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殿様の試写室

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アランフェスの
麗しき日々
-1-

Les BEAU JOURS d’ARANJUEZ

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(C)2016-Alfama Films Production-Neue Road Movies


当試写室では本日
ヴィム・ヴェンダースの最新作
『ベルリン・天使の詩』(‘88 日本公開)
以来30年ぶりとなるペーター・ハントケとの
コラボレーションである
『アランフェスの麗しき日々』を
上映します。

ペーター・ハントケ
1942年オーストリア生まれ。
グラーツ大学で法律学を専攻するが、
1966年小説「雀蜂」で
作家デビューした直後に中退。
同年、戯曲処女作「観客罵倒」を
フランクフルトで上演、
出演者4人が最初から最後まで
観客を罵倒し続けるという
前代未聞の演出構成で
センセーションを巻き起こした。
その時、ハントケは
当時のビートルズの
マッシュルームカットを
真似していたため
「文学界のポップスター」
と言われた。
小説、戯曲、詩、放送劇、
フランス文学翻訳と
様々な分野で活動。
ちなみに本作
『アランフェスの麗しき日々 夏のダイアローグ』も
フランス語で書かれた戯曲である。

『3枚のアメリカのLP』(‘69)の
脚本執筆を皮切りに
『ゴールキーパーの不安』(‘72原作/台詞)
『まわり道』(‘75原作/脚本)
『ベルリン・天使の詩』(‘87脚本)、
そして
『アランフェスの麗しき日々』
(‘16原作戯曲)と
5度にわたり
ヴィム・ヴェンダース監督と
コラボを組んでいる。

78年にはヴェンダース監督の
プロデュースのもと
76年発表の小説
「左ききの女」を
自らの脚本・監督で映画化。
また、
母親の自殺を扱った
「幸せではないが、もういい」(‘72)や
「ゆるやかな帰郷」(‘79)、
母方の祖父の故郷
スロヴェニアを旅する
「反復」(’86)など
自伝的な小説も少なくない。

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1996年の紀行文
「ドナウ、サーヴェ、モラヴィア、ドリナ河畔への冬の旅」
ではユーゴスラヴィア紛争に関して
ヨーロッパのメディアは
偏った報道をしていると批判。
それが親セルビア的で
あることから物議を醸した。
現在はフランス在住。

あ、そうそう、
本作に出演している
ソフィー・セミンは
ハントケ夫人です。

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長々とご紹介してしまいましたが、
オーストリア出身のこの作家、
実は同国グラーツに在住していた
大学時代の友人に教えてもらいました。
本はなかなか手をつけられず
本棚の中で変色し、
友人は45歳の若さで
亡くなってしまいました。
ゆみちゃん、ごめんなさい。
ちゃんと読むからね。

すいません。
また私事に走ってしまいました。

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監督自身
「100%思いのままに撮った
生涯で初めての映画だ」
という本作。

その理由は
戯曲が題材だからであり、
映画がフランス語で展開されるからであり、
”ナチュラル・デプス“3Dで
撮影されたからであり、
映画の舞台が
女優サラ・ベルナールの邸宅だけ
だったからであり、
たった10日間で制作されたから。

でも、
一番大きな理由は
自分の意図がそのまま
最終型に至った
初の作品だからです。

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やるべきことを
やってきた巨匠だからこそ
できたのでしょうね。

映像作家として
これ以上の幸せはないでしょう。

正直なところ
観客はかなり当惑しますが・・・

さあ、一体どんな映画なのでしょう。
続きは次回まで
乞うご期待でございます。



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アランフェスの麗しき日々
監督・脚本/ヴィム・ヴェンダース、プロデューサー/パウロ・ブランコ、ギアン=ピエロ・リンゲル、
撮影/ブノワ・デビ
出演
レダ・カテブ、ソフィー・セミン、イェンス・ハルツ、ニック・ケイブ
12月16日(土)EBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー
2016年、フランス、ドイツ、ポルトガル、フランス語、ドイツ語、英語、97分

by Mtonosama | 2017-12-14 05:31 | 映画 | Comments(1)

ヒトラーに屈しなかった国王
-2-

Kongens nei

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(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Väst/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures


オスロ郊外の王族居住区の
雪の積もった庭園で
小さな孫息子と遊ぶ
優しそうなおじいちゃん。

可愛くて、可愛くて
もう食べちゃいたい位
メロメロな様子。

え、この好々爺が王様?

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ストーリー

1940年4月8日
息子オラフ皇太子が
孫と戯れる国王に告げる。
「ドイツ軍が
ノルウェーへの侵攻を開始した」と。

オスロ南方のオスカースボルグ要塞では
いまだ政府からの命令が届かない中、
エリクセン司令官はドイツの攻撃に備え
準備を整えつつあった。

4月9日
午前0時
オスロ王室で
兄のデンマーク王・クリスチャン10世に
電話をする国王へ
ドイツ軍がフィヨルドまで迫って
きていることが告げられる。

午前4時20分
オスロ外務省では
ドイツ公使ブロイアーが
ドイツ軍のノルウェー侵攻には
疑問を持ちながら、
ヒトラーの命により
ノルウェー政府に対し、
降伏協定へのサインを求めるため
外務省を訪れる。
その内容は、無抵抗での降伏――
コート外相は突っぱねる。

オスカースボルグ要塞では
エリクセン司令官が
政府の命令を待たず、
沖合のドイツ巡洋艦に向けて砲撃。
命中し、沈んでいく巡洋艦。

午前6時20分
本格的なドイツ軍の侵攻。
王たちはやむなくオスロから退避。
気持ちの整理がつかないまま
駅に到着する国王。
そこには多くの市民たちが
国王を見送っていた。
「自分は国民によって
選ばれた王なのだ・・・」
国王一家と閣僚たちは北へ移動する。

午前11時10分
駅に到着。
兄のデンマーク国王が
降伏したことを告げられる。

平和的な解決を望む
ドイツ公使ブロイアーは
オスロから更に侵攻を続ける
ドイツ軍を引き留めようとする。
だが、交渉での解決を望むのなら
今日中に政府の合意を得るため、
国王を探し出すしかなかった。
一方、議会に参加した国王は
閣僚たちに
「国民のために国を率いる責務がある」
と進言。
主権国家として
あくまで交渉を続けていくという
政府の意志を尊重する。

ミッツコーゲン農場では
国王に迫るドイツ軍を止めるため
少年兵が集結している。
一人の少年兵の前に停まる国王の車。
国王の言葉がけに
「すべては国王のために」と
敬礼する少年。
国王は
「祖国のためだ」と言い直した――

4月10日
午後12時30分
国王とドイツ公使ブロイアーとの謁見。
公使はノルウェーの状況を伝え、
降伏協定を結ぶように要請。

国王はノルウェー国家としての
決断を伝えるのだった……

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「この国の行く末は
密談によって決まるのではない。
国民の総意で決まるのだ」

閣僚たちを集めて
国王としての意志を語ったホーコン7世。

「自分は国民によって選ばれた国王」

追い詰められ、
逃亡のさなかにありながらも
常にそのことが意識と心に沁み込んでいる
国王の姿勢に感動。

「国王のために」と
敬礼した少年兵に対して
「祖国のためだよ」と
言い直す場面には
思わず背筋を伸ばしました。

1940年6月には
イギリスへ亡命した国王と政府でしたが、
7月、ロンドンからラジオ放送で
退位要求を拒否し、
国内に残るレジスタンスを
鼓舞したのでした。

ホーコン7世を演じた
イエスパー・クリステンセンの演技には
瞠目。

私達が生きる今も
何やら不安材料に満ち満ちているからでしょうか。

孫と遊ぶ優しいおじいちゃんが
迎えた苦難と苦悩の日々が身に沁みます。

しかし、その芯に確固としてある
「国民に選ばれた国王である」
との意識には感銘しました。







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ヒトラーに屈しなかった国王
監督/エリック・ポッペ、脚本/ヤン・トリグヴェ・レイネランド、ハラール・ローセンローヴ=エーグ、
原案/アルフ・R・ヤコブセン、製作/フィン・イェンドルム、スタイン・B・クワエ、
撮影/ヨン・クリスティアン・ローセンルン
出演
イェスパー・クリステンセン/ホーコン7世(ノルウェー国王)、アンドレス・バースモ・クリスティアンセン/オラフ(ノルウェー皇太子)、カール・マルコヴィクス/ドイツ公使、カタリーナ・シュットラー/ドイツ公使夫人、ユリアーネ・ケーラー/ドイツ公使館秘書、アルトゥール・ハカラーティ/少年兵、スヴェイン・ティンドベルグ/大臣、ケティル・ホーグ/外相、ゲラルド・ペッテルセン/首相、ヤン・フロスタッド/議長、エリック・ヒヴュ/大佐
12月16日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2016年、ノルウェー、ノルウェー・独・デンマーク・スウェーデン語、136分、配給/アット・エンタテインメント、http://kings-choice-jp.com/


by Mtonosama | 2017-12-11 06:27 | 映画 | Comments(3)

ヒトラーに屈しなかった国王
-1-

Kongens nei

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(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Väst/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures


前回に続き、またもや
第二次世界大戦時の実話を
上映する当試写室であります。

今回はノルウェーが舞台。

ナチスに降伏を迫られた
ノルウェー国王ホーコン7世が
決断を下すまでの
運命の3日間を描いた映画です。

ホーコン7世(1872~1957)
デンマーク国王フレデリク8世と
ルイーセの次男。
兄はデンマーク国王クリスチャン10世。
1905年、ノルウェーが
スウェーデンとの同君連合を解消、
独立。
大叔父である
スウェーデン=ノルウェー国王
オスカル2世に代わって
国民投票により即位した
国王である。
息子はオラフ5世で
孫のハーラル5世は現国王。
ちなみにオラフ5世は
アムステルダム・オリンピック(‘28)
の金メダリストとしても知られる。

ホーコン7世は
八甲田山で起きた遭難死亡事故の
お見舞いとして
1909年明治天皇に
スキー板を贈呈。
日本とノルウェーの
スキー交流が始まるなど、
日本とのゆかりも深い国王である。

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さて、
1940年4月9日、
この温厚な国王にも
穏やかな国民にも苦難が訪れます。
ナチス・ドイツ軍が
ノルウェーの首都オスロに
侵攻したのです。
ドイツ軍と交戦するノルウェー軍。
しかし、
ナチス・ドイツ軍の
圧倒的な軍事力には抗しがたく
相次いで主要都市が占領されてしまいました。
降伏を求めるドイツ軍に対し
断固拒否の姿勢を貫く政府。
ホーコン7世は政府閣僚と共に
オスロを離れます。

その一方で、
ヒトラーの命を受けたドイツ公使は
国王との謁見の場を設けよという
最後通告を突きつけてきます―――

そんな時代背景の中で生き、
決断を下した国王を描いた作品。

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ナチス・ドイツが席捲した時代の
北欧を描いた映画には
『ヒトラーの忘れもの』
http://mtonosama.exblog.jp/27212109/
http://mtonosama.exblog.jp/27255579/

というデンマーク映画もありました。

これはドイツ軍に置き去りにされ
地雷撤去の任についた
ドイツの少年兵たちのお話でしたが、
戦時中にデンマークの置かれた状況や
国民の怒りもよくわかる佳作でした。

『ヒトラーに屈しなかった国王』は
ノルウェーでは3週連続1位を記録後、
ロングランを続け、
2016年の国内映画興行成績
第1位を獲得。
国民の7人に1人が鑑賞した
社会現象的な大ヒットを記録したそうです。

ノルウェーの人たちの
その気持ちはよくわかります。

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以前、
ノルウェーに行ったことがあります。
オスロ市内を散策した折、
海辺のホテルに人だかりがしていました。
「国王だ!」
という声が聞こえ、見に行きましたが、
警備もそんなにいません。

今、思えば、
あれがホーコン7世のお孫さんである
ハーラル5世だったのでしょう。

本作を観て、
「ノルウェーって自然は壮大だけど、
オスロ市はあまりパッとしないな」
などと思ってしまったことを
深く反省しました。

さあ、一体どんなお話でしょうか。
続きは次回まで乞うご期待でございます。



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ヒトラーに屈しなかった国王
☆12月8日に更新しました。いつも応援して下さってありがとうございます☆

監督/エリック・ポッペ、脚本/ヤン・トリグヴェ・レイネランド、ハラール・ローセンローヴ=エーグ、原案/アルフ・R・ヤコブセン、製作/フィン・イェンドルム、スタイン・B・クワエ、
撮影/ヨン・クリスティアン・ローセンルン
出演
イェスパー・クリステンセン/ホーコン7世(ノルウェー国王)、アンドレス・バースモ・クリスティアンセン/オラフ(ノルウェー皇太子)、カール・マルコヴィクス/ドイツ公使、カタリーナ・シュットラー/ドイツ公使夫人、ユリアーネ・ケーラー/ドイツ公使館秘書、アルトゥール・ハカラーティ/少年兵、スヴェイン・ティンドベルグ/大臣、ケティル・ホーグ/外相、ゲラルド・ペッテルセン/首相、ヤン・フロスタッド/議長、
エリック・ヒヴュ/大佐
12月16日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2016年、ノルウェー、ノルウェー・独・デンマーク・スウェーデン語、136分、
配給/アット・エンタテインメント、http://kings-choice-jp.com/

by Mtonosama | 2017-12-08 07:04 | 映画 | Comments(4)

ユダヤ人を救った動物園

~アントニーナが愛した命~
-2-

The Zookeeper’s Wife

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©2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.


ヤンとアントニーナ夫妻は
1939年当時ヨーロッパ最大規模を誇る
ワルシャワ動物園を営んでいました。

アントニーナは広い園内を自転車で移動しながら
動物たちに声をかけ、
放し飼いにされている
1頭のワラビーなどはピョンピョンと
ジャンプしながら彼女の後をついてきます。

大人も子どもも大好きな
動物園でした。

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ストーリー
1939年秋
ドイツがポーランドに侵攻、
第二次世界大戦が勃発した。

動物園の存続も危うくなる。
そんな中、アントニーナは
ヒトラー直属の動物学者ヘックから
「あなたの動物を一緒に救おう」と
声を掛けられ、
希少動物を預かりたいという
申し出を受ける。

ヘックの親切な言葉に
心を許したアントニーナだったが、
ヤンはその提案に
不信感を抱くのだった。

そんなヤンの予感は的中。
数日後
ヘックは「上官の命令だ」と言い放ち、
園内の動物たちを撃ち殺し始めた。

一方、ワルシャワ市内のユダヤ人たちは
次々とゲットーへ連行されていく。
その状況を見て
ヤンは「この動物園を隠れ家にする」と
アントニーナに提案するのだった。

ヤンの作戦は
動物園を、ドイツ兵の食糧である
ブタを飼育する養豚場とし、
その餌である生ゴミをゲットーから
トラックで運搬する際、
ユダヤ人たちを紛れ込ます――
というもの。
アントニーナは
その作戦をすぐさま承諾。

そして、ゲットーから連れ出された
ユダヤ人たちは
動物園の地下の檻に匿われ、
身を隠し、
アントニーナは
彼らに温かい食事を供するのだった。

しかし、
ドイツ兵は園内に常駐している。

アントニーナの奏でるピアノが
ユダヤ人に対する
「隠れて」「静かに」の合図だった。

気を抜くことなど許されない
緊張の日々。

さらに
ヤンが地下活動で家を空けることが
多くなり、
アントニーナの不安は募るばかり。
彼女に関心を抱くヘックも
何かと言い寄ってくる中、
彼女はひとり「隠れ家」を守り抜き、
その責務を果たし続けるのだった……

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試写室管理人は
平和な時代の動物園の
ワラビーや子ライオンなどの姿が
可愛くて、可愛くて・・・

その後の展開に
絶対に戦争は許されないと
思いを新たにしたのでした。

ついつい動物の方に目が行ってしまいますが、
ユダヤ人をゲットーから救出する場面や
自身が経営する孤児院の子どもたちと共に
収容所へと送られた
コルチャック先生など
映画としても
歴史としても
見逃せないシーンもタップリ。

ドキドキしたり、
涙したり――
127分スクリーンにくぎ付けにされます。

コルチャック先生
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アンジェイ・ワイダ監督の
『コルチャック先生』(‘90)でも
ご存知でしょうが、
ヤヌシュ・コルチャック(1878~1942)は
ユダヤ系の小児科医師、作家、教育者。
ワルシャワでユダヤ人孤児のための
孤児院を経営していましたが、
ワルシャワがドイツ軍に占領されると
彼の孤児院もゲットーに。
苛酷なゲットーでの暮らしの中
子どもたちに少しでも良い環境を与えたいと
奔走する彼を見かねた友人たちが
彼だけでもゲットーから脱出することを
勧めましたが、
彼はそれを断固拒否。
1942年8月5日
トレブリンカの絶滅収容所へ移送されました。
200人近い孤児たちは
大好きなコルチャック先生と一緒に
一人も取り乱すことなく
列車に乗り込んでいきました。
ヤヌシュ・コルチャック。
享年64歳でした。

不都合な真実から目を逸らそうという
風潮がありますが、
歴史を伝えようとする人、
表現しようという人がいる限り、
まだまだ世界は捨てたものではありません。






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ユダヤ人を救った動物園
監督/ニキ・カーロ、脚本/アンジェラ・ワークマン、撮影/アンドリー・パレーク、
原作/ダイアン・アッカーマン
出演
ジェシカ・チャスティン/アントニーナ、マイケル・マケルハットン/ヤン、ダニエル・ブリュール/ヘック
12月15日(金)TOHOシネマズみゆき座他全国公開
アメリカ、127分、字幕翻訳/松浦美奈、配給/ファントム・フィルム
http://zookeepers-wife.jp/

by Mtonosama | 2017-12-05 06:32 | 映画 | Comments(8)

ユダヤ人を救った動物園
~アントニーナが愛した命~
-1-

The Zookeeper’s Wife

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©2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.


「かわいそうなぞう」というお話をご存知ですか?
毎年、終戦記念日になると
ジャーナリストの秋山ちえ子さんが
このお話をラジオで朗読していたのを
お聞きになった方も多いと思います。

「かわいそうなぞう」は
児童文学作家・土屋由岐雄さんの
書いた童話です。

第二次世界大戦中の
上野動物園が舞台です。

あらすじ
東京でも空襲が激しくなり、
檻が破壊され、猛獣が逃げ出すのを
防ぐため、
動物たちの殺処分が決定されました。
ライオンやクマが殺され、
残るのは
象のジョンとトンキーとワンリー。
飼育員たちは泣く泣く毒餌を与えます。
でも、
賢い彼らは吐き出してしまいます。
毒を注射しようとしますが、
堅い皮膚で注射針は折れてしまいます。
結局は餓死を待つだけに――

お腹のすいた彼らは
前のように芸をすれば餌がもらえると
一生懸命に芸をします…

ああ、もうダメ。
書くだけでも泣けて泣けて――
昔も小さな子どもたちに読み聞かせようと
したのですが、嗚咽がこみあげ、
いつも最後まで読むことができませんでした。

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何にも知らない動物たちが
勝手に人間が始めた戦争で
殺されていったんですよね。

『ユダヤ人を救った動物園』を観て
「かわいそうなぞう」を
思い出してしまったのですが、
本作はユダヤ人300人を動物園の地下に匿い
その命を救った女性の実話です。

オスカー・シンドラーや
日本人外交官・杉原千畝と同様
ナチス支配下、自らの命の危険を冒してまで
ユダヤ人の命を救ったポーランドの夫婦
ヤンとアントニーナ。

彼らはナチスに追われたユダヤ人を
自分達が経営する動物園の地下に匿い
救ったのです。

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原作はダイアン・アッカーマンの
ノンフィクション作品「ユダヤ人を救った動物園
ヤンとアントニーナの物語」(亜紀書房)。
主演は話題作への出演が続く
ジェシカ・チャスティン

主人公アントニーナ・ジャビンスカが
そうであったように
彼女もライオン、象、シマウマ、ワラビーなど
動物たちとのリアルな触れ合いを通じて
アントニーナを演じ切っていました。

彼女はアントニーナの娘・テレサに会って、
直接話を聞き、
ワルシャワ動物園も訪問したそうです。

いつも思うのですが、
こういう若い俳優が80年近く前の
戦争時代のことを演じるのって
本当に大変でしょうね。

そして、
戦争は人間だけではなく、
なんの罪もない動物たちにとっても
むごすぎるできごとです。

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監督は1966年ニュージーランド生まれの
ニキ・カーロ。
彼女はこの映画を通じて
「ホロコーストを描きながらも
癒し、希望、心、人間性を描きたかった」
と言います。

さあ、一体どんなお話でしょうか。
続きは次回まで乞うご期待でございますよ。



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ユダヤ人を救った動物園
監督/ニキ・カーロ、脚本/アンジェラ・ワークマン、撮影/アンドリー・パレーク、
原作/ダイアン・アッカーマン
出演
ジェシカ・チャスティン/アントニーナ、マイケル・マケルハットン/ヤン、ダニエル・ブリュール/ヘック
12月15日(金)TOHOシネマズみゆき座他全国公開
アメリカ、127分、字幕翻訳/松浦美奈、配給/ファントム・フィルム
http://zookeepers-wife.jp/

by Mtonosama | 2017-12-02 05:46 | 映画 | Comments(4)