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タグ:インドネシア9・30事件 ( 2 ) タグの人気記事

アクト・オブ・キリング -2-
THE ACT OF KILLING

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©Final Cut for Real Aps,Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD,2012


本作を監督したのはジョシュア・オッペンハイマー監督。
1974年テキサス生まれ。
ハーバード大学とロンドン芸術大学に学び、
10年以上にわたり政治的な暴力と想像力との関係を研究するため、
民兵や暗殺部隊、そして、その犠牲者たちを取材してきた監督です。

本作でも最初は虐殺の生存者たちを撮影していましたが、
警察や軍、プランテーションの会社などによる妨害が相次ぎ、
生存者たちを撮影することは
監督たちだけではなく、生存者たちの身にとっても危険になってきました。

という次第で、
虐殺者たちを撮影することに方針転換した途端、
警察は、大量虐殺の起きた場所へと自ら案内し、
軍関係者は、撮影に支障が出ないように野次馬たちを遠ざけてくれるという変わりよう。
警察は虐殺者たちと冗談をかわしながら挨拶するなどいかにも親しげだったそうです。

わかりませんねぇ。

大勢の人を殺しながら、なぜその殺人者たちは楽しげに、裕福に、落ち込むこともなく、生きているのか。
そして、警察や軍関係者はそんな彼らと何故親しいのか。

彼らに家族を殺され、自分も危うい目にあった人たちが
なにゆえ何も言わずにいるのか。

事件後数十年経ち、地元のテレビ局はなぜ彼らの特集を組み(彼らを追及するためにではなく)、
彼らはその番組に顔も隠さずに出演し、視聴者たちも抗議することもなくその番組を視聴するのか。

虐殺の犠牲者には沈黙を強要しながら、なぜ虐殺者は選挙に出たり、テレビ出演したり、
笑いながら自分たちのやったことを宣伝できるのか。

それを当然のこととする政権のもとでなぜ国民たちは何も言えず生きているのか。

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で、監督は考えました。
もし虐殺者たちに自分たちのやり方で虐殺をドラマ化させたら、と。

「あなたが行った虐殺を、もう一度演じてみませんか?」

オープニングは藤原新也の写真のような空から始まります。
といってもわかりづらいですね。
モノクロの古い絵葉書に彩色した子どもの頃見た絵葉書のような色合い・・・

もっとわかりにくいか。
ま、とにかく物狂おしいような夕焼け色の空、静かな海。
海辺に佇む黒カビに蔽われたような巨大な魚のオブジェ。
その魚の口から次々に躍り出てくるショッキングピンクの衣装をつけた女たち。
それをみつめる同じくショッキングピンクの衣装をまとった樽のような体型の人物
とガンメタカラーのスーツに身を包み、ショッキングピンクのカウボーイハットをかぶった老人。

こ、これは、なんなんだ!
と戸惑いながら観ていると

スクリーンにおしゃれなスーツを着込んだ老人がにこやかに笑いながら登場します。
このダンディで陽気な人物が北スマトラでの虐殺リーダー、アンワル・コンゴでした。
街の映画館でダフ屋をやっていた街のごろつき。

アメリカ映画が大好きでシドニー・ポワチエに似ているのが自慢のアンワル。
そのファッションも物腰もアメリカ映画を意識しています。
当時はその大好きなアメリカ映画の上映に、共産党が異議を唱えるのが不満だった彼。

いってみればそれが、軍の要請に従い、9・30事件で誘拐、拷問、殺害を行った理由でした。
カメラに向って、いかに合理的に殺すかをモデルと針金を使って実演つきで再現します。
「鶴瓶の家族に乾杯」に登場する気の良いおじさんみたいです。

ヘルマン・コト。アンワルと行動を共にしている地元のギャング。
本作撮影中に、スハルト時代の与党から州議会選挙に立候補しています。落選しましたが。
パンチャシラ青年団という右翼的なならず者集団(全国に数百万人の団員を擁する強力な組織)に
属していたとき、劇団に在籍。
本作で見せた女装や演技はその経験の賜物です。

登場人物は皆かつての殺人者で、キャスティングからロケハンまで彼らが担当し、
オッペンハイマー監督に制作途中の映像を見せてもらいながら、積極的に映画制作に関わりました。

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エキストラとして出演した虐殺シーンで恐怖から泣きだしてしまった自分の娘をあやしたり、
あるいは出来あがった映画を「これがじいちゃんだよ」と膝の上の孫に誇らしげに見せたりします。

彼らは何も感じないのでしょうか。

でも、アンワル↑の上には思わぬ変化が訪れました。
被害者を演じる内に息苦しくなってしまったのです。
最初は、敵である共産党など、うんと苦しめて殺してやればいい、としか思っていなかったアンワル。
なのに、自分が殺される側を演じる時、
彼らもまた同じ心を持った人間だということに遅まきながら気づいてしまいました。

ですが、虐殺者たちの大半は罪の意識を感じることなく生活し、
それどころか、
正義の英雄としてふるまうことを認められています。
それを認める社会や政治体制ってなんなんでしょう。

彼らが出演するテレビを観て何も思わない人々は
自分たちが奇妙な体制下で生きているということなど考えつきもしないのでしょうか。
被害者の遺された家族たちはその目で恐怖を観てしまったために
それが自分たちの身にはふりかからないようにと思っているのでしょうか。

ショックを受けて観終わったとき、
クレディットにanonymous(匿名)という言葉が多いのに気づきました。
共同監督、撮影、録音、制作進行、メイク、音楽、振り付け、技術サポートなど
映画に関わった多くのインドネシア人や協力者たちは本名を明かすことが危険だからです。

本作はインドネシアでは2013年9月30日からインターネット上で無料公開されています。
もしかしたら、それを観て声をあげる人も出てくるかもしれません。

ぜひ、この奇妙な感覚と怖ろしさをご自分の目で確かめてごらんになってください。
とのの力では表現しきれません。





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アクト・オブ・キリング
監督/ジョシュア・オッペンハイマー、共同監督/クリスティーヌ・シン、匿名希望、撮影/カルロス・マリアノ・アランゴ=デ・モンティス、ラース・スクリ―、製作/シーネ・ビュレ・ソーレンセン、製作総指揮/エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォーク、アンドレ・シンガー、ヨラム・テン・ブリンク、トシュタイン・グル―デ、ビャッテ・モルネル・トゥヴァイト、制作プロダクション/ファイナル・カット・フォー・リアル(デンマーク)
4月12日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
2012年、デンマーク・ノルウェー・イギリス合作、インドネシア語、121分、日本語字幕/金子嘉矢、字幕監修/倉沢愛子、配給/トランスフォーマー
http://www.aok-movie.com/

by Mtonosama | 2014-04-02 06:31 | 映画 | Comments(8)
アクト・オブ・キリング -1-
THE ACT OF KILLING

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©Final Cut for Real Aps,Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD,2012


ああ、わからない。
こんなことを、地域が、世界が、許していたことが。
人はここまで明るく陽気に殺人できるということが。

こんなにも得意げな顔をして同胞を100万も200万も殺せる人間がいるのなら、
ハンナ・アーレントが同胞であるユダヤ人を敵に回してまで
「悪の凡庸」を訴えたことはどうなるのでしょう。

虐殺から40年近く経っていながら、虐殺者たちは反省どころか、
自慢げに自分たちが行ったことを映画にして、自分たちが出演しようというのです。

なんともショッキングな映画であります。
ああ、わかりません。

と、ひとりでわめいていても始まりませんね。
まずはインドネシアで何が起こったのかを見ていかねば。

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1965年9月30日。スカルノ大統領時代のこと。
スカルノ大統領――
1945年8月17日にインドネシアの独立を宣言した人物。
そう、あのデヴィ夫人の旦那さんだった大統領です。
そのスカルノ政権下で「9・30事件」が起こりました。


9・30事件
大統領親衛隊の一部が陸軍トップの6人の将軍を誘拐・殺害。
国営ラジオ局を占拠し、「9・30運動司令部」を名乗ってインドネシア革命評議会の設立を宣言。
クーデターを起こした国軍部隊は権力奪取に失敗しているので、正しくはクーデター未遂事件。
だが、一般に、未遂事件後のスハルトによる首謀者・共産党勢力の掃討作戦に関連する一連の事象全体を指して「9・30事件」と総称している。
1965年10月から翌3月までスマトラ、ジャワ、バリなどで100万人単位の人々が殺害されている。

映画に登場するのは
スハルト政権下で「9・30事件」の首謀者や共産主義者、華僑への虐殺を実行したチンピラたち。
自分たちのその行為を得々と語り、自らその時の様子の映画制作するところを
ジョシュア・オッペンハイマー監督が撮った入れ子構造のドキュメンタリー映画です。

事件の背景として、国軍と共産党の権力闘争、スカルノの経済政策の失敗にともなう国内混乱、マレーシアとの対立により国際連合脱退にまで至った国際政治におけるインドネシアの孤立などがあった。
この事件を契機として、東南アジア最大だったインドネシア共産党は壊滅し、初代大統領スカルノは失脚した。
インドネシア国内では「9月30日運動 Gerakan Tiga-puluh September」、略して「G-30-S」という。
また、クーデター部隊やその協力者をナチスのゲシュタポ(=恐怖政治のイメージ)にかけて、
「ゲスタプ(Gerakan September Tiga-puluh)」ともいわれる。(Wikipediaより)

目年増、耳年増のとのですが、
(あ、すいません。図々しかったです。目や耳に限定するまでもなく本物の年増です)
まったく知りませんでした。

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かつてオランダの植民地であったインドネシアは
戦後スカルノ大統領の下で植民地経済からの脱却をめざしていたんですね。
大統領は、当時勢力を拡大しつつあったインドネシア共産党をその支持基盤とし、
外交的にも親共路線を強めていました。

彼は外国企業の接収、新たな外資導入の禁止、欧米諸国を中心とした外資の排除を図ります。
また、植民地時代から経済分野で優勢な地位を固めていた華人を差別し、
さまざまな輸入品目の規制を図ることで地場産業の振興を図り、自立的な経済の樹立を目指しました。

ですが、これがうまくいきませんでした・・・

これらの経済政策は、
深刻な食糧不足とインフレ率数100%に達する末期的な経済状況を生み出してしまったのです。
さらに、スカルノ政権による外資凍結、外国企業接収は、
それらに利権を有していた欧米諸国からの非難もひきおこしました。

この危機的状況を乗り切るためにスカルノ大統領は民衆のナショナリズムを鼓舞。
その柱となったのがインドネシア国民党と宗教組織そして共産党の三者一体による挙国一致体制でした。

そこへ起きたのが「9・30事件」です。
事件への関与を疑われる難しい立場に追い込まれたスカルノ大統領。
当時、陸軍戦略予備軍司令官だったスハルトと会談しました。
そして、事件後の「治安秩序回復」に必要な全ての権限をスハルトに与えたのです。
これが後にスカルノ自身の政治生命を奪う致命傷になろうとは思いもよらなかったことでありましょう。
更に、この映画にあるような怖ろしい虐殺が起こることも・・・

あ、「9・30事件」前史だけで長くなりすぎてしまいました
知らなかった血塗られたインドネシア史ですが、
映画にはそのような画像はいっさい出てこないので、それだけはご安心を。
しかし、観客の想像力にとりついて離れないとんでもない手法の映画であります。
続きは次回までしばしお待ち下さい。
心肝を寒からしむる映画ではありますが、どうぞご期待下さいませ。



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アクト・オブ・キリング
監督/ジョシュア・オッペンハイマー、共同監督/クリスティーヌ・シン、匿名希望、撮影/カルロス・マリアノ・アランゴ=デ・モンティス、ラース・スクリ―、製作/シーネ・ビュレ・ソーレンセン、製作総指揮/エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォーク、アンドレ・シンガー、ヨラム・テン・ブリンク、トシュタイン・グル―デ、ビャッテ・モルネル・トゥヴァイト、制作プロダクション/ファイナル・カット・フォー・リアル(デンマーク)
4月12日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
2012年、デンマーク・ノルウェー・イギリス合作、インドネシア語、121分、日本語字幕/金子嘉矢、字幕監修/倉沢愛子、配給/トランスフォーマー
http://www.aok-movie.com/

by Mtonosama | 2014-03-30 06:53 | 映画 | Comments(4)