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(c) Boomtown Media
ベルリン・フィル最高のハーモニーを求めて
TRIP TO ASIA
The Quest For Harmony

          当試写室で9月に上映した「帝国オーケストラ」に続く、ベルリン・フィル創立125周年記念ドキュメンタリー第2弾が
          「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」です。
          「帝国オーストラ」で描かれたのがベルリン・フィルの影の時代だとしたら、この映画は燦々と陽の当たる現代がその舞台。
          そんな明るい時代の陽光の下で撮ったためでしょうか。
          本作では指揮者や楽団員の素顔や心情もよりくっきりと浮かび上がり、
          演奏家としての彼らより、人間としての彼らを知りたいという音楽の本質から外れた好奇心を充たしてくれます。
          もちろん本物のクラシックファンも十分に満足できる映画です。

                「ベルリン・フィルと子どもたち」(’04)をご覧になりましたでしょうか。
                この映画ですばらしい感動を与えてくれたトマス・グルベが本作でも監督をつとめています。
                そして、「ベルリン・フィルと子どもたち」同様、首席指揮者兼芸術監督のサー・サイモン・ラトルがあの松田優作ヘアーでタクトを振っています。
                同じベルリン・フィルでもかのお美しいカラヤンさまとは全くの別タイプ。
                美人クラリネット奏者ザビーネ・マイヤーを指揮者特権で入団させようとして、その後、楽団員との軋轢を引き起こした帝王カラヤン。
                凛々しいというか、偉丈夫というか、ハンサムというか、つまり男に対する褒め言葉をすべて並べてもまだ足らない、
                完全無欠なそのお顔とは少し違うけれど、
                サイモン(気安く呼んでごめんなさい)の親しみやすさはベルリン・フィルの陽光さしこむ新しい側面を代表しています。

          2005年秋、サー・サイモン・ラトルと楽団員126名は演奏旅行に出発しました。
          訪問先は北京、ソウル、上海、香港、台北、東京。アジアの6都市です。
          世界一有名なオ―ケストラを迎えるアジア各地の熱狂と興奮。
          37歳のグルベ監督はラトルと演奏者たちのリハーサルと本番演奏にピッタリ密着して撮影しました。
          さらに、ツアーの合間を縫ってラトル氏と演奏者にもインタビュ-しています。
          その個別取材を通じて、完全無欠な芸術家と思っていた彼らの口から思いがけない人間的な本音を聞くことができました。
          高校時代は協調性のない問題児だったというメンバーもいましたし、容姿や人種問題に悩むメンバーもいました。
          メンバーの中の2人の日本人、コンサートマスターの安永徹さんとヴィオラの清水直子さんの流暢なドイツ語と
          最高峰のオーケストラの中で演奏し続ける姿勢にも感銘を受けました。

               オーケストラへの入団試験から幕を開けるこの映画。
               ベルリン・フィル26年ぶりの再訪となる北京ではリヒャルト・シュトラウスの交響詩『英雄の生涯』の第1部《英雄》のリハーサル風景が撮影されます。
               2番目の訪問地ソウルでは『英雄の生涯』第2部《英雄の敵》が演奏され、
               3番目の上海では『英雄の生涯』第3部《英雄の伴侶》、
               香港では同じく第4部《英雄の戦場》、
               そして台北では最終第6部の《英雄の隠遁と完成》が演奏されます。演奏を終えた彼らを迎えるのは巨大な屋外ディスプレイに集まった
               数万人の聴衆の熱烈な大歓迎。その歓声にどぎまぎするラトルたちの姿が印象的です。

               最後の訪問地・東京では台北の無数のペンライトと大歓声から一転して、静謐な明治神宮の玉砂利と池が映しだされます。
               七五三のお参りをする晴れ着姿の子どもたちの姿が色を添えていました。アジアの喧騒から日本の静けさ。
               ドイツ人から見た日本はアジアとは違うのか、とふと思いました。

          クラシックファンならば、この曲の編成に「なるほど」と頷かれるのでしょうが、
          すいません、私にはよくわかりません。
          ただ、リヒャルト・シュトラウス『英雄の生涯』はカラヤンが得意中の得意としていたものなのだそうです。
          映画は入団試験から始まりました。
          その後、カラヤン時代からこの楽団で演奏していたメンバーの引退に続き、そして、新団員の誕生に終わります。
          この映画は演奏者としての生涯と『英雄の生涯』とが重なりあうのです。
          さらに、東京の部ではサントリーホール前のアークカラヤン広場が映しだされました。そこにはヘルベルト・フォン・カラヤンの記念プレートがあるからです。
          カラヤン、ラトル、ベルリン・フィルのメンバーたち。
          あのいたましい時代も含めてベルリン・フィルのつないできた125年…

          しかし、なにより、楽団員の人間としての素顔と彼らが創りだす音楽と
          アジアの活気が重奏して迫ってくるすばらしいドキュメンタリーです。

監督/トマス・グルベ、カメラ/アンソニー・ドット=マンテル、レネ・ダメ、アルベルト・ヴェンザゴ、ステファン・キュぺック、録音/パスカル・キャピトラン、ベルント・フォン・バスウィッッ、音楽/シモン・シュトックハウゼン
出演/演奏
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、サー・サイモン・ラトル首席指揮者
演奏曲/『英雄』(ベートーヴェン)、『英雄の生涯』(R・シュトラウス)、『アサイラ』(トーマス・アデス)
11月15日、渋谷ユーロ・スペース他全国順次ロードショー
※ベルリン・フィルの来日にあわせてベルリン・フィルの演奏家達が舞台挨拶をします。
11/23 16:20の回・上映後
      18:40の回・上映前
11/24  同上

配給:セテラ・インターナショナル
http://www.cetera.co.jp/BPO/
by mtonosama | 2008-11-03 06:40 | 映画 | Comments(4)
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(c)SV Bilderdienst
帝国オーケストラ
ディレクターズカット版
The “Reichsorchester” The Berlin Philharmonic and the Third Reich

今週もまたドキュメンタリー映画をご紹介します。
ドキュメンタリーというと、劇映画とは違って事実に即して客観的に描かれている
と考えますよね。
でも、本当はとても主観的なものかもしれない、と思う今日この頃です。

映画作家の抱く主観が、ストーリーという仲立ちを経ないで
ズバリと斬りつけてくるドキュメンタリー映画は監督と観客との真剣勝負です。

          「帝国オーケストラ」。
          ベルリン・フィル創立125周年を記念して上映されるドキュメンタリー映画です。

          ハーケンクロイツの前で演奏するオーケストラ。
          映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、末っ子のグレーテルが
          新婚旅行から帰ってきたトラップ夫妻に「おうちに蜘蛛の旗が出ているわ」
          と告げるシーンがあったのを唐突に思い出しました。

          蜘蛛の旗の前で演奏するのがモーツァルトであろうとシューマンであろうと、
          おぞましいと思ってしまうのはひとりグレーテルに限ったことではありません。

     ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は1882年に創立され、
     2007年-2008年シーズンで125周年を迎えたすばらしいオーケストラです。
     創立当初からGmbH(有限責任会社)として
     オーケストラ運営全般に責任を持つ組織形態をとっていたベルリン・フィル。
     それはまさに国家からも権威からも干渉されることを断固として拒む芸術家集団として
     のプライドの表れだったのでしょう。

          第1次世界大戦後、ドイツは天文学的な数字のインフレに襲われました。
          ベルリン・フィルの経営も逼迫。
          1920年代から成功をおさめ続けてきた首席指揮者フルトヴェングラーをしても
          この財政危機をのりこえることはできませんでした。
          1933年アドルフ・ヒトラーが政権を掌握した年、楽団は倒産の危機に直面して
          いました。

          同年10月、ナチス宣伝大臣ゲッペルスは
          ベルリン・フィルに対して財政支援を行うことを決定。
          翌34年ナチス政権は楽団の経営権を100%購入し、
          帝国オーケストラを設立しました。 
          オーケストラメンバーは公務員扱いとなり、兵役は免除され、以後11年間
          ナチス政権=第三帝国の文化使節としての任務を負うことになったのです。

     ベルリン・フィル125年の歴史の中の暗黒の11年。
     この映画は、当時のメンバー
     96歳になったヴァイオリニスト、ハンス・バスティアンと
     86歳のコントラバス奏者エーリッヒ・ハルトマンの証言をもとに撮影されました。
     そして、ドイツからの亡命に成功したユダヤ人メンバー
     シモン・ゴールドベルクらの子どもたちが父の遺品と記憶を手掛かりに語っていく
     歴史の証言ともいうべきドキュメンタリー映画です。

     高給を支払われ、政治的な集会で演奏するベルリン・フィルメンバーたち。
     映画にはヒトラーやゲッペルスの顔が映し出されます。
     海外演奏旅行では“No Harmony with Nazis”のプラカードを持ったデモ隊に
     迎えられたりもしています。
     「街へ出るのがつらかった」と証言者は語ります。
     なぜなら、彼と同年輩の男は皆戦争に行っているのに
     「おまえは何をしているのだ?」
     と無言で問いかける市民の目が痛かったからなのです。

          介助者の手を借りなければ歩けないほど高齢な証言者。
          今、彼らは過去を悔い、涙を流して語ります。

     しかし、しかしですよ。
     彼らはナチスに庇護されることによって
     演奏を続けることを選んだ特権階級でした。

          ずいぶん酷な言い方だとは思います。
          彼らもあの時代にベルリン・フィルの演奏者であったばかりに
          百歳に近くなった今も後悔し続けなければならないのですから。
          監督もパンフレットの中で言っています。

     「こういう質問が心の中を反復するかもしれません。『自分だったら、どうしただろうか』」

          ナチスを受け入れなければ、ベルリン・フィルは存続しませんでした。
          そして、優秀な演奏者は楽器の代わりに武器を持って、
          ナチスの兵士として戦わなければならなかったことでしょう。

     これもベルリン・フィルの歴史です。

          「自分だったら、どうしただろう」
          楽器か武器か。生か死か。反抗か愛国か。
          監督のつきつけてくる課題に、どうぶつかっていきましょう。

監督/エンリケ・サンチェス=ランチ
出演
フルトヴェングラー時代の演奏家とその関係者、ナチス宣伝大臣ゲッペルス、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)ほか、当時の記録映像
10月下旬 渋谷・ユーロスペース他全国順次ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
www.cetera.co.jp/library/Reichsorche
by mtonosama | 2008-09-22 06:45 | 映画 | Comments(4)