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殿様の試写室

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<   2016年 08月 ( 10 )   > この月の画像一覧


三毛猫ひかちゃん ‐45‐



あたし、ひかちゃん。

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あら、あたしの眼がないじゃない?

あたしね、三毛パンダでしょ。
だから、目の周りが黒いの。
眠っていて、その上、逆光だったりすると眼がなくなっちゃうのよね。

しかし、眠いわ。

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あら、あたしが眠ってる間にどこかへ行ったみたいね。

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すごい!
と思ったでしょ?

ふふ、
な訳ないじゃない。

先々週、10年以上使ったパソコンを買い替えた飼い主、
使い慣れないWindows10に苦労してるの。
今日もあたしの写真を保存しようとジタバタしていたら
こんな写真がいきなりいっぱい出てきちゃったんだって。

Windowsの人が撮った写真だからうまいはずよ。

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こんなのもね。


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あたしはひたすら眠いわ。

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ああ、眠い。

夏は寝るに限るわよ。
皆さんも熱中症に気をつけて、
十分に体を休めてね。

ひかり


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by Mtonosama | 2016-08-29 04:35 | 映画 | Comments(14)

キング・オブ・エジプト 
–2-
Gods of Egypt

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(C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.


なじみ深いけれどあまりよく知らなかった古代エジプト。
それを舞台にこんな冒険スぺクタルを作ってしまうのだから恐るべしハリウッド。

さあ、いったいどんなお話なのでしょうか。

ストーリー
神と人間が共存する古代エジプト。
残虐な暴君と化した砂漠の神・セトは
戴冠式で強引に天空の神・ホルスから王座を奪い取る。
それ以降、民である人間たちはセトの圧政の下で苦しめられていた。

ある日、セトの神殿の宝物庫に忍び込んだコソ泥のベックは
青く光り輝く球体を奪い取る。
それこそホルスが再び王に君臨するために必要な≪神の眼≫だった。
しかし、それがきっかけとなりベックの恋人ザヤは囚われの身になってしまった。

セトが待ち受けるピラミッドに忍び込んでもうひとつの≪神の眼≫を盗み出すため、
また、死が迫るザヤを救い出すため、ベックは冒険の旅に出る。
ベックが共に旅立つのはセトに王座を奪われ意気消沈していたホルス。

ホルスはセトを追放するためには砂漠を崩壊させなければならないと言う。
そこで二人はホルスの祖父であり、セトの父でもある
宇宙を司る太陽神・ラーの助言を受けながら一歩一歩進む
だが、その道にはさまざまな難関が待ち受ける。
二匹の大蛇を操る二人の戦いの女神や
セトが送り込んだハンターたち
スフィンクスが仕掛ける謎。
それらをクリアしながら前進する二人。
妖艶な愛の女神・ハトホル、うぬぼれ屋の知恵の神・トトも彼らの味方だ。

だが、セトは黄金の翼を得て強化され、父親であるラーにも挑みかかるのだった。
エジプトだけではなく全宇宙をもその支配下に治めようとするセト。

ベックとホルス、
そして恋人ザヤの運命やいかに……

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神と人間との描き分けは体の大きさ。
といっても巨大神というほどのでかさではなく
ジャイアント馬場と舞の海くらいの違い、
というところがなんか中途半端なんですけどね。

だから俳優たちは演じる時の目線の高さに苦労したんですって。
例えばホルスがベックと会話をするシーンでは
ベック役のブレントン・スウェイツのお腹あたりに目線を向けたり、というように。

背景はCGで後付けで作られるため
俳優たちは何もないところで演技しなければならなかったそうです。

ここでこんなネタばらしをしても
実際に観ると興奮するというか、手に汗握るというか、
結構楽しめるのがこの手の娯楽超大作ってやつでしょうか。

昔からゲームが苦手なとのはその世界を知らないけれど
もしかしたらゲームの達人たちにとっては
こういう映画は結構常識の範囲内なのかもしれませんね。

暑さしのぎに映画館へ足をお運びくださいませ。





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キング・オブ・エジプト
監督/アレックス・プロヤス、脚本/マット・サザマ、バーク・シャープレス、製作/ベイジル・イヴァニク、アレックス・プロヤス、撮影/ピーター・メンジース・Jr
出演
ニコライ・コスター=ワルドー/ホルス、ブレントン・スウェイツ/ベック、チャドウィック・ボーズマン/トト、エロディ・ユン/ハドホル、コートニー・イートン/ザヤ、ルーファス・シーウェル、ジェラルド・バトラー/セト、ジェフリー・ラッシュ/ラー、レイチェル・ブレイク/イシス、ブライアン・ブラウン/オシリス、エマ・ブース/ネフティス、ヤヤ・デュン/アスタルテ、アビー・リー/アナト
9月9日(金)全国超拡大ロードショー
2016年、アメリカ、127分、カラー、字幕翻訳/林完二
http://gaga.ne.jp/egypt/

by Mtonosama | 2016-08-26 05:30 | 映画 | Comments(4)

キング・オブ・エジプト
 -1-
Gods of Egypt

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(C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.


150歳まで歳を重ねると戦闘ゲーム系のものには
まったく興味を失ってしまうのですが、
映画では時折ド派手なアクションものを観たくなることもあります。

ちょっと前BS3で『インディ・ジョーンズ』をやっていたので
シリーズで観てしまいました。

ありえないとわかっていても
ヒッと息を呑み、ギャーと叫び、
観終わった後、身をいれすぎて肩がこっても
それもまた楽しいと思えるのは
アクションものの醍醐味でありましょう。

本作は神と人間が共存する古代エジプトに勃発した
王座をかけたメチャクチャにスケールの大きなバトルを描いた
アクション・アドベンチャーです。

えー、なんで古代エジプトなの?
とか
古代エジプトの神様って人間の顔してるの?
とか

つっこみどころはたくさんおありでしょうが、
ま、たまには良いじゃありませんか。

でも、古代エジプトがどんな時代だったかくらいは
予習しておきましょうか。
とのが知っている古代エジプトはワイン発祥の地くらい。
あ、ピラミッドとスフィンクスもありましたね。

本作の字幕監修をした吉村作治先生によれば
今から約5千年前ナイル川のほとりに誕生し、
BC30年クレオパトラの死により終焉したのが
古代エジプト文明ということです。
日本史が始まった時には、
古代エジプト史はもう終わっているのですから
う~ん、ロマンですねえ。

本作にも登場するスフィンクスですが、
これも神様なんですって。
人間の理想形なのでクフ王の顔になっています。

その後、人や神殿の守り神の意味を持つようになったスフィンクス。
それが海を渡り、狛犬やシーサーになったのだそうです。

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本作にはたくさんの神様が登場しますが、
古代エジプトには1000を超える神様がいました。
でも、神様はそもそも思想であり、哲学なので、
その姿形はわかりません。
古代エジプトの神様は動物や鳥の顔に人の体だったり色々。
この映画では神様は人間より少し大きい形で登場してきますよ。

さて、エジプトといえばピラミッドですが、
これはお墓なのでしょうか。
吉村先生がおっしゃるには、誰のお墓でもないとのこと。
ギリシャの歴史家ヘロドトスが「ピラミッドの近くに墓がある」
と書いたのが間違って解釈され、
実際ピラミッドの中でミイラが見つかったことはないそうです。
ピラミッドは宗教儀式を行い、神が降りてくる場所なのです。

知らなかったなあ。
とのなどピラミッドの中へ入ったという人が
「とっても臭かったわ」
というのを聞いて死体の匂いだとばかり思いこんでいましたから。

あ、またどうでもいいことを。
『キング・オブ・エジプト』はミイラの話ではなく
仮想現実の古代エジプトを舞台に展開する冒険ファンタジー。
なんたって太陽神ラーのいますところは大宇宙ですからね。

砂漠の神セトと天空の神ホルスの王座をめぐる大激戦。
そんな中ホルスを助け、エジプトの運命を担うのは
コソ泥ベック・・・

監督はエジプト生まれのアレックス・プロヤス。
なんとも壮大な冒険スペクタクル。
続きは次回まで乞うご期待でございますよ。





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キング・オブ・エジプト
監督/アレックス・プロヤス、脚本/マット・サザマ、バーク・シャープレス、製作/ベイジル・イヴァニク、アレックス・プロヤス、撮影/ピーター・メンジース・Jr
出演
ニコライ・コスター=ワルドー/ホルス、ブレントン・スウェイツ/ベック、チャドウィック・ボーズマン/トト、エロディ・ユン/ハドホル、コートニー・イートン/ザヤ、ルーファス・シーウェル、ジェラルド・バトラー/セト、ジェフリー・ラッシュ/ラー、レイチェル・ブレイク/イシス、ブライアン・ブラウン/オシリス、エマ・ブース/ネフティス、ヤヤ・デュン/アスタルテ、アビー・リー/アナト
9月9日(金)全国超拡大ロードショー
2016年、アメリカ、127分、カラー、字幕翻訳/林完二
http://gaga.ne.jp/egypt/

by Mtonosama | 2016-08-23 04:41 | 映画 | Comments(4)

人間爆弾「桜花」
-特攻を命じた兵士の遺言- 
-2-
Palore de Kamikaze

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(C)Comme des Cinémas


特攻というとパイロットが自ら飛行機を操縦し、
海上の敵艦に向かって飛んでいき、
飛行機もろとも衝突するものだと思っていました。

それが、この「桜花」は
搭載するのは爆弾だけで、エンジンがないというのです。
搭乗する兵士は「桜花」のパーツに過ぎない訳です。

本作に登場する林富士夫氏(撮影当時92歳)は「桜花」の第一志願兵でした。
「桜花」が実戦に投入される1945年3月
林氏は海軍学校を首席で卒業した海軍大尉。
第一志願兵でありながら22歳の若き海軍大尉は上官から命令され、
隊員の中から出撃隊員を選び出し、人間爆弾とする役目を担わされました。

林富士夫
1922年 栃木県宇都宮市生まれ
1935年 下野中学校に入学し、在学中に受洗
1939年 海軍兵学校(71期)入学
1941年12月 太平洋戦争勃発
1942年11月 海軍兵学校を首席で卒業、霞ケ浦航空隊に着任
1944年5月 筑波航空隊に着任
同年10月 神雷部隊(筑波)に転勤
1945年1月 神雷部隊、鹿屋に移転
同年8月15日 終戦

戦後
今市付近で開墾
笠間中野酒造に就職
佐賀で瓦屋、饅頭屋など
宇都宮に戻り、再び開墾
1951年4月 旧軍人出身者の公職追放解除、映画会社“民映”入社
1953年 結婚
1954年 長女誕生
同年11月 航空自衛隊に入隊
1958年2月 長男誕生
第五航空団防衛部長、飛行点検隊長、救難団副指令、
西部航空方面隊防衛部長、輸送航空団入間航空隊司令などを歴任
1975年2月 航空自衛隊を退職、住友海上火災保険に入社
1985年12月 住友海上火災を退社

筑波航空隊OB及び遺族の組織“つくば会”設立

2015年 永眠(享年93歳)

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父親が軍人だったため、
当時は東京帝国大学よりも難関だといわれた海軍兵学校に入学しましたが、
本当はバイオリニストか声楽家になりたかったという林氏。
本作でも静かに歌うシーンがありましたが、
そのしっかりとした歌声に驚きました。
戦争さえなければまったく違う人生を送っていたのでしょう。

林氏は監督の質問に対し、真摯に耳を傾け、きちんと答えます。
訊かれたことには答えを返しますが、
自分から話そうとはしません。
映画の中に出てきた唯一の当時の写真。
軍隊時代の集合写真を見せられても
自分の顔さえわからないということでした。

淡々と
「生きるといっても死ぬために生き延びているだけだから・・・」
と語る林氏。
彼が唯一激しい口調で語ったのは
「一言くらい「すまん」ということが人間天皇の務めではないか」

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この言葉以外、彼は声を荒げることはなかったし、
自分から戦争について「桜花」について
積極的に語ろうとはしていないように見えました。
几帳面な性格を表すように模型飛行機で戦闘の様子を説明します。
そして、ぽつりと
「お前さんを殺すぞ(出撃隊員を選び出した)と言った後は、
草むらに身をひそめて泣きました」
と話すのでした。

せっかくこのような生き証人を撮影する機会を得ながら
なぜもっと証言を引き出すことはできないのだろうか、
と正直落胆もしました。

でも、訊く側にとっても答える側にとっても
これが限界だったのかもしれません。

彼の戦後の人生を見てください。
公職追放され、荒れ地を開墾し、饅頭屋をやり、
結婚し、娘が生まれ、航空自衛隊に入隊し、生活が多少安定し、
息子が生まれ、子供たちを育て上げるまでは必死だったのでしょう。

本作で見られるのは既に肉体的な限界を迎えつつあった92歳の老人。
インタビューのために監督に与えられた時間は8日間。

林氏から存在そのものを吸い出すようなカメラ。
執拗なまでに林氏を追ったその映像の中に
愚かな戦争とBAKA BOMBによって押し流されていった人生を読み取っていくことが
遺言であるこの映画の観方なのかもしれません。



 

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人間爆弾「桜花」-特攻を命じた兵士の遺言-
監督/澤田正道、取材/澤田正道、ベルトラン・ボネロ、プロデューサー/澤田正道、アンヌ・ぺルノー、撮影/ジョゼ・デエー、挿入歌/ロベルト・シューマン「二人の擲弾兵」
出演
林富士夫
8月27日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
2014年、フランス、74分

by Mtonosama | 2016-08-20 04:55 | 映画 | Comments(14)

人間爆弾「桜花」
-特攻を命じた兵士の遺言- 
-1-
Palore de Kamikaze

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(C)Comme des Cinémas


第二次世界大戦末期
大日本帝国海軍によって1944年に開発され、
45年に実戦に投入された特攻兵器「桜花」。
特攻のためだけの兵器として開発、実用化、量産された航空特攻兵器。
世界でただ一つのものでした。

「桜花」は航空特攻兵器という名を持ちながら
自力で飛ぶためのエンジンはありません。
その代わり、機首に最大1.2トンの爆弾が搭載され、
母機に吊るされて敵艦の近くまで運ばれます。
そして、一人で乗機しているパイロットが
敵艦に確実に衝突できるように機を誘導するのです。

もちろん脱出装置などありません。
人が爆弾を操縦(?)するから人間爆弾なのです。

しかし、多くの場合
「桜花」を運ぶ母機は目的地に着く前に撃墜され、
戦果を上げることもなく終戦を迎えました。

連合国側はこれをBAKA BOMB(単にBAKAとも)と呼んでいたそうです・・・

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本作は日本で最初の特攻隊「神風桜花特別攻撃隊神雷部隊」
いわゆる人間爆弾「桜花」の第一志願兵でありながら認められず、
出撃者を指名する役割を与えられた林富士夫が
監督・澤田正道のインタビューに淡々と答え、
あるいは、押し黙り、
遠い目をする様子を
74分にわたって映し出した異色のドキュメンタリーです。

登場人物は林富士夫氏ただひとり。
アーカイブ映像などはなく
林氏のインタビューのみで構成されています。

澤田正道監督は語ります。
「私が望んだのは彼との対話でした。
その意味で沈黙によって1つの時間を共有し思考することが
この映画を作る行為そのものだと思いました」

澤田正道
1985年渡仏。
1993年映画製作会社Comme des Cinémasをパリに設立。
河瀨直美監督作品『あん』『2つ目の窓』、黒沢清監督作品『岸辺の旅』
今村昌平監督作品『カンゾー先生』などをプロデュースし、
多くの日本映画をカンヌ国際映画祭に送り出した名プロデューサー。
本作が初監督作品となり、
第67回ロカルノ国際映画祭の新人監督賞スペシャル・メンションに輝いた。
30年以上フランスに住む。

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フランス在住の監督が日本人として
林富士夫という深い悲しみを背負って戦後を生きてきた老人と向き合った作品です。

戦争を知らない150歳としては
とまどうことも多い映画ですが、
本作がフランスで公開されたその日
林氏は93歳で永眠しました。
彼のまさに遺言として
本作に厳粛に向かい合いたいと思います。



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人間爆弾「桜花」-特攻を命じた兵士の遺言-
監督/澤田正道、取材/澤田正道、ベルトラン・ボネロ、プロデューサー/澤田正道、アンヌ・ぺルノー、撮影/ジョゼ・デエー、挿入歌/ロベルト・シューマン「二人の擲弾兵」
出演
林富士夫
8月27日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
2014年、フランス、74分

by Mtonosama | 2016-08-17 05:15 | 映画 | Comments(9)


リトル・ボーイ
小さなボクと戦争
-2-

Little Boy

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(C)2014 Little Boy Production, LLC.All Rights Reserved.

本作にはとても印象的な日本人俳優が出ていました。

外国人ばかりの中に日本人が登場すると
身びいき意識が生じてしまうものですし、
その俳優が良い味を出していると、とても嬉しくなります。

これってオリンピックで日本が活躍すると嬉しくなるのと
同じ心情でしょうかねえ。

主人公ペッパーの親友となる日系人ハシモトを演じた
ケイリー=ヒロユキ・タガワがその人です。

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ケイリー=ヒロユキ・タガワ
1950年9月27日、東京生まれ。
エキストラとして出演した『ゴースト・ハンタ―ズ』
(‘86 ジョン・カーペンター監督)でキャリアをスタート。
翌87年、ベルナルド・ベルトリッチ監督『ラスト・エンペラー』で
溥儀の教育係役に抜擢される。
2008年『HACHI 約束の犬』(ラッセ・ハルストレム監督)で
主演のリチャード・ギアの親友を演じ、セドナ国際映画祭観客賞を受賞。
その他
『ヒマラヤ杉に降る雪』(‘99 スコット・ヒックス監督)
『PLANET OF THE APES 猿の惑星』(‘01 ティム・バートン監督)
『SAYURI』(‘05 ロブ・マーシャル監督)
など多数

本作では毅然とした日本人を演じてくれました。

あ、主人公のママを演じたエミリー・ワトソンも良かったなあ。
女性としての凛々しさ・・・といったらいいでしょうか。
とても勉強になりました。

さあ、どんなお話でしょう。

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ストーリー
第二次世界大戦中のカリフォルニア州の小さな漁村。
8歳のペッパーは背が低く、みんなからリトル・ボーイと呼ばれていた。
唯一の友人兼相棒はパパのジェイムズ。
パパはいつだってペッパーのお手本だった。
だから、手品師のベン・イーグルにもパパと一緒に心酔している。
心配事といったら兄ロンドンの入隊だけ。
一家の幸せはこれからも続くものだとばかり思っていた。

しかし、兄が偏平足を理由に入隊審査に落ちると事情は一変。
兄に代わりパパが入隊することになったのだ。
「すぐに戻ってくるよ」の言葉を残し、パパは去った。

ペッパーはパパが欲しがっていたウェスターン・ブーツや
ベン・イーグルの奇術ショーのチケット2枚を買い、パパの帰りを待つ。

そんなある日、
パパがフィリピンで日本軍の捕虜になったという通知が・・・

心配でたまらないペッパー。
母親は兄ロンドンに言って
ペッパーと一緒にベン・イーグルの奇術ショーへ行かせる。

ペッパーは少し元気を取り戻す。

すると、ベンからアシスタントとして壇上に呼びだされたペッパー。
そして、なんと、手も触れずに瓶を動かすことに成功したのだ!

自分もベンのような力を使えると信じたペッパーは
戦地のパパに向けて念を送り始めるのだった。

ある日、
合衆国への忠誠を示した日系人が
収容所から釈放されるというニュースが流れ、
ペッパーたちの住む小さな村にハシモトがやってきた。
ペッパーはパパを捕虜にした日本兵を憎む余り
ハシモトの家に石を投げ、ガラスを割る。

次の日ペッパーは教会のオリバー司祭に呼び出された。
司祭は瓶を動かすのを見せてくれとペッパーに言う。
必死で念を送るペッパー。

だが、瓶は動かない。
すると暫くして司祭が瓶を机の端に動かした。
司祭は言う。
「君の力で私の手が動いた。
瓶を動かしたいという願いが私を動かしたんだ」
信じる力が神様に届けば願いはかなうかもしれないと
ペッパーを諭す司祭。

司祭は古くから伝わる教会のリストに
「ハシモトに親切を」と書き加え、
リストに書かれた全てをやり遂げることが
信仰を神様に伝えることなのだと教えた……

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リストには
飢えた人に食べ物を
家なき人に屋根を
囚人を励ませ
裸者に衣服を
病人を見舞え
死者の埋葬を
と書かれていました。
それに「ハシモトに親切を」を加えたんです。

ひとつずつリストの課題を片づけていくペッパー。
ペッパーは次第にハシモトに心を開き、
そしてハシモトもペッパーと親しくなっていきます。

戦争の影も見えないカリフォルニアの小村にも
日系人へのすさまじい敵意や差別が渦巻いているし、
ペッパーのあだ名リトル・ボーイと広島原爆を重ね、
8月6日広島に原爆が投下された日、大人たちはペッパーをほめたたえます。

あの日、アメリカ中で起きていたであろうことを
第三者の眼で客観的に描いた作品です。

複雑な想いに陥りつつ、
不思議なおとぎ話のような本作を満喫しました。





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リトル・ボーイ
監督・脚本・製作/アレハンドロ・モンテヴェルデ、脚本/ぺぺ・ポーティーロ、製作・ストーリーコンサルタント/レオ・セヴェリ―ノ、撮影/アンドリュー・カデラーゴ、作曲/ステファン・アルトマン、マーク・フォスター
出演
ジェイコブ・サルヴァーティ/ペッパー・フリント・バスビー(リトル・ボーイ)、エミリー・ワトソン/エマ・バズビー、ケイリー・ヒロユキ・タガワ/ハシモト、マイケル・ラバポート/ジェイムズ・バズビー、デヴィッド・ヘンリー/ロンドン・バズビー、エドゥアルド・ヴェラステーギ/クリスピン司祭、製作・製作総指揮、ベン・チャップリン/ベン・イーグル、トム・ウィルキンソン/オリバー司祭
8月27日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ユーロスペースほか全国ロードショー
2014年、米、106分、カラー、字幕翻訳/戸田奈津子、提供/日活、配給/東京テアトル、
http://littleboy-movie.jp/

by Mtonosama | 2016-08-14 06:45 | 映画 | Comments(10)

リトル・ボーイ
小さなボクと戦争
-1-
Little Boy

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(C)2014 Little Boy Production, LLC.All Rights Reserved.


「リトル・ボーイ」と聞いて、瞬間、思い浮かべるのは
広島に落とされた原子爆弾のこと。
通称Little Boy。

なんか、リトル・ボーイとかファット・ボーイとか
原子爆弾にこういう可愛げな名前を付けるという感覚って
信じられないし、イヤです。

だいたい武器に通称をつける必要があります?

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被害者側から見ると実に不愉快なのですが、
ものごとにはあちらサイドからの見方もあるわけでして―――

更に加えて、監督も脚本も製作もメキシコからの移民、
映画の中で重要な役割を演ずるのが強制収容所から釈放された日系人となると
私たち観客にとってもひとごとではなく、ただの観客ではいられなくなります。
そう、かなり複雑な思いで鑑賞することになります。

監督はアレハンドロ・モンテヴェルデ。
メキシコ移民で10代の頃はハリウッドで映画を作ることを夢見る映画少年でした。

アレハンドロ・モンテヴェルデ
1977年メキシコ・タンピコ生まれ。
2001年、短編“Bocho”で脚本のぺぺ・ポーティーロと共同で監督デビューし、
2002年に監督した短編“Waiting for Trains”は
ニューヨーク国際インディペンデント&ビデオ祭で最優秀新人監督賞を受賞。
2006年の長編監督デビュー作品“Bella”は
トロント国際映画祭の監督賞とハートランド映画祭のグランプリに輝き
米国におけるラテンアメリカの芸術・文化への貢献が評価され
ホワイトハウスよりアウトスタンディング・アメリカン・バイ・チョイス賞を受賞。

第2次世界大戦末期の8月6日、広島に投下された原子爆弾のことを
知ったモンテヴェルデ監督と脚本家のぺぺ・ポーティーロは
大戦中に米国を離れたアメリカ人の歴史や
日系人が収容された強制収容所について調べました。
そこにはメキシコでは教えられなかった史実がたくさんありました。

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父と息子の愛を軸に
東洋と西洋のそれぞれの信念と、
当時の差別主義も描き出した二人の作品が本作です。

アメリカを知らないモンテヴェルデがお手本にしたのが
ノーマン・ロックウェルの作品なんですって。

ノーマン・ロックウェル
1894年2月3日~1978年11月8日 (84歳)
出身地:マンハッタン
学歴:アート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨーク
ノーマン・ロックウェルは、アメリカ合衆国の画家、イラストレーター。
軽いタッチでアメリカ合衆国の市民生活を描き、アメリカ合衆国で幅広い大衆的人気を持つ。
(Wikipediaより)

ご覧になったこと、ありますよね。
どこか懐かしいあの作風。

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本作がアメリカ西海岸を舞台にして
アメリカらしい登場人物もいるし、
日系人への差別や
子ども社会では背が低い主人公へのいじめなどもあります。

アメリカアメリカした背景の中に
どこか第三者の眼を感じてしまうのは
メキシコ移民としての監督の客観性でしょうか。

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さあ、どんなお話でしょう。
1940年代の西海岸の雰囲気をしっかり楽しんでいただきながら
次回を期待していただきましょう。



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リトル・ボーイ
監督・脚本・製作/アレハンドロ・モンテヴェルデ、脚本/ぺぺ・ポーティーロ、製作・ストーリーコンサルタント/レオ・セヴェリ―ノ、撮影/アンドリュー・カデラーゴ、作曲/ステファン・アルトマン、マーク・フォスター
出演
ジェイコブ・サルヴァーティ/ペッパー・フリント・バスビー(リトル・ボーイ)、エミリー・ワトソン/エマ・バズビー、ケイリー・ヒロユキ・タガワ/ハシモト、マイケル・ラバポート/ジェイムズ・バズビー、デヴィッド・ヘンリー/ロンドン・バズビー、エドゥアルド・ヴェラステーギ/クリスピン司祭、製作・製作総指揮、ベン・チャップリン/ベン・イーグル、トム・ウィルキンソン/オリバー司祭
8月27日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ユーロスペースほか全国ロードショー
2014年、米、106分、カラー、字幕翻訳/戸田奈津子、提供/日活、配給/東京テアトル、
http://littleboy-movie.jp/

by Mtonosama | 2016-08-11 06:00 | 映画 | Comments(8)

ミリキタニの猫《特別篇》
猫とアートと戦争と…(そして尊厳)

ミリキタニの記憶

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希代の風雲児、ジミー・ミリキタニは2012年10月21日
ニューヨーク、ルーズベルト病院で92歳の人生を終えました。
枕辺にはリンダ・ハッテンドーフ(『ミリキタニの猫』監督)など
親しい人々が集まり、この破天荒な人生を送った男を見送ったということです。

亡くなるまでの10年間は高齢者マンションで
飼い猫のミコと暮らした(ミコは誰よりも長く彼と暮らした存在です)
ジミー・ミリキタニこと三力谷勤は
1920年6月15日カリフォルニア州サクラメントに生まれた日系2世です。
父・市太郎の兄弟は多くがアメリカに移民したため、
日本では珍しい三力谷姓がアメリカに多く存在します。
ジミーの生後間もなく一家は日本に帰国、
父の故郷、広島に住みますが、母は若くして病死。

幼い頃から絵心があったジミー。
映画の中でも自らをグランドマスター(巨匠)と呼んでいますが、
青少年期には日本画の師にもついていました。

「優れた日本の芸術を世界に紹介する」と大望を抱いて帰米した彼は
当時結婚してシアトルに移住していた姉の許に寄留。
ところが1941年12月7日、真珠湾攻撃。
翌8日、日米開戦。
翌年2月19日、ルーズベルト大統領が大統領行政令9066号に署名。
この結果、アメリカ西海岸一帯に暮らす日系人は強制収容されることになるのです――

と、これがジミー・ミリキタニの前々半生です。

・・・・・

本作『ミリキタニの記憶』は
『ミリキタニの猫』の撮影が始まった
2001年以前のジミーを知る人々の証言や
当時のジミーの写真や
ジミーの描いた絵などで綴られたジミーの過去をめぐる作品です。

監督・製作はMasa。
『ミリキタニの猫』でプロデューサーを担当した人です。
21分という短編ながらNYの奇妙なじいさんを
より身近に感じさせてくれます。

面白いじいさんですよ。

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東京篇

2001年の春、松崎美紀子はニューヨークで写真を学んでいた。
その頃、彼女はチャイナタウンの公園でベンチに寝ていたミリキタニと出会う。
彼は一緒にいて居心地がいいので、
何度も彼のところに通って写真を撮っていた。
写真を撮りながら癒されていたという。

松崎美紀子
セラピスト、アートコミュニケーター。
2000年、東南アジアへバックパッカーの旅。
その時、写真の魅力に目覚めた。そして、あらためて写真を学ぶためNYへ。
現在は「アート×社会」の可能性を探求する。
「BOOK×ART」「耳の聞こえない方と聞こえる方との香りを使ったワークショップ」
などのプロジェクトを企画・実施。
ニックネームはMIKO。ジミーの飼い猫の名前はそこからとられている。

坂本ジョージは日本企業の駐在員としてNYに赴任していた1995年頃、
ある教会が主催するホームレスに無料のランチを提供する活動のボランティアに参加。
そこでランチを食べに来たジミーと出会う。
「私のアトリエに遊びに来なさい」と誘われて行ってみたら
チャイナタウンの公園で描いていた。
その後も公園に通い、交流が続いた。
その時もらった十数点の絵は全部日本に持ち帰っている。

坂本ジョージ
東京生まれの米国育ち。米国滞在通算20年。
1995年当時は大手総合商社の広報部部長としてNY在住。
現在は趣味のサーフィンを極めるため日本とハワイを往復する生活。

佐藤哲郎は90年代半ば冬のNYに飛んではホームレスの写真を撮っていた。
ジミーには94年1月に会う。
200人程撮ったホームレスの中の一人だったが、
気が合い、その後ほぼ毎日会っていた。
悲しそうな眼をしながら、どこか強がっているという印象を受けた。
10年前、東京でホームレスの写真展を開いた時、
ジミーの写真を見た客が「この人の映画が公開されている」と
教えてくれ、驚いた。

佐藤哲郎
カメラマン。ロックやジャズのアーティストを中心に撮っている。


広島篇

三力谷家(本家)には第27代当主の一弘氏がいる。
代々伝わる三力谷家の家系図が保管されている。
その中にジミーの父・市太郎とその兄妹全員の名前がある。
市太郎の末の弟が一弘氏の祖父。

日野家の兄妹の父・達見がジミーの兄として一緒に育った。
年長の満寿江さん、隆さんは戦前ジミーを見た記憶があるという。
50年代ジミーはNYから達見に絵を送り、
広島で表装してもらい送り返してもらっていたこともある。
その頃、ジミーからコーヒーや靴などを送ってきてくれた想い出もある。
10数年前、その頃ジミーが送ってきた絵が十数点物置からみつかったという。

NY編

ジミーと誰よりも長く過ごした存在にも取材を試みたが、
それはアクビで応えてくれた…

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どうでしょう。
ジミーに妙な親近感を覚えませんか?
2012年には東京藝術大学美術館を皮切りに
仙台、福島、広島、沖縄と巡回して評判になった「尊厳の芸術展」。
日系人が強制収容所で作った日用品・美術工芸品を集めたこの展覧会には
ジミー・ミリキタニの絵も展示されていました。
その作品も本作に登場しますよ。

本当にいろいろな人生があるものです。
そして、出会いは人生の拡がりにも通じていくものなのですね。





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ミリキタニの記憶
監督・製作/Masa(マサ・ヨシカワ)、編集/出口景子、石田優子、杉田協士、撮影・スチール/御木茂則、芦沢明子、音楽/スカンク
出演
松崎美紀子、坂本ジョージ、佐藤哲郎、三力谷一弘、日野家
8月27日(土)ユーロスペースにてロードショー
21分、配給/湖畔八丁目

by Mtonosama | 2016-08-08 06:16 | 映画 | Comments(8)

ミリキタニの猫《特別篇》
猫とアートと戦争と…(そして尊厳)

ミリキタニの猫
The Cats of Mirikitani

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(C) lucid dreaming inc.

実は『ミリキタニの猫』は
2006年に既に上映された映画です。
初公開から今年で10年。
10周年記念アンコールで上映されます。

10年前に本作を観る時、
ミリキタニというのはギリシャの人の名前か
あるいは地名かと思いました。
ミリキタニって、
テッサロニキとかその手のギリシアの言葉を連想させますよね。

ところがどっこい
ミリキタニというのは三力谷という日本の名字でした。
三力谷勤。

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当時80歳だったジミー・ツトム・ミリキタニ。
アメリカはサクラメントに生まれ、広島に育った日系アメリカ人画家です。
なかなか味わいのある猫の絵などを描いてNYの路上で暮らしていました。
路上は彼の住処でもあり、アトリエでもあった訳です。
2001年9月11日もあの世界貿易センターが間近に見える路上にいました。

変わったおじいさんがいるもんだなあ、と思って観ていましたが、
9.11世界貿易センターが崩れ落ちた日、
じいさん、もといジミー・ミリキタニの人生も映画の展開も大きく変わりました。
観客もその展開にとまどいながらもひきつけられていったのです。

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まずは定宿としていた路上に住めなくなって
本作の監督であるリンダ・ハッテンドーフの狭いアパートに
転がり込むことになりました。

9.11テロがきっかけとなってジミー・ミリキタニの波乱の人生をあぶりだしていくことになります。

彼が路上で描くのは
猫に日系人強制収容所、そして原爆。

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思わぬ過去がリンダ・ハッテンドーフ監督との共同生活から
ポロポロ見えてくるところがなんともドラマチック。

子供の頃、故郷の広島で行ったピクニック。
侍だった祖先。
抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロック、
真珠湾攻撃、
大戦時、強制収容所に入れられた何千人にも及ぶ日本人の顔をした「アメリカ人」、
収容所内でジミーを慕っていた猫好きだった男の子・・・

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お気楽に見えるミリキタニの人生には大変な歴史がありました。
そして、彼の描く絵はその人生の証言でもあった訳です。

彼とサンフランシスコの詩人ジャニス・ミリキタニが親戚だということが判明したり、
ツールレイクの収容所を出て以来、会っていなかった姉が生存していたり、
監督と共に過去をめぐる旅にでかけたミリキタニの周囲に起こる奇跡。

2002年ツールレイク強制収容所への巡礼ツアーで
元収容者達と跡地で再び接したミリキタニには
いつものお調子者の気配はありませんでした。

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そして60年ぶりの姉との再会。
なんという人生だったことでしょう。

2001年9月11日のテロが60年前の戦争の影を引きずり出し、
埋もれる筈だった一人の老人の歴史を
改めて学ばせてくれた稀有なドキュメンタリー映画でした。

人生の不思議さを思わせるのはミリキタニと監督との出会いが
この映画を生み出したこと。
そして彼にとっても監督にとっても本作が大きな転機になったであろうということ――

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10年ぶりに本作を観ましたが、
人生ってすごいなあと今回も思いました。

『ミリキタニの猫』はこれでおしまいですが、
なんと今回はおまけの二本上映。

当試写室では前編後編にわけてのご紹介ですが、
リアル映画館では『ミリキタニの記憶』という新作短編と同時上映です。

さ、次回は『ミリキタニの記憶』を上映しますよ。
どんなお話かは乞うご期待でございます。



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ミリキタニの猫
監督・プロデューサー・撮影・編集/リンダ・ハッテンドーフ、プロデューサー・撮影/マサ・ヨシカワ、編集/出口景子
出演ジミー・ツトム・ミリキタニ(三力谷勤)、ロジャー・シマムラ、ジャニス・ミリキタニ、カズコ・ナガイ
8月27日(土)ユーロスペースにてロードショー
74分、配給/湖畔八丁目

by Mtonosama | 2016-08-05 05:40 | 映画 | Comments(6)

三毛猫ひかちゃん -44-


あたし、ひかちゃん。

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あたしも最近じゃすっかり落ち着いちゃって優雅なお嬢様猫よ。
朝練は相変わらず出かけているけれど
ま、どちらかといえば軽いストレッチ程度にとどめているの。



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最近ね、飼い主が試写を観るだけでは飽き足らず、
近所のシネコヤという小さな映画館にコソコソ出かけるようになったのよ。

シネコヤってね、
第1金・土曜にちょっと前の映画を上映する“隠れ家シネマ”と
第3金・土曜には昔の映画を上映する“鵠沼シネマ”から成るかわいい映画館なの。
館(やかた)じゃ大げさだからコヤ。
で、もって映画を上映するからシネマのコヤ、シネコヤってわけ。
そのシネコヤがね、この秋に常設の映画館を開くんだって。
チャリ5分の場所から更に近い徒歩5分の場所に引越してくるのよ。
飼い主ったら、それで興奮してるの。

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http://cinekoya.com/donation.html


今のシネコヤのしつらえもとっても素敵なのよ。
住宅街の路地を入ると
小さなお花がたくさん咲いていて、
小人たちと白雪姫が「いらっしゃい」って
出迎えてくれるようなおうちがあって――
そこが映画館なの。

座席はソファーだったり、
床に足を伸ばしたりして、
おうちにいるみたいにして映画を楽しめるのよ。

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あ、これは7月の第3金・土曜日に上映した『フレンチ・カンカン』ね。

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これは8月第1週金・土曜に公開される『オレンジと太陽』だって。
http://mtonosama.exblog.jp/17380409/ http://mtonosama.exblog.jp/17391816/

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秋になってお引越ししたらこんな映画館になるのよ。

『ニュー・シネマ・パラダイス』の映画館って覚えてる?
イタリアの小さな町に映画館があったでしょ。
この映画の大切な舞台だったわ。
日向くさい街に妙に誇らしげに建つ姿が印象的だわよね。
映画館ってその街の文化度を示すシンボルだと思うわ。

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でもね、夏には海水浴客がたっくさんやってくる海辺の町・藤沢にも
四季を通じて観光客が訪れる鎌倉の街にも
なんと一軒も映画館がないのよ。
前はたくさんあったの。100年前とかそんな昔じゃないわ。

この海辺の町にも
気軽に映画を観られる映画館がほしいわよね。

あたしは猫だから想い出の映画館ってないんだけど、
飼い主なんかは
活弁士だったおじいちゃんが支配人をやっていた太陽座という映画館や
(もうないの)
中学生の時、初めて一人で『ローマの休日』を観にいったロマン座とか
(やっぱりもうないの)
新宿伊勢丹の向かいにあった蠍座とか、
(ATGの映画をかけてたわねえ。でももうないの)

映画館にはその時々のいろんな想い出があるんだって。

シネコンもいいけど、
やっぱり記憶に残るその街その街の映画館は大切だとあたしも思うのよ。

誰だって想い出の映画館ってあるわよね。
飼い主はもう150歳だから、
シネコヤが人生最後の想い出の映画館になるのかしら。

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あたしだって鳥さんを狙うだけが能の猫じゃないのよ。
飼い主や映画のことを少しは考えているんだから。

ひかり


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by Mtonosama | 2016-08-02 05:34 | 映画 | Comments(6)