆弾のベルトを巻きつけるのか!」と動揺して叫ぶヨセフ。
ヤシンの本当の両親がイスラエル人であることを受け入れられない父サイードと兄ビラル。

イスラエルとパレスティナの複雑な関係を背景に、
それぞれの息子とそれぞれの家族の苦悩と葛藤が描かれていきます。

と同時に、さりげなくスクリーンに映し出される塀に囲まれた西岸地区の様子。
世界中どこにでも見られるおじいさんやおばあさんたちの路上でのおしゃべり。
そして、元気に遊ぶ子どもたちの姿。
楽しそうですし、穏やかな情景です。

ですが、ヤシンの兄ビラルのような青年たちも塀の内側で所在なげに一日を過ごすしかないのです。
分離壁に囲まれた狭い空間で無為に過ごす青年たち。
ヤシンの父サイードもエンジニアでありながら、稼ぎの少ない自動車修理工しかできない現状。
仕事もなく、本屋も、クラブもない。
となれば、若い人々のイスラエルへの敵意は増すばかりではないでしょうか。

映画は救いのあるラストを迎えますが、この塀の中の生活に思わずため息が出ました。
塀の中の砂色の空間。
一方、テルアビブの緑溢れる豊かな街並み。
政治的な背景やテーマ以外で語りかけてくる部分が大きい映画です。
なんていうか、おまけの部分の情報が豊富でした。

イスラエルとパレスティナのどちらが正しいか否か、ではなく、
生まれてから死ぬまで塀の内側で暮らすしかない日々の重さを考えなさいと言われているような気がしました。





今日もポチッとお願いできればうれしいです♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月11日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

もうひとりの息子
監督/ロレーヌ・レヴィ、脚本/ナタリー・ソージョン、ロレーヌ・レヴィ、ノアム・フィトシ、原案/ノアム・フィトシ、撮影監督/エマニュエル・ソワイエ、製作/ヴィルジニー・ラコンプ、ラファエル・べルドゥゴ
出演
エマニュエル・ドボス/母オリット、パスカル・エルベ/父アロン、ジュール・シトリュク/息子ヨセフ、マハディ・ザハビ/息子ヤシン、アリーン・ウマリ/母ライラ、ハリファ・ナトゥール/父サイード、マフムード・シャラビ/兄ビラル、プリュノ・ポダリデス/医師ダヴィッド、エズラ・ダカン/ユダヤ教のラビ
10月19日(土)シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー
2012年、フランス映画、105分、フランス語、ヘブライ語、アラビア語、英語、協力/ユニフランス・フィルムズ、配給/ムヴィオラ、http://www.moviola.jp/son/

by Mtonosama | 2013-10-11 06:55 | 映画 | Comments(6)
もうひとりの息子 -1-
Le fils de l’Autre

f0165567_639221.jpg

(C)Rapsodie Production/ Cite Films/ France 3 Cinema/ Madeleine Films/ SoLo Films


先月、当試写室で赤ちゃん取り違えを題材にした「そして父になる」を上映しました。

でありながら、
再度同じ赤ちゃん取り違えを中心に据えた作品「もうひとりの息子」を上映いたします。

前回上映したのは日本人同士の赤ちゃん取り違え事件でしたが、
本作ではなんと“敵”の赤ちゃんが戦乱に紛れて取り違えられてしまったというもの。
そして18歳になるまで育てられていたというのです――

日本とフランスで奇しくも同じ題材を取り扱っています。

しかしながら、まったく違う作品にしあがっていますので、
どうぞじっくり味わっていただきたく存じます。

f0165567_644301.jpg

「もうひとりの息子」
2012年東京国際映画祭でグランプリと監督賞を受賞した作品であります。

テルアビブに暮らすフランス系イスラエル人の家族。
その18歳の息子が兵役検査を受けた結果、判明した驚くべき事実。
それはその子がイスラエル人家族の実の子ではなかったということでした。

18年前の湾岸戦争の混乱の中、出生時の病院で起きた赤ちゃん取り違え。

その事実は相手側の家族にも知らせられます。
そして、その家族はヨルダン西岸地区に暮らすパレスティナ人――
壁と銃で分かたれた民。
“敵”同士の赤ちゃんが取り違えられて、18年間育てられていたのです。

分離壁。
そこではイスラエル兵が銃をもって警戒し、
壁の内側へ向かう人々、そして、出てくる人をチェックしています。
人々を隔てる高い壁が威圧的にスクリーンを横切ります。
非常に政治的な映画であります。
壁の高さも大きさも絶望的です。

それは・・・
ちょっとどうよ。
子どもの取り違えったって、あまりにもすごすぎる設定じゃない?

本作の監督はロレーヌ・レヴィ。フランス人の女性監督です。
ある日、彼女のもとに送られてきた一本の物語を読んで、
長年抱き続けてきた問題をそこに見出しました。

それは
《人が生きてきた場所がその子ども時代や親と子の関係にどう繋がってくるのか》
という問題――

f0165567_6463762.jpg

イスラエル人でもパレスティナ人でもない監督。
彼女はこの大変な設定の映画を撮るのに必要なのは個人の物語をつくることだと
腹を括りました。

監督は、映画の準備段階でイスラエルに行って、
脚本の多くの点が現実に対応していないことに気づきます。
映画にとって重要なのはその場所で暮らすことによって知る些細な事柄だと信じる彼女。

レヴィ監督は一旦脚本から離れ、現実に即した内容に作り変えていきました。
イスラエルのユダヤ人、イスラエルに暮らすパレスティナ人、西岸地区のパレスティナ人
で編成されたスタッフの意見を取り入れ、脚本を作りなおしました。
実際に起こりうること、というリアリティにこだわって映画を撮り続けたのです。

ユダヤ人とパレスティナ人の赤ちゃんが取り違えられたら――

取り違えそのものはまったく無いことではありません。
しかし、こんなありえない状況での取り違え事件を映画にしたら
いったいどんなことになるのでしょう。

続きは次回で。
乞うご期待でございます。



今日もポチッとお願いできればうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月8日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

もうひとりの息子
監督/ロレーヌ・レヴィ、脚本/ナタリー・ソージョン、ロレーヌ・レヴィ、ノアム・フィトシ、原案/ノアム・フィトシ、撮影監督/エマニュエル・ソワイエ、製作/ヴィルジニー・ラコンプ、ラファエル・べルドゥゴ
出演
エマニュエル・ドボス/母オリット、パスカル・エルベ/父アロン、ジュール・シトリュク/息子ヨセフ、マハディ・ザハビ/息子ヤシン、アリーン・ウマリ/母ライラ、ハリファ・ナトゥール/父サイード、マフムード・シャラビ/兄ビラル、プリュノ・ポダリデス/医師ダヴィッド、エズラ・ダカン/ユダヤ教のラビ
10月19日(土)シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー
2012年、フランス映画、105分、フランス語、ヘブライ語、アラビア語、英語、協力/ユニフランス・フィルムズ、配給/ムヴィオラ、http://www.moviola.jp/son/

by Mtonosama | 2013-10-08 07:00 | 映画 | Comments(7)
三毛猫ひかちゃん -8-


あたし、ひかちゃん。

f0165567_5132539.jpg

あ、これはアフラックのブラックスワンのおにいさんよ。
飼い主ったらね、このおにいさんの目があたしにそっくりだっていうの。
CM見ながら、ひかちゃんだ~!って喜んでいるのよ。

f0165567_5172918.jpg


そうかしら?
そうそう、ワニ目のひかちゃんとも言うのよ。
ちょっとひどいわよねぇ。

あのね、思うに、あたしがもうひとりの飼い主の味方をするものだから、
ひがんでいるみたいなの。

あたし、こう見えても、大きい音や声って苦手。
なのに、飼い主ったら、ものすごく声がでかいのよ。
特に、もうひとりの飼い主と話す時の声の大きさったらないの。

だから、あたし「おじさんをいじめないでーっ!」って
大声を出している飼い主の背中に飛びついたり、
腰に手を当てて怒鳴ってる飼い主のふくらはぎに爪を立てては注意してあげるの。

もう大変なのよ。

f0165567_518474.jpg


だから、疲れて新聞の上で寝ちゃうこともあるわ。

飼い主は
「ひかちゃんはまだ小さいからわからないかもしれないけど、
悪い人は小さな声でしゃべるものなんだよ」
なんてあたしに言うけど、そんなことないわよねぇ。

f0165567_5195171.jpg


今日もやかましい飼い主を高みから見物することにしたわ。
それに、ここからだと調理台に美味しそうなものがあるのを確認できるから便利なのよね。

随分、涼しくなってきたけど、皆さん風邪をひかないように気をつけて。

また、来るわね。

ひかりより


今日も声の大きい飼い主のためにポチッとしていただける?from ひかり♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月6日に更新しました。いつも応援ありがとうございます。from飼い主☆
by Mtonosama | 2013-10-06 05:28 | 映画 | Comments(14)
飛べ!ダコタ -2-
DAKOTA

f0165567_6351421.jpg

(C)「飛べ!ダコタ」製作委員会

本作「飛べ!ダコタ」は67年前の実話であります。
そして、当時ダコタ再飛行と乗員たちのお世話につくした方もなんとご存命であります。

比嘉愛未さんが演じた森本千代子こと梶井千世子さん(87歳)がそのモデルです。
この千世子さん、〈ダコタ〉の不時着から飛行までの40日間、
乗組員の身の廻りの世話に奮闘した女性です。

千世子さんはじめ村の人々は、イギリス人はもちろん外国人など見たこともありません。
生活習慣も異なり、ガスも水道もなく、大陸からの寒風がふきすさぶ真冬の佐渡。
千世子さんは乗員たちの部屋に炬燵とたくさんの火鉢を運び、
丹前を炬燵で暖めておき、寝る時に使ってもらったのだそうです。
会話は身ぶり手ぶり。
今と違って不便なことばかりの当時の佐渡で村人たちの示したおもてなしは
英国人たちに「ありがとう」という日本語をまっ先に覚えさせ、
半世紀を過ぎても感謝の気持ちを抱かせ続けていたんですね。
良いお話です。
実在の千世子さんに直接お話を聞くことができた比嘉さんも良い演技でした。
この人のおっとりとして、なおかつ、芯の強そうな雰囲気は天性のものなのでしょうか。
とても素敵です。

さあ、ストーリーです。


f0165567_648672.jpg

ストーリー
昭和21年1月14日。
一機の飛行機が佐渡島・高千村の海岸に不時着した。英空軍の輸送機ダコタである。

森本千代子は真っ先に現場に駆けつけた。
降り立った乗員の身を案じて機体に近づいていくと、警戒した兵士が銃を構えた。
そこへやってきたのが、千代子の父親で村長の森本新太郎、消防団長の高橋、
国民学校の浜中校長等村の有力者たち。
無鉄砲な千代子に思わず手を上げた村長。それを止める英兵。
村長は大学講師の石川の通訳で彼らから事情を訊き出した。

機長以下、パイロットたちは上海の英国領事を東京まで送る途中、悪天候のため、この海岸に不時着。
ダコタの修理が済むまで、この地に留まるしかないということだった。

村長は事情を聞き、兵士たちを自分が経営する旅館に迎えることにする。
だが、娘を空襲で亡くしていた警防団長だけは協力を拒むのだった。

そして、千代子は幼なじみの健一を訪ね、片言の通訳しかできない石川に代わり、
兵士たちの通訳をしてくれないかと頼んでいた。
しかし、健一はそれを断り、家の奥にひっこんでしまう。

健一は海軍兵学校に進学した村の秀才で英語も堪能だった。
だが、同級生で親友の義春がビルマに出征したまま、終戦を迎えても帰ってこないのに、
事故のため出征することもなく不自由になった身体で村に帰ってきた健一。
彼はそのことに深い負い目と挫折感を抱いていたのだ。

ダコタは、村人たちの協力を得て、修理も進み、砂浜からの掘り起こし作業も進んでいた。
それと共に英兵たちと村人の間にあった〈戦争〉の影も次第に薄れていった。

その頃、真冬の佐渡に特有の大波がこの海岸を襲おうとしていた。
村人たちは兵士たちと共にダコタの巨体を被害の及ばない場所まで引っ張っていく。
だが、人手不足のため、なかなか機体は進まない。
そこへ現れたのが娘を空襲で亡くした警防団長だった。
彼が村中の若者をかき集めてきたお蔭でダコタは無事に移送することができた。

その夜、労をねぎらう宴が開かれ、頭を下げて感謝するダコタの機長。
村人とダコタ乗員たちとの間に深いつながりが生まれた。
だが、ダコタが飛び立つためには更なる難関が待ち構えていた……

明治時代、トルコの船が座礁、沈没し、大勢の死者を出した時、
近海の紀伊大島の住民が救援に駆け付け、67名を救出。
乏しい食料を彼らに分け与え、もてなしたということもありました。
最近トルコで日本人女性が殺されるという不幸な事件はありましたが、
トルコの親日ぶりはよく言われることです。
それと同じようなことが佐渡島でもあったということを本作で初めて知りました。

まして当時の乗員の息子さんがお礼のために佐渡島を訪れたなどというのも感動的です。
嫌な事件の多い昨今です。
たまにはこんな良い話で心を暖めることがあってもいいような気がして、
ガラでもない作品を上映してしまいました。





今日もポチッとしていただけたらうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆10月3日に更新しました。もう10月ですって!いつも応援ありがとうございます☆

飛べ!ダコタ
監督/油谷誠至、撮影/小松原茂、音楽/宇崎竜童、エグゼクティブプロデューサー/伊与木敏郎
出演
比嘉愛未/森本千代子、窪田正孝/木村健一、柄本明/森本新太郎、ベンガル/高橋源治、綾田俊樹/佐吉、洞口依子/村上敏江、中村久美/木村とよ、芳本美代子/篠田和子、螢雪次郎/浜中幸三、園ゆきよ/松乃、マーク・チネリー/ブラッドリー少佐、ディーン・ニューコム/デーヴィッド少尉
9月7日(土)より新潟県の映画館にて先行ロードショー
10月5日(土)よりシネマスクエアとうきゅう、有楽町スバル座ほか全国ロードショー
2013年、日本、109分、配給/アステア
http://www.tobedakota.com/

by Mtonosama | 2013-10-03 06:56 | 映画 | Comments(2)