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殿様の試写室

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ニーチェの馬 -2-
The Turin Horse


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画面はモノクロ、登場人物は2人。これといったせりふもなく、延々と繰り返す日常・・・・・

あ、皆さま、ここでひかないでください。

なんたって、ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サント、ブラッド・ピット、ティルダ・スウィントンといった
そうそうたる映画人が敬愛するタル・ベーラ監督。
ハンガリーが生んだ鬼才ですし、自ら最後の作品と公言した作品です。これを見逃すわけにはいきません。

さ、どんなストーリーかというと・・・・・


ストーリー
吹きすさぶ風の中、農夫は馬車馬に鞭をいれながら町からの長い道のりを走り続けてきました。
そして、一本の裸木の生えた荒野の一軒家にたどり着きます。
迎えに出た娘と共に風に吹きまくられながら、厩の扉を開け、馬を休ませます。
その間に娘は馬のくびきを外し、荷車を納屋に。
日々やり慣れた動作。
父も娘も一連の動作を無駄なくこなしていきます。
翌朝。まだ風は吹き続けています。神経を逆なでするような風の音。
粗末なベッドで目覚めた娘は服を着ます。厚ぼったい靴下。重そうなスカート。上着。
それらを身につけると、風の中を井戸まで水を汲みに行きます。
お湯を沸かし、じゃがいもを茹で、父を起こし、片手の不自由な父の着替えを手伝う。
一杯の蒸留酒と茹でたじゃがいも1個の朝食を済ませ、父は町へ行くために厩へ向かいます。
しかし、疲れ果てた馬は動こうとしません。
それでも、娘はいつものように厩を掃除し、馬に飼葉を与えます。
次の朝が来ました。馬は相変わらず動こうとはしません。餌も食べません…

ストーリーというほどのストーリーではありません。
農夫とその娘の6日間を描き、朝起きてから寝るまでを撮っているだけ。
食べるものにも、生活のリズムにも変化はありません。
そう、日常そのものなのです。日常以上に日常です。

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2人は農場で暮らし、井戸から水を汲み、食事はジャガイモ1個。
唯一の収入源は馬と荷馬車。父は荷馬車仕事をし、娘は家事をします。
貧しく単調な生活です。
彼らの動きは所作もリズムも判で押したように変わらず、
このまま死ぬまで日常と言う牢獄の中で暮らしていくだけのようにみえます。
その中で、まず馬が走ることを拒絶し、毎朝水を汲む井戸の水が涸れます。
つまり、父娘の間で細々と回っていた小宇宙が少しずつ狂い始めたのです。

さすがに、ここで父娘は行動を起こしました。
所帯道具を荷馬車に積み込み、父が馬のひもを引き、娘が馬車をひきます。
2人と1頭は裸木の生える丘を登り、新しい土地をめざします。
が、狂ったように吹きすさぶ風の中、一行は再び元の家に戻ってきてしまいました。
次の日、娘はテーブルに突っ伏したまま働くことをやめてしまうのでした。

これを警告と見るか、寓話と見るか、それは私たちの自由です。

父と娘の6日間。
その昔、神は6日間で世界を創造し、7日目を安息日としました。
娘も6日目に働くことを止めます。そして、翌日は安息日。
きっとリセットされるに違いない、と思いたいのですが、どうもそんな様子もなさそう。

2人の日常の中に、祈るという行為は皆無でしたから、
祈りは2人の日常から排除されているのでしょう。神もいないのでしょう。

極限まで切り詰められたせりふ。
映画を通して聞こえてくるのは気が狂ったような旋律で終始うなり続ける風の音。
父と娘の6日間をここまで暗く絶望的に描いた映画がこれまであったでしょうか。

多分、私たちが既に頭の片隅で描いている人生を思いっきり暗い絵の具で描きだしたのが
「ニーチェの馬」なのかもしれません。
この映画を監督として最後の置き土産にしていくタル・ベーラさん、
ちょっと酷ですわ。
とのはいまだに朝起きてストーブの前でフリースやら厚いタイツを着こむとき、
この娘になりきってしまっています。
考えてみれば、誰の日常もこの娘たちと似たりよったりかもしれませんものね。

「倫敦から来た男」以上にワンシーン、ワンシーンが記憶にからみつき離れていきそうにはありません。

タル・ベーラ監督、お願いです。
最後の作品なんて言わないでほしいんですけど。






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ニーチェの馬
監督/タル・ベーラ、脚本/タル・ベーラ、クラスナホルカイ・ラースロー、撮影/フレッド・ケルメン、音楽/ヴィーグ・ミハイ
出演
ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュ
2012年2月11日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
ハンガリー=フランス=スイス=ドイツ、2011年、154分、モノクロ、配給/ビターズ・エンド
http://bitters.co.jp/uma/

by mtonosama | 2012-01-31 06:40 | 映画 | Comments(10)
                ニーチェの馬 -1-
                      The Turin Horse

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映画の紹介などということをしていますと、館内が暗くなり、映画が始まると同時に、
書き出しはこんな風にして、こういう展開でいこう、などと考えるイヤな習性が身についてしまうものです。

タル・ベーラ監督の「ニーチェの馬」。
前作「倫敦から来た男」(‘09)http://mtonosama.exblog.jp/12336364/
で異様なまでに長いテークとスローな展開を見せられたため、
しばらくの間、映画のシーンが頭にこびりついて離れませんでした。
ま、これはある意味、至福ともいえる体験かもしれません。
本作も期待と不安が半々という感じで鑑賞しました。

冒頭、モノクロの画面に登場するのはスマートとは言い難い大きな馬。
冬枯れの景色の中をこの馬が荷馬車をひいてドカドカと走っています。
馬を鞭打ち、走らせるのは無骨な農夫。
雪なのか、砂埃なのか、猛烈な風に吹きまくられて何やら白いものが荒ぶる馬を覆っています。
風に散らされた落葉も飛び交っています。
蹄が未舗装の道を蹴る音と共に、狂ったように吹きすさぶ風の音。
不安感を募らせるような音楽もすごい。何かが起きそうです。
前作とは違ってこれはまた躍動感に満ち溢れていますよ。
しかし、タル・ベーラ監督、やはり、その映画技法に揺るぎはありませんでした。
それも前作よりはるかに揺らぎません。

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 ©Marton Perlaki

実は「ニーチェの馬」は監督として最後の作品となります。
1955年生まれでまだ60歳にもならない監督。
本作でベルリン国際映画祭・銀熊賞(審査員グランプリ)、国際批評家連盟賞をW受賞したにもかかわらず、
「もうカメラに触ることはない」という彼の決意は固いようです。
「これからは若い人に場所を譲る」とも語ったとか。何かに絶望したのでしょうか?

1889年トリノ。ニーチェは、鞭打たれ疲れ果てた馬車馬をみつけ、
泣きながら馬の首を抱きそのまま発狂したといいます。
この逸話を聞いて「果たしてその後、馬はどうなったのか」という疑問から、
生まれたのが本作「ニーチェの馬」です。
タル・ベーラ監督はこの話の映画化に長く執着しており、今回の映画化で念願を果たした、
というのが真相らしいのですが。
う~ん、果たしてそれだけなのか?

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約40年間にわたり映画を撮り続け、カンヌ、ベルリンなど大きな映画祭で受賞してきた監督。
タル・ベーラ監督の7時間半に及ぶ大作「サタンタンゴ」はルーヴル美術館で上映され、
ニューヨーク近代美術館(MOMA)で特集上映を組まれたことは、
3年前当試写室で上映した「倫敦から来た男」でもお伝えしました。

モノクロームではありながら濃厚な黒は、あらゆる色を含んでいるという底深さを感じさせますし、
白はまた光そのものような明るさであります。

やはり、これは芸術です。それもアートというカタカナではなく旧漢字の藝術。
東京藝術大学の藝術です。

タル・ベーラ監督の最後の作品、さてどんなお話なのでしょうか。


                                

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☆2012年1月28日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

ニーチェの馬
監督/タル・ベーラ、脚本/タル・ベーラ、クラスナホルカイ・ラースロー、撮影/フレッド・ケルメン、音楽/ヴィーグ・ミハイ
出演
ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュ
2012年2月11日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
ハンガリー=フランス=スイス=ドイツ、2011年、154分、モノクロ、配給/ビターズ・エンドhttp://bitters.co.jp/uma/

by Mtonosama | 2012-01-28 08:06 | 映画 | Comments(10)