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殿様の試写室

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©YALLA FILMS - WILD BUNCH - FRANCE 3 CINEMA.
敵こそ、我が友
~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~
Mon Meilleur Ennemi

  敵の敵は味方、敵の味方は敵?二重否定が苦手です。
すんなり肯定文で語ったら、わかりやすいのに、なんで二重否定にするの?
「おいしくないことはない」。
もう!はっきりおいしい、と言えばいいではないですか。
殺してないことはない、悪くないことはない。
殺したんでしょ?悪いんですよっ!
と、世の中、簡単に行けば、こういう映画は作られないわけで…

     強制収容所が連合国軍兵士たちによって解放されるシーン。
    痩せさらばえたユダヤ人収容者たち、
    縦縞の薄汚れた囚人服を着せられたかれらがヨロヨロしながら金網の外へ出てきます。
    さわやかで健康的なアメリカ軍兵士はかれらにとっては解放者です。
    それにひきかえ悪鬼のようなドイツ兵士。

         これがアメリカ映画のお約束といえる描き方。
         アメリカにとってナチスは大いなる敵だったはず。

    クラウス・バルビー
    ゲシュタポとしてドイツ占領下のフランスで多くのユダヤ人やレジスタンスの活動家を
    殺し、拷問し、強制収容所へと送り込んだドイツ人。
    かつての映画なら、戦後は存在しないはずの人間です。
    しかし、彼は第二次世界大戦後、仇敵アメリカ陸軍情報部に入り、
    反ソ・反共産運動のスパイとして働きました。
    アメリカもまたナチである彼の情報を利用するため、彼を守り抜きます。
    フランスからの身柄引き渡し要求を逃れるため、バルビーを南米に亡命させたのも
    アメリカ陸軍情報部でした。
 
     1951年南米ボリビアに到着した彼はクラウス・アルトマンと名を変え、
    ボリビア軍将校やボリビア在住の元ドイツ軍将校と交流を持ち、関係を深めていきます。
     1964年ボリビア軍事政権樹立の陰の立役者であり、
    チェ・ゲバラの暗殺計画にも関わった人物なのです。

     1983年ボリビアから追放され、仏領ギアナで逮捕されるまで、
    戦後約半世紀歴史の闇の部分で暗躍したバルビーですが、
    その間に彼の戦争犯罪は時効を迎えていました。

     戦争犯罪の時効は20年です。
    1965年には逃亡中のナチス戦犯は無罪放免されてしまいます。
    それを防ぐため1964年に立法化されたのが
    「人道に対する罪」には時効がないという法律でした。
    これがあったためにバルビーの裁判は可能になりました。

     しかし、もしも、この法律がなければ、バルビーは平然と生き続けていたのでしょうか?
    そしてボリビアの地にドイツ第四帝国を打ち立て、
    ハーケンクロイツの旗をたなびかせようとしたのでしょうか?

     ケヴィン・マクドナルド監督はバルビーの実の娘、歴史学者、弁護士、
    バルビーの友人、ボリビアの内務大臣、そしてバルビーの被害者たち、
    多くの人々にインタビューし、
    それぞれの立場から多面的にバルビーの実像を描きだしていきます。
    実の娘が「パパはやさしい人だったわ」と言っても、
    バルビー個人の犯罪性、残虐性は歴史学者や被害者たちが実証します。
    あるいは法律家がアメリカ政府の意図を客観的に証言します。
 
     バルビーは結局終身刑を受け、刑務所内で病死しましたが、
    そんなバルビーもおそらくはアメリカ陸軍情報部の庇護がなければ
    生き延びることさえできなかったでしょう。 

     巨大な国家権力がナチズムを信奉し続けた個人(=クラウス・バルビー)を
    利用したことによって、チェ・ゲバラは殺され、ボリビアの平和は後退しました。

     歴史は単純な肯定文だけでは語れません。
    知らなかった重い現実の前に深いため息が出ます。

     http://www.teki-tomo.jp/ 
    7月26日、銀座テアトルシネマ他にて公開
by Mtonosama | 2008-07-03 09:28 | 映画 | Comments(2)