ブログトップ | ログイン

殿様の試写室

mtonosama.exblog.jp

殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

<   2015年 05月 ( 11 )   > この月の画像一覧


エレファント・ソング
-1-
Elephant Song

f0165567_534365.jpg

(C)Sebastien Raymond

またもやグザヴィエ・ドランの登場です。
一旦好きになるとしつこいとのであります。
醜女(しこめ)の深情ってヤツ?

グザヴィエ・ドラン。今回は俳優としての登場。
監督としての評価が高いグザヴィエですが、
実は、彼、監督業より俳優業の方がお気に入りなんだそうです。
監督をやって、自分も出演すれば、両方できるのにな・・・

でも、先日当試写室で上映したグザヴィエ監督作『Mommy/マミー』
http://mtonosama.exblog.jp/23915924/ http://mtonosama.exblog.jp/23926931/
には登場していませんでした。
『わたしはロランス』にも出ていませんでした。

『Mommy/マミー』や『わたしはロランス』には
容姿や年齢が合うキャストがなかったからということです。
脚本も書くのだから、無理矢理自分の役を作っちゃえばいい、
と、とのなどは俗人なので考えますが、
グザヴィエくんにとって映画への情熱の中心はあくまでも演技。

心技体
なんていうとお相撲みたいですが、彼にとっての映画もそう。
まずはキャストに合った「体」がないといけないのだと思います。

f0165567_5362078.jpg

そんなグザヴィエが
「この主人公は僕だ。この役を僕にやらせてほしい」
と出演を熱望したのが本作『エレファント・ソング』。

主人公マイケルは、
オペラ歌手である母が自殺した後、ずっと精神病院に入院している象にこだわる青年。
本作は『トム・アット・ザ・ファーム』と同じく
http://mtonosama.exblog.jp/23216811/ http://mtonosama.exblog.jp/23232949/
戯曲「エレファント・ソング」を原作とする心理劇です。
周囲の人間を翻弄しつつ、痛ましいほどに愛を求める青年マイケルを
まるで自らの分身であるかのごとく熱演しています。

戯曲「エレファント・ソング」
1978年オタワ出身のニコラス・ビヨンの処女戯曲。
2004年にストラトフォード・フェスティバルで初上演。
パリのプチ・モンパルナス劇場で100回以上上演された。
最新の舞台ではモリエール賞2部門にノミネートされている。
今回の映画化にあたり、ビヨン本人が脚本を書き、
カナダのアカデミー賞カナダ・スクリーン・アワード2015で脚色賞を受賞。


f0165567_5381372.jpg

戯曲では80年代という設定でしたが、映画では60年代半ばになっています。
60年代はまだまだ精神病者にとってはつらい時代。
ジャック・ニコルソンの鬼気迫る演技が衝撃的だった『カッコーの巣の上で』(’76)
のロボトミー(前部前頭葉切裁術)も行われていたし、
監禁なども普通に行われた時代でした。

さてさて、そんなすごい時代の精神病院を舞台に、
すごい脚本とすごい俳優を使った本作を監督したのはシャルル・ビナメ。

シャルル・ビナメ監督
1949年、ケベック州出身。計8本の長編作品を撮っている。
『Eldrado』(’95)を含む三部作はカンヌ国際映画祭監督週間の特別賞を受賞した他、
監督及びスタッフが数々の国際映画賞を受賞。

薄暗い冬の曇天のもと、繰り広げられる心理劇。
一人の医師の失踪を核に患者マイケルと精神病院院長との間に展開される会話。
限られた空間での出来事でありながら観客の視線をひきつけてやまない作品であります。

続きは次回まで乞うご期待ください。



今日もポチッとしていただければうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月31日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

エレファント・ソング
監督/シャルル・ビナメ、原作・脚本/ニコラス・ビヨン、撮影/ピエール・ギル
出演
グザヴィエ・ドラン/マイケル・アリーン、グリーン院長/ブルース・グリーンウッド、キャサリン・キーナー/ピーターソン看護士長、キャリー=アン・モス/オリビア、コルム・フィオール/ローレンス医師、ガイ・ネイドン/ジョーンズ医師
6月6日(土)新宿武蔵野館、渋谷アップリンクほか全国順次ロードショー
2014、カナダ、100分、配給/アップリンク、特別協力/ケベック州政府在日事務所、後援/カナダ大使館、http://www.uplink.co.jp/elephantsong/

by Mtonosama | 2015-05-31 05:50 | 映画 | Comments(2)

奇跡のひと ~マリーとマルグリット~
-2-
MARIE HEURTIN

f0165567_6163052.jpg

(C)2014 - Escazal Films / France 3 Cinema - Rhone-Alpes Cinema


三重苦で生まれたマリー・ウルタン。
しつけも教育もいっさい受けることなく10歳まで育った彼女。

映画はもう少しおねえさんになった彼女が
父に連れられ修道院へやってくるシーンから始まります。

髪はブラシも通さないほどグシャグシャ
着ているものは不潔そうなボロ。

始まりからなにやら不穏な雰囲気です。

さあ、いったいどんなお話でしょうか。

ストーリー
聴覚障がいを持つ少女たちを教育するラルネイ聖母学院に、
父親に負われておびえた動物のような少女がやってきた。
生まれた時から目も耳も不自由な彼女だが、見知らぬところに連れてこられた恐怖心から、
父親が少し目を離したすきに園庭を逃げ回り、大きな木によじのぼってしまった。
この様子を見ていた学院長は盲聾唖の子どもはこの学院の手には負えない、と
父娘を帰してしまう。

だが、少女を木から下ろした修道女のマルグリットは
少女の放つ魂の輝きに魅せられていた。
そして少女マリーの教育係になりたいと院長に訴えるのだった。

マルグリットに背負われて学院へと連れてこられたマリー。
この日から二人の激しい教育が始まった。
マリーはテーブルに着席して食事をとることができない。
もちろん食事は手づかみ。
お風呂を嫌がり、怖がる様子はまるで野生動物。
新しい服にも着替えようとはしない。
マリーとの肉弾戦にも似た教育は4ヶ月経っても進歩どころか後退にも思え、
マルグリットの意気を阻喪させる。

そんなマリーも次第次第に人間らしさを見せるようになってきた。
食事の時にはナイフもフォークも使えるようになり、
入浴もできるように。

だが、生まれた時から耳が聴こえないマリーはものには名前があることを理解できない。
マルグリットはマリーが家から持ってきたお気に入りのナイフを使って
「ナイフ」という言葉を何度も何度も発音して教える。

マリーが学院にやってきて8ヶ月過ぎた時、奇跡が起きた。
ナイフが「ナイフ」であると理解できたのだ。
最初の1語には時間がかかったが、その後、単語、形容詞、文章、文法と
乾いた砂が水を吸い込むように言葉を理解していくマリー。
面会に来た両親に自分の名前のスペルをアルファベットを使って正しく並べ、
「愛している」と手話で伝えるマリーを見て父も母も感激の涙を流す。

日に日に成長するマリー。
しかし、不治の病を負うマルグリットは医師から静養を命ぜられる。
それでも、彼女はマリーと共に生きる道を選ぶ。
それはマリーにとっては困難で悲しい言葉の意味を学ぶことを意味していた……

マリーはその後ラルネイ聖母学院で後輩たちを指導し、
アンヌ=マリー・ポワイエという少女にブライユ点字を教えたという記録も残っています。
しかし、36歳の若さで亡くなりました。

短い人生でありながら、マルグリットと出会い、教育を受けたことで
祭壇のろうそくのように赤々と燃え、人間としての素晴らしい生を生きることができたマリー。

この困難な役を熱演したのはアリアーナ・リヴォワール。
フランス・オーベルニュ生まれの20歳。
ジャン=ピエール・アメリス監督に見出され、本作でデビューしました。
彼女自身、耳が不自由で国立聾学校の寄宿生ですが、
バカロレアも取得しました。

彼女の捨て身の演技も本作を大いに輝かせています。

野生動物のようだった彼女が人へと変わっていく様子は
教育の大切さを今更ながら教えてくれました。





今日もポチッとしていただければうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月28日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

奇跡のひと ~マリーとマルグリット~
監督/ジャン=ピエール・アメリス、脚本/ジャン=ピエール・アメリス、フィリップ・ブラスバン、撮影/アン・スリオ、美術/フランク・シュワルツ、プロデューサー/ソフィー・ドゥニ・キャロ
出演
イザベル・カレ/マルグリット、アリアーナ・リヴォワール/マリー・ウルタン、ブリジット・カティヨン/学院長、ジル・トレトン/マリーの父、ロール・デュティユル/マリーの母
6月6日(土)シネスイッチ他全国順次公開
2014年、カラー、94分、提供/ドマ、スターサンズ、ハピネット、配給/スターサンズ、ドマ、協力/ライフ・クリエーション(いのちのことば社)、推薦/カトリック中央協議会広報、年少者映画審議会推薦、字幕/齋藤敦子
http://www.kiseki-movie.jp/

by Mtonosama | 2015-05-28 06:35 | 映画 | Comments(6)

奇跡のひと ~マリーとマルグリット~
-1-
MARIE HEURTIN

f0165567_5412215.jpg

(C)2014 - Escazal Films / France 3 Cinema - Rhone-Alpes Cinema


「奇跡のひと」といえば
サリバン先生の奮闘を描いた映画『奇跡の人』(『ヘレン・ケラー物語』(‘63 アーサー・ペン監督)を
思い出します。
ラストでヘレン役のパティ・デュークが勢いよく溢れ出る水を手に受けて
“ワラー!”と声を発するシーンは100年以上経った今も新鮮です。
Waterとはワラーと発音するのか、とビックリしたことも懐かしい想い出。
自分自身が子どもだったので少女ヘレンを演じたパティ・デュークは憶えていても
サリバン先生を演じたアン・バンクロフトのことが記憶にないのは残念ですが。

アメリカで言葉の存在を知るため、
もがいていたヘレン・ケラーとほぼ同じ時代のフランスにも、
もうひとりの奇跡のひとがいました。
その名はマリー・ウルタン(1885~1921)。
ヘレン・ケラー(1880~1968)が1880年生まれですから、マリーの方が5歳年下です。

二人とも視えず、聞こえず、話せずの三重苦を背負っています。
でも、マリーの場合は生まれながらの三重苦でした。
2歳の時にかかった病気が元で視力、聴力を失ったヘレンとは違い、
光の記憶も音の記憶もまったくありません。

しかし、二人とも人間的に生きることを献身的に教えてくれた師に恵まれたことは同じでした。
ヘレンはサリバン先生。
そして、マリーはマルグリット先生――

f0165567_5431962.jpg

マリー・ウルタン
マリーは1885年4月13日、フランスのヴェルトゥに生まれた。
生まれつき眼も視えず、耳も聞こえず、

10歳までは動物のように食べて遊ぶだけの毎日で妹や両親のことを叩いていた。
意地悪で犬のようにわめく子どもだった(本人の言葉)。

そんな彼女は医師によって精神薄弱と診断され、精神病院へ入るよう勧められるが、
樽職人の父はラルネイ聖母学院での教育に望みを託す。
この学院で盲聾の少女の受け入れはマリーが3人目だったが、
シスター・マルグリットが献身的に教育を続けた。

ラルネイ聖母学院はラルネイ英知会という修道院によって1835年に創設。
もともとは聾唖の少女のための学院だったが、
1857年には盲目の少女たちも受け入れるようになり、
20世紀初頭には250人の寄宿生を抱える。
その後、男子も受け入れるようになり、
創立から180年を迎えた現在も盲聾の子どもたちへの教育を続けている。

ヘレン・ケラーが裕福な家に育ったことと比べると
マリー・ウルタンは貧しい樽職人の娘。
このラルネイ聖母学院の存在は本当にありがたいものだったでしょう。
そして、シスター・マルグリット。
不治の病を抱えながら、
狂犬のようだったマリーを人へと変えた愛情と努力には頭が下がります。

人が人として生きるには言葉を知ることがどれほど大切か、
そして、人が人らしく生きるためには礼儀もまた必要な心の糧であることが
二人の激しい肉弾戦のような教えと学びの中から知らされます。

『奇跡の人』(ヘレン・ケラー物語)を観た人も、そうでない人も
激しいぶつかりあいの中から学んでいくマリーとマルグリットのお話を
お楽しみください。

続きは次回までしばしお待ちくださいませ。



今日もポチッとしていただけたら天にも昇る気持です♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月25日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

奇跡のひと ~マリーとマルグリット~
監督/ジャン=ピエール・アメリス、脚本/ジャン=ピエール・アメリス、フィリップ・ブラスバン、撮影/アン・スリオ、美術/フランク・シュワルツ、プロデューサー/ソフィー・ドゥニ・キャロ
出演
イザベル・カレ/マルグリット、アリアーナ・リヴォワール/マリー・ウルタン、ブリジット・カティヨン/学院長、ジル・トレトン/マリーの父、ロール・デュティユル/マリーの母
6月6日(土)シネスイッチ他全国順次公開
2014年、カラー、94分、提供/ドマ、スターサンズ、ハピネット、配給/スターサンズ、ドマ、協力/ライフ・クリエーション(いのちのことば社)、推薦/カトリック中央協議会広報、年少者映画審議会スイセン、字幕/齋藤敦子
http://www.kiseki-movie.jp/

by Mtonosama | 2015-05-25 05:51 | 映画 | Comments(6)

ダライ・ラマ14世
-2-

f0165567_6121121.jpg

©Buenos film

ダライ・ラマ14世の前で
緊張した面持ちで手を合わせる信者たち、あるいは信者ではない人たち。
その一人一人の体に手を添え、優しい言葉をかけ、
さらに、緊張を笑顔に変えるユーモア溢れる一言を発する法王。
花が咲くように笑う人々を見ていると、なぜか泣けてきてしまいました。

これに似たようなことがあったぞ、と暫し考えました。
寂聴師の法話でした。
あるいは
阪神・淡路大震災の折、長田の瓦礫の前で一輪の水仙をたむけておられた皇后の姿でした。

なんなのでしょう。
キリスト教でアガぺの愛という言葉がありますが、
真に相手を思う気持は映画やテレビのカメラを通り抜けて見る者の胸に迫るものなのですね。

f0165567_6253439.jpg

さて、2007年11月に来日なさったダライ・ラマ14世。
この時から、薄井父子はいつも法王と一緒です。
息子・一議氏は法王のユーモアや人間味あふれる様子を間近に見て、
映像化を真剣に考えるようになりました。

そして、2008年。
チベット亡命政権からも作品化が了承され、いよいよ撮影が始まります。

冒頭シーンには驚きました。
原宿で、東大赤門の前で、渋谷で、
大勢の普通の人が法王に質問します。失礼な質問もあります。
例えば、「法王がもし髪を伸ばせるとしたらどんな髪型にしますか?」
おいおい、それはないでしょう?
などと、まじめなとのはこっそりスクリーンに向って抗議の声をあげました。

すると、法王は頭の上に両掌を立ててモヒカン状にし、
「こういうのも良いでしょ」などと答えるのです。
良い人だ!

法王を前に緊張しまくっているチベット女子留学生を励まし、
最後に彼女達の茶髪を指して「あなたたちの金色の毛はいつから生えてきたのですか?」
と訊ね、照れ笑いさせたり。

もう天性の〈楽しい人〉オーラを発しています。

カメラは法王の来日時の様子だけではなく、
法王が普段お住まいになっていらっしゃるチベットダラム亡命政権の所在地ダラムサラや
チベット国境近くの街ラダックも映し出していました。

f0165567_6224129.jpg

ダラムサラにはチベット子ども村という学校があります。
法王が何よりも大切にしてきた教育とチベット仏教。
取材はそこで学ぶ子どもたちにも向います。
「勉強は好きですか?」
すると子どもたちは皆「好きです」と答え、
将来は「社会の役に立つことをしたい」と言うのです。

カメラを前にしているから、だけではなく、
彼ら彼女達の真剣で賢そうな目は真実を語っていることがわかります。

日本の若い人たちは
「勉強は嫌い。なんのために勉強するって?良いところに就職するためでしょ」
と答えます。

これ、上っ面の対比じゃないんです。

何が幸せで、人はどう生きるべきか。
私たちは本当に大切なものをどこかに置き忘れているのかもしれません。

f0165567_62434.jpg

8年前にチベットへ行きました。
バスの中から車道を五体投地しながら進む人々を見た時、
この人たちはこれほどまでに現世に絶望しているのかと思いました。
輪廻転生に期待をかけるからこそ、
現世では五体投地のような己に厳しい祈りの姿勢をとるのか、と神妙な気持になりました。

本作でもラダックという町で1000人もの人が麓から山へ向かって五体投地で進む様子が
撮影されていました。

3000メートル、4000メートルの高地です。
このように厳しい土地でありながら、さらに政治的な問題も抱えるチベット。

この地の抱える問題にいまも勇気と知恵をもって向き合い続ける法王を心から尊敬します。

法王が日本人に向けておっしゃった「もっと英語を勉強して世界に出てください」
「一点から見るだけでなくいろんな視点から眺めてください」という言葉を
今更ながら噛みしめ、努力していきたいと思いました。

あ、それから法王のようなユーモアはどんなところでも絶対に必要だと思います。

いつも以上に真面目になってしまったとのであります。





今日もポチッとお願いできればうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月22日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

ダライ・ラマ14世
企画・撮影/薄井一議・薄井大還、監督・構成・編集/光石富士朗、語り/柄本佑
5月30日(土)ユーロスペース他にて全国順次公開
2014年、日本、カラー、116分、特別協力/ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.d14.jp/

by Mtonosama | 2015-05-22 06:35 | 映画 | Comments(4)

ダライ・ラマ14世
-1-

f0165567_6135852.jpg

©Buenos film


きな臭さが漂う昨今、このような方の存在はとても救いになります。

ノーベル平和賞の受賞者であり、80歳になる現在も精力的に世界中をまわり、
世界の平和と心の平和を説き続ける方。
ダライ・ラマ14世です。

この方のいつも笑みを浮かべた優しいお顔を見るとほっといたします。
笑いじわの目立つにこやかなお顔、
ちょっと背中を丸め、急ぎ足で歩くお姿は、失礼ながら、とてもかわいらしい。
なのに、オーラ溢れる存在なのであります。
観音菩薩の生まれ変わりだからでしょうか。

ダライ・ラマは、
チベットの人々を救うために生まれ変わった方だと信じられているそうです。

そこでひとつダライ・ラマ法王日本代表部事務所のサイトをのぞいてみました。

ダライとはモンゴル語で「大海」、ラマはチベット語で「教師」を意味する。
なるほど・・・

ダライ・ラマ法王は、チベットの精神的指導者であるだけでなく、政治の指導者でもある。
チベットはもちろんのこと、チベット仏教を信仰しているモンゴル、ネパール、シッキム、ブータン、
ロシアなどの各地域からも仏教の最高指導者として崇拝されている。
世界中のチベット仏教徒は法王の祝福を受けるために、かつてはチベットの首都ラサを、
現在はインドのダラムサラを巡礼している。
1959年迄はチベット仏教を信仰する者にとって、
チベットの首都ラサ(チベット語で「神の土地」)は、チベット仏教の聖地であった。
f0165567_6152966.jpg
チベット仏教の教えによれば、すべての生きとし生けるものは輪廻転生すると考えられている。
輪廻転生とは、一時的に肉体は滅びても、魂は滅びることなく永遠に継続することである。
我々のような一般人は、今度死んだら次も今と同じように人間に生まれ変わるとは限らない。
我々が行ってきた行為の良し悪しによって、六道輪廻(神・人間・非神・地獄・餓鬼・畜生)の
いずれかの世界に生まれ変わらなければならないのである。
現在、人間に生まれていても、次の生は昆虫・動物・鳥などの形に生まれ変わるかもしれない。
しかし、悟りを開いた一部の菩薩は、次も人間に生まれ変わり、
すべての生きとし生けるものの為に働き続けると信じられている。
ダライ・ラマ法王もその一人である。
ダライ・ラマ法王は観音菩薩の化身であり、
チベットの人々を救済するために生まれ変わったとチベットの人々は信じている。
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/reincarnation/

f0165567_6205494.jpg

さて、本作『ダライ・ラマ14世』撮影のきっかけは実は30年近く前まで遡ります。
ノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世の撮影をしたいと考えた写真家の薄井大還氏。
彼はダライ・ラマ法王日本代表部事務所の関係者の協力を得て
撮影の機会を求める書簡を法王本人に送りました。
すると、1991年12月
彼の許にダラムサラでの撮影を許諾する連絡が来ました。
同月現地入りした薄井氏。
なんと法王の住まいに招かれ、当初25分の予定だった撮影は4時間に及んだのだそうです。

それから16年経った2007年
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所の代表から思いがけない依頼が入りました。
それは法王来日時のオフィシャル写真とムービー撮影をお願いしたいというもの。
薄井氏はムービー撮影を、息子で写真家の一議氏に任せました――

f0165567_6294395.jpg

これが本作誕生へとつながっていくわけです。
薄井父子にとって大変大きなできごとになりました。
しかし、観客にとっても法王の思わぬ素顔に触れられるという僥倖を手にしたわけです。

さあ、ダライ・ラマ14世はどんな声で、どんな顔で私たちに話しかけてくれるのでしょう。
ユニークではありますが、法王の素顔がこれまでになく感じられる構成の作品です。
続きは次回まで乞うご期待でございます



今日もポチッとお願いできたら嬉しいです♪
↓↓↓↓↓

にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月19日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

ダライ・ラマ14世
企画・撮影/薄井一議・薄井大還、監督・構成・編集/光石富士朗、語り/柄本佑
5月30日(土)ユーロスペース他にて全国順次公開
2014年、日本、カラー、116分、特別協力/ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.d14.jp/

by Mtonosama | 2015-05-19 06:26 | 映画 | Comments(6)

追憶と、踊りながら
-2-
LILTING

f0165567_612983.jpg

(C)LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014


英国の難民対策や映画支援政策にビックリするだけで終わってしまった前回。
後編ではどんな映画なのかもお伝えしないと。

支援政策もすごいのですが、
やはり注目すべきはホン・カウという監督の才能でありましょう。

映画の舞台はロンドン。
カンボジアからやってきた中国人の母とフランス系の父との間に生まれた一人息子カイ。
その母ジュン。
そして、カイの恋人リチャードが主要な登場人物。

ロンドンの介護ホームで暮らすジュン。
英語の話せない彼女にとってカイに会うことだけが唯一の楽しみです。
でも、愛する一人息子はゲイ。そして、その相手はジュンの毛嫌いするリチャード・・・

とまあ、そんな設定でありますが、
これは監督自身の経験にきわめて似通っています。
監督はカンボジアからの移民、英語はもちろん中国語も話すことのできる西洋化した移民です。
監督の母もジュンと同じく英語は苦手で、
監督は子どもの頃から母のために通訳をしていたそうです。

と、大まかなところをお伝えしたところで、お話に進みましょうか。

ストーリー
昔懐かしい壁紙の貼られた室内。
「夜来香(イエライシャン)」のメロディが流れ、テーブルの上の写真立てが
その部屋の住人の古き良き時代を彷彿とさせる。

老年期にさしかかったジュンはこの穏やかな介護ホームで一人暮らしている。
英語ができず、ホームでは無言で暮らす彼女にとっては
息子カイの来る時だけが中国語で話せる唯一の時間。
カンボジアの華僑だったジュンは夫と共に29年前にカンボジアを離れ、
息子の将来のためにと英国へやってきたのだ。
夫に先立たれてからは女手ひとつで一人息子のカイを育ててきた。
そして言葉のわからないジュンにとって、息子はロンドンと彼女をつなぐ存在でもあった。

ジュンは最近ホーム内でイギリス男性・アランと知り合った。
その日もカイにそんな話をしているとき、女性職員が電球の球を換えにやってくる。
それに気を取られていたほんの一瞬後、カイの姿は消えていた。

ある日、リチャードがジュンを訪ねてホームに。
ジュンの息子の友人、と名乗るリチャードに「ご愁傷様」と告げる職員。
カイは亡くなっていた。リチャードとの関係を母に告げることのできないまま。

ジュンはリチャードが好きではない。
だが、リチャードはカイを亡くして傷心のジュンを心配し、
ホームの住人アランと親しくなれるよう気遣うのだった。
そして、二人のために中国語と英語の通訳としてヴァンを雇う。

リチャードが通訳のヴァンを連れていくと、彼女を通じてアランとの会話を楽しむジュン。
だが、ジュンとリチャードとの関係は相変わらずぎくしゃくしたまま。
カイとの関係を話せないまま、彼との想い出に一番近くにいたいと思うリチャード。
それはジュンも同じだった……

f0165567_624959.jpg

「あなたが私の世話をしたがるのは、あなたが私のたった一人の息子を奪ったから?」
と言い放つジュンに、
リチャードは
「あなたはなぜこの国の文化になじもうとしない?
医者だって銀行だって全部カイがやっていた。
カイがいない今、いったい誰があなたの面倒を見るんだ。それは僕だ!」
と叫び返すシーンに思わず快哉。
だって、息子に甘え過ぎじゃない?ジュン。

自分がゲイではないから、カイにもリチャードにも心底共感はできないし、
20数年英国に暮らしながら英語を覚えようとしない母親・ジュンにも共感できません。
主人公の誰にも感情移入できないまま、それでもひきずられて観続けました。
ひきずっていく力を持つ映画です。

ジュンとカイの中国語で会話するシーンからカイのいなくなったシーンへ。
まるで引き戸を閉め、開けるように
あるいは転生するかのように、
自然に場面も時間も転換します。
そして、それぞれのストーリーも人生も続きます。

ラストのダンスシーンは過ぎ去った時間の中を軽やかに踊る亡霊たちのよう。
ディズニーランド・ホーンテッドマンションを想い起こしてしまいました。
「追憶と、踊りながら」
Lilting(軽やかに動く)という原題に、この邦題。良いです。

頑固な母親も、親孝行な息子も、ゲイの恋人たちも、年老いても未だ肉欲の衰えない老人も
「いま」というボールルームで軽やかに踊っています。





今日もポチッとしていただけたらうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月16日に更新しました。いつも応援してくださって、本当にありがとうございます☆

追憶と、踊りながら
監督・脚本/ホン・カウ、製作/ドミニク・ブキャナン、撮影/ウラ・ポンティコス
出演
ベン・ウィショー/リチャード、チェン・ペイペイ/ジュン、アンドリュー・レオン/カイ、モーヴェン・クリスティ/マーガレット、ナオミ・クリスティ/ヴァン、ピーター・ボウルズ/アラン
5月23日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
2014年、イギリス、英語&北京語、86分、後援/ブリティッシュ・カウンシル、配給/ムヴィオラ
http://www.moviola.jp/tsuioku/

by Mtonosama | 2015-05-16 06:14 | 映画 | Comments(4)

追憶と、踊りながら
-1-
LILTING

f0165567_5385050.jpg

(C)LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014


60年代風の壁紙の前で、冴えない印象の若いイギリス人が
暗い目をして佇んでいる写真があります。
その下には意志の強そうなアジア系の老女が窓の外を眺めている写真が。

『追憶と、踊りながら』のチラシの写真です。
なぜか西洋人と東洋人の組合せにはイマジネーションをかきたてられます。

冴えない、などと失礼なことを言ってしまいましたが、
この冴えない顔の(あ、ごめんなさい。また言ってしまった)
イギリス人はベン・ウィショーです。
『007』シリーズのQです。
あるいは
『パフューム ある人殺しの物語』(‘07)で若き殺人者を演じた人です。

一方、強い眼光を放つアジア系の老女――
老女と言っては失礼ですね。
アジア系の年配の女性はチェン・ペイペイ。
60年代から70年代にかけて中国語圏で武侠映画の女王として名を馳せた伝説の女優です
そうそう、アン・リー監督のヒット作『グリーン・ディスティニー』にも出演。
香港電影金像奨最優秀助演女優賞を受賞しています。
1946年生まれの彼女、
若い頃はさぞ凛々しくお美しかったであろうと思われる眼力であります。

おふたりともスターです。

f0165567_5411375.jpg

ですが、
監督は、本作が初の長編映画となるカンボジア出身の英国人ホン・カウ。
そして、この映画は長編映画援助スキームから生まれたもの。
いわゆる低予算映画です。

長編映画援助スキーム
フィルム・ロンドンが主催し、BBCフィルムとブリティッシュ・フィルム・インスティテュートがサポート。
低予算で製作できる長編映画を支援する「マイクロウェーブ」というスキームです。
ホン・カウが応募した2011年第5回「マイクロウェーブ」には93の応募がありました。
最終候補は12名。そこから集中セミナーやワークショップ、更には4ヶ月間、
サポートを受けながら作品を発展させ、成功した作品だけが製作に至ります。

ホン・カウ監督
1975年、カンボジア・プノンペンに生まれる。ポル・ポト派から逃れ、ベトナムへ。
英国が実施していた「難民アクション」というサポートシステムによって
ベトナムからロンドンへ。
1997年にUCA芸術大学を卒業したが、映画に興味を持ち、映画製作を学ぶ。
その後、BBCとロイヤル・コート劇場の「50人の新進作家」プログラムに選ばれ、
脚本の経験を積む。独立系映画会社で働きながら、映画の製作を始めた。
2006年ベルリン国際映画祭で上映された『Summer』、
2011年サンダンス映画祭で上映された『Spring』。この2本の短編で注目される。
2013年にはスクリーンデイリー紙が選ぶ「明日のスター」に選ばれるなど
次世代を担う才能として期待されている。

f0165567_5423187.jpg

いやあ、ホン監督、クメール・ルージュに捕まらなくてよかった。
大変な才能がカンボジアの泥の中に埋まってしまうところでした。
それにしても「難民アクション」といい、
「マイクロ・ウェーブ」といい、英国にはすばらしいシステムがあるものです。

さあ、いったいどんな映画なのでしょうか。
乞うご期待でございます。



今日もポチッとしていただければ最高!です♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月13日に更新しました。いつも応援してくださって本当にありがとうございます☆

追憶と、踊りながら
監督・脚本/ホン・カウ、製作/ドミニク・ブキャナン、撮影/ウラ・ポンティコス
出演
ベン・ウィショー/リチャード、チェン・ペイペイ/ジュン、アンドリュー・レオン/カイ、モーヴェン・クリスティ/マーガレット、ナオミ・クリスティ/ヴァン、ピーター・ボウルズ/アラン
5月23日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
2014年、イギリス、英語&北京語、86分、後援/ブリティッシュ・カウンシル、配給/ムヴィオラ
http://www.moviola.jp/tsuioku/

by Mtonosama | 2015-05-13 05:48 | 映画 | Comments(2)

三毛猫ひかちゃん -29-


あたし、ひかちゃん。

f0165567_5332767.jpg

いやだって言ってるのに・・・


f0165567_5341163.jpg

快晴の憲法記念日。
日本丸よ。


f0165567_5361856.jpg

安倍って人がアメリカで演説したでしょ?

あの人、

日本は安保法制の充実に取り組んでいる。
この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され
日米同盟はより一層堅固になる。
それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすだろう。
戦後初めての大改革だ。この夏までに成就させる


なんて話したのよね。

これって自衛隊も戦地に行けるよう、
夏までにはちゃんと法律を整えるってことじゃないの?
あたし達や国会も知らないのに、アメリカでしゃべっちゃったのよね。

あたしは猫だからよくわからないけど。


f0165567_5372382.jpg

で、怖くなった飼い主は
横浜みなとみらい臨港公園で開かれた憲法集会に出かけたみたいよ。

ステージはこんな風↑だったらしいわ。

でもね、ステージ前に行けたのは
大江健三郎さんや、落合恵子さん、雨宮処凛さん、香山リカさん、
澤地久恵さん、樋口陽一さんの挨拶が終わってからなんだって。

人がたっくさんいて、ステージもどこだかわからないので
大江健三郎っていう作家さんのお話も声が聞けただけだ、
なんて文句を言ってたわよ。


f0165567_5382632.jpg

声だけの大江さんは弱々しくて、
「私のような老人がこういう場で話すのはこれが最後になるでしょう」
なんて言ったんだって。
でもね、普段は穏やかな大江さんが、安倍って人のことを――
あ、安倍って人は首相なの?
その人のことを「安倍」と呼び捨てにしたの。
よほど怒っているのね。

大江さんが最後に確認を求めたのは↓のことよ。

「私たちは『平和』と『いのちの尊厳』を基本に日本国憲法を守り、生かします。
集団的自衛権の行使に反対し、戦争のためのすべての法制度に反対します。
脱原発社会を求めます。
平等な社会を希求し、貧困・格差の是正を求めます。
人権を守り、差別を許さず、多文化共生の社会を求めます」


あれもこれもテンコ盛りだけど
みんな根はひとつなのよね。


f0165567_5401850.jpg

「戦後」という言葉は戦争が終わってから次の戦争が始まるまでのことをいうのよ。
今のこのときが後になって戦前って呼ばれるのはイヤよねぇ。

あたしは猫だから、安心して寝て、ごはんを食べて、
飼い主にちょっかいかける生活を続けたいわ。


f0165567_5413983.jpg

あたくしもいつまでも山ガールでいたいと思いますの。

あ、飼い主ったら、また吾妻山に行ったらしいわ。
ちゃみおねえさんは6月から夏休みに入るって。

また来るわね。

ひかり



今日もポチッとお願いできたらうれしいわ♪ ひかり
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月10日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆ 飼い主
by Mtonosama | 2015-05-10 05:50 | 映画 | Comments(12)

サンドラの週末
-2-
DEUX JOURS,UNE NUIT

f0165567_613942.jpg


(C)Les Films du Fleuve - Archipel 35 - Bim Distribuzione - Eyeworks - RTBF(Televisions, belge) - France 2 Cinema


前回の『少年と自転車』もそうでしたが、
本作も、日本でも案外身近に起こりそうな出来事が描かれています。
頭の中に♪あなたな~らどうする?♪というけだるい声がエンドレスで聞こえ続け、
ヨーロッパ経済の置かれている状況も垣間見えてきます。
グローバリズムなんですねぇ。

さあ、サンドラがどんな週末を過ごしたかというと・・・

ストーリー
サンドラはレストランで働く夫マニュと2人の小さな子どもと暮らしている。
彼女の勤務先はソーラーパネル工場だが、体調不良から暫く休職していた。
ようやく復職できるメドのついた金曜日。
サンドラは突然解雇を言い渡される。
社員たちにボーナスを支給するためには1名解雇しなくてはならないというのだ。
マイホームを手に入れ、夫と共に家族を養っていこうとしていた矢先の解雇。
ベッドに逃げ込み、途方にくれるサンドラ。

しかし、同僚のとりなしで週明けの月曜日、16人の同僚たちの投票が行われることに。
彼らの内、ボーナスを諦め、サンドラを選ぶ者が過半数を超えれば、彼女は仕事を続けられる。
同僚たちにとっては仲間を選ぶか、ボーナスを取るか、という厳しい選択だ。
サンドラは折れそうになる心を、夫や友人によって奮い立たされながら、
同僚たちを説得して回る。

中国が勢力を伸ばしている世界的な経済情勢の中で、会社側にも余裕はない。
サンドラの休職中、16人で仕事を回せた以上、何かを犠牲にするしかないという。

ある同僚は妻が失業し、ボーナスがなければ生活が成り立たない。
また、ある者は工場の賃金だけでは足らず、休日にも働いている。
ある者はサンドラを裏切るような形になっていたことに罪悪感を抱いている。
ある者はボーナス派の夫と友人サンドラとの間に挟まれ悩んでいる――

転職しようにも仕事はほとんど無い。
仕事を続けることも、ボーナスが必要なことも、サンドラも同僚たちもよく知っていた。

夫のマニュは「それでも説得するしかない」とサンドラを励ます。
「自分は必要ではない人間」だと落ち込むサンドラを支え、
彼女自身が生きる自信を取り戻すために励まし続けるマニュ。

でも、「ボーナスを諦めて、私を職場に戻して」とは
なかなか言い出しにくいサンドラだった。

そして、投票の日……

f0165567_624986.jpg


おそらくは心の病で休職していたのでしょうか。
解雇の通知を受け、ベッドに身を投げるサンドラ。
そして、薬品棚から大量の薬を取り出し服用します。

気弱で、脆くて、自信のないサンドラ。
真夏の日差しの中を歩き続け、同僚たちと話し、
その結果に一喜一憂するサンドラ。

「ボーナスよりも同じ職場に働く仲間の復職でしょ」
と簡単に考えていたとのも、同様に深刻な同僚たちの状況を知る内に萎えていきます。

f0165567_644569.jpg

労働組合もなく、
米欧一人勝ちの時代ではとっくになく、
小さなサンドラの会社にもアフリカからの難民が働いています。

サンドラと一緒に週末を歩きまわる内に、
問題は復職でもボーナスでもないような気がしてきました。

だからといって世界を席巻するグローバリズムというような
太刀打ちしがたい事態を訴えているのでもありません。

じゃあ、なにか。
それはラストのサンドラの晴れ晴れとした顔を見て判断していただけたらいいな、
と思います。

今回も感動を味あわせてくれたダルデンヌ兄弟監督でした。





連休は終わってしまったけれど、今日もポチッとお願いできれば嬉しいです♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月7日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

サンドラの週末
監督・脚本/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、助監督/カロリーヌ・タンブール、撮影/アラン・マルコアン(s.b.c)、制作/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、ドニ・フロイド、エグゼクティヴ・プロデューサー/デルフィーヌ・トムソン、共同製作/ヴァレリオ・デ・パロリス、ピーター・ブッケルト、製作協力/アルレッテ・ジルベルベルク
出演
マリオン・コティヤール/サンドラ、ファブリツィオ・ロンジャーネ/マニュ、ピリ・グロワーヌ/エステル、シモン・コードリ/マクシム
5月23日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
2014年、ベルギー=フランス=イタリア、95分、日本語字幕/寺尾次郎、後援/ベルギー大使館、ユニフランス・フィルムズ、提供/GAGA、共同提供/ビターズ・エンド、サード・ストリート、KADOKAWA、WOWOW、配給/ビターズ・エンド
http://www.bitters.co.jp/sandra/

by Mtonosama | 2015-05-07 06:13 | 映画 | Comments(10)

サンドラの週末
-1-
DEUX JOURS,UNE NUIT

f0165567_60661.jpg

(C)Les Films du Fleuve - Archipel 35 - Bim Distribuzione - Eyeworks - RTBF(Televisions, belge) - France 2 Cinema


やってきました!
ダルデンヌ兄弟監督最新作『サンドラの週末』です。

彼らの映画にどうしてこんなに夢中になってしまうのか、
よくわからないのですが、
『息子のまなざし』以来、ダルデンヌ監督と聞くと心が騒ぎ、
観ないではいられなくなります。
150歳になっても未だこのような気持になれるのはある意味幸せなことではあります。

思い起こせば2002年。
あらま、もう13年も前になりますか!?
『息子のまなざし』のプロモーションのため、来日なさったお二人を拝見して以来、
乙女のように思い詰めている150歳であります。

f0165567_612323.jpg

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督はベルギー・リエージュ近郊の生まれ。
兄は1951年、弟は3つ下の1954年生まれです。
リエージュは工業地帯で、兄弟がものごころついた頃から労働闘争の日常的な地方でした。

その後、映画を志す二人は原発で働いて得た資金で機材を購入し、
労働者階級の団地に住みこみ、
土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリーを製作し始めました。
74年のことです。

二人の映画製作の原点は戦後のリエージュという労働者の多い街に生まれ育ったことと
このドキュメンタリー製作にあると思います。

サッチャー時代のイギリスがそうであったように、
戦後のリエージュも兄弟監督にとって映画製作のお宝の山だったのかもしれません。

ダルデンヌ兄弟監督は
外国人違法労働者、首切りにあった人、少年犯罪、父に棄てられた子ども・・・
社会の底辺に暮らす人々を描き出しながら
ヒステリックにならず、淡々と、彼らに寄り添うように映画を撮ってきました。
社会派という言葉は手垢にまみれていますが、
ダルデンヌ兄弟監督は巨匠とよばれるようになった今も
彼らの視点と姿勢は、生活者のそれであり、
手法の根底にはドキュメンタリーがあります。

f0165567_675923.jpg

あ、恋するあまり緊張して調子が固くなってしまいました。
13年前に見た彼らの謙虚で優しげな様子に今も夢中なものでして――

あれから13年、新作の『サンドラの週末』はどんな映画でしょうか。
主人公を演ずるのは『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(‘07)で
アカデミー賞主演女優賞を受賞したマリオン・コティヤールです。

季節は夏。
主人公はソーラーパネル工場をしばらく休職していた後
ようやく復職できるようになったサンドラ。
マイホームも手に入れ、さあ働くぞという矢先、突然上司から電話を受けました・・・

ピアフのあの細い眉毛はこの際、忘れてください。
スッピンで、黒ゴムで無造作に結わえた髪に夏の日差しを受けて、
歩きまわる工場労働者サンドラの週末に
あなたもきっとドキドキしながらつきあってしまうことになるはず。

さあ、どんな週末なのでしょうか。
続きは次回まで乞うご期待でございます。



今日もポチッとしていただけたらうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆5月4日に更新しました。GW真っただ中、楽しいお休みをお過ごしください☆

サンドラの週末
監督・脚本/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、助監督/カロリーヌ・タンブール、撮影/アラン・マルコアン(s.b.c)、制作/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、ドニ・フロイド、エグゼクティヴ・プロデューサー/デルフィーヌ・トムソン、共同製作/ヴァレリオ・デ・パロリス、ピーター・ブッケルト、製作協力/アルレッテ・ジルベルベルク
出演
マリオン・コティヤール/サンドラ、ファブリツィオ・ロンジャーネ/マニュ、ピリ・グロワーヌ/エステル、シモン・コードリ/マクシム
5月23日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
2014年、ベルギー=フランス=イタリア、95分、日本語字幕/寺尾次郎、後援/ベルギー大使館、ユニフランス・フィルムズ、提供/GAGA、共同提供/ビターズ・エンド、サード・ストリート、KADOKAWA、WOWOW、配給/ビターズ・エンド
http://www.bitters.co.jp/sandra/

by Mtonosama | 2015-05-04 06:13 | 映画 | Comments(8)