ブログトップ | ログイン

殿様の試写室

mtonosama.exblog.jp

殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

タグ:パリよ、永遠に ( 2 ) タグの人気記事


パリよ、永遠に
-2-
Diplomatie

f0165567_6372742.jpg

(C)2014 Film Oblige - Gaumont - Blueprint Film - Arte France Cinema


コルティッツ将軍とノルドリンク総領事の
丁々発止、あるいは、手練手管を弄した会話から成り立つ本作『パリよ、永遠に』。
なにせ原題はDiplomatie(=外交)ですから。

本作『パリよ、永遠に』の原作は、戯曲“Diplomatie”。
シェリル・ジェリー作の大ヒット舞台劇です。
『パリは燃えているか』でも取り上げられている2人の男のエピソードが
1944年8月25日の未明から夜明けまでの一晩に凝縮されています。

ああ言えばこう言う。こう言えばああ返す
の応酬で目も離せず、息をつくヒマもありません。
舞台はナポレオン3世が情事に使った部屋と隠し階段つきの伝統あるホテルの一室。
なんといってもパリは歴史の大舞台です。
そんな都を切羽詰まった小男の思い込みと狂気で破壊されてなるものか――

ということで
ノルドリンク総領事を演ずるはアンドレ・デュソリエ。
コルティッツ将軍はニエル・アレストリュプ。
二人ともフランスの名優であります。

そして、監督はフォルカー・シュレンドルフ。
こちらはドイツ人。
ちなみに彼『ハンナ・アーレント』の監督であるマルガレーテ・フォン・トロッタの夫君です。
http://mtonosama.exblog.jp/20634449/  http://mtonosama.exblog.jp/20659388/

いや、しかし、もしも1944年8月25日にパリが燃えてしまっていたら、
このような取り合わせの映画すら存在しえなかったことでありましょう。
さあ、いったいどんなお話なのでしょうか。

f0165567_64149100.jpg

ストーリー
1944年8月25日深夜
ホテルを見上げる一人の男。

バルコニーにはガウンを着た男が夜のパリに目をやっている。
給仕とフランス語を交わすが、その後、軍服姿の部下にドイツ語で指令を出す。
そう、彼はホテル ル・ムーリスに駐留するパリ防衛司令官
ディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍だ。
彼は連合軍が防衛線を突破し、パリ市街に近づいているとの電報を手にする。
連合軍の進撃にレジスタンスは湧き立つ。
ドイツの敗北は目前に迫っていた。

フランス人建築技師ランヴァンが将軍の部屋に呼ばれる。
ヒトラーの計画した「パリ壊滅作戦」を実行するためだ。
爆破箇所は市内33本の橋、ノートルダム寺院、ルーブル美術館、オペラ座・・・
ランヴァンの説明を聞くコルティッツ将軍。

一人部屋に残った将軍がベルリンからの電話を受けたと同時に部屋の明かりが消える。
再び明かりが灯った時、そこに男が立っていた。

男はパリで生まれ育ったスウェーデン総領事ラウル・ノルドリンク。
誰にも気づかれずに部屋へ来たのはナポレオン3世が愛人との逢瀬を楽しむために
作った秘密の階段を利用したからだという。
ノルドリンクは更に続ける。
「停戦を提案するために来た」。

司令官として命令には絶対服従のコルティッツ将軍。
自らの故郷でもあるパリを絶対に破壊から守りたいノルドリンク総領事。
二人の男の死力をつくした舌戦が始まった……

もちろん皆さまもご存知のようにパリは残り、
今もその美しい姿で旅行者を迎えてくれています。

本作の見どころは結末ではなく、Diplomatieの経過なのであります。
ノルドリンク総領事の虚実をないまぜにした説得。
パリ壊滅作戦の無謀さを知りつつも、軍人として、夫として、父として、
ノルドリンクの提案を受け入れがたいコルティッツ将軍。
二人の男の必死さと策略と本音と嘘とがきしむように観客に迫ります。

暗闇に沈んだパリの街。
そして、朝日に照らされて拡がるパリのパノラマ。
こればっかりは舞台を超えた映画ならではの展開でありましょう。

数百万の白兵戦にもまさる二人の男の一夜の外交によってパリは救われました。

ノルドリンク総領事はいかなる名優にも劣らない一世一代の演技を
歴史という大舞台で演じたのでありましょう。


(最初の音が大きいのでお気をつけください)



今日もポチッとお願いできればうれしゅーございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆2015年2月24日に更新しました。いつも応援してくださってありがとうございます☆

パリよ、永遠に
監督/フォルカー・シュレンドルフ、脚色・脚本・ダイアローグ/シリル・ジェリー、フォルカ―・シュレンドルフ、原案/戯曲「DIPLOMATIE」シリル・ジェリー
出演
アンドレ・デュソリエ/総領事ラウル・ノルドリンク、ニエル・アレストリュプ/ディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍、ブルクハルト・クラウスナー/エーベルナッハ将軍、シャルリー・ネルソン/コンシェルジュ
3月7日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
2014年、仏・独、83分、字幕翻訳/丸山垂穂、提供/日活、後援/在日フランス大使館、アンスティテュ・フランセ日本、ユニフランス・フィルムズ、東京ドイツ文化センター、配給/東京テアトル
http://paris-eien.com/

by Mtonosama | 2015-02-24 06:47 | 映画 | Comments(10)
パリよ、永遠に
-1-
Diplomatie

f0165567_6314062.jpg

(C)2014 Film Oblige - Gaumont - Blueprint Film - Arte France Cinema


Brennt Paris?
(パリは燃えているか?)

1944年8月25日、
第二次世界大戦末期、ナチス・ドイツ占領下のパリで
アドルフ・ヒトラーが電話越しに何度も何度も発した言葉です。

本作『パリよ、永遠に』は
ヒトラーが「パリは燃えているか?」と問い続けざるを得ない状況に
至る過程を描いた映画です。

そのものずばり『パリは燃えているか』(‘66)という映画もありました。
監督はルネ・クレマン。脚本はなんとフランシス・コッポラが書いています。


「史上最大の作戦」以降隆盛を極めた戦争大作の1本。第二次大戦中、独軍占領下のパリを舞台に、連合軍によるパリ解放に至る過程と、その裏で繰り広げられた大戦秘話をオールスター・キャストで描いた作品である。物語の主軸は、パリ郊外に迫る連合軍の進撃を阻止するためにヒトラーが立案した、“パリ焦土化計画”と、これを食い止めようとするレジスタンスたちの熾烈な攻防戦。これに連合軍の侵攻の過程が刻々と挿入され、クライマックスはパリの大市街戦へとなだれ込んでいく。多くの出演者の中では、若いレジスタンスを演じたベルモンドと、戦車隊の指揮官を演じたY・モンタンが出色の出来。脚本をライター時代のF・コッポラが担当しており、場面展開に非凡なものが感じられるが、後の本人のコメントによれば“あまり気に入っていない”との事。
<allcinema>

『パリは燃えているか』のラスト、
感動のパリ解放の場面で
電話口から聞こえてくる”Brennt Paris? Brennt Paris?”と問うヒトラーのあの声が
とても印象的でした。

敗色濃厚なドイツ軍。
8月15日にはフランス・アメリカ連合軍がプロバンスに上陸し、
19日にはレジスタンスによる最初の戦闘が始まっています。
ヒトラーがどんなにわめこうが、抗おうが、
ナチの時代は気息奄々、もう終末は目前に迫っていました。
ところが、この男、最後の最後まで、とんでもないことを画策していたのであります。

f0165567_6332073.jpg

なんと!エッフェル塔も、オペラ座も、ノートルダム寺院も
パリの象徴である美しい建造物のすべてを爆破しようとしていたのです。
それが「パリ壊滅作戦」。
ドイツの敗北は時間の問題。
戦略上は何の意味もない作戦でした。

f0165567_6344347.jpg

ヒトラーからこの無意味な作戦を命じられたのは
ドイツ軍パリ防衛司令官ディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍。
軍人である以上、命令には従わなければならない・・・

一方、パリで生まれ育ち、未来にこの美しい街を残したいと願う
中立国スウェーデンの総領事ノルドリンク。


ディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍(1894年~1966年)
1894年ドイツ・シレジア地方でプロイセン将校の貴族の家庭に生まれる。ドレスデン幼年学校に学び、第107歩兵連隊に配属されて第一次世界大戦に従軍。第二次世界大戦中はポーランドやフランスでの軍事行動やクリミア半島のセヴァストポリ攻略の際に頭角を現す。1944年7月20日に起きたヒトラーに対する軍事クーデター事件に参加しなかったことが評価され、パリでドイツ駐留軍を指揮することになる。
この着任中コルティッツはレジスタンスとの停戦を交渉し、自由フランス軍に降伏。イギリスの捕虜収容所に入れられた後、1947年に釈放。1950年に回想録「兵隊の中の兵隊」 を出版。1966年バーデン=バーデンで死去。

総領事ラウル・ノルドリンク (1881年~1962年)
1881年、パリでスウェーデン人の父とフランス人の母との間に生まれる。ジャンゾン・ドゥ・サイィ高校を卒業後、父の経営する会社に勤め、並行して外交官としても活動開始。1926年には領事も勤めていた父の職務を継ぎ、パリ駐在スウェーデン総領事に就任。第二次世界大戦ではスウェーデンが中立国だったため、ノルドリンクがドイツ軍と連合軍の間の調停役を務めることに。
1944年5月にはストックホルムへ赴き、グスタフ国王と超低計画について議論したが、計画の実現はならず。しかし、フランスのレジスタンスとコルティッツとの交渉では外交官としての才能を発揮。3000人以上の政治犯の釈放を実現し、パリの破壊を最低限に食い止めた。1951年に総領事を退任するとレジオンドヌール勲章グランクロワを授与され、1958年にはパリ市名誉市民となる。1962年パリにて死去。1945年に書いた回想録は2002年「パリを救う。スウェーデン総領事の回想録(1905年~1944年)」と題されて出版。

さあ、いかにしてパリは戦火から守られたのでしょうか。
続きは次回までお待ちくださいませ。
  



今日もポチッとお願いできればうれしゅうございます♪
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 映画ブログ 新作映画・試写会へ
にほんブログ村
☆2015年2月21日に更新しました。いつも応援してくださって本当にありがとうございます☆

パリよ、永遠に
監督/フォルカー・シュレンドルフ、脚色・脚本・ダイアローグ/シリル・ジェリー、フォルカ―・シュレンドルフ、原案/戯曲「DIPLOMATIE」シリル・ジェリー
出演
アンドレ・デュソリエ/総領事ラウル・ノルドリンク、ニエル・アレストリュプ/ディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍、ブルクハルト・クラウスナー/エーベルナッハ将軍、シャルリー・ネルソン/コンシェルジュ
3月7日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
2014年、仏・独、83分、字幕翻訳/丸山垂穂、提供/日活、後援/在日フランス大使館、アンスティテュ・フランセ日本、ユニフランス・フィルムズ、東京ドイツ文化センター、配給/東京テアトル
http://paris-eien.com/

by Mtonosama | 2015-02-21 06:47 | 映画 | Comments(8)