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殿様の試写室

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ミリキタニの猫《特別篇》
猫とアートと戦争と…(そして尊厳)

ミリキタニの猫
The Cats of Mirikitani

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(C) lucid dreaming inc.

実は『ミリキタニの猫』は
2006年に既に上映された映画です。
初公開から今年で10年。
10周年記念アンコールで上映されます。

10年前に本作を観る時、
ミリキタニというのはギリシャの人の名前か
あるいは地名かと思いました。
ミリキタニって、
テッサロニキとかその手のギリシアの言葉を連想させますよね。

ところがどっこい
ミリキタニというのは三力谷という日本の名字でした。
三力谷勤。

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当時80歳だったジミー・ツトム・ミリキタニ。
アメリカはサクラメントに生まれ、広島に育った日系アメリカ人画家です。
なかなか味わいのある猫の絵などを描いてNYの路上で暮らしていました。
路上は彼の住処でもあり、アトリエでもあった訳です。
2001年9月11日もあの世界貿易センターが間近に見える路上にいました。

変わったおじいさんがいるもんだなあ、と思って観ていましたが、
9.11世界貿易センターが崩れ落ちた日、
じいさん、もといジミー・ミリキタニの人生も映画の展開も大きく変わりました。
観客もその展開にとまどいながらもひきつけられていったのです。

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まずは定宿としていた路上に住めなくなって
本作の監督であるリンダ・ハッテンドーフの狭いアパートに
転がり込むことになりました。

9.11テロがきっかけとなってジミー・ミリキタニの波乱の人生をあぶりだしていくことになります。

彼が路上で描くのは
猫に日系人強制収容所、そして原爆。

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思わぬ過去がリンダ・ハッテンドーフ監督との共同生活から
ポロポロ見えてくるところがなんともドラマチック。

子供の頃、故郷の広島で行ったピクニック。
侍だった祖先。
抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロック、
真珠湾攻撃、
大戦時、強制収容所に入れられた何千人にも及ぶ日本人の顔をした「アメリカ人」、
収容所内でジミーを慕っていた猫好きだった男の子・・・

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お気楽に見えるミリキタニの人生には大変な歴史がありました。
そして、彼の描く絵はその人生の証言でもあった訳です。

彼とサンフランシスコの詩人ジャニス・ミリキタニが親戚だということが判明したり、
ツールレイクの収容所を出て以来、会っていなかった姉が生存していたり、
監督と共に過去をめぐる旅にでかけたミリキタニの周囲に起こる奇跡。

2002年ツールレイク強制収容所への巡礼ツアーで
元収容者達と跡地で再び接したミリキタニには
いつものお調子者の気配はありませんでした。

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そして60年ぶりの姉との再会。
なんという人生だったことでしょう。

2001年9月11日のテロが60年前の戦争の影を引きずり出し、
埋もれる筈だった一人の老人の歴史を
改めて学ばせてくれた稀有なドキュメンタリー映画でした。

人生の不思議さを思わせるのはミリキタニと監督との出会いが
この映画を生み出したこと。
そして彼にとっても監督にとっても本作が大きな転機になったであろうということ――

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10年ぶりに本作を観ましたが、
人生ってすごいなあと今回も思いました。

『ミリキタニの猫』はこれでおしまいですが、
なんと今回はおまけの二本上映。

当試写室では前編後編にわけてのご紹介ですが、
リアル映画館では『ミリキタニの記憶』という新作短編と同時上映です。

さ、次回は『ミリキタニの記憶』を上映しますよ。
どんなお話かは乞うご期待でございます。



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☆8月5日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

ミリキタニの猫
監督・プロデューサー・撮影・編集/リンダ・ハッテンドーフ、プロデューサー・撮影/マサ・ヨシカワ、編集/出口景子
出演ジミー・ツトム・ミリキタニ(三力谷勤)、ロジャー・シマムラ、ジャニス・ミリキタニ、カズコ・ナガイ
8月27日(土)ユーロスペースにてロードショー
74分、配給/湖畔八丁目

by Mtonosama | 2016-08-05 05:40 | 映画 | Comments(6)