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殿様の試写室

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タグ:マチュー・アマルリック ( 2 ) タグの人気記事


皆さま、ごきげんよう
-2-

CHANT D‘HIVER

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(C)Pastorale Productions- Studio 99


お、オスタリアーニ監督だ!
あれ?これって前編でも言いましたよね。

お名前だけは存じ上げている監督さんの作品を観る時って
結構緊張するものです。
とのは、蟻の心臓の持ち主なのでいつも必要以上に緊張しているんです・・・
本当ですってば。

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冒頭シーンはギロチン
女たちが見物する中、カツラもパイプも取り上げられた貴族が処刑される――
ゴロリと首が落ち、女がひとりその首を受け取り、大切そうに籠に入れます。
ん?
と、首を傾げる間に
場面は戦場に。
兵士と市民が銃撃戦を展開しています。
ひとりの兵士が戦場を離れ、
女の家へ向かい、死体からむしりとった指輪を贈ります。
兵士たちは戦車に乗って家に押し入り、金品を強奪し、好き放題をした後、
陣地に戻り、洗礼を受けます―――
ん?ん?

と、舞台は現代のパリに変わります。
ローラースケートで街中を走り回って擦れ違う人々から荷物を奪う少女たち。

酔っ払った男がロードローラーに轢かれます。
仲間たちが、のしいかのようになった男を家まで運んでいくと、
「ドアの下の隙間から入れておいて」と奥さん。

警察署長は覗き魔。
向かいのアパートを覗く署長の眼に
アパートの管理人と怪しい男たちの姿が。
どうも武器の取引をしているようです。
続いて骸骨集めが趣味の人類学者の部屋。

外ではホームレスたちがデモをしています。

管理人と人類学者は友達同士。
街中で人類学者と別れた管理人は
大きな壁に不思議なドアがあるのをみつけました。
入っていくと植物が生い茂り、
動物や優しい女性のいる楽園のような不思議な空間……

延々とエピソードが続きます。
紙芝居を観ているというか、美術館で絵を観ている感じです。
こんないくつものエピソードから成り、
最後は野良犬がテッテッテッテ―――

これもオムニバスっていうのでしょうか。

オムニバスってフランス語で「乗合馬車」のことなんですって。
この意味合いが転じて、数個の独立した作品を並べて一つの作品に仕上げた
映画、演劇、音楽アルバム等のことを指すのだそうです。

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本作は無数のエピソードがあり、
それは関係ないようでありながらどこかで結びついています。
オスタリアーニ監督は画面の構図やカット割りを考える際、
全カット分のストーリーボードを作りました。
その数200枚。
ストーリーボード上には絵コンテの他
カメラの位置、俳優の動きなどが細かに書き込まれ、
どのような撮影方法か、
それぞれの地点から何が見えているかなど、
がすぐにわかります。

一見唐突に見える展開も、パリという長い歴史を持つ街のひと時を切り取ったもの。
のしいかになった酔っ払いも、ローラースケート窃盗団も、
覗き魔の警察署長も頭蓋骨コレクターの人類学者も武器取引の管理人も
現代のパリのどこかで動き回っている人たち。
パリは歴史の流れの中でつながり、地図の中でもひとつながりであり、
楽園も戦場もひとつ。
これって、つまり、世界のことですか?

映画の中から何かを読み取ることはできないけれど、
妙に印象に残るワンシーン、ワンシーンがあります。

やっぱり美術館のような映画です。
オタール・イオセリアーニ美術展ですね。





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☆12月16日に更新しました。いつも応援して下さって本当にありがとうございます☆

皆さま、ごきげんよう
監督・脚本/オタール・イオセリアーニ、撮影/ジュリー・グリュヌボーム、編集/オタール・イオセリアーニ、製作/マルティーヌ・マリニャック、共同製作/ジャナ・カリーヌ・サルドリシュヴィリ
出演
リュファス/管理人、アミラン・アミラナシュヴィリ/人類学者、マチアス・ユング/警察署長、エンリコ・ゲッジ/男爵、ピエール・エテックス/ホームレス、ミレ・ステヴィク/警察署長の運転手、マチュー・アマルリック/家を建てる男
12月17日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
2015年、フランス=ジョージア、カラー、121分、日本語字幕/寺尾次郎、配給/ビターズ・エンド、http://bitters.co.jp/gokigenyou/

by Mtonosama | 2016-12-16 11:23 | 映画 | Comments(8)
ジミーとジョルジュ
心の欠片(かけら)を探して
-2-

JIMMY P.:PSYCHOTHERAPIE OF A PLAINS INDIAN

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(C)2013 Why Not Productions-France 2 Cinema-Orange Studio



前回、当試写室にお立ち寄りくださったお客さまの中には
「う~ん・・・?」と腕を組んで考え込んでてしまわれた方もおられるのではないでしょうか。

実はとのもそうでして、
この映画は戦中戦後を通じて虐げられた両民族の心の闇を
精神分析という両者の言葉のやりとりを通じて描こうとした映画ではないか、
そう、社会派映画ではないか、
と決め込んでいました。

この映画の主人公ジミーのようなアメリカに住む多くのネイティヴ・アメリカンが
兵士として大戦に参加しました。
戦争後遺症に苦しむ兵士たちの問題は第二次世界大戦はじめ
その後の戦争でも社会問題になっていますから。

しかし、観てる内に「ちょっと違うかな」と思えてきました。

さあ、いったいどんなお話なのでしょうか。

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ストーリー
1948年。アメリカ・モンタナ州ブラウニングに住むネイティヴ・アメリカン、
ブラックフット族のジミー・ピカードは第二次大戦から戻って以来、
原因不明の症状に悩まされていた。
同居する姉に連れられカンザス州にある軍の病院に入院する。
しかし、医師たちは病状の原因を探り当てることができず、
精神分析医ジョルジュ・ドゥヴルーにジミーの診断を依頼する。

ハンガリー出身のユダヤ人のジョルジュは人類学者でもあり、
ネイティヴ・アメリカンのモハヴェ族の調査も行っていた。
ジョルジュに期待するメニンガー医師と
はるばるカンザスまでやってきたジョルジュの愛人マドレーヌの見守る中、
彼は初めての患者ジミーと対話を重ねる。
毎日ジミーの話を聞く内に
PTSDと思われていた症状は、彼の幼少期の体験や女性との関係に
影響を受けたものではないかと気づくジョルジュ。
こうして彼はジミーの心に潜む闇に触れることになるのだった…

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出自も経歴も全く違う二人の人間が精神分析という対話を通じて
次第に心を通わせていく様子が40年代の豊かなアメリカを背景に描かれていました。

デプレシャン監督は、これまで多くの社会派映画が犠牲者たちの問題を
掘り下げながら、彼らの恋愛や人間性などを描かないことに困惑していたのだそうです。

そうだったのか。でも、社会派は社会派であり通してもいいような気もするけれど・・・

しかし、ベニチオ・デル・トロって案外若々しいんですよ。
それもその筈まだ40代でした。
ありゃりゃ、マチュー・アマルリックもそうだった。
ああ、こんな風にして自分の歳に気づかされる日々であります。

って、そうじゃなく――

映画を観るとき、自分のスタンスを決めておくことばかり考えていると、
作品の真髄が見えなくなってしまうな、と痛感させられた映画でした。
やはり、素直に鑑賞する気持が一番ということなんでしょうね。






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☆2015年1月19日に更新しました。いつも応援ありがとうございます☆

ジミーとジョルジュ 心の欠片(かけら)を探して
監督・脚本/アルノー・デプレシャン、共同脚本/ジュリー・ペール、ケント・ジョーンズ、原作/ジョルジュ・ドゥヴルー「夢の分析:或る平原インディアンの精神治療記録」、撮影/ステファーヌ・フォンテーヌ
出演
ベネチオ・デル・トロ/ジミー・ピカード、マチュー・アマルリック/ジョルジュ・ドゥヴルー、ジーナ・マッキー/マドレーヌ、ラリー・パイン/カール・メニンガー医師、ジョゼフ・クロス/ホルト医師
2015年1月10日(土)よりシアターイメージフォーラム他全国順次公開
2013年、フランス、117分
提供/コムストック・グループ、配給/コピアポア・フィルム
http://kokoronokakera.com/

by Mtonosama | 2015-01-19 06:00 | 映画 | Comments(4)