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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

タグ:チベット ( 6 ) タグの人気記事


2016 BEST10 OF
殿様の試写室
-4-

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エディンバラ城内にある軍用犬のお墓。
“CEMETARY FOR SOLDIERS’DOGS”とありました。

『天使の分け前』(’13 ケン・ローチ監督)にもエディンバラ城は出てきましたよね。
あ、そうそう『ワン・デイ 23年のラブストーリー』(’12 ロネ・シェルフィグ監督)
にも出てきた!
アン・ハサウェイ可愛かったです。

あ、すいません。
今日の映画はエディンバラではなく、チベットです。

行きます。



第3位

ラサへの歩き方 ~祈りの2400km~
Paths of the soul

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いつも言っていますが、チベットが好きです。
チベットのものすごい自然に圧倒されます。

BS3で女優さんやタレントさんが
トレッキングするドキュメンタリーをやっていたことがあります。
あれって必ず最後に彼女たちべソベソ泣いていたじゃないですか。
あれが嫌いで、嫌いで―――
「泣くなよ」と毒づいていました。
(あ、ほら、高校時代は山岳部だったもので)

ところが、
自分がチベットや四川省の山々を見た時、自然に涙が流れていました。
崇高、厳かというのはこの山々のためにあるような言葉です。

『ラサへの歩き方』は中国四川省国境に近いチベットの小さな村から
聖地ラサを経てインドに近いカイラス山までの2400kmの道のりを
巡礼する村人たちの道中を描いた壮大なロードムービーです。
究極のロードムービーと言ってもいいでしょう。

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北京の胡同を舞台にした『こころの湯』(‘99)
『胡同のひまわり』(‘05)のチャン・ヤン監督の作品ですが、
最初、中国人監督によるチベット映画と知って
ちょっと疑わしく思ってしまいました。
だって、ダライ・ラマやチベット仏教を目の敵にする中国ですよ。
ご都合主義の映画になっているんじゃないかな、と心配したんです。

『こころの湯』も『胡同のひまわり』も
たしかに人情味あふれる映画でした。
登場するのは良い人ばっかりでしたしね。

でも、五体投地でシャクトリムシのように進む農民たちの姿を撮影した本作から
チャン・ヤン監督の大きな変化を見てとることができました。

感動作です。

当試写室では7月に上映しました。
http://mtonosama.exblog.jp/25448626/ http://mtonosama.exblog.jp/25459677/

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by Mtonosama | 2016-12-28 06:00 | 映画 | Comments(2)

ルンタ
-2-
Lung Ta

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©Ren Universe 2015

池谷監督はなんどもなんどもチベットを舞台に映画を作ろうとしました。
ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞してから25年以上が経ちましたが、
チベットを取り巻く状況は良くなるどころか、悪化の一途を辿っています。

そうこうする間にチベットでは抗議の焼身自殺が始まりました。
今年4月10日付けの「チベットnow@ルンタ」 http://blog.livedoor.jp/rftibet/ には
チベット国内で138人、国外も合わせれば143人ものチベット人が焼身しているとあります。
でも、日本のメディアはこのことを報道しないんですね。

「チベットnow@ルンタ」を書いている中原一博さんは
ダラムサラの地で、名もないチベット人たちの焼身を悼み、
日々ブログを書き続けています。

悼み――
この作品を見て中原さんはチベットの「悼む人」なんだ、と思いました。
http://mtonosama.exblog.jp/23616090/ http://mtonosama.exblog.jp/23627557/

映画の中で、中原さんは焼身した人々の、
焼身したその場所に向い、手を合わせます。

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中原一博
1952年広島生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科及び理工学部卒業。
インド北部ラダックを旅行中、チベット仏教建築に魅せられ卒業論文のテーマにしたのが
きっかけとなってチベット亡命政府と出会う。
1985年、亡命政府の専属建築士として家族ともどもダラムサラに移住。
亡命政府の庁舎や僧院、学校などの建築物の設計を担当。
代表作の「ノルブリンカ・インスティチュート」は慈悲の象徴である千手観音を
全体のプランに用い、9年かかって完成させた。
1997年「ルンタプロジェクト」を発足し、
チベット本土でデモを行い、逮捕され、刑務所で拷問を受けた後に
インドに逃れた元政治犯の支援を始める。
自ら資金を集め、設計したルンタハウスで彼らの学習・就労支援を行う。
2008年、チベット全土に抗議活動が拡がると「チベットnow@ルンタ」から
チベット人の非暴力の闘いを発信し始める。
翌2009年に焼身抗議が始まると全ての焼身者のリポートを送り続けている。

さて、本作のタイトルにもなっている「ルンタ」ですが、
その意味はチベット語で「風の馬」(幸運という意味もあります)。
天を駆け、人々の願いを仏や神々に届けると信じられています。
チベット仏教文化圏に入るとあちこちに色とりどりの旗(タルチョ)
がはためいているのをご覧になったこともあるかと思います。
その中にルンタ=風の馬がいます。

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どんな映画でしょう。

ダラムサラの僧院の壁に一面に貼られた焼身者の遺影。
19歳で焼身した少女。その生い立ちを辿る中原。
チベット本土でデモを行い、逮捕され、服役した元尼僧は刑務所内で拷問を受けていた。
彼女は穏やかにその体験を語る。
中原が設計したルンタハウスでは施設の運営資金を賄うため日本食レストランが営まれ、
元政治犯の自立を助けるためのミシン工房や、
コンピュータや英語、チベットの歴史を教える学校もある。
ダラムサラで開かれた亡命チベット人コンサートでは民族衣装をまとった男性歌手が
焼身者を讃える歌を歌い、子どもたちがステージに飛び入りし、無邪気に踊りまわる。
ダラムサラで行われたダライ・ラマ14世の法話。
仏教の教えは「他に害をなさぬこと」と説く法王。
自分の名前を呼びながら炎に包まれる焼身者を思う法王の悲しみ。
24年間刑務所で耐え抜いた老人に「なぜ拷問に屈しなかったのか」と訊ねた中原に
「自分たちがひどい目にあっているのは中国のせいではなくそれぞれが積んだ業(カルマ)の結果なのだ」
と答えた老人……

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合間に焼身者たちへの慰霊と祈りをはさみながら映画は進行します。

心優しいチベット人。
勇ましい遊牧民として乗馬にたけたチベット人。
敬虔なチベット人。

どこまでも蒼い空と山々。
その雄大な自然を点綴するかのようにはためく五色のタルチョ。

ラスト。
タルチョに埋め尽くされた山の中を「これは何?」と戸惑いながら歩く中国人観光客。
「え、そんなことも知らずにチベットへ来たのかよ」
と心中で毒づくとのはなんて品性下劣なんでしょう。

非暴力による抵抗が焼身しか残されていないチベットの悲しさ―――
140人を超える焼身者。
せめて、彼らの死を心にとどめたい、忘れないでいたい、と思いました。

悼む人である中原さんの痛みを分かち合うことができれば、と思います。
突き刺さってくる映画でした。





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ルンタ
企画・編集・監督/池谷薫、製作/崔洋子、撮影/福居正治、音響構成/渡辺丈彦、チベット語題字/ソナム・トプギャル、声明/ダラムサラ・ギュト僧院、製作・配給/蓮ユニバース
出演
中原一博、ダムチュ・ドルマ、ジャミヤン・ジンバ、ロプサン・ノルブ、ソナム・トプギャル、山崎直子、タンチョク・ニマ、ツェペル・ラモ、ダライ・ラマ14世テンジン・ギャンツォ
7月18日(土)公開
2015年、日本、カラー、1時間51分、日本語&チベット語
http://lung-ta.net/

by Mtonosama | 2015-07-09 06:49 | 映画 | Comments(2)

ルンタ
-1-
Lung Ta

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©Ren Universe 2015


5月に当試写室で『ダライ・ラマ14世』を上映したばかりですが、
またまたチベットを撮った映画『ルンタ』が登場します。

監督は池谷(いけや)薫氏。
『蟻の兵隊』(‘05)という中国残留日本兵のドキュメンタリー作品を撮影し、
鮮烈な印象を与えた監督です。

池谷薫監督
1958年東京生まれ。
同志社大学卒業後、12本のNHKを含むテレビ・ドキュメンタリーを演出した。
初の劇場公開作となった『延安の娘』(‘02)は
文化大革命に翻弄された父娘の再会を描いた作品。
ベルリン国際映画祭など世界30数カ国で絶賛され、
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞、
ワン・ワールド国際人権映画祭ヴァーツラフ・ハベル特別賞ほか多数受賞した。
2作目の『蟻の兵隊』(‘05)は中国残留日本兵の悲劇を描き、
記録的なロングラン・ヒットを放った。
3作目の『先祖になる』(‘12)は東日本大震災で息子を失った木こりの老人が
家を再建するまでを追ったドキュメンタリー。
ベルリン国際映画祭エキュメニカル賞特別賞、
香港国際映画祭ファイアーバード賞(グランプリ)、文化庁映画賞大賞、
日本カトリック映画賞を受賞。
2008年から2013年まで立教大学現代心理学部映像身体学科の特任教授。
卒業制作としてプロデュースした『ちづる』(‘11、赤崎正和監督)は全国規模で劇場公開。

著書
「蟻の兵隊 日本兵2600人山西省残留の真相」(‘07 新潮社)
「人間を撮る ドキュメンタリーが生まれる瞬間」(‘08 平凡社、日本エッセイスト・クラブ賞受賞)など。

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『蟻の兵隊』。
2005年というと、もう10年も前のことになるのですね。
作品の中で中国残留兵士だったおじいさんが当時のことを淡々と語る様子に、
父を想い起した映画でした。
戦争中、父も中国へ一兵士として行きましたが、
戦争も末期になると、「との軍曹。今から八路軍に加わりなさい」
と中国共産軍からの呼びかけが行われたそうです。
父の話では「日本語で呼ばれたぞ」ということですが、
7年前に父は亡くなってしまったので、確認するすべはありません。
呼びかけられたのは父だけではなかったと言っていました。
日本側の様子はあちらに筒抜けだったのでしょうか。
との軍曹が呼びかけに応じてそのまま中国に留まっていれば、
とのは存在していなかったわけです。
思わぬ方向から今ここにある自分の運命に目を向けることになった作品でした。

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さあ、そんな池谷薫監督の新作です。
『延安の娘』『蟻の兵隊』『先祖になる』に続き、
今回も作品を通じて「人間の尊厳とは何か」という問いへの答えを求めた監督。
本作『ルンタ』では慈悲や利他の心に支えられたチベット人の非暴力の戦いが
悲しくなるほど心をうちます。

池谷監督はダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した時に
「TBS報道特集」で1時間のドキュメンタリーをまとめました。
その時、法王へのインタビューを中心に、亡命チベット人の暮らしを伝えたのですが、
その際、出会ったのが中原一博さんでした。
当時、チベット亡命政府の専属建築士だった中原さんは今もダラムサラに暮らし、
「チベットnow@ルンタ」 http://blog.livedoor.jp/rftibet/ というブログを発信しています。

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この中原さんのブログにアクセスなさってください。
日本では報道されない事実に驚かれると思います。

続きは次回に。
乞うご期待でございます。



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ルンタ
企画・編集・監督/池谷薫、製作/崔洋子、撮影/福居正治、音響構成/渡辺丈彦、チベット語題字/ソナム・トプギャル、声明/ダラムサラ・ギュト僧院、製作・配給/蓮ユニバース
出演
中原一博、ダムチュ・ドルマ、ジャミヤン・ジンバ、ロプサン・ノルブ、ソナム・トプギャル、山崎直子、タンチョク・ニマ、ツェペル・ラモ、ダライ・ラマ14世テンジン・ギャンツォ
7月18日(土)公開
2015年、日本、カラー、1時間51分、日本語&チベット語
http://lung-ta.net/

by Mtonosama | 2015-07-06 05:47 | 映画 | Comments(2)
オロ -2-
OLO.The boy from Tibet

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子どもの出生率が少ないとまくしたてながら、
適切な手を差し伸べられないようなどこかの不器用な国もありますが、
どんな国でも、どんな時代でも、どんな民族でも、おとなは子どもに未来を託すもの。

子どもが生まれたり、孫が生まれると、
人が様変わりしてしまうのは
自分によく似たこの小さな存在がこれからの時代を生きていくことに、
知らず知らずの内に喜びと期待を託しているからなのでしょうね。きっと。

オロ少年のおかあさんもそうだったのでしょう。
まだ6歳のオロを遠い国へ旅立たせるのは不安も大きかったけれども、
おかあさんはチベットとオロ自身の未来を託したのでしょう。
それは、まだ6歳のオロがその肩に負うには重すぎる未来だったかもしれませんけど。

ヒマラヤ山脈の北側に広がるチベットは、今は中国の一部になっています。
1959年にダライ・ラマ14世が亡命し、インド北部のダラムサラにチベット亡命政府を樹立して早や半世紀以上。
現在のチベット難民数はインド・ネパールを中心に全世界で約15万人と言われています。

オロが、笑顔の陰に隠してなかなか語ろうとしないチベットからのつらい旅の後、
辿り着いたダラムサラのチベット子ども村(Tibetan Children’s Village)は,
危機に瀕するチベット語、チベット文化の教育機会を子どもたちに与えたいという
ダライ・ラマ14世の意向で1960年に設立されました。
現在はインド各地で7校が運営され、約15,000人が学んでいます。

オロのおかあさんが「しっかり勉強してくるんだよ」とオロを送りだしたのは
この学校でチベットの言葉やチベットの文化を学ばせたかったんですね。

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ストーリー
監督の「よーい、スタート」の声を受けて、ダラムサラの路地を駆け抜けるオロ。

チベット子ども村で勉強するオロ少年は6歳の時、母と別れ、この地にやってきました。
だから、学校が長い休みを迎えるとおじさんの家で過ごします。
おじさんは遠い親戚。中国と闘い、中国の刑務所に入ったこともある人です。

ダドゥン姉妹はチベット子ども村の同級生。休みはいつも一緒に遊びます。
今日はダドゥンの誕生日。ダドゥン姉妹とオロの歌合戦を楽しそうに見守る姉妹の母ラモ・ツォおばさん。でも、この家には姉妹の父親の姿はありません。

今日はダドゥン姉妹の父ワンチェンの映画上映会です。
ワンチェンさんは実はこの映画を撮ったために中国警察に逮捕され、刑務所にいるのです。
ラモ・ツォおばさんは観客に夫の無実を訴えます。

夏休みも終わり、山の上のお堂で五体倒地のお参りをした後、
ヒマラヤが眺望できる丘にたたずむオロ。

f0165567_7172944.jpg冬休み。ダラムサラの街に5年ぶりの大雪が降った日、オロは岩佐監督に誘われて旅に出ます。
監督の友人のツェワンさんも通訳として一緒に来ました。
3人はインド・ネパール国境を越え、バスに乗ってネパールのポカラに向います。

ポカラにあるタシ・パルケル難民キャンプには、監督が10年前に作った映画
「モゥモチェンガ」(‘02)の主人公モゥモチェンガおばあちゃんが住んでいるのです。
オロはおばあちゃんに礼をつくした挨拶をし、おばあちゃんの親戚の三姉妹のおねえさんたちともすぐに仲良くなりました。

三姉妹の家で開いてくれた歓迎の宴でオロは歌います。
宴の中心にある焚火と姉妹たちの暖かいもてなしに心が溶けたかのように、
今まで決して語ることのなかった亡命のつらい体験を語り始めるオロ。

チベットのことを語り合うおばあちゃんとオロ。
歳は離れていても故郷への想いは同じです。
おばあちゃんはもうチベットに戻ることはできないでしょうが。
オロもまた6歳の時に別れて以来一度も会っていない母を想って祈ります……

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ドキュメンタリー映画でありながら、夢のような、幻想のような映画です。
過酷なチベットの置かれた状況を描きながら、逞しく、明るい人々が登場します。
辛いこともあれば、楽しいこともある人生。
もちろん楽しい日々もそうですが、辛い日々だっていつまでも続くことはない筈です。
辛い日々の中にも楽しいひとときはあります。
「生きるということはそもそも大変なことなんだよ。だから、笑える時には笑おうよ」
とオロくんやおばあちゃんたちに教えてもらったような気がしました。

チベットの路上で見た五体倒地の巡礼の一行の姿をまた思い出しました。





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オロ
監督/岩佐寿弥、プロデューサー/代島治彦、撮影/津村和比古、音楽/大友良英、絵・題字/下田昌克、編集/代島治彦、整音/滝澤修、通訳・コーディネーター/ツェワン・ギャルツェン、ボランチ/南椌椌、制作・配給/スコブル工房、企画・製作/オロ製作委員会
現地コーディネーター/中原一博、チベット語監修/貞兼綾子、翻訳/クンチョック・シタル、ロディ・ギャツオ、ソナム・ツェリン、ドルマ・セーリング、日本語字幕/赤松立太、特別協力/ダライ・ラマ法王日本代表部事務所、チベット子ども村
出演
オロ、姉ダドゥン、妹ラモ・ドルマ、ダドゥン姉妹の母ラモ・ツォ、ダドゥン姉妹の父ドンドゥップ・ワンチェン、ダラムサラのおじさん、長女ドルマ、次女デチェン、三女ツェリン・ラモ、三姉妹の両親、モゥモ・チェンガ、チベット難民受付センターで出会う青年、ホーム23の友達
6月30日(土)ユーロスペース他全国順次ロードショー
2012年、108分、日本、チベット語・日本語、http://www.olo-tibet.com/

by Mtonosama | 2012-07-06 07:27 | 映画 | Comments(6)
オロ -1-
OLO.The boy from Tibet

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2007年。ですから、5年前ですね。チベットへ行きました。
子どもの頃からこの地に憧れていたのと、ボタラ宮をこの目で見てみたかったからです。
それと鳥葬にも強い関心がありました。怖いもの見たさですかねぇ。
あ、もちろん、鳥葬は見ることはありませんでしたが、
ガイドさんからチベットにはいろいろな弔いの形があることを聞きました。
ちょっとここではご紹介できない内容なので、悪しからず、でございます。

両手、両膝、額という五体を地面にこすりつけながら礼拝する五体倒地をしながら、
聖地へ向かう巡礼の一団も目にしました。
このように厳しい礼拝の姿勢を自らに課すチベットの人たちは
それほどまでに現世に絶望しているということか、と身が震えました。

そして、壮麗なボタラ宮に感動しつつ、本来ならここでダライ・ラマ14世が執務し、祈りを捧げているのだろうに、
とチベットの抱える政治的、宗教的な諸問題にも想いをめぐらせた印象深い旅でした。
更に私的なことでありますが、チベットから帰ってすぐの秋、父が大腸がんの手術を受け、
翌2008年3月に亡くなったことによってもこの国の印象は深く刻まれてしまいました。

「オロ」は、6歳のときにヒマラヤを超え、チベットからインド北部の町ダラムサラに亡命した少年の物語です。

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チベット。
とのが抱く私的なチベットへの印象や、チベットが抱える悲しく厳しい現実。
そして、本作の岩佐寿弥監督が岩波映画出身の監督とあって、
必要以上に、暗く重い映画を想像していました。

が、しかし・・・・・
本作に限らず、先入見にとらわれるというのは世間を狭めますね。絶対に。

「オロ」のお蔭で、ダラムサラに亡命しているチベット人の思いがけない明るさに驚くと同時に、
チベットを舞台にする映画に抱いていたイメージがガラリと変わりました。


岩佐寿弥監督
1934年生まれ。映画作家・TVディレクター。1959年に岩波映画入社。岩波映画時代の任意の運動体「青の会」のメンバーでもあった。1964年フリーランスに。
映画「ねじ式映画―私は女優?―」(‘69)、「叛軍No.4」(‘72)、「眠れ蜜」(‘76)、「モゥモチェンガ」(‘02)
TV作品「プチト・アナコ―ロダンが愛した旅芸人花子―」(‘02)など海外取材によるTV作品多数。
2005年「あの夏、少年はいた」(川口汐子共著)を出版。この本を原作としたドキュメンタリードラマ「あの夏~60年目の恋文~」(‘06)がNHKで放映される。

そして、「オロ」。
先ほども言いましたが、これに登場するチベットの人々の意外な明るさに救われました。
と同時に、ドキュメンタリー映画という表現形式が案外幅の広いものなのだな、
ということにも瞠目させられました。
実際、未だにこれをドキュメンタリー映画とひとからげに呼んでしまっていいのか、迷います。

オロ少年が岩佐監督から映画の主演依頼を受けて
「きっとカンフーみたいな映画なんだろうけど、僕はあまり上手じゃないしなぁ」
と思ったその当惑に似ています。

6歳の時「しっかり勉強するんだよ」と母親に励まされ、チベットから亡命。
苦労を重ねてダラムサラまでたどり着き、チベット子ども村で勉強するオロ少年。
そのドキュメントというより、言ってみればビルドゥングスロマン
(Bildungsroman:主人公の人格の形成・発展を中心として書いた小説。ドイツ文学の主流のひとつ)
のように観てしまいました。

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下田昌克さんによる狼のイラストがめっちゃ可愛いし、
登場人物の似顔絵も色鉛筆の優しいタッチで素敵です。
そんなイラストがそこここに出てくるドキュメンタリー映画、いえ、ビルドゥングズロマン映画。
今までに観たことのなかった映画でした。

どんなお話かは次回までお待ちくださいね。



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オロ
監督/岩佐寿弥、プロデューサー/代島治彦、撮影/津村和比古、音楽/大友良英、絵・題字/下田昌克、編集/代島治彦、整音/滝澤修、通訳・コーディネーター/ツェワン・ギャルツェン、ボランチ/南椌椌、制作・配給/スコブル工房、企画・製作/オロ製作委員会
現地コーディネーター/中原一博、チベット語監修/貞兼綾子、翻訳/クンチョック・シタル、ロディ・ギャツオ、ソナム・ツェリン、ドルマ・セーリング、日本語字幕/赤松立太、特別協力/ダライ・ラマ法王日本代表部事務所、チベット子ども村
出演
オロ、姉ダドゥン、妹ラモ・ドルマ、ダドゥン姉妹の母ラモ・ツォ、ダドゥン姉妹の父ドンドゥップ・ワンチェン、ダラムサラのおじさん、長女ドルマ、次女デチェン、三女ツェリン・ラモ、三姉妹の両親、モゥモ・チェンガ、チベット難民受付センターで出会う青年、ホーム23の友達
6月30日(土)ユーロスペース他全国順次ロードショー
2012年、108分、日本、チベット語・日本語、http://www.olo-tibet.com/

by Mtonosama | 2012-07-03 06:48 | 映画 | Comments(6)
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雪の下の炎Fire under the Snow

「われわれはぁ、闘うぞぉ」
オールドな世代なら、その昔、大学構内で耳にしたこともあるフレーズであります。
でも、その闘いのほとんどは卒業までに消えていってしまったようで…

ところが、このチベット僧パルデン・ギャツォさんは33年間に及ぶ投獄と拷問にも
その意志を屈することなく闘い続け
76歳の今もなお、インド北部ダラムサラを拠点にチベットと世界の平和のために闘っています。
あのネルソン・マンデラ氏(当試写室で‘08年5月に紹介した「マンデラの名もなき看守」をご覧ください)
の獄中生活も27年でしたが
劣悪で不潔な環境の中、残酷な拷問を受けながら、何十年も投獄される……
想像を絶する苦しさです。

1950年、チベット人解放という旗を掲げた中国軍がチベットへ侵入して以来、59年という歳月が流れました。
(「セブン・イヤーズ・イン・チベット」(‘96)で中国軍が砂塵を巻き上げてチベットに侵入するシーンがものすごかったですね)
しかし、それは解放などではなく
天然資源の豊富なチベットを支配下に置くための侵略でした。
9年後、チベット国内では抗議行動が激化、民族蜂起が起きました。

その年、穏やかな抗議活動に参加しただけだった28歳の僧侶・パルデンさんは逮捕。
そして、裁判もなく、懲役7年の実刑を受けたのです。
それからは厳しい尋問と拷問に責めさいなまれる日々…

中国人の尋問官に「チベットはチベット人のもの」と答え続ける彼は
その度に厳しい暴行を受けました。
彼の歯が全部抜けてしまったのは、その時の電気ショックが原因です。

パルデンさんは脱獄しました。
しかし、途中でつかまり、その後2年間にわたり、手錠と足枷をつけられたまま、過ごすことになります。

刑務所で23年、労働改造収容所と拘置所で10年を過ごし
61歳になっていたパルデンさんは1992年、33年間に及ぶ投獄生活を終えました。
その後、インドに亡命し、現在はダライ・ラマ師のいるダラムサラに住んでいます。
ですが、パルデンさんはこの地にあっても、闘い続けます。

     ビョークやオノ・ヨ―コなどチベットを支援するアーティストの集った
     第1回チベタン・フリーダム・コンサート。
     1996年、サンフランシスコで開かれたこのコンサートに参加した多くのアーティストの中で
     マイクを握っていたのがパルデン・ギャツオさんでした。

     2006年、トリノ冬季オリンピックで、2008年のオリンピックが中国で開催されることに
     抗議し、死を賭けたハンガーストライキを決行するチベット人の中にも
     73歳のパルデンさんがいました。

「この歳になってもまだ闘い続けるのは非業の死を遂げた彼らのため」
と言ってパルデンさんは涙を拭います。

パルデンさんはとても穏やかで、優しい顔をしています。
彼が経験した理不尽な投獄生活や拷問を強いた中国人を恨む気持ちはないのでしょうか?
彼はこんなことを言うんです。
「暴行の責任がすべて彼らにあるわけではない。殴り方が甘いと、彼らも職を失うことになる。愛国心が足りないと、非難されることになる

     この映画を作ったのはNY在住の日本人女性ドキュメンタリー作家・楽真琴(ささ・まこと)。
     NYでパルデン・ギャツオの自叙伝「雪の下の炎」と出会い、感銘を受け
     ダラムマサラに旅立ち、パルデンさんを取材しました。
     さらに、インド、アメリカ、イタリア、チベットを巡り、パルデンさんの友人や元政治囚、
     フリー・チベット活動家の証言も撮影しました。

チベット問題を浮き彫りにし
民族の自立とは何かを鋭く問いかけてくる映画です。
同時に76歳の老僧の不屈の精神には頭を垂れるしかありません。
何もできない自分が恥ずかしくなります。

     一昨年、チベットを訪れました。
     標高4千メートルを超える山々にチベット人の魂の拠点ともいえるチベット寺院があります。
     その中に破壊されている寺院が。
     ガイドに訊ねると「紅衛兵がやってきて壊したのです」ということでした。
     高山病をものともせず、山を登り、チベット人のよりどころを破壊する中国人の執念に
     たじろいだ殿です。

雪の下の炎
監督・プロデューサー/楽真琴
出演/パルデン・ギャツオ、ダライ・ラマ14世他
4/11(土)よりアップリンクにて公開
http://www.uplink.co.jp/fireunderthesnow/

『雪の下の炎』
パルデン・ギャツオ著/檜垣嗣子訳
ブッキング発行
2,625円

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by mtonosama | 2009-03-30 06:19 | 映画 | Comments(6)