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殿様の試写室

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<   2015年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧


母と暮らせば
-1-

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©2015「母と暮らせば」製作委員会


「父と暮らせば」そして「母と暮らせば」
広島の原爆そして長崎の原爆
父の亡霊そして息子の亡霊
どれもみな対になっています。

でも、「父と暮らせば」は井上ひさし氏の原作ですが、
「母と暮らせば」は違います。

“「父と暮らせば」と対になる作品を
「母と暮らせば」というタイトルで長崎を舞台に作りたい・・・“

井上ひさしがそう話していたと彼の三女・麻矢さんから聞いた
山田洋次監督が
「井上ひさしさんと一緒に書くつもりで」
脚本を書き上げ、
今回上映されるのが『母と暮らせば』です。

舞台作品として書かれた「父と暮らせば」。
映画『父と暮らせば』(‘04 黒木和雄監督)も舞台劇を思わせ、
娘・宮澤りえと亡霊の父・原田芳雄の軽妙なやりとりと
やがて悲しき結末が印象的な作品でした。

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http://movie.walkerplus.com/mv57343/

本作『母と暮らせば』で決まっていたのはタイトルと
長崎が舞台ということだけ。

山田洋次監督は長崎の原爆に関する資料を読み、
当時を知る方々に取材しました。
その中には当時長崎医科大学の学生だった土山秀雄元長崎大学学長もいました。
作品中の憲兵から息子を連れ戻した母親の話など
土山さんの実体験も盛り込まれています。

戦後70年
原爆という重いテーマではありますが、
監督は「母と息子の話として描こう・・・」と想いを絞り込んでいき、

原爆で死んだ長崎医科大生の息子が
亡霊となって母親の許にあらわれる
という構想をふくらませていきました。

そして、完成したのが本作です。

まさに井上ひさしや長崎で被爆なさった方や亡くなった方々と
会話を交わしながら生まれた映画なのであります。

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個人的なことをいうと母親役の吉永小百合は
何を演じても優等生っぽい空気をまとわせるし、
亡霊になった息子を演じた二宮和也も
「嵐」の二宮くんが前面に出てイヤだな、
と思っていました。

ごめんなさい。

そんなことはありませんでした。
吉永さんは凛とした美しさを漂わせつつも
悲しさと優しさとおかしみを湛えた母親を
肩の力を抜いた自然体で演じていました。

二宮くんも饒舌な次男坊を
力むでなく、激するでなく演じ切りました。
『硫黄島からの手紙』で演じた貧相な一兵士にも通じる
ちょっと内弁慶でおしゃべりな息子でした。

難点?
ありますよ。歌がうますぎることです。
映画の中で寮歌を歌うシーンがありましたが、
二宮くん、「嵐」になっちゃってました。
寮歌というのはもっとバンカラ風に歌わなきゃダメです。
でも、良い俳優ですね。
櫻井くんが好きだったけど二宮くんも好きになりました。

さあ、いったいどんなお話なのでしょうか。
涙あり、笑いあり。
昔なつかしい邦画って感じで楽しめますよ。

どうぞ次回をご期待ください。



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母と暮らせば
監督・脚本/山田洋次、共同脚本/平松恵美子、企画/井上麻矢(こまつ座)、撮影/近森眞史、音楽/坂本龍一
出演
吉永小百合/福原伸子、二宮和也/福原浩二、黒木華/佐多町子、浅野忠信/黒田正圀、加藤健一/上海のおじさん、広岡由里子/富江、本田望結/風見民子、小林稔侍/復員局の職員、辻萬長/年配の男、橋爪功/川上教授
12月12日(土)全国ロードショー
2015年、日本、配給/松竹、

by Mtonosama | 2015-11-30 05:15 | 映画 | Comments(8)

海難 1890
-2-

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(C) 2015 Ertugrul Film Partners


さてさて
エルトゥールル号海難編とテヘラン救出編の2部から構成される本作。
日本外務省の後援とトルコ政府全面協力を得た合作映画であります。
撮影は、昨年12月京都に始まり、淡路島、そして、
125年前の海難現場・串本町に建てられたオープンセットで行われました。
その後、舞台はトルコに移り、
イスタンブール・トプカピ宮殿内のアヤ・イレニ、グランド・バザールなど、
撮影許可が下りにくい歴史的建造物内でのロケも行われました。

まさに国家的なスケールでの壮大な作品です。
さあ、いったいどんなお話でしょうか。

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ストーリー
1890年エルトゥールル号海難事故編

明治中期、和歌山県紀伊大島樫野。
医師・田村は貧しい人からはお金も取らず親身に診察する村人の信頼の篤い人物。
助手として働くのはかつて恋人を海で亡くし、それ以来口がきけなくなってしまったハル。

1889年、オスマン帝国のエルトゥールル号は帝国の威信を欧州に知らしめ、
また明治天皇への親書を届けるため、イスタンブールから日本へ向けて出港した。
乗船するのは海軍機関大尉のムスタファ
機関室を率いるのは操機長ベキール。
日本までの長い航海の中で二人の間には階級を超えた深い友情が芽生えていた。
1890年6月天皇に謁見し、スルタンの親書を渡した一行は
同年9月親善使節団としての使命を終え、帰国の途についた。

ところが、エルトゥールル号が和歌山県樫野沖通過中、台風が直撃。
暴風雨の中、操機長ベキールは必死に機関室で奮闘するが
船は座礁、水蒸気爆発を起こした。
島を揺るがす程に響き渡る大音響に村人たちは岸壁に駆けつける。
そこで発見したのは海面を埋め尽くす死体と船の残骸だった。
生き残った漂流者を助けるべく
荒れ狂う海に飛び込んだ漁師たちはじめ村人たちは総出で救出活動を行う。
田村とハルも次々と運び込まれるけが人の手当てに追われ、
村民一丸となっての救助活動が続く。
海中に沈もうとしていたムスタファも漁師の信太郎によって助け出された。
既に呼吸が止まっていたムスタファに必死に蘇生を試みるハル。
やがて彼は息を吹き返す。
翌日、生き残った乗員は69名と判明したが、
操機長べキ―ルを含め500人以上もの乗組員が犠牲となる大惨事となった。
村長はすべての犠牲者のために棺を用意し、
村民たちは乏しい食糧を提供し、生存者の看病に当たる。

生存者たちは島から大きな町に移送されていき、
行方不明者の確認と遺留品の回収のために島に残るムスタファだったが……

1985年テヘラン邦人救出編

1985年イランの首都テヘラン。
イラン・イラク戦争の停戦合意が破棄され、空爆が続く地下避難壕。
トルコ大使館職員ムラトと日本人学校教師・春海は出会い、
協力してけが人の治療に当たっていた。

そんな折、サダム・フセインは
48時間後イラン上空を飛行する全ての航空機を
無差別攻撃すると宣言。
日本大使・野村は外務省に救援を要請するが、
イランへの就航便を持たない日本は迅速な対応ができずにいた。
刻々と迫るタイムリミット
日本人学校校長や春海たちは生徒たちの安否を確認しつつ、
国外退去の手続きを取るよう伝えて回っていた。

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その間にも日本以外の救援機は続々と到着し、自国民を乗せてテヘランを脱出していく。
取り残される邦人たち。

日本大使館を訪れた校長と春海は打つ手がないことを告げられる。
万事休すか・・・

だが、トルコの救援機が最後の登場になることを知った春海は
それに日本人が乗れるように頼んで欲しいと野村大使に懇願する。
そして、要請を受けたトルコのオザル首相は……

エルトゥールル号の機関室で炉がきしむ音と
樫野村での宴会の太鼓がシンクロしつつ
水蒸気爆発の轟音につながるところはまさに息をのむ迫力でした。

125年前の日本から95年経ったテヘラン。
善意のたすきはつながったのでしょうか。

イヤな事件が続く昨今、こんな感動的なできごとが実在したのですね。
武器ではなく、人としての優しさで
異なる国の人々に接することは今は不可能なのでしょうか。





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海難 1890
企画・監督/田中光敏、脚本/小松江里子、撮影/永田鉄男、特撮/佛田洋、製作/「海難1890」製作委員会&トルコ共和国文化観光省映画総局、音楽/大島みちる
出演
エルトゥールル編
内野聖陽/田村元貞、忽那汐里/ハル、ケナン・エジェ/ムスタファ、アリジャン・ユジェソイ/ぺキール、夏川結衣/お雪、小澤征悦/藤本源太郎、大東駿介/信太郎、渡辺豪太/直一、徳井優/平治、竹中直人/工藤、小林綾子/トメ、かたせ梨乃/サト、笹野高史/佐藤村長
テヘラン救出編ケナン・エジェ/ムラト、忽那汐里/春海、永島敏行/野村大使、宅間孝行/木村、蛍雪次朗/竹下校長
12月5日(土)全国ロードショー、http://www.kainan1890.jp/

by Mtonosama | 2015-11-27 05:52 | 映画 | Comments(6)

海難 1890
-1-

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(C) 2015 Ertugrul Film Partners


今年、前から気になって仕方がなかった
代々木上原の東京ジャーミーを見学してきました。
http://mtonosama.exblog.jp/24207055/
壮麗な屋根が印象的なイスラム寺院です。

そこの掲示板に
今回当試写室で上映する『海難 1890』のポスターが
貼ってありまして、
「早く観たいな」と思っておりましたが、
漸く試写を観てきました。

トルコの人は日本人に優しい、とはよく聞きます。
沢木耕太郎さんの「深夜特急」にも
イスタンブールでとても親切にされた
などという箇所があります。

本作を観ればその親切さの理由がわかるとともに
トルコの人々の義理堅さにも感動することでしょう。

みんながこんなに優しい気持を持てば争いごとなどなくなるのに、
と心の底から思います。

今年で日本とトルコが友好を結んで125周年。
そのきっかけとなったのが本作で描かれるエルトゥールル号海難事故です。

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1890年9月オスマン帝国の親善訪日使節団を乗せた
軍艦エルトゥールル号が帰国の途中、
和歌山県樫野埼(現・串本町)で台風に巻き込まれ、座礁、爆発。
乗組員600名以上が荒れ狂う海に投げ出され、
500名以上が亡くなるという当時としては世界最大規模の海難事故となりました。
この時、荒れ狂う海に自らの危険をも顧みず飛び込み
波間に漂う乗組員を助け上げ、献身的な救助活動を行ったのが
樫野埼の村人たちでした。
これによって乗組員69名の命が助かったのです。
この決死の救助活動がトルコの人々に感銘を与え、
教科書にも取り上げられ、今に至っています。

それから95年を経た1985年3月。
イラン・イラク戦争のさ中、
サダム・フセインがイラン上空を飛ぶ航空機に対して
48時間後に無差別攻撃すると宣言。
各国が救援機を飛ばして自国民を脱出させる中、
イランへの定期便を持たない日本は救援機の派遣を即断できずにいました。
テヘランに残された300人以上の日本人にタイムリミットが迫る中、
日本人たちはトルコに救出を依頼。
当時のオザル首相の英断によりトルコから救援機が。
攻撃開始2時間前に215人の日本人がテヘランから脱出することができました。
その陰には自国機が到着しながら日本人の搭乗を優先させてくれた
トルコの人達の善意があったのです。

いや、善意を超えるものだと思います。

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この2つのエピソードから構成された本作の監督は田中光敏。

田中光敏監督
1958年北海道生まれ。『化粧師KEWAISHI』(‘01)で監督デビュー。
『精霊流し』(‘03)、『火天の城』(‘09)、『利休にたずねよ』(‘13)『サクラサク』(‘14)。
『利休にたずねよ』でモントリオール世界映画祭ワールドコンペ部門において
最優秀芸術貢献賞を受賞。


さて、そもそも本作が生まれるきっかけとなったのは13年前のこと。
エルトゥールル号の座礁現場・串本町(旧大島村樫野)の寺で
串本町長が、事故当時の医師が書いた一通の手紙を発見しました。
(この村医者、映画では内野聖陽さんが演じています)

それは「乗組員を救助した時の治療費を請求して下さい」
と和歌山県を通じて申し入れてきたトルコへの返信だったのですが、
そこには
「目の前に苦しんでいる人がいたから助けただけ。治療費は必要ない」
とありました。

それを見て感激した町長が大学時代の友人である田中監督に
映画化を申し入れたのがそもそものきっかけです。

いやいや、なんとも感動的な話ではありませんか。

さあ、いったいどんなお話でしょう。
続きは次回まで乞うご期待でございます。



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海難 1890
企画・監督/田中光敏、脚本/小松江里子、撮影/永田鉄男、特撮/佛田洋、製作/「海難1890」製作委員会&トルコ共和国文化観光省映画総局、音楽/大島みちる
出演
エルトゥールル編
内野聖陽/田村元貞、忽那汐里/ハル、ケナン・エジェ/ムスタファ、アリジャン・ユジェソイ/ぺキール、夏川結衣/お雪、小澤征悦/藤本源太郎、大東駿介/信太郎、渡辺豪太/直一、徳井優/平治、竹中直人/工藤、小林綾子/トメ、かたせ梨乃/サト、笹野高史/佐藤村長
テヘラン救出編
ケナン・エジェ/ムラト、忽那汐里/春海、永島敏行/野村大使、宅間孝行/木村、蛍雪次朗/竹下校長
12月5日(土)全国ロードショー、http://www.kainan1890.jp/

by Mtonosama | 2015-11-24 06:34 | 映画 | Comments(6)

リトル・プリンス
星の王子さまと私
-2-
THE LITTLE PRINCE

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(C)2015 LPPTV - LITTLE PRINCESS - ON ENT - ORANGE STUDIO - M6 FILMS - LUCKY RED


とのは古い人間ですから、どうも近頃のCGアニメーションというのが好きになれません。
やっぱりアニメは『白雪姫』とか『眠れる森の美女』
日本アニメなら『白蛇伝』(‘58 東映)

これなんて日本最初の長編カラーアニメですけど、
学校の映画鑑賞会で『白蛇伝』を観た時、幼いとのはぶっとびました。
あ、すいません。わき道に逸れて。

あとはもちろん『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』でないと・・・
と思っていました。

でも、CGアニメも棄てたものじゃありませんでした。

今回は3Dの日本語吹替版で観たのですが、実はこれもまた不本意。
だってオリジナル版なら、
ジェフ・ブリッジスが飛行士の声を、
ベニチオ・デル・トロがヘビの声を担当しているんですよ。

オリジナル版を見逃したのは痛恨の極みでしたが、
実は吹替版だってなかなかのものでした。
キツネは伊勢谷友介、ヘビは竹野内豊ですからね。
不満はいつも通り3Dの赤緑メガネがずりおちることですが。

さあ、そんな老いの繰り言は無視してお話をみてみましょう。

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ストーリー
ママは一人娘のためにすばらしい人生設計を立てた。
ママの言いつけどおり良い学校に入るため9歳の女の子は毎日勉強に励んでいる。
夏休みを前に名門校の近くに引っ越してきた母子。
でも、お隣には奇妙な老人が住んでいた。
裏には古いプロペラ機、屋根の上には展望台。
はじめはおかしな隣人は無視して勉強していた女の子。
ある日おじいさんが飛ばしてきた紙飛行機が気になって開いてみると、
そこにはかわいい挿絵を添えたお話が書いてあった・・・

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昔、小さな星に住み、友達を欲しがっているひとりの王子がいた。わたしが王子と会ったのは飛行機がサハラ砂漠に不時着したときのこと。「ヒツジの絵を描いて」と、その小さな王子はせがんだのだ。何枚描いても文句を言うので面倒になったわたしは箱の絵を描いて、「ヒツジはこの中だよ」と言って
渡した。王子はようやく気に入ったようだ。


それは老人が飛行士だった頃、
砂漠で出会った小さな王子のことを書いたお話だった。
女の子は続きが気になり、ママに内緒で飛行士の家を訪ねた。
王子は本当にいるのかと疑う女の子に、
お話の続きを話し、キツネのぬいぐるみを贈る飛行士・・・

王子の故郷である小惑星B-612で王子は美しい一輪のバラと暮らしていた。王子はバラをとても大切にしていたが、バラはわがままばかり。だから、王子はバラを残して旅に出た。行く先々の星々で、威張ったり、自惚れたり、お金の勘定ばかりしている大人たちに出会う。そして、ようやく辿りついた地球でキツネと友だちになった。やがて別れの時が近づき、キツネは泣きながら秘密を教えてくれた。
「いいかい。大切なものは目に見えないんだ」


女の子と飛行士はすっかり仲良くなっていた。
でも、それはママには秘密。
孤独だった女の子はもう寂しくはなかったが、
いつか別れの日がくることをほのめかす飛行士の言葉で悲しくなる。
飛行士は女の子を励まそうと壊れそうな車でドライブに。
ところが交通事故を起こし、ママに飛行士とのことがばれてしまう。
怒ったママは飛行士と会うことを禁じ、お話を書いた紙も破ってゴミ箱に捨ててしまう。
ママの言葉に従い再び勉強に励む女の子だったが、
王子のことも飛行士のことも忘れられない女の子はお話の紙を拾い上げた・・・

8日分しか持っていなかった水が尽きた。わたしは王子と井戸を探しにでかけた。
「砂漠がきれいなのはどこかに井戸を隠しているからだよ」王子は言う。


ママが会社に行っている間に、女の子は飛行士を訪ねた。
王子を一緒に探しにいこうと誘うために。
だが、飛行士からお話の最後を聞いてショックを受ける女の子。
女の子は飛行士の家を飛び出し、勉強漬けの日々に戻る。

いよいよ明日から新学期という日。
飛行士が倒れて病院に運ばれてしまう……

もう大き過ぎる女の子の目だって気になりません。
ただただお話にひきこまれ、
王子さまが、木の倒れるように砂漠に倒れていくあのシーンでは
泣いてしまいました。

紙と粘土で表現したストップウォッチ・アニメーションから紡ぎ出される
原作の世界。
CGアニメーションで描かれた女の子が主人公の世界。

原作を大切にくるんだもうひとつのストーリー。
昔女の子だった150歳も十二分に楽しませてもらいました。

宝物のような言葉もたくさん埋もれていました。

例えば

問題は大人になることじゃない。
忘れることが問題なんだ。





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リトル・プリンス
監督・製作総指揮/マーク・オズボーン、原作/「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ、脚本/イリーナ・ブリヌル、キャラクター・デザイン/ピーター・デ・セヴ、ストーリー主任・脚本/ボブ・パーシケッティ、ストップモーション・クリエイティブ監督/ジェイミー・カリリ、ストップモーション・デザイン/アレックス・ユーハス、CGキャラクター監修/四角英孝
声の出演
鈴木梨央、マッケンジー・フォイ/女の子、瀬戸朝香、レイチェル・マクアダムス/お母さん、津川雅彦、ジェフ・ブリッジズ/飛行士、伊勢谷友介、ジェームス・フランコ/キツネ、滝川クリステル、マリオン・コティヤール/バラ、竹野内豊、ベニチオ・デル・トロ/ヘビ、壤晴彦、ポール・ジアマッティ/教師、土師孝也、アルバート・ブルックス/ビジネスマン、ビビる大木、リッキー・ジャーヴェイス/うぬぼれ男、坂口芳貞、バッド・コート/王様、池田優斗、ライリー・オズボーン/星の王子
11月21日(土)2D/3D日本語吹替版/字幕版 全国ロードショー
2015年、フランス映画、オリジナル音声:英語、107分、翻訳(字幕・吹替)/佐藤恵子
http://wwws.warnerbros.co.jp/littleprince/

by Mtonosama | 2015-11-21 07:17 | 映画 | Comments(6)

リトル・プリンス
星の王子さまと私
-1-
THE LITTLE PRINCE

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(C)2015 LPPTV - LITTLE PRINCESS - ON ENT - ORANGE STUDIO - M6 FILMS - LUCKY RED

「星の王子さま」というお話ほど
今は大人になってしまったかつての子どもたちが
その胸に大事にしまっているものはないかもしれません。
いえ、もちろん現役の子どももそうです。

150歳のとのだって初めて読んだ日から
幾星霜を経て
月が巡り、星が生まれ、そして、消えても
王子さまのことを忘れた日はありません。

だからこそ
世界中の人が大切にするこのお話を映画化するのは
とてもとても難しいことだと思います。

そういえば、その昔
ミュージカル版『星の王子さま』(‘74スタンリー・ドーネン監督)が
ありましたね。

その時の王子さまもとっても可愛いいけれど、
やっぱり人間の子どもだからなぁ。
41年も経った今じゃ立派なおじさんになっているのでしょう。

かといって
アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ自筆のあの挿絵が
そのまま動くというのも能のない話です。

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いやはや
映画化の話を受けた監督さんも悩んだことでありましょう。

さて、その勇気ある監督はマーク・オズボーン。

マーク・オズボーン監督
1970年生まれ。アニメーション技術に精通し、
米アカデミー賞に2度ノミネートされたフィルムメーカー。
同賞長編アニメ映画賞にノミネートされた『カンフー・パンダ』(‘08)の監督。
『カンフー・パンダ』の全世界興行収入は6億5千万ドル。
もっとも利益を出した歴代アニメ映画上位10作の内の1作。
98年の『More』ではオスカー短編アニメ映画賞にノミネートされた。

でも、そんなオズボーン監督も最初この話を受けたときは躊躇しました。

そりゃそうですよね。

プロデューサーのアトン・スマーシュも言っています。

「この本を読んだ誰もが王子さまと彼の世界について
自分だけのイメージを持っているので
小説をそのまま映画化することはできないと思った。
だから、この小説に取り組む上で
新しいアプローチを思いつくことができる監督でなければと思ったんだ」


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そこで、オズボーン監督が提案したのは
原作の周囲に新たなストーリーを組み立てることによって、
原作を膨らませるのではなく、原作はそのまま大事に守るというもの。
元からあった「星の王子さま」を新らしいストーリーで包み込み、
観客がその新しい主人公の目を通して
「星の王子さま」をもう一度観てみようというのです。

コアとなる原作世界をもうひとつの世界で包摂する・・・
まあ、なんと素晴らしい発想でしょう。

そして、その2つの世界は
CGアニメーションとストップモーションアニメーションによって描き分けられました。

さあ、どんな映画に仕上がっているのでしょう。

あ、いけない。
サン=テグジュぺリのご紹介をしなくては。
もちろん皆さんよくご存知のこととは思いますが、老婆心ながら。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ

1900年6月29日にリヨンで生まれ、
1944年7月31日マルセイユ沖で偵察飛行中に行方不明になる。
1945年9月20日に死亡が認知される。
作家、飛行士。
貴族の出で5人兄妹の長男。
4歳で父を亡くすが、愛情深い母のもとで幸せな幼年時代を過ごす。
1917年バカロレア取得後、一時パリ美術学校建築科に籍を置く。
1921年兵役で航空隊を志願、民間飛行免許も取得。
1926年郵便飛行を業務とするラテコエール航空会社に入社。
1929年処女作「南方郵便機」を出版。
その後、南米担当の営業主任としてブエノスアイレスに赴任。
1931年中米出身のコンステロ・スンシンと結婚。
同年発表した「夜間飛行」(‘31)がベストセラー、人気作家に。
1940年第二次世界大戦勃発後アメリカに亡命。
1942年ニューヨークで「星の王子さま」を執筆後、
愛国心に駆られて戦線復帰。33-2飛行部隊に入隊。
マルセイユ沖で消息を絶ったのは任務中だった。
他の代表作に「人間の土地」(‘39)「戦う操縦士」(‘42)など

次回もどうぞ当試写室へお立ち寄りの程
よろしくお願い申し上げます。



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リトル・プリンス
監督・製作総指揮/マーク・オズボーン、原作/「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ、脚本/イリーナ・ブリヌル、キャラクター・デザイン/ピーター・デ・セヴ、ストーリー主任・脚本/ボブ・パーシケッティ、ストップモーション・クリエイティブ監督/ジェイミー・カリリ、ストップモーション・デザイン/アレックス・ユーハス、CGキャラクター監修/四角英孝
声の出演
鈴木梨央、マッケンジー・フォイ/女の子、瀬戸朝香、レイチェル・マクアダムス/お母さん、津川雅彦、ジェフ・ブリッジズ/飛行士、伊勢谷友介、ジェームス・フランコ/キツネ、滝川クリステル、マリオン・コティヤール/バラ、竹野内豊、ベニチオ・デル・トロ/ヘビ、壤晴彦、ポール・ジアマッティ/教師、土師孝也、アルバート・ブルックス/ビジネスマン、ビビる大木、リッキー・ジャーヴェイス/うぬぼれ男、坂口芳貞、バッド・コート/王様、池田優斗、ライリー・オズボーン/星の王子
11月21日(土)2D/3D日本語吹替版/字幕版 全国ロードショー
2015年、フランス映画、オリジナル音声:英語、107分、翻訳(字幕・吹替)/佐藤恵子
http://wwws.warnerbros.co.jp/littleprince/

by Mtonosama | 2015-11-18 06:02 | 映画 | Comments(10)

みんなのための資本論
-2-
Inequality for All

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© Inequality for All,LLC

1970年、アメリカ全人口の1%の富裕層が得ていたのは国民総所得の9%。
それが今日では約23%に上っています。

富裕層へ富が集中する一方、
50%の貧困層が得ているお金はわずか2.5%。
富がこれほど一極集中したのは
1929年ウォール街に端を発したあの株価大暴落の直前1928年以来のことです。

(なんか、この状態。今、日本でも起きているような気がしますが)

1928年、お金持ちはどんどん富を増やしていくけれど、
中産階級の財布のひもは固くなっていきました。
その結果、消費の70%を占める中産階級がお金を使わないので
経済全体が苦しくなり・・・

ボンッ!
1929年ブラックマンデー。世界大恐慌が始まりました。

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国民の1%に過ぎない富裕層がいくらお金を持っているといっても
金持ちだって頭は1つ、手は2本、足は2本しかありません。
1つしかない頭に20個も30個もの枕は買いません(買うかもしれないけど)。
それより99%の国民が必要なものを必要なだけ買える状態の方が健全です。

所得格差の拡がりこそが、健全な経済と民主主義の発展を脅かす元凶なのです。

さあ、アメリカが抱えるそんな状況を考えようとライシュ教授が登場します。

ストーリー
愛車ミニ・クーパーに乗って現れたロバート・ライシュ教授。
彼が教鞭をとるのはカリフォルニア大学バークレー校。
貧富論の授業が行われている教室は学生たちで満員だ。
教授はアメリカの財政苦難の背景にある真実をあばくことによって
経済的弱者を守ることに人生を捧げてきた。
教授は学生たちに経済格差に関する質問を投げかける。

3代にわたる大統領行政府の許で働き、
NYタイムズのベストセラー作家であり前労働長官であるロバート・ライシュ。

彼はアメリカの将来は教室にいる若者たちにかかっていると考えている。

1970年以降、富は限られた富裕層にますます集中し、
貧困層1億5千万人の資産を合わせた以上の富を
僅か400人の富豪が握っている。

貧困層の家族から富裕層のCEOまで
さまざまな階層の人にカメラとマイクが向けられる。
1%の富裕層の一員である寝具会社の経営者、べンチャーキャピタリスト※のニック。

※ベンチャービジネスが発行する株式への投資を行い、資金を提供すると同時に
経営コンサルティングを行う人。コトバンクより

彼はアマゾンに目をつけ投資した人物だが、成功した起業家として
中流階級こそが雇用を生み出し、
経済を回し続ける原動力だということは認識している。
中流階級のナンシーは
「時給が12ドルに下がった。手当も減っている。
会社には何百万ドルものお金があるのにどうして僅かな私の時給を下げるの?」
と訴える。

映画はロバート・ライシュ教授の人生の背景に目を向けながら、
ティパーティ運動やオキュパイ・ウォールストリート・プロテストも映し出す。
アメリカには希望はないのだろうか?

いや、ライシュ教授は学生たちに向って
「もし社会が良い方向に発展していく可能性が低いと感じているなら
自分たちが変化を起こす者になれ」
と語りかけるのである……

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若い人々こそ希望であります。

観客席がカリフォルニア大学バークレイ校の大教室になったかのよう。
目の前のこの背の低い教授がクリントン夫妻の同級生であり、
ビル・クリントン大統領時代には労働長官として彼を補佐してきました。
ですが、格差社会の出口はまだ見えません。

彼が学生たちに語りかけるのは、彼らが次の時代のリーダーだから。
静かに、しかし、熱く、代替わりを進めていかなくてはならない時代を迎えています。





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みんなのための資本論
監督/ジェイコブ・コーンブルース、プロデューサー/ジェン・チャイケン、セバスチャン・ドゥンガン、撮影/スヴェトラーナ・スヴェトコ、ダン・クラウス
出演
ロバート・ライシュ、ビル・クリントン、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ、ジョージ・ブッシュ、ジョージ・W・ブッシュ
11月21日(土)ユーロスペース他にて順次公開、http://www.u-picc.com/shihonron/

by Mtonosama | 2015-11-15 05:51 | 映画 | Comments(10)

みんなのための資本論
-1-
Inequality for All

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© Inequality for All,LLC


良いタイトルをつけるのって難しいんだろうなって、いつも思います。
映画にしても、本にしても、中身がわからないときは
タイトルで決めちゃったりします。
だから、タイトルの担う責務は重いのであります。

と、ここに
『みんなのための資本論』。

おっ!と立ち止まってしまいました。
“Inequality for All”(万人にとっての不平等)というオリジナルタイトルが
『みんなのための資本論』です。
すごいですね。
邦題を考えた人、天才です。

クリントン政権下で労働長官として働き、
カリフォルニア大学バークレー校の人気教授であり、
「勝者の代償-ニューエコノミーの深淵と未来」(‘02)
「暴走する資本主義」(‘08)
「余震(アフターショック)そして中間層がいなくなる」(‘11)
「ロバート・ライシュ 格差と民主主義」(‘14)
等の著者ロバート・ライシュが
アメリカの抱える経済格差に警鐘を鳴らすドキュメンタリー映画が
本作『みんなのための資本論』です。

ピケティの「21世紀の資本」よりもずっと早く
資本主義の大転換のための処方箋を説いたエコノミカル・エンタテインメント!
ですって。
いろいろなエンタテインメントがあるものですね。

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監督はジェイコブ・コーンブルース。
これまで劇映画を撮ってきた監督が
現在アメリカで広がる所得格差に関するドキュメンタリーに今回挑んだ訳ですが、
自分自身のバックグラウンドが重要な出発点となりました
そう、格差と貧困は彼自身の問題だったんです。
母親が9,000~15,000ドルの年収で4人家族を養い、
学校の無料ランチを食べ、擦り切れた服を着ていた子ども時代。

今は経済的に苦しかった時代のことはあまり意識しませんが、
自分がどこから這い上がってきたか、
誰が大金を握っているかは今も常に頭のどこかで考えているそうです。

ジェイコブ・コーンブルース監督は
そんな自分の経験を活かして、
特定の主義を持つのではなく、
中流階級と拡がる所得格差の将来について話し合えるような映画をつくりました。

かつて、アメリカン・ドリームという言葉がありました。
一生懸命働いて、ルールに従っていれば、良い暮らしを送れる
大金持ちになれる。
ドアボーイがホテルのオーナーにだってなれる・・・

でも、ウソだったのね。

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過去35年間、
アメリカ経済は倍以上に拡大しながら、中流階級の所得は増加していません。
中流階級が手にするはずだったお金は富裕層に流れていきました。

そんなアメリカ経済の諸問題を話してくれるのが、ライシュ先生です。

自分の身の丈に合った愛車ミニ・クーパーに乗って颯爽と現れるライシュ教授。
身長は147cmしかないけれど、彼が挑戦する課題はでかい!
そして、語り口も優しい先生です。
さ、彼の熱血授業を受けてみることにしましょう。

おっと、終業ベルが鳴りました。
続きは次回までお待ちくださいね。




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みんなのための資本論
監督/ジェイコブ・コーンブルース、プロデューサー/ジェン・チャイケン、セバスチャン・ドゥンガン、撮影/スヴェトラーナ・スヴェトコ、ダン・クラウス
出演
ロバート・ライシュ、ビル・クリントン、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ、ジョージ・ブッシュ、ジョージ・W・ブッシュ
11月21日(土)ユーロスペース他にて順次公開、http://www.u-picc.com/shihonron/

by Mtonosama | 2015-11-12 17:35 | 映画 | Comments(2)

FOUJITA
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(C)2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション


藤田嗣治といえば細い線描と乳白色の優しい色彩。
猫や裸婦の画題で印象深い画家です。

そして、華やかな成功者というイメージがあります。
ところが乳白色の世界とは別物の
ドラクロワも真っ青な戦争画を描いた時代がありました。

渾身の力をこめて描いた作品は素晴らしいものだと思います。
でも、戦後“戦争協力画”なるレッテルを貼られたが故のその後の確執に
日本国籍を抹消するほど、日本という国、あるいは日本画壇に
失望してしまったのでしょうね。

パッと見、藤田嗣治の乳白色の世界とは程遠い感のある小栗康平監督。
監督と藤田嗣治はどうも結びつきません。
「へえ!小栗監督がねぇ」という印象は拭いきれませんでした。
さあ、監督はいったいどんなFOUJITAを見せてくれるのでしょうか。

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ストーリー
1920年代、巴里
パリへ来て10年。乳白色の裸婦像で絶賛されたフジタは
売り出すまで苦労を共にしてきたフェルナンドとうまくいっていない。
新しい恋人ユキができたから。
フジタはだがエコール・ド・パリの寵児としてもてはやされていた。
お調子者という意味の“フーフー”という愛称も
自分のことをすぐに覚えてもらえると歓迎していた。
毎夜、カフェ・ロトンドへ繰り出し、モデルのキキやキスリング、スーチン等
画家仲間たちとバカ騒ぎに興じていた。

そんなフジタだが、日本から自分を頼ってきた画学生には
アトリエを探してあげるなどし、まじめに説教したりもする。

大作「五人の裸婦」が完成。
内覧会では評論家達が乳白色の肌の美しさを称賛する。
会場にはピカソの姿も。

ある夜、モンパルナスで“フジタ・ナイト”と称して仮装舞踏会が開かれた。
女装したフジタがユキと共に招待客を出迎える。
騒ぎの後、
「スキャンダラスになればなるほど自分に近づく、絵がきれいになる」
とベッドでユキに囁きかけるフジタ。

1940年代、日本
「国民総力決戦美術展」が青森を巡回している。
フジタはその会場中央に特別展示された自作「アッツ島玉砕」の横で
国民服を着て直立不動の姿勢をとっている。
人々は作品に手を合わせて拝み、絵の前に置かれた賽銭箱に金を入れていく。
その度に敬礼し、頭を下げるフジタ。

東京・麹町の家には5番目の妻・君代が彼を待っていた。
東京への空襲が迫ってくる。
近郊の村へ疎開するフジタと君代。
ゆるやかな山を望む穏やかな村。
2人は小学校教員・寛治郎とその母が暮らす農家の別棟を借り、
アトリエ兼住まいとして暮らす。
昔からの村の暮らし、習俗、豊かな自然。

フジタはサイパンの「バンザイクリフ」を描く。
その頃、寛治郎に二度目の召集令状が来る。
出征前夜、寛治郎はフジタ達に村に残るキツネの話をする。
母は思わず「帰ってこい!」と語りかける。
雨の上がったある日、フジタは川向うに足を延ばす。
敗戦も間もない頃だった。

フランスのランス市に設計からフレスコ画まで全てフジタが手掛けた小さな教会がある。
ノートル・ダム・ド・ラ・ぺ。
その中にフジタと君代が向かい合うようにして描かれている……

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薄暗い小栗ワールド。
谷崎潤一郎が本作を観たら、これぞ陰翳礼讃と喜ぶだろうなぁと思います。
時代の暗さを暗喩しているとかいうのではなく、
目を凝らして見ていると暗さの中に本質があるのだよ、
といった感じの暗さです。

恋や画業に遍歴を重ねた波乱万丈な生ではなく、
フーフーと呼ばれ、成功に酔いしれていたフランス時代と
戦争画というジャンルの中に従来の画風とは全く違った作品を
ぶつけていった日本時代に分けた構成が意外でした。

時代の寵児でもあったフジタ。
その恋の遍歴に焦点を当てるのではなく、
ハデハデしいアバンチュールや成功の美酒も
ほの暗い世界に落とし込んでいます。
民話を彷彿とさせるような疎開の日々には
これまで観たことのないフジタがいます。

個人的には疎開時代のフジタに共感を覚えます。
津久井郡藤野で穏やかに過ごしたであろう彼が
その後の戦犯扱いにいかに怒り、日本を捨てるに至ったか・・・
藤野の日々は怒りの前の静かさそのもの。

やはりフジタは芸術家でしかなかったのかもしれませんね。






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FOUJITA
監督・脚本/小栗康平、撮影/町田博、美術/小川富美夫、カルロス・コンティ、製作/井上和子、小栗康平、クローディ・オサール、「FOUJITA」製作委員会、K&K企画、小栗康平事務所、ユーロワイド・フィルム・プロダクション
出演
オダギリ・ジョー/藤田嗣治、中谷美紀/君代、アナ・ジラルド/ユキ、アンジェル・ユモー/キキ、マリー・クレメール/フェルナンド、加瀬亮/寛治郎、リリイ/おばあ、岸辺一徳/清六、青木崇高/日本人画学生、福士誠治/小柳
11月14日(土)角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、ユーロスペース他ロードショー
2015年、日本・フランス、日本語・フランス語、126分、配給/KADOKAWA
http://foujita.info/

by Mtonosama | 2015-11-09 05:30 | 映画 | Comments(6)

FOUJITA
-1-

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(C)2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション


タイトルも有名人なら、監督も名匠。主役はオダギリジョー。
もう美味しい要素が揃い踏みの映画でございますよ。

タイトルにOが余分なんじゃないかって?
フジタをフランス語で表記するとこうなるのだそうです。
フゥジタですか・・・

フゥジタとは皆さまよくご存知の藤田嗣治、
洗礼名レオナール・ツグハル・フジタです。

おかっぱ頭に磯野波平さん風丸メガネ。
おなじみの画家です。

そのフジタを『泥の河』『眠る男』『死の棘』などで
海外でも評価の高い小栗康平監督が映画にしました。

日仏合作映画であります。

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フジタを演じたオダギリジョーはフランス語を猛特訓し、
フジタ風の線描も画家に習った上で本作に臨んだということです。
あ、教えてくれた絵描きさんから「なかなか筋がいい」と褒められたそうですよ。

藤田嗣治
1886年11月27日東京生まれ。父・嗣章はのちの陸軍軍医総監。
1891年、母・政死去。
1909年東京美術学校西洋画科本科卒業。
1912年鴇田登美子と最初の結婚。
1913年単身で渡仏。モディリアーニ、スーチン、パスキン、キスリングらと交流。
1916年登美子と離婚。
1917年画家フェルナンド・バレーと結婚。6月パリのシェロン画廊で初の個展を開催。
1919年画家の登竜門サロン・ドートンヌに6点初出品し、全て入選。
キキをモデルに裸婦像を描き始める。
1920年サロン・ドートンヌに「裸婦」出品。乳白色の肌を絶賛される。
1921年サロン・ドートンヌの審査員に推挙される。
1924年フェルナンドと離婚。ユキと同居。
1925年フランスからシュバリエ・ド・ラ・レジオン・ドヌール勲章、
ベルギーからシュバリエ・ドゥ・レオポルド1世勲章を受勲。
1929年ユキと結婚。17年ぶりに帰国。日本で個展開催。
1930年パリに戻る。
1931年ユキと離婚。マドレーヌ・ルクーと結婚。
1933年日本へ一時帰国。
1936年マドレーヌが急死。堀内君代と結婚。

1938年海軍省嘱託画家として中国に派遣される。
1939年パリに戻る。9月第2次世界大戦勃発。
1940年陥落直前のパリを脱出。陸軍省嘱託画家として満州国新京へ。
1941年父・嗣章死去。7月帝国芸術院会員になる。
1942年陸軍・海軍省から南方に派遣される。「シンガポール最後の日」制作。
1943年国民総力決戦美術展に「アッツ島玉砕」出品。朝日文化賞受賞。
1944年神奈川県津久井郡小渕村藤野に疎開。
1945年「サイパン島同胞臣節を全うす」制作。
第2次世界大戦終結。GHQの戦争画収集に協力。
1947年GHQが戦犯名簿公表、フジタを始め、画家の名前はなかった。
1949年羽田からアメリカへ。
1950年アメリカからフランスへ。
1955年フランス国籍を獲得し日本国籍を抹消。日本芸術院会員を辞任。
1959年カトリックの洗礼を受け、レオナール・フジタと改名。
1966年8月ランスのノートル=ダム・ド・ラ・ぺ礼拝堂のフレスコ画完成。
12月パリの病院に入院。
1968年1月29日スイス・チューリッヒ州立病院で死去。
4月日本から勲一等瑞宝章。ノートル=ダム・ド・ラ・ぺ礼拝堂に妻・君代と共に眠る。

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いやはやなんともすごい人生です。
結婚だって5回もしています。
最初の奥さんなんて結婚後すぐ日本に置き去りにされ4年で離婚ですもんね。
もう年譜を見ていたら、いったい彼の人生のどこに焦点を当てればいいのか・・・

お父さんが陸軍軍医総監だったからでしょうか。
軍の嘱託画家として戦地に赴き戦争画を描いたあたりから
大きな変化があるようです。
戦後は戦争責任を問われて、怒ってパリに帰ってしまい、
日本国籍を抹消してしまったなんていうところも興味深いですよね。

いろいろ知りたいフゥジタですが、本作はパリでブイブイ言わせていた頃と
津久井郡藤野での日々にしぼって描かれています。

さあ、いったいどんな人生が描かれているのでしょう。
続きは次回まで乞うご期待でございます。



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11月14日(土)角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、ユーロスペース他ロードショー
2015年、日本・フランス、日本語・フランス語、126分、配給/KADOKAWA
http://foujita.info/


by Mtonosama | 2015-11-06 05:38 | 映画 | Comments(10)

三毛猫ひかちゃん 
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あたしひかちゃん。

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もうすっかり秋ね。


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あたしもこのおうちに引っ越してきて間もなく1年。
引越の後、1週間位はなんかこわくってずっと押入れにおこもりしていたものだけど、
今じゃ、お外歩きも復活しているの。
え?何時頃かって?
そうね、朝の3時半かしら。
飼い主ったら寒くなってきたものだから、なかなか開けてくれなくて困るのよね。

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引っ越したといっても白猫さんも一緒だから心強いわ。

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また、これ?
いくらあたしが可愛いといってもしつこすぎるのよ。


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初お目見えだけど黒猫さんも一緒に住んでるの。

猫団子にはなれないお仲間たちだけど
あたしは寒くなったら飼い主の布団にもぐりこめばいいから平気よ。
みなさんも風邪にはくれぐれも気をつけてね。

ひかり


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by Mtonosama | 2015-11-03 05:29 | 映画 | Comments(14)