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殿様の試写室

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タグ:リンダ・ホーグランド ( 2 ) タグの人気記事

                    ANPO -2-

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この映画に、いままで持っていた安保のイメージを求めようとすると、良い意味で裏切られます。
冒頭、ちょっとめんどうくさいことを言いそうなおにいさん(ごめんなさい)、
アーティスト・会田誠さんがアメリカについて話します。
横尾忠則さんも自作の油彩の前でTIME誌の表紙を断った時の話を始めます。
BGMには「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞・武満徹作曲)をアレンジした
インストルメンタル曲が流れています。



なんかまったりしつつ、この映画はどこへ連れていってくれるんだろうと思っていたとき、
「ANPO」の映画タイトルがスクリーンに登場すると同時に耳を襲った轟音。

な、なんだ!?なんなんだ?この音は!

いえ、大げさではなく、本当に一瞬、何の音かわからず、どぎまぎしました。
そして、その音が、沖縄の基地を飛び立つ米軍戦闘機の爆音と知った時、
あらためて沖縄の抱える問題の大きさを実感しました。

沖縄、基地。
アーティストたちは絵画や写真を通してそれらを表現しており、
拳をふりあげるだけではない、無言の抗議と抵抗を、この映画は映し出しています。

  小さなお人形が落ちているのかと見間違えてしまった
  米軍軍用トラックにはねられて亡くなった沖縄の幼女の姿。

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  真っ青な海のこちらに拡がる白いビーチを無粋に断ち切る鉄条網のフェンス。

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  広島で閃光が多くの命を一瞬で奪ったとき、着ていた主はもういないのに、
  ところどころ血痕がつき、焼け焦げ、残った衣服だけを撮影した写真展。

  ヘルメットをかぶり、銃を構えた大きなしゃれこうべの絵。

  占領日本に駐留した米軍兵士たちは紳士的で、子どもたちにはチョコレートや
  チューイングガムを配ってくれたという話をよく聞きます。
  しかし、ヤミ市のなかを逃げ回る若い女性を追いかけ、
  おさえつけ覆いかぶさる米軍兵士の姿を、
  深作欣二監督は覚えていました。
  「仁義なき戦い」の中の1シーンが戦後のヤミ市で監督の見たものを表わしています。

  60年の頃、高校生だった串田和美さん(俳優・演出家)は
  校庭で「国会へデモに行こう!」とアジテーションしたところ、
  先生が飛び出してきて、怒られるかと思いきや「俺も行くぞ」と言われたとか、

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  横尾忠則たちアーティスト集団のデモは、洋服が派手でみんなが面白がって見たとか、

  舞台芸術家の朝倉摂さんは当時教えていた学生たちをひきつれてデモに参加したとか、

半世紀も経つと、牧歌的な話や思い出に美化された部分もあるかもしれません。
しかし、これだけ広範な人々が60年安保闘争に燃えたのは、
60年当時、戦後まだ15年しか経っておらず、あの戦争の記憶は人々の体と頭にしみついており、
誰の心の中にも「もう戦争はいやだ!」という気持ちが渦巻いていたからだと思うのです。

10年後にやってきた「戦争を知らない子どもたち」の70年安保闘争が
マスコミにたたかれ、既成左翼政党からは暴力学生と罵られ、
市井の人々からの共感が得られなかったのは、
まさに戦争を知らず、戦争を実感できない世代の行動だったからかもしれません。
(でも、70年安保だっていろいろあったんです…)

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沖縄の写真家・石川真生(まお)さんが、

「ひとりひとりの米兵は憎くない。だけど、米軍は憎い、日本政府が憎い。
でもね、なによりも、こういう状態を許してる自分たちが憎い」

そういって泣きました。
で、「ごめんね、私、泣き虫なんだ」って言い訳するのです。
とのも泣きそうになっちゃいました。

戦争が終わって6年目、1951年サンフランシスコでアメリカやイギリス、中華民国を
はじめとする第二次世界大戦の連合国49ヶ国と日本の間で、
日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)が締結され、
連合国軍の一国であるアメリカ軍がその後も在日米軍として駐留することになりました。

ANPOという言葉の陰から顔を出すのは、いまだ被占領国であるかのような日本の姿です。
沖縄をはじめ、各地に残る米軍基地、日本は本当に独立した国なのでしょうか。

―――龍馬が泣くぜよ。

龍馬がいないなら、半世紀前のANPOが、
そして、ARTが解決の手がかりにならないでしょうか。

この映画が差し出してくる問題提起をしっかり受け止めていきたいものです。

追伸
リンダ・ホーグランド監督がインタビューした中村宏さん。
この映画の予告編にも出てくる大きな目玉の絵を描いた絵描きさんですが、
とのはこの人の作品が好きでした。
この映画で中村宏さんのお顔を初めて拝見して、とても優しそうな方だったので、
うれしくなってしまいました。

うれしくなってるだけじゃいけないんですけどね。

                              

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ANPO
監督・プロデューサー/リンダ・ホーグランド、撮影/山崎裕、編集/スコット・バージェス、音楽/武石聡、永井晶子
出演・作品
会田誠、朝倉摂、池田龍雄、石内都、石川真生、嬉野京子、風間サチコ、桂川寛、加藤登紀子、串田和美、東松照明、富沢幸男、中村宏、比嘉豊光、細江英公、山城知佳子、横尾忠則
出演
ティム・ワイナー、半藤一利、保阪正康
作品
安部合成、石井茂雄、井上長三郎、市村司、長濱治、長野重一、浜田友明、濱谷浩、林忠彦、丸木位里、丸木俊、森熊猛、山下菊二
9月18日(土)より渋谷アップリンク、横浜シネマ、ジャック&ベティ他全国順次公開
2010年、89分、アメリカ・日本、配給/アップリンク
http://www.uplink.co.jp/anpo/

by mtonosama | 2010-08-30 06:14 | 映画 | Comments(4)
                   ANPO -1-

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                            中村宏さん

ANPOです。
漢字で書けば安保です。
正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/pdfs/jyoyaku.pdf
略して日米安全保障条約。
1960年6月19日、大半の日本国民の反対を圧し切り、死者まで出して成立した条約です。

それから半世紀。

日本で生まれ育ったアメリカ人、リンダ・ホーグランド監督が
日本人としてでもなく、アメリカ人としてでもない独自の視線で、
そして日本とアメリカの双方向からの視線で、
安保、沖縄、基地、日米関係をみつめ、
画家、舞台芸術家、映画人、写真家などの作品を通し、
彼らとのインタビューを通じて、
映画「ANPO」をつくりました。

皆さまは「60年安保」と聞くと、どんな映像を思い浮かべますか?
おそらくはモノクロ画面の中に白いシャツと黒いズボンをはいた学生たちと
およそデモには不向きな洋服を着た女性たちが道路を埋めている光景だと思います。
彼らが向かう先は国会であり、
その国会も現在のように背後に高いビルを控えた姿ではなく、
ひとりドーンと建っています。

ですが、「ANPO」では、
例えば、
横尾忠則さんが、
写真家・石内都さんが、
歌手・加藤登紀子さんが、
美術家・会田誠さんが、
版画家・風間サチコさんが、
作品の前で、安保について、沖縄について、戦争について、アメリカについて、そして、日本について
語ります。

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                       風間サチコさん

実は会田さんも、風間さんも、安保世代ではありません。
それどころか1960年にはまだ生まれていない人たちです。

日米安全保障条約
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(英:Treaty of Mutual Coopera-
tion and Security between the United States and Japan、昭和35年条約第6号)は、
日本とアメリカ合衆国の安全保障のため、日本にアメリカ軍(在日米軍)を駐留することなどを定めた二国間条約のことである。
通称日米安全保障条約、(日米)安保条約、日米安保と呼ばれる。
1960年(昭和35年)1月19日に、ワシントンD.C.で締結された。日米同盟の根幹となっている。
1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約と同日に、日米間で締結された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)を形式的には失効させて成立しているが、
旧安保条約に基づくアメリカ軍の駐留を引き続き認めており実態的には改定とみなされ、
これにより60年安保条約ともいわれる。(Wikipedia)

安保は50年前に結ばれた過去の条約ではなく、今も発効し続けており、
普天間をはじめとした基地問題はここから始まっているのですから、
“安保を知らないこどもたち”(「戦争を知らない子どもたち」という歌がありましたね)こそ、
戦争について、安保について、大いに語らなくてはいけないのだと思います。

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でも、60年安保といえば、デモであり、国会であり、
太い黒ぶちの眼鏡をかけたおじさんたちが偉そうにしゃべる、というイメージ、
そしてきわめて政治的なイメージしか持ち合わせていなかったとのにとって、
アーティストがそれぞれに自分の言葉で語る「ANPO」は新鮮でした。

この新鮮な「ANPO」をつくったリンダ・ホーグランドさんって、
一体どんな人なのでしょう。

彼女、映画業界人の間では、海外映画祭に出品する際の通訳や英語字幕翻訳者として
知られるアメリカ人。日本で生まれ育っています。
〈当然ながら日本語はペラペラです。満員の試写室に挨拶のため、
顔を出した彼女の日本語の達者だったこと!〉
彼女は字幕翻訳の仕事を通じて、日本映画を深く知れば知る程、
“60年安保”が当時の映画監督に大きな影響を与えていることに気付きました。
そんな監督として、深作欣二監督、川島雄三監督、大島渚監督などの作品も
「ANPO」には登場します。

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リンダ・ホーグランドさんは宣教師のお嬢さんとして山口県と愛媛県で育ち、
地元の小・中学校へ通学したので、
日本の戦争については日本人と一緒に学び、
原爆についても小学校4年生のとき、教室で学びました。

原爆の話の後、同級生たちが一斉に彼女のことをふりかえって見たそうです。
同級生のリンダちゃんが原爆を落としたアメリカと同じ国の人間だということに
ビックリしたんでしょうね。
監督も、自分の国が行ったむごたらしい行為に、子どもながら罪の意識を持ち、
教室から逃げ出したい気持ちだったということです。

プロデューサーを担当した前作「TOKKO ―特攻―」 (2007)、そして今回の「ANPO」
監督の映画づくりの背景にはそのときの体験が大きく影を落としています。

“安保を知らない子どもたち“にとっては、
リンダ・ホーグランドさんのような外国人の眼を通して描かれたANPOの方が
すんなり入ってくるのかもしれません。

さ、リンダさんは、沖縄、基地、日米関係をどのように描いてくれたのでしょうか。
アーティストたちは1960年どのように安保に関わったのでしょうか。
乞うご期待です。





                             

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ANPO
監督・プロデューサー/リンダ・ホーグランド、撮影/山崎裕、編集/スコット・バージェス、音楽/武石聡、永井晶子
出演・作品
会田誠、朝倉摂、池田龍雄、石内都、石川真生、嬉野京子、風間サチコ、桂川寛、加藤登紀子、串田和美、東松照明、富沢幸男、中村宏、比嘉豊光、細江英公、山城知佳子、横尾忠則
出演
ティム・ワイナー、半藤一利、保阪正康
作品
安部合成、石井茂雄、井上長三郎、市村司、長濱治、長野重一、浜田友明、濱谷浩、林忠彦、丸木位里、丸木俊、森熊猛、山下菊二
9月18日(土)より渋谷アップリンク、横浜シネマ、ジャック&ベティ他全国順次公開
2010年、89分、アメリカ・日本、配給/アップリンク
http://www.uplink.co.jp/anpo/

by mtonosama | 2010-08-27 06:30 | Comments(6)