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               ヒマラヤ 運命の山 -2-
                     NANGA PARBAT

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               ©Nanga Parbat Filmproduktion GmbH &Co.KG2009

   山岳映画を観るとき、俳優たちの大変さはもちろんですが、同時に、気になるのはカメラの存在です。
                重い機材を持ち、撮影するだけでもハードなのに、
            自分もまた俳優たちに合わせて登攀しなくてはならないんですよね。

  本作で、そんな難行苦行を果たしたのは監督・プロデューサー・撮影監督のヨゼフ・フィルスマイアーです。
                   「スターリングラード」(‘93)の監督です。
     72歳の監督は、若い俳優やスタッフたち同様、3,500mの標高にあるベースキャンプから、
           その日の内に4,800mまで登り、3日後には6,000mまで登ったとのこと!
                  夜には脈拍が135になり、眠れなかったそうです。
    これ、経験あります。心臓が、小鳥の心臓みたいに早いペースで脈打ち、闇の中で鼓動だけが耳にドクドクと響いてくるのです。              

                しかし、どんなに大変な思いをしようとも、苦労と作品は別物。
    映画という作品をつくりあげるのですから、「大変だったんだよ~」ですませてもらっては困ります。
                 一観客が偉そうなこと、言っちゃってますけどね。

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       標高8,000mという未知の世界を知るには映画を観ていただくしかないわけですが、
           まずはザクッとストーリーを。さあ、一体、どんなお話なのでしょう。

ストーリー
1957年南チロル。13歳のラインホルトと11歳のギュンターは山登りが大好きな仲の良い兄弟。
2人は自宅の裏に拡がる渓谷を眺めては、ヒマラヤにあるナンガ・パルバートに想いを馳せていた。
しかし、その山は多くの登山家が頂上に至ることなく命を落とした「人喰い山」として知られる山だった。

数年後、兄ラインホルトは大学生、弟ギュンターは銀行に勤務。
2人の願いは今もプロの登山家になることだった。

1969年、ラインホルトがナンガ・パルバート ルパール壁の初登攀をめざす遠征隊に選ばれる。
ギュンターは外れてしまったが、遠征隊の一人が参加できなくなり、ラインホルトはギュンターを推薦。
2人揃って念願のヒマラヤへ行くことが決まった。
ナンガ・パルバート初登攀に向けてカール・マリア・ヘルリヒコッファー博士を隊長として遠征隊が編成される。博士は医師であり、登山家。ナンガ・パルバート登頂に挑戦して亡くなったヴィリー・メルクルは博士の実兄だった。彼はルパール壁への度重なる挑戦と失敗を重ね、《今度こそは》の想いに熱く燃えていた。

遠征隊のメンバー、フェリックス・クーエンはオーストリア軍隊出身の登山家。
ラインホルトに対して競争心を抱き、組織とチームワークを重んじるヘルリッヒコッファー隊長にも従順だった。隊長のプランに従ってベースキャンプを出発する遠征隊チーム。
だが、天候の悪化によりキャンプに戻らざるを得なくなったチームは苛立ちを隠しきれない。
隊長の指導力に疑問を抱き始める者も。

遠征隊が分裂していく中、ラインホルトとギュンターの兄弟は最後のアタックに挑戦。
フェリックスも2人の後を追う。悪天候をついて、ひとり山頂をめざすことを決めたラインホルト。
ギュンターはザイル確保のため途中のポイントに残るよう、兄から指示される。
だが、いつも兄の二番手であることに不満を隠しきれないギュンターは兄を追って山頂を目指す。
そして、遂に兄弟はナンガ・パルバート ルパール壁初登攀に成功。
だが、その喜びも束の間、下山途中、ギュンターは高山病のため、予定していた下山ルートをたどることができなくなってしまう……


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             遠征隊内部の人間関係、兄と弟の間に潜む屈折した心理、
           ラインホルトと隊長との軋轢、初登攀をかけた人間模様や栄誉欲――
                    そうしたドロドロしたものを描きながらも、
      圧倒的な存在感とともにスクリーンに拡がるのは神々しいまでのナンガ・パルバートです。

                    イギリスの登山家ジョージ・マロリーが、
      ニューヨーク・タイムズ紙の記者の「なぜあなたはエヴェレストをめざすのか?」との問いに
               「そこに山があるから」と答えたとか答えなかったとか。

        山に登るのは、山がそこにあるからかもしれないし、征服したいからかもしれないし、
      国の威信がかかっているからかもしれないし、資金提供者への責任があるのかもしれないし、
                    ま、いろんな理由があるとは思うんです。

      しかし、最終的にそんな地上のできごとを雪崩のように押し流し、覆い尽くしてしまうのは、
                   やはり峨々として聳えるヒマラヤの山々です。

    「なぜ山岳映画を観るのか?」と問われたら「そこに山が映っているから」と答えてしまうとのです。

        

                             

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ヒマラヤ 運命の山
監督/ヨゼフ・フィルスマイアー、原作著作/「裸の山 ナンバ・パルバート」(山と渓谷社)、脚本/ラインホルト・クロス/スフェン・ゼフェリン、プロデューサー/ヨゼフ・フィルスマイアー、撮影監督/ヨゼフ・フィルスマイアー、カメラ/ペーター・フォン・ハラー、ヘルムフリート・コバー、ヤコブ・フォン・レンテ、アドバイザー:ラインホルト・メスナー、グスターボ・サンタオラヤ(『バベル』)
出演
フロリアン・シュテッター(『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々』)/ラインホルト・メスナー、アンドレアス・トビアス/ギュンター・メスナー、カール・マリコヴィクス(『ヒトラーの贋札』)/カール・マリア・ヘルリヒコッファー博士、シュテファン・シュローダー/フェリックス・クーエン、ユーレ・ロンステッド/アリス・フォン・ホーベ、レナ・シュトルツェ(『マーラー 君に捧げるアダージョ』)/メスナー兄弟の母、セバスティアン・ベッツェル/ペーター・シュルツ、フォルカー・ブルフ/ゲルド・バウル、ミヒャエル・クランツ/ハンス・ザーラー、マルクス・クローエル/ラインホルト・メスナー(子供時代)、ロレンツォ・ヴァルヒャー/ギュンター・メスナー(子供時代)、ホルスト・クメス/メスナー兄弟の父、マティアス・ハビック/司祭、アレクサンダー・ヘルド/ブルダ議員、ズニー・メルレス/外交官の妻、ミゲル・ヘルツ=ケストラネク/外交官
8月6日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋他全国順次公開
2009年、ドイツ映画、カラー、104分、配給:フェイス・トゥ・フェイス、配給協力:ドリームマックス
www.himalaya-unmei.com

by mtonosama | 2011-07-23 06:31 | 映画 | Comments(8)
               ヒマラヤ 運命の山 -1-
                       NANGA PARBAT

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               ©Nanga Parbat Filmproduktion GmbH &Co.KG2009

                      実は、とのは昔、山ガールでした。
                 150年も生きてると、なにやかやと手を出すものです。

       ま、山ガールといってもニッカーボッカーにチロリアンハット、チェックの長袖シャツといった
                  山ファッションしかなかった時代の山ガールですが。

                        西穂高、八幡平、尾瀬―――
                女子高の山岳クラブに属していたので、この程度の活動です。
                  でも、西穂高では滑落事故だって経験しているんですよ。
        山道から足を踏み外し、斜面を滑り落ちながら、必死でそこに生えている熊笹を握りしめ、
                       谷底までの墜落を免れました。

          こんな驚異的な運動神経を示しているのに、熊笹にしがみついたとのを覗き見ながら
            笑い転げていたクラスメイトたち、130年経った今も忘れちゃいませんからね。

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             今から41年前、標高8,000mを超えるヒマラヤで、似たような―――
                        いえ、まるっきり違います^_^;

               1970年6月27日、ヒマラヤ山脈ナンガ・パルバート。標高8,125m。
      世界最大の標高差4,800mの偉容を誇るルパール壁を世界で初めて登りきった兄弟がいました。
                     ラインホルト&ギュンター・メスナー兄弟です。

                          しかし、登頂成功から4日後、
         当初予定していなかった下山場所に現れたのは兄ラインホルト・メスナーだけでした……

          地上8,000mの世界で繰り広げられる自然の猛威、巨大な岩壁に手をかけ、足をかけ、
               アイゼンを打ち込み、一歩一歩しがみつくように登っていく兄弟の姿。
         41年前に起こった実話を、当該人物であるラインホルト・メスナーのアドバイスを受けて
                     完成した山岳映画が本作。「ヒマラヤ 運命の山」です。

ラインホルト・メスナー(登山家・冒険家・作家・政治家)
1944年イタリアの南チロル(ドイツ語圏)に教師の息子として生まれる。
パドヴァ大学建築科を卒業、一時期数学教師として中学校で教鞭を取っていた。
 
現在はトレンティーノ=アルト・アディジェ州の名誉市民で、
自身が所有する13世紀頃に建築された城で生活している。
この城は自治体から競売で購入したものである。

18歳頃から東アルプスで500回を超える登攀をこなし、
1969年も三大北壁の中でも最も難易度が高いとされるアイガー北壁を当時の世界最短記録で攻略。
1970年ナンガ・パルバート登頂を皮切りに17年の歳月をかけて
1986年には人類史上初となる8000メートル峰全14座完全登頂という登山史における大金字塔を打ち立てた。
1975年、ガッシャーブルムI峰でハーベラーと組み世界初の8000メートル峰アルパイン・スタイル登頂をなしとげる。
1978年、ナンガ・パルバットで、世界初の8000メートル峰、ベースキャンプからの単独・アルパイン・スタイルで登頂。
さらに同年、ハーベラーとのコンビで人類初のエベレスト無酸素登頂に成功。
1980年には途中、一度クレバスに転落する事故を乗り越えてエベレスト無酸素単独登頂の偉業を成し遂げた。
1990年には92日間をかけ徒歩で世界初の南極横断に成功した。
(Wikipediaより)

                彼の登山スタイルであるアルパイン・スタイルというのは
            ヒマラヤのような高い山にもヨーロッパ・アルプスと同じ格好で登ること。
           つまり、酸素マスクも使わず、登山家の力だけで登るスタイルをいいます。
                
                富士山の八合目で高山病になったとのには信じられません。
                   どうぞ、良い子は真似をしないでくださいね。

           ラインホルト&ギュンター・メスナーが世界で初めて登ったナンガ・パルバート。
8,125mで世界第9位の標高をもつパキスタンの山で、ウルドゥ語で「裸の山」を意味します。
その名の由来は、周囲に高い山がないから。
“nanga”はサンスクリット語で「裸、はだし」の意味です。
南側のルパール岳は標高差4,800m(アイガー北壁1,800mの約3倍の高さ)。
世界最大の標高差を誇り、屈指の登攀困難なルート(初登攀はラインホルト&ギュンター・メスナー)。
西側のディアミール壁も難壁として知られています。
初登頂までに何度もドイツ隊が挑み、多くの遭難者を出したことから”人喰い山“と恐れられていました。

           さあ、「ヒマラヤ 運命の山」。一体どんな登山を経験させてくれるのでしょうか?
            続きは次回までのお楽しみ。どうぞ、しっかり身体を鍛えておいてくださいね。

                                 

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ヒマラヤ 運命の山
監督/ヨゼフ・フィルスマイアー、原作著作/「裸の山 ナンバ・パルバート」ラインホルト・メスナー(山と渓谷社)、脚本/ラインホルト・クロス/スフェン・ゼフェリン、プロデューサー/ヨゼフ・フィルスマイアー、撮影監督/ヨゼフ・フィルスマイアー、カメラ/ペーター・フォン・ハラー、ヘルムフリート・コバー、ヤコブ・フォン・レンテ、アドバイザー:ラインホルト・メスナー、グスターボ・サンタオラヤ(『バベル』)
出演
フロリアン・シュテッター(『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々』)/ラインホルト・メスナー、アンドレアス・トビアス/ギュンター・メスナー、カール・マリコヴィクス(『ヒトラーの贋札』)/カール・マリア・ヘルリヒコッファー博士、シュテファン・シュローダー/フェリックス・クーエン、ユーレ・ロンステッド/アリス・フォン・ホーベ、レナ・シュトルツェ(『マーラー 君に捧げるアダージョ』)/メスナー兄弟の母、セバスティアン・ベッツェル/ペーター・シュルツ、フォルカー・ブルフ/ゲルド・バウル、ミヒャエル・クランツ/ハンス・ザーラー、マルクス・クローエル/ラインホルト・メスナー(子供時代)、ロレンツォ・ヴァルヒャー/ギュンター・メスナー(子供時代)、ホルスト・クメス/メスナー兄弟の父、マティアス・ハビック/司祭、アレクサンダー・ヘルド/ブルダ議員、ズニー・メルレス/外交官の妻、ミゲル・ヘルツ=ケストラネク/外交官
8月6日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋他全国順次公開
2009年、ドイツ映画、カラー、104分、配給:フェイス・トゥ・フェイス、配給協力:ドリームマックス
www.himalaya-unmei.com

by mtonosama | 2011-07-20 06:46 | 映画 | Comments(8)