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タグ:ダニエル・タノヴィッチ監督 ( 2 ) タグの人気記事

鉄くず拾いの物語 -2-
AN EPISODE IN THE LIFE OF AN IRON PICKER

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この映画の主人公セナダとナジフ夫妻は貧しいロマ人。
夫ナジフは鉄くず拾いをして妻と二人の娘を養っています。

ロマ人。
以前はジプシーと呼ばれていた人たちです。
呼び名が変わっても、偏見や差別は残るし、
貧しさゆえに更に差別を受けるということもあります。

2011年の年の瀬、ロマの女性セナダが保険証を持っていないために手術を受けられない
という記事が新聞に載りました。
それを読んで怒り心頭に発したタノヴィッチ監督、
「こんな不条理は、映画にして世の中に訴えねば」と立ち上がり、
ためらう当事者たちを説き伏せ、なんと9日間で完成させたのが本作であります。

素人も素人、一度も演技経験などないにもかかわらず、
夫のナジフ・ムジチはベルリン国際映画祭で主演男優賞を受賞したというのですから、
大したものです。
画像を見てもおわかりのように立派なお顔立ちでもありますし、
その存在感たるや半端じゃありません。

さあ、どんなお話なのでしょうか。


ストーリー
ボスニア・ヘルツェゴヴィナに住むナジフとその妻セナダは2人の娘と暮らし、
セナダは3人目を身ごもっていた。
ナジフは鉄くずを拾い、それを売って生計を立てている。
貧しくはあるが、穏やかで幸せな日々。

ある日、ナジフが帰宅するとセナダが倒れていた。
翌日近所の人に車を借り、病院へ向かう。
診断は、5ヶ月の胎児はお腹の中で死んでおり、
今すぐ専門病院で手術しないとセナダも危険だというものだった。
しかし、その手術代は保険証を持っていない彼らには到底支払うことのできない金額。
ナジフは分割払いを願うが聞き入れられず、妻を伴い、むなしく帰宅。
翌日は死にもの狂いで鉄くずを集め、国の組織に助けを求めるため、街へも出かける。
すると、ある組織の女性が病院側にかけあってくれることになり、家までセナダを迎えに来てくれた。
ところが、セナダは病院へ行ってもまた断られるだけ、と家を出ようとしない。

そんなとき、ナジフに1本の電話が入る。
義理の妹が保険証を貸してくれるというのだ。
急いで、近所の人に車を借り、義妹のもとへ向かう。

保険証を手に別の病院へ急行。
すぐに手術が行われ、「もう少し遅れていたら大変なことになっていた」と告げられる。

ほっとしたのも束の間、家へ戻ると電気が止められていた。暖房も照明もつかない。
電気代と薬代を得るため、ナジフは修理して使おうと思っていた車を解体し、売りに行くのだった……

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2013年2月。
ナジフとセナダはタノヴィッチ監督から名前をとり“ダ二ス”と名付けた3人目の子ども
を抱いてベルリン国際映画祭の会場にいました。
映画は銀熊賞ダブル受賞、エキュメニカル賞特別賞も受賞し、三冠に輝きました。
そして、主演男優賞を受賞したナジフ・ムジチはなんと保険証と定職も手に入れたのです。

良い話でしょう?

ダ二ス・タノヴィッチ監督、「ノー・マンズ・ランド」で見せてくれた才能は本ものでした。
戦場カメラマンならではの作品です。
実際9日間で撮影という離れ業も、戦争中、同じような状況で
ドキュメンタリー映画を撮っていた監督にとってはとりたてて大変なことではなかったとのこと。

戦争は終わっても、まだまだ闘い続ける熱い監督であります。





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☆2014年1月13日に更新しました。新成人のみなさん、おめでとうございます!☆

鉄くず拾いの物語
監督・脚本/ダニエル・タノヴィッチ
出演
セナダ・アリマノヴィッチ、ナジフ・ムジチ
2014年1月11日(土)新宿武蔵野館、2月1日(土)梅田ガーデンシネマほか全国順次ロードショー
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ=フランス=スロベニア、2013年、74分、配給/ビターズ・エンド、http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/

by Mtonosama | 2014-01-13 06:56 | 映画 | Comments(6)
鉄くず拾いの物語 –1–
AN EPISODE IN THE LIFE OF AN IRON PICKER

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「ノー・マンズ・ランド」(’02公開)という映画をご記憶でしょうか。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの監督ダ二ス・タノヴィッチのデビュー作です。
ボスニア紛争中、いがみ合う男たちの不条理な運命を皮肉めいた笑いを交えて描き出しました。
塹壕の中から顔だけのぞかせている兵士のラストシーンがなんとも印象に残る映画でした。

当時、すごい映画だなぁ、とびっくりしたので、
「鉄くず拾いの物語」がこのダ二ス・タノヴィッチ監督作品と聞いてとびつきました。
そして、これまたびっくり!
なんていうか、現実の事件をその当事者が演じることで再現した映画なんです。
プロの俳優は出演していません。
ドキュメンタリーではなく再現ドラマならぬ再現映画でした。

それにしても、ダ二ス・タノヴィッチ監督。熱い人です。


ダ二ス・タノヴィッチ監督
1969年ボスニア・ヘルツェゴヴィナ生まれ。サラエボのフィルム・アカデミーで習作を撮った後、92年のボスニア戦争勃発と同時にボスニア軍に参加。「ボスニア軍フィルムアーカイヴ」を設立。戦地の最前線で300時間以上の映像を撮影、その映像はルポルタージュやニュース映像として世界中で放映された。
94年にベルギーに移住して再び映画を学ぶ。2001年にボスニア紛争を描いた「ノー・マンズ・ランド」で監督デビューを果たし、アカデミー賞外国語映画賞、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞など幾多の賞を受賞。05年にはエマニュエル・ベアール、キャロル・ブーケなどフランスを代表する俳優たちを起用し、クシシュトフ・キエロフスキの遺稿を映画化した「美しき運命の傷跡」を発表。その後、コリン・ファレル主演の「戦場カメラマン 真実の証明」(‘09)「Circus Columbia」(‘10)で戦争とその結果について描いた。08年ボスニア・ヘルツェゴヴィナで「私たちの党」という民族主義にとらわれない多民族政党を設立。しかし、自身は党首とはならず、あくまで映画監督としての立場を貫いている。

まだ40代のタノヴィッチ監督がこの映画に描こうとしたのは
あの戦争を経た後も、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに存在する差別です。
ボスニア紛争(‘92 ~‘95)時、最前線で人々の勇気や献身を眼にしてきた監督だけに
戦争から10数年経った今、社会的に恵まれない人々から眼を逸らしたり、
自分たちの周囲にある恐怖をないものとするような社会を
余計に許すことができないのでしょう。

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この映画はロマ人の女性セナダにふりかかった事件を描いたものです。


熱血監督ダニエル・タノヴィッチが描きたかったのは何か――

続きは次回で。
乞うご期待でございます。



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☆2014年1月10日に更新しました。いつも応援してくださって本当にありがとうございます☆

鉄くず拾いの物語
監督・脚本/ダニエル・タノヴィッチ
出演
セナダ・アリマノヴィッチ、ナジフ・ムジチ
2014年1月11日(土)新宿武蔵野館、2月1日(土)梅田ガーデンシネマほか全国順次ロードショー
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ=フランス=スロベニア、2013年、74分、配給/ビターズ・エンド、http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/

by Mtonosama | 2014-01-10 05:42 | 映画 | Comments(4)