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タグ:バルバラ・スコヴァ ( 2 ) タグの人気記事

ハンナ・アーレント -2-
Hanna Arendt

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(C)2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl, MACT Productions SA, Metro Communicationsltd.


本作の監督、マルガレーテ・フォン・トロッタは「ローザ・ルクセンブルグ」(‘86)の監督でもあります。
ドイツ史に名を残す女性を描いてきた彼女。
1942年生まれのドイツ映画を代表する女性監督です。


マルガレーテ・フォン・トロッタ
60年代に住んでいたパリでヌーヴェル・ヴァーグやイングマール・ベルイマンの作品に影響を受けた後ドイツに帰り、女優としても活躍。1971年フォルカー・シュレンドルフの「ルート・ハルプファスの道徳」(‘71)への出演をきっかけに同年シュレンドルフと結婚。脚本や短編映画の制作に関わるようになり、「第二の目覚め」(‘78)で監督デビュー。その後1975年に「カタリーナ・ブルームの失われた名誉」で単独での監督デビューを果たす。

「ローザ・ルクセンブルグ」でカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したバルバラ・スコヴァが
本作でもハンナ・アーレントを主演しています。
芯のある女性たちが撮り、そして、演じた、芯のある哲学者の映画です。
さあ、どんなお話なのでしょうか。


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ストーリー
1960年、何百万人にものぼるユダヤ人を強制収容所に送り込んだ責任者アドルフ・アイヒマンが逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報部に逮捕された。そのニュースは世界中を駆け巡る。

NY在住のドイツ系ユダヤ人で著書「全体主義の起原」で名声を得ていた哲学者ハンナ・アーレントは
アイヒマンの裁判の傍聴を希望。雑誌「ザ・ニューヨーカー」に傍聴記録の執筆を提案した。
高名な哲学者の要望は即座に受け入れられる。

親友のアメリカ人作家メアリー・マッカーシーはハンナの決意を称える。
だが、夫のハインリヒ・ブリュッヒャーだけは強制収容所で受けた彼女の心の傷を心配していた。

1961年、イスラエルに到着したハンナは家族のような信頼で結びついているクルト・ブルーメンフェルトを訪ねる。彼はユダヤ国家再建を願う熱心なシオニストだ。

アイヒマンの裁判が始まった。
傍聴を重ね、彼の証言を聞き、観察し続ける内に、
ハンナはこの男が凶悪な怪物のような存在ではなく、
凡庸な普通の人間に過ぎないのではないか、と思い始める。

「アイヒマンは命令に従ったに過ぎない」と判断し、主張するハンナにクルト達シオニストは激怒。

イスラエルからの帰国後、ハンナはなかなか原稿を進めることができずにいた。
学生時代の師であり恋人でもあり、ナチスに入党したハイデガーとの想い出が頭をよぎり、
さまざまな証言者たちの言葉に心が揺れる。
そんな時、夫ハインリヒが動脈瘤破裂で入院。
ハンナの必死の看病で一命をとりとめはしたが、執筆はますます遅れるばかりだった。

アイヒマンに死刑判決。それをきっかけにハンナは執筆を再開する。
第1稿を旧友ハンス・ヨナスに見せる。
だが、彼も彼女の主張に反論。その原稿を発表しないように懇願するのだった。

1963年、書き上がった原稿を読んだニューヨーカー誌の編集部は連載と出版を決める。
だが、発売直後、その反響の大きさに編集部は驚くことに――
「ハンナ・アーレントによるアイヒマン擁護」と非難の声が轟き、
編集部には抗議の電話が殺到したのだ。
大学の同僚たちもハンナを攻撃し、
今や、彼女の味方は夫ブリュッヒャーと親友メアリーとロッテだけになってしまった。

郊外にひきこもっていたハンナのもとにイスラエル政府関係者が訪れ、出版の中止を警告する。
その時、彼らの口からクルト・ブルーメンフェルトの重病を知らされたハンナは、急ぎイスラエルへ。
だが、クルトも彼女に背中を向けるのだった。

ニューヨークへ戻ったハンナは更に激しい嵐に巻き込まれる。
続々と届く誹謗と中傷の手紙。大学からつきつけられる辞職勧告。

ハンナは学生への講義という形をとり、初めての反論を決意するのだった……

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作品の中でハンナ・アーレントはハイデガーとの恋の悩みに悶々とするわけでもなく、
愛に生き、学問の道を捨てるなどということももちろんなく、
強制収容所からの脱出というアクションシーンを見せてくれもしません。
ただ、ひたすら、悪について、それに対応する正義について、
不器用なほど必死に考えるだけです。

自分自身ユダヤ人であり、シオニストの友人を持ち、強制収容所に入れられたこともあるハンナが
私情をはさむことを排し、対象であるアイヒマンを冷静に観察します。
世間におもねる判断を下せば、世界中を敵に回すことはなかったのに、
と軟弱なとのなどは思ってしまいました。

4年間という短い年月の中にここまでハンナ・アーレントの思想と人生を凝縮させた監督の力量と
バルバラ・スコヴァの演技にぐうの音も出ないほど追いつめられました。


俳優たちの迫真の演技の中で、そこだけ実写でスクリーンに映し出されるアイヒマンの凡庸さ、普通さに、
ハンナならずとも拍子抜けするような心持になります。うまい演出です。
こんな男に、存在を否定され、人生を絶たれてしまったユダヤ人の無念さが今さらながら胸に迫ります。

それだけに、復讐に終わることなく、対象を凝視しつづけた
ハンナの哲学者としての生き方にはあらためて瞠目させられます。

本作はハンナ・アーレントという女性ではなく
ハンナ・アーレントという哲学者、もっといえば人間ハンナ・アーレントを描いた映画です。
思考し続ける人、まさに「人間は考える葦である」ということを実感しました。

それにしても、世間というものはなんと大勢に与しやすいものでありましょう。
非難するとなると一斉に非難し、他の考えに耳を貸すことなどいっさいない。
こういうのって、この国でもいっぱい見てきたような気がします。





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☆10月23日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

ハンナ・アーレント
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ、脚本/パメラ・カッツ、マルガレーテ・フォン・トロッタ、製作/ベッティナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン、撮影/キャロリーヌ・シャンプティエ、美術/フォルカー・シェイファー
出演
バルバラ・スコヴァ/ハンナ・アーレント、アクセル・ミルベルク/ハインリヒ・ブリュッヒャー、ジャネット・マクティア/メアリー・マッカーシー、ユリア・イェンチ/ロッテ・ケイラー、ウルリッヒ・ノエテン/ハンス・ヨナス、ミヒャエル・デーゲン/クルト・ブルーメンフェルト、ニコラス・ウッドソン/ウィリアム・ショーン、サーシャ・レイ/ローレ・ヨナス、ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ/シャルロッテ・ベラート、クラウス・ポール/マルティン・ハイデガー、フレデリック・ベヒト/学生時代のアーレント、ミーガン・ケイ/フランシス・ウェルズ、トム・レイク/ジョナサン、ハーヴェイ・フリードマン/トーマス・ミラー
10月26日(土)より岩波ホールにてロードショー
114分、ドイツ語・英語、カラー・モノクロ、日本語字幕/吉川美奈子、協力/German films、配給/セテラ・インターナショナル、http://www.cetera.co.jp/h_arendt/

by Mtonosama | 2013-10-23 07:08 | 映画 | Comments(10)
ハンナ・アーレント -1-
Hanna Arendt

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(C)2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl, MACT Productions SA, Metro Communicationsltd.


ハンナ・アーレント。
ユダヤ人女性哲学者です。

哲学者を描いた映画としては「サルトルとボーヴォワール」(‘06)がありまして、
当試写室でも以前上映いたしております。
http://mtonosama.exblog.jp/16795799/ http://mtonosama.exblog.jp/16808562/
こちらは世界に名立たるカップルのプライベートな側面を描いたものでありました。

ですが、本作「ハンナ・アーレント」はハンナさんの女性的側面や愛やら恋やら
プライバシーやらを暴く作品ではありません。

とは申しましても、彼女、かのハイデガー先生と恋仲になったり、
その恋に破れた翌年、ユダヤ人哲学者ギュンター・シュテルンとやけっぱちで結婚したかと思えば、
スパルタクス団(のちのドイツ共産党)のハインリヒ・ブリュッヒャーと出会い、再婚するなど
となかなか恋多き女性ではあります。

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まずは、彼女の生い立ちをご覧いただきましょう。

ハンナ・アーレント
1906年10月14日 ハノーファーのユダヤ人家庭に生まれる。
14歳でカントとヤスパースに影響を受け、哲学を学ぶことを決意。
1924年 マールブルグ大学に入学。
マルティン・ハイデガーに師事。不倫関係に。
その後、フライブルグ大学でフッサールに、ハイデルベルグ大学ではヤスパースに師事。
1928年 ヤスパースの指導による博士論文「アウグスティヌスの愛の概念」を執筆。
1929年 ギュンター・シュテルンと初婚。
1933年 ナチスの政権掌握。短期間拘束されるが、パリに亡命。
ハイデガー、ナチスに入党。
パリでユダヤ人青少年のパレスティナ移住を支援する組織の資金調達活動に携わる。
1937年 ハインリヒ・ブリュッヒャーと出会う。
1940年 ギュンター・シュテルンと離婚した後にハインリヒ・ブリュッヒャーと再婚。
同年、フランスのグール強制収容所に連行されるが、脱出。
1941年 母と夫とともにアメリカへ亡命。
1942年 アイヒマン、ユダヤ人絶滅計画を承認したヴァンゼー会議に出席。
1949年~50年 ドイツに帰国し、ハイデガーと再会。
1951年 アメリカ国籍を取得。
同年、「全体主義の起原」出版。
1959年 プリンストン大学初の女性専任教授に就任。
1960年 アイヒマン、アルゼンチンでイスラエル諜報部により拉致。
1961年 アイヒマン裁判傍聴のため、イスラエルへ。
1962年 アイヒマン絞首刑
1963年 アイヒマン裁判のレポートをザ・ニューヨーカー誌に連載。全米で激しい論争。
同年、同レポートを「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」として単行本化。

同年、シカゴ大学教授に就任。
1968年 ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ教授に就任。
1975年 死去。

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まったくもって波乱万丈の人生です。
恋愛、強制収容所への連行そして脱出、二度の亡命――

個人的には哲学教授ハイデガーと哲学科の優秀な女子学生アーレントとの不倫に
目が行ってしまうのですが・・・
(すいません。下世話なことで)

このアーレントの69年の人生の中で、
マルガレーテ・フォン・トロッタ監督が絞り込んでいったのは、
アイヒマン裁判のレポートの執筆の時期の4年間でした。

この4年間に彼女の哲学者としての側面、
そして、思考こそを民族や怨念や復讐の上位に置く彼女の哲学的な姿勢が読みとれたからでしょう。

これぞドイツ映画という骨太な作品です。

続きは次回まで乞うご期待でございます。



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☆10月20日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

ハンナ・アーレント
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ、脚本/パメラ・カッツ、マルガレーテ・フォン・トロッタ、製作/ベッティナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン、撮影/キャロリーヌ・シャンプティエ、美術/フォルカー・シェイファー
出演
バルバラ・スコヴァ/ハンナ・アーレント、アクセル・ミルベルク/ハインリヒ・ブリュッヒャー、ジャネット・マクティア/メアリー・マッカーシー、ユリア・イェンチ/ロッテ・ケイラー、ウルリッヒ・ノエテン/ハンス・ヨナス、ミヒャエル・デーゲン/クルト・ブルーメンフェルト、ニコラス・ウッドソン/ウィリアム・ショーン、サーシャ・レイ/ローレ・ヨナス、ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ/シャルロッテ・ベラート、クラウス・ポール/マルティン・ハイデガー、フレデリック・ベヒト/学生時代のアーレント、ミーガン・ケイ/フランシス・ウェルズ、トム・レイク/ジョナサン、ハーヴェイ・フリードマン/トーマス・ミラー
10月26日(土)より岩波ホールにてロードショー
114分、ドイツ語・英語、カラー・モノクロ、日本語字幕/吉川美奈子、協力/German films、配給/セテラ・インターナショナル、http://www.cetera.co.jp/h_arendt/

by Mtonosama | 2013-10-20 06:24 | 映画 | Comments(4)