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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!


湾生回家 
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Wansei Back Home

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©田澤文化有限公司


とのの故郷は名古屋です。
関東に暮らすようになってからの年月の方が
名古屋にいた日々よりずっと長くなってしまいました。
でも、名古屋が懐かしいです。

名古屋城とかテレビ塔とか味噌煮込みうどん、
丸栄、大名古屋ビルヂングという言葉を聞くとソッコウで反応してしまいます。
小学校がテレビ塔のすぐ下で、
NHK名古屋も東海テレビ(フジテレビ系列)もCBC(TBS系列)もご近所でした。
図工の時間、写生といったらテレビ塔でしたし、
卒業式や入学式などのイベントには必ずどこかのテレビ局が取材に来ていました。

おっと、いけない。
自分の故郷の話じゃなかった。

生まれ故郷となると
老若男女を問わず多弁になってしまうものなのでしょうか。

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ストーリー
清水家で法要が行われている。
清水一成さん(72歳)は花蓮港吉野村生まれの湾生だ。
祖父は日本人移民村の村長を務め、自身は3歳の時に引き揚げたので
台湾の記憶はないが、ルーツを探るため、定期的に花蓮を訪れる。
富永勝さんは88歳。独り暮らしになってしまったが元気なムードメーカー。
かつての友人を探すため、何度も台湾を訪れる。
やっと探し当てたその家にいたのは幼馴染にそっくりの息子。
友人は数ヶ月前に他界したのだという。
松本洽盛さんは花蓮港瑞郷生まれの78歳。
帰国当時は9歳。「自分の家はどこか?」という疑問を解くため、台湾への旅を重ねる。
最後に還る場所は台湾だと心に決めている。
家倉多恵子さん(85歳)は台北に生まれ育ち、女学校のとき花蓮に転校。
彼女は日本人で日本の友人もたくさんいるが、
この日本で暮らす自分を異邦人のように感じている。
ある日、台湾で自分の戸籍を発見する――
中村信子さん(85歳)も台湾に残ることを望んでいた。
日本に戻り、台湾が日本の植民地であったこと、差別や不平等もあったことを知る。
片山清子さんは本作に登場する6人の湾生の中で唯一台湾に残った人。
幼少時に台湾人に預けられ、その後80年間実の母親の居場所を探していた。
今は入院し、体の自由が利かないが、
娘や孫が日本にわたり、母の望みを叶えようとする……

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日本に生まれ育った日本人としての眼で見ると
かつての日本は台湾を植民地としていたので申し訳ないという気持ちがあります。

しかし、そんな日本人を責めるでなく、排除するでなく、
優しく受け入れ、このような映画を作り、
また、鑑賞した若者たちは湾生たちに感動したというのです。

台湾の人々はおおらかで穏やかでした。
本作に登場した湾生たちがこうまで台湾を想うのも納得できます。
とのも台湾へ行った折、
台湾の人々がなぜかつての占領国にこれほど優しい目を向けてくれるのか
不思議に思いました。

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占領される側と占領する側ですから
何事もなかったということはないでしょう。
今はおじいさん、おばあさんでも台湾では子供だったのですから、
良い思い出しかなかったのも頷けます。
でも、作中、台湾の人も訪れた湾生を
ほんとうに懐かしげに受け入れていました。

なによりも台湾でこの映画が作られたことに感動します。

試写室で後ろの座席にいた湾生のおじいさんが
「こんな良い映画はみんなが見なくてはいけないねえ」
とつぶやいていたことをお伝えします。
(おじいさんの声はとても大きかったのでした)





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湾生回家
監督/ホァン・ミンチェン(黄銘正)
出演
富永勝、家倉多恵子、清水一也、松本洽盛、竹中信子、片山清子ほか
11月12日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開
2015年、台湾、111分、提供/マクザム、ワコー、太秦、配給/太秦、http://wansei.com/

by Mtonosama | 2016-11-10 05:40 | 映画 | Comments(4)
 

湾生回家 
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Wansei Back Home

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©田澤文化有限公司


150歳にもなりながら、
あまりにも歴史を知らない自分が情けのうございます。
いえ、知ってはいるのですが、
遥かかなたの星雲のように自分とは関わりないもののようにしていたことが
恥ずかしうございます。


「湾生」という言葉、説明されれば「なるほど」と思うのですが、
この歳まで知りませんでした。

湾生
戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人を指す言葉。
台湾で生まれたから「湾生」です。
1895年日清戦争後に下関条約が締結された年から
1945年第二次世界大戦で日本が敗戦を迎えるまでの50年間、
台湾は日本に統治されていました。

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当時は日本から公務員や企業駐在員が海を渡り、
農・漁業従事者も移民として台湾に根付きました。
そして1945年の敗戦後、彼らのほとんどは
中華民国政府の方針によって強制送還されました。
引揚者が持ち出すことができたのは1人当たり現金1000円、
(今の価値に換算すれば100万円位でしょうか)
そして、わずかな食糧とリュックサック2個だけでした。

台湾で半世紀も暮らしていれば
相当の家屋敷や財産もあったことでしょう。
すべてを台湾に残し、
見たこともない日本へ行くというのは
さぞかし不安だったことでしょう。

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下関条約も日本の敗戦も
教科書の中でしか知りません。

この試写を観た時、後ろの座席に2人のおじいさんがいました。
多分、耳も遠いのでしょう。
大きな声で世間話をしているので
聞くともなく聞いていたのですが、
プレス資料を見ながら
「ああ、これ、懐かしいな」「覚えているよ」などと話しています。
そうなんですね。
そのおじいさんも湾生でした。

戦後71年経つと、家族と共に帰還船に乗った幼児も
こんなおじいさんになっているんです。
こういう湾生たちがまだ元気なうちに
日本ではなく、台湾で、
本作を撮り、
台湾の観客にも「湾生」が優しく受け入れられているのは
本当にありがたいことです。

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監督はホァン・ミンチェン(黄銘正)
台湾のアカデミー賞といわれる金馬奨で
最優秀短編作品賞を受賞した
『トゥー・ヤング』(第14回東京国際映画祭上映)が注目された。
本作ではプロデューサーが同郷であった縁で監督に抜擢される。
監督は当初「湾生」を知らなかったが、
彼らとの触れ合う中で、その人生に潜むドラマを発見し、
「湾生」たちが戦後の混乱をどう生き延びたのか、
また台湾でどんな生活を送り、台湾のことをどう思っているのか、
「湾生」たちに寄り添い、「湾生」の目線で本作を完成させた。

1945年台湾から日本本土へ強制送還された日本人は
軍人・軍属を含めると50万人に及んだそうです。
彼らにとって台湾は植民地の仮住まいでは決してなく
一生涯を送り、子供や孫もずっと暮らすだろう故郷でした。

『湾生回家』は湾生たちの望郷の思いを描いたドキュメンタリー映画です。

さあ、どんなお話かは次回までのお楽しみでございます。



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湾生回家
監督/ホァン・ミンチェン(黄銘正)
出演
富永勝、家倉多恵子、清水一也、松本洽盛、竹中信子、片山清子ほか
11月12日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開
2015年、台湾、111分、提供/マクザム、ワコー、太秦、配給/太秦、http://wansei.com/

by Mtonosama | 2016-11-07 05:34 | 映画 | Comments(4)

共犯
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PARTNERS IN CRIME

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Double Edge Entertainment (C) 2014 All rights reserved


情報の海を泳ぎ、
100年前の高校生とは比較にならないほど多くの友人とつながっている現代の高校生。
如才なくふるまっているようには見えても
まだまだ肩は細いし、後ろ姿は悲しくなるほど華奢だったりする年頃です。

そんな高校生たちが繰り広げるお話とは――

ストーリー
いじめられっ子のホアンは通学途中の路地に血を流して倒れている女生徒をみつけた。
丁度そこを通りかかった同じ制服を着たイエとリン。3人はとにかく警察に知らせた。
第一発見者として警察で事情聴取される3人。
友だちではないが、偶然3人で彼女の死体を発見したと聴取に答えるのだった。

数日後、教師からカウンセラーとの面談を指示された3人は
放課後の時間をカウンセリング室で過ごすようになった。
3人だけになると話すのは当然あのこと。
亡くなった女性とは1年上級のシャー。
その死の理由についてもいろいろ想像し始める。
「恋愛トラブル?」とリン。
「シャーに彼氏はいない」とホアン。
イエも「シャーは金持ちで上から目線のお姫さまだったから友だちもいない」。
と、ホアンが言う。「自殺の理由がわからないのは理解者がいない証拠だ」

放課後、ホアンは自宅でパソコンを開いていてシャーの情報をみつける。
思わぬ素顔にますます好奇心を募らせるホアンだった。

翌日カウンセリングは終了。
その帰り路、ホアンは2人にシャーの葬式に参列しようと提案。
「僕たち3人は彼女の最期に立ち会ったんだから」。

ある日、シャーが倒れていた路地を取りかかった3人は好奇心から彼女の自宅を捜す。
ニュースでは5階から落ちたと言っていた。
マンションに上がりドアフォンを鳴らすが、シャーの母は海外出張中だ。
リンは止めるが、イエはベランダから侵入。
3人は空き巣のように部屋を物色し始めた。
その帰り、ホアンは2人にある情報を伝える。
シャーをいじめた人間がいる。その名はチュウ・チンイーという、と。

その数日後、イエとリンはホアンから学校の裏山に呼び出される。
山道を登っていくと池のほとりにホアンが既に来ていた。
シャーがよく訪れていたこの場所でチュウを制裁するというのだ……


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はい、突然ネタばれします。
制裁といっても「な~んだ」とガックリするほど子どもっぽいもの。

しかし、
意外な展開はその後に訪れます。
幼稚な制裁とその背後にひそむ孤独感。
抱え込んだ秘密と日常との齟齬に思い悩む高校生たち。
ネット社会とその中で生きながら社会性を備えきれていない高校生。

友だちが欲しいのにうまく作れない主人公ホアンが
シャーの死を通じて知り合った友人たちとの交友をいかにも嬉しげに、
でも、薄気味悪く、楽しむ様子がなんかホラーっぽかったですよ。
共犯というのは友人を意味していたのかもしれませんね。





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共犯
監督/チャン・ロンジー、原作・脚本/シア・ペア、ウーヌーヌー、製作/チェン・ホンユエン、ジャッキー・パン、撮影/ジミー・ユィ
出演
ホアン・リーファイ/ウー・チェンホー、チェン・カイユアン/イエ・イーカイ、トン・ユィカイ/リン・ヨンチュン、ヤオ・アイニン/シャー・ウェイチャオ、ウェン・チェンリン/チュウ・チンイー、ホアン・ヨンチェン/サニー・ホン、リー・リエ/シャーの母
7月25日(土)より新宿武蔵野館、シネマート心斎橋他にてロードショー
2014年、台湾、89分、中国語、配給/ザジフィルムズ、マクザム、後援/台北駐日経済文化代表処、http://www.u-picc.com/kyouhan/

by Mtonosama | 2015-07-21 04:51 | 映画 | Comments(6)

共犯
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PARTNERS IN CRIME

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Double Edge Entertainment (C) 2014 All rights reserved


何を隠そう。台湾好きのとのであります。
あ、別に隠す必要もありませんが。
数年前、29,800円の台湾旅行に出かけて以来、あの蒸し暑い亜熱帯の島が大好きです。
http://mtonosama.exblog.jp/13824916/~http://mtonosama.exblog.jp/13892154/

というわけで台湾映画というだけで観てしまいます。
今回、当試写室で上映するのは『共犯』。
以前、上映した盲目のピアニストを描いた映画『光にふれる』(‘12)
http://mtonosama.exblog.jp/21310000/ http://mtonosama.exblog.jp/21323698/
チャン・ロンジー監督の第2作です。
監督は脚本の持つ推理小説的な部分と登場人物たちが抱える孤独感に魅かれたそうです。

『光にふれる』で台湾金馬奨新人監督賞を受賞した監督。
本作『共犯』では学園ミステリーで現代の高校生たちの孤独、絶望を活写しました。

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ですが、監督は若い人々が最終的にはなんらかの出口を見いだせるような展開にしました。
若さはその無自覚な残虐さゆえ、
往々にして思わぬ悲惨な結末を迎えることもありますから。
救いのようなものは欲しいですものね。

台湾も日本も、今も昔も、若者たちの抱える痛みは同じなのだなぁ、
とSNSなど知らなかった100年前の高校生も思いました。

ちょっとダサい髪型の男子高校生3人。
暗くていじめられっ子のホアン。
両サイドかりあげのヘアスタイルでやんちゃなイエ。
ぼっちゃん刈りの優等生リン。

かなり類型的な区分の3人ではあります。

その3人の男子高校生が通学途中、たまたま通りかかった路地で
同じ高校の女生徒シャーが血を流して倒れているのを発見。
3人は警察で事情を話し、学校ではカウンセリングを受ける内、次第に仲良くなっていく・・・

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彼らは同じ高校の同学年でありながら、面識はなし。
それが女生徒の変死体の発見現場に偶然居合わせたことから友だちになる。
女生徒はなぜ死んだのか?
友だちになってそれからどうなる?
意外な展開に台北の男子高校生のヘアスタイルへの違和感など吹っ飛んで
ひきこまれていきます。

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大昔、自身が高校生だった頃、松本清張の「高校殺人事件」という推理小説を
自分と同じ高校生が主人公だったというだけで読みましたが、
150歳になったというのに、本作もまた一生懸命に観てしまいました。
何か悩みを持つ若い人が登場するだけでときめく自分ってちょっと変でしょうか?

6人の高校生の内4人は全員演技経験なし。
その新鮮さも150歳をひきつける魅力か?
全体に青っぽい緑を帯びた画面はまさに青春。
それを失い、既に長い時間が経った者だからこそひきこまれるのかもしれませんね。

ま、現実には「うっせぇんだよ。ばばあ」などといわれるんでしょうけど。

さあ、いったいどんなお話でしょうか。
続きは次回までお待ちくださいませ。



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共犯
監督/チャン・ロンジー、原作・脚本/シア・ペア、ウーヌーヌー、製作/チェン・ホンユエン、ジャッキー・パン、撮影/ジミー・ユィ
出演
ホアン・リーファイ/ウー・チェンホー、チェン・カイユアン/イエ・イーカイ、トン・ユィカイ/リン・ヨンチュン、ヤオ・アイニン/シャー・ウェイチャオ、ウェン・チェンリン/チュウ・チンイー、ホアン・ヨンチェン/サニー・ホン、リー・リエ/シャーの母
7月25日(土)より新宿武蔵野館、シネマート心斎橋他にてロードショー
2014年、台湾、89分、中国語、配給/ザジフィルムズ、マクザム、後援/台北駐日経済文化代表処、http://www.u-picc.com/kyouhan/

by Mtonosama | 2015-07-18 06:35 | 映画 | Comments(10)
                  父の初七日 -1-
                           父後七日

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           © Magnifique Creative Media Production Ltd.Co.ALL rights reserved

                      震災からもうすぐ3ヶ月になります。
         日にちは経ってもいまだ癒されることのない痛みや喪失感を抱えておられる皆さま、
                    不自由な生活を余儀なくされている皆さま、
         ご家族やお友達を探し続けていらっしゃる皆さま、心よりお見舞い申し上げます。
         どうぞ一日も早く心穏やかな日々が戻り、日常生活を送ることができますように。

            本作「父の初七日」は、本当は6月4日に公開を予定されていました。
          しかし、3月11日の恐ろしい災害で多くの方が命を落とされ、ご家族を失い、
        今もまだ行方のわからない方がいらっしゃり、お葬式もできない方々もおられるのに、
              お葬式の映画とはいかがなものか、と公開が延期されました。
                   そして、まだ新たな公開時期は決まっていません。

                  ですが、当試写室では上映させていただくこととします。

                     とのも3年前に父を亡くし、喪主を務めました。
        看病疲れと虚脱感で呆然としていたため、あまりに早い葬儀の展開についてゆけず、
         「もう少し待っていただけませんか?」と葬儀屋さんに泣きを入れてしまいました。
                      すると穏やかではありましたが、容赦なく
         「延ばせば延ばすほど、疲れがたまって動けなくなりますよ」と拒絶されました。

                    早くできるなら、その方がいいのかもしれません。
 果たすべき義務を果たした後にこそ、愛する人々の死を心から嘆き悲しみ悼むことができるのでしょうから。
           お葬式をあげたくてもできない皆さまの苦痛を本当にお察し申し上げます。

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                         この映画は台湾の作品です。
               最初は小規模に公開されていた本作ですが、話題が話題を呼び、
                  台湾全土で拡大上映され、ロングランヒットを記録。
         昨年、台湾のアカデミー賞にあたる金馬賞で7部門にノミネートされた話題作です。

           エッセイ・リウという1980年生まれの若い女性が書いた散文を本人が脚色、
         それが最優秀脚色賞を受賞したこと、また初監督を務めたことも話題をよびました。

         ちなみに散文というのは、台湾では詩歌・戯曲・小説以外の文芸作品一般のことで、
                日本で言えば随筆やルポなどを含むジャンルなのだそうです。
  
           彼女の散文は台湾ではタブーとされてきたお葬式を題材にしたものでしたが、
                      新しい境地を切り拓いたと高い評価を受け、
              2006年、台湾で最高の賞金々額を誇る林榮三文学賞を受賞しました。

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                  台湾独特の派手なお葬式にとまどいながらも、
             突然訪れた父の死を次第しだいに受け入れていく兄妹の7日間を、
     優しさとペーソスを下敷きにして、そこにほんの少しのユーモアも交え、淡々と描いた作品です。

台湾の伝統的なお葬式は、儒教に由来したしきたりと道教・仏教の儀礼によって執り行われます。
暦を見て十干・十二支の占いで納棺や葬儀の日時が決められ、
また、遺族は決まった時間に泣くことが決められています。泣き女を雇うこともあるそうです。
所変われば、品変わる、ですね。
あの世のお金である紙銭を焼いて、故人を送りますが、
紙製の家や紙製の家電製品、紙製の車なども燃やすそうです。
追善供養としては読経の他、故人を地獄から解放し、
極楽に送るための儀礼である做功徳(さくくどく)も営まれます。
追善供養の儀礼や告別式は別に設けたテントで行われ、
葬列には楽隊や芸人も加わり、賑やかな野辺送りとなります。

               お国によってお葬式もいろいろで、目をみはってしまいます。
        3月にお知らせした「ブンミおじさんの森」http://mtonosama.exblog.jp/15632324/でも 
                   タイのお葬式の鮮やかな色彩に驚きましたが。

             さて、どんなお話なのでしょうか。続きは次回までお待ちくださいませ。

                                 
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父の初七日
製作・監督/ワン・ユーリン(王育麟)、原作・脚本・監督/エッセイ・リウ(劉梓潔)、音楽/ドゥー・ドゥージー(杜篤之)
出演
ワン・リーウェン(王莉雯)/アメイ(阿梅)、ウー・ポンフォン(呉朋奉)/アイー(阿義)、チェン・ジャーシャン(陳家祥)/タ―ジ(大志)、タイ・バオ(太保)/父、チェン・タイファー(陳泰樺)/シャオチュアン(小庄)、ジャン・シーイン(張詩盈)/アチン(阿陳)
2009年、台湾、92分、カラー、提供/マクザム、パルコ、太秦、配給/太秦
www.shonanoka.com

by mtonosama | 2011-06-02 06:49 | 映画 | Comments(6)
映画にこじつけ台湾旅行
最終日 -8-

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疲れた後はなんといっても温泉です。
実は、温泉も今回のニッキュッパ台湾のお楽しみのひとつ。
熱海大飯店というホテル名もいいですねぇ。
静岡県の熱海温泉と関係があるのかないのか、定かではありませんが、
い湯がのように溢れている”ので熱海
という漢字文化圏そのままの素直な発想によるネーミングなのでしょうね。

北投温泉は明治16年(1894年)に硫黄を商うドイツ人商人が発見したといわれている。
1896年、大阪商人平田源吾が北投で最初の温泉旅館「天狗庵」を開業した。
その後、日露戦争の際に日本軍傷病兵の療養所が作られ、それ以降台湾有数の湯治場
として知られるようになった。
1905年、日本人学者岡本要八郎によって北投石が発見される。また同年、「湯守観音」を祀る「鉄真院」(現 北投普済寺)が創建される。
1913年、北投温泉公共浴場(現 北投温泉博物館)が落成し、北投公園も完成する。
戦前はモダンな建物が立ち並ぶハイカラな温泉街として知られ、1923年には昭和天皇(当時は皇太子)も訪問した。
戦後、台湾が中華民国に帰属した。中華民国政府は北投温泉を歓楽街として位置づけ、
置屋の営業を認めた(公娼制度)。この為、国の内外から売春目的で北投温泉を訪れる観光客が集まった。
しかし公娼制度は1979年に廃止され、また台北市長・陳水扁(前任の中華民国総統)の健全化政策により、北投温泉から置屋は消滅し、親子で楽しめるような観光地へと変貌した。
(Wikipediaより)

写真の表示板にもありますが、源泉の一つである地熱谷(日本統治時代は地獄谷と呼称)は
高温の源泉があちこちから沸く池です。
かつては地熱谷で茹でる温泉卵が有名でしたが、
卵を茹でる際に池に転落する事故が絶えないので、
現在は全面的に禁止されています。
なんだかすごい話ですね。

世界ではここと秋田県の玉川温泉でしか産出されない北投石が有名です。
北投石は当地にある共同浴場・瀧乃湯の前で発見されたそうで、
ツアーのお約束・ショッピングセンターでも、北投石のブレスレット(腕輪数珠?)
を買うこともできます。

「北投石を付けた翌日には調子の悪い箇所がすっきりするよ」

というガイドさんや売り子さんの話でしたが、
結構なお値段なので買いませんでした。いえ、買えませんでした。

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   ↑ ↑
台湾版・マディソン郡の橋なんていうことは全然なく、
おそらくはラブ・アフェアーもなく、町のおじさんおばさんや、観光客が休んでいました。

マディソン郡の橋」1995年
ベストセラーの同名小説の映画化作品です。

89年冬。アイオワ州マディソン郡。
フランチェスカ・ジョンソン(メリル・ストリープ)の葬儀を出すために
実家に戻った長男のマイケルと妹のキャロリン。
母の遺書の中に「死んだら火葬にしてほしい」とあるのを見て当惑しながら、
彼らに宛てた母の手紙と日記を読み始めました―――

65年秋。
フランチェスカは夫と2人の子供が出かけた4日間、1人で家を守ることに。
開放された気分の彼女の前に、ロバート・キンケイド(クリント・イーストウッド)
という男が現れ、ローズマン橋までの道を訊ねます。
彼は屋根付きの橋を撮影するためにやってきたカメラマンでした。
フランチェスカはその晩、彼を夕食に誘います。
ロバートが宿に帰った後、フランチェスカは「明日の晩もいかが?」と書いたメモを、
早朝、彼が撮影に訪れることになっている橋の上に残しました。
翌日、橋の上で落ち合った2人は打ち解け合っていきます。
彼らが愛し合うようになるのに、時間はかかりませんでした。
一晩中愛を交わした2人は、次の日もピクニックを楽しみます。
2人に残された時間はあと僅か。
その夜も再び狂おしい愛のひとときを求めあいます。
最後の朝、フランチェスカは「遊びだったの?」とロバートに問い、
彼女を本気で愛し始めているロバートは一緒に来てくれるよう、請います。
しかし、家族のことを思い悩むフランチェスカを見て、
ロバートは静かに立ち去っていきました。
数日後、夫と買い物に出掛けたフランチェスカは、降りしきる雨の中に
立ち尽くすロバートをみつけます。
車から出ようとドアのノブに手をかける彼女でしたが…
(このシーンはじーんときます)
そして、2人の関係は終わりました―――

14年後、夫が死に、フランチェスカはロバートに連絡をとろうとしました。
彼からは何の返事もありません。
ある日、彼の弁護士から連絡がきます。
“ロバートは亡くなりました。ついては、彼の遺品を送りたいのですが”と―――

母の手記を読みおえたキャロリンとマイケルは、その秘めた恋に心を打たれ、
母の遺灰を、あの橋の上から撒くのでした…

屋根がある橋というだけで北投温泉の橋を「マディソン郡の橋」に結びつけてますね。
ま、“映画にこじつけ台湾旅行”ですから、ご容赦を。

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嗚呼、癒しの台湾版・マディソン郡の橋であります。

そして、バスは台北市内へ向かいます。

続く

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by mtonosama | 2010-06-04 05:47 | Comments(8)
映画にこじつけ台湾旅行
3日目 -7-

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3日目。
今朝も早起き、早朝散歩です。
台北駅に近い華華大飯店は二二八紀念公園はじめ總統府も徒歩10分圏内。

中華民国の国家行政庁舎である總統府の前には、殿の他にもお散歩中の人が大勢いました。
やはり朝の涼しい内に歩いた方が気持ち良いですものね。

總統府は1919年竣工の旧台湾総督府庁舎。日本統治50年間で建築された最大の建築物で、台北の日本人居住区であった城内のほぼ中央に位置します。高さが60mある中央塔からは、台北の街のほぼ全体が見渡せたそうです。塔には台湾初のエレベーターが設置されました。
総督府を建設するにあたり、1907年、日本政府による設計コンペが催されました。審査員には辰野金吾、伊東忠太など建築界の大御所が名を連ね、1909年、長野宇平治の作品が選ばれました。しかし長野の作品は中央塔が低く、外観の装飾が簡素であったため、主催者がその設計を不満であるとし、設計者に森山松之助を起用。長野の作品に大幅な修正を加え、現在の形になりました。7年の建設期間を経て1919年竣工。建物は東向き(日本の方向)に建っており、上から見ると”日”(日本の“日”です)の構造になっています。正面入口は東側の中央にあたっています。

台北早朝散歩もこの日でおしまい。
またまた、とくとくツアーのお勤めが始まります。
8時、バスは華華大飯店をあとに
市内観光および今夜の宿、北投(ペイトウ)温泉・熱海大飯店へ向けて出発します。

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龍山寺です。

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龍山寺は受験の神様ということで、右側の柱には受験生たちの願いがつめこまれています。
受験生たちがあの長いお線香を額に押し当て、一生懸命合格祈願をしていました。
台湾では秋入学。5月は受験直前なのです。
加油!(がんばって!)

3日目に入り、かなり疲れてきた殿は写真を撮る気力もうせてきました。
龍山寺のあと、中正紀念館、忠烈祠と続き、
昼食後はいよいよ故宮博物院です。
ここも楽しみにしていましたが、見学時間はわずか90分。
その上、大陸からのお客さんが津波のように押し寄せ、
その混雑は日曜の渋谷センター街並みです。
豚の角煮そっくりの玉(ぎょく)の彫りものは
大陸からのお客さんの間から覗き見し、
有名な白菜の玉の彫りものも50秒くらい鑑賞できただけ。
かろうじて宋代の白磁を集合までのわずかな自由時間に5分ほど観ることができました。

好(ハオ)! すばらしい!
故宮博物館は、ぜひ、もう一度ゆっくり訪れたいところです。

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故宮博物院の混雑と道路の混雑。
疲れ切った体にはやはり台湾名物・足裏マッサージと台湾式シャンプーでしょう♪
なんとこれらの癒しもニッキュッパに含まれていました。

各自、蛇口の下で自分で足を洗ったあと(日本のようにフットバスでゆったりとはいきませんが)、
ベッドに横たわります。
足裏マッサージ屋さんの本業である漢方薬屋さんのおねえさんの
上手な日本語のセールストークの後、いよいよ待望のマッサージ。

    「いてて」(殿)
    「そこ、肝臓ね」(マッサージのおにいさん)

すぐさま、漢方薬屋のセールスレディが肝臓の薬を持って、やってきました。
「これ、2,000元(約6,000円)。あなた飲まなきゃダメ」
やれやれ・・・

ま、そんなセールスさえかわせば20分間無料で揉んでもらえるのですから、極楽、極楽。
その後、美容院へ移動し、台湾式シャンプーできれいになって、すっきり。

殿の髪はベリーショートなので、ありがたみは実感できませんでしたが、
同行の女性ツアー客は丁寧なブローをしてもらって、
皆さん、確実におきれいになっていました。
そうそう、肩や首筋も結構しっかりマッサージしてもらいましたよ。

台湾に来て、初めて降られた雨の中を
行天宮、占い横丁と回り、いよいよ今宵の宿、北投温泉・熱海大飯店へ。

続く

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by mtonosama | 2010-06-03 05:15 | 映画 | Comments(8)
映画にこじつけ台湾旅行
2日目 -6-

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ちょっとアールヌーボーな窓格子がおしゃれです。
新しいものも多いけれど、古いものがさりげなく街の中に残っていて、
きつい日程の合間を縫ってお散歩するのも楽しい台北でした。

中華人民共和国には何度も訪れた殿ですが、台湾は初めて。
で、台湾を訪れて知った両国の大きな違いはトイレ。
厠所(トイレ=便所)、洗手間(トイレ=お手洗い)
http://movie.blogmura.com/movie_new/
↑ ↑
ここで発音もわかります。
しかし、この2つの中国語、訳の違いがビミョーです(笑い)。

周囲では「あいつの中国話はトイレのことしかない」といわれている殿です。
中国トイレ体験者のみなさま、また、殿のトイレ話にうんざりしたみなさま、
ご安心ください。
台湾のトイレはきれいでした。綺麗で、その上、清潔でした。

なかでも感動ものだったのが、夕食を食べた鼎泰豊餐庁のトイレです。
台湾も、中華人民共和国も、少し古い建物だと排水管が細いのか、
使用済の紙をそのまま便器に流すことはできません。
そこで、紙は衛生バケツ(とでも呼んでおきましょう。蓋なしのバケツです)に捨てます。
そういうわけで、どうしたって臭い。
ところが、ここ鼎泰豊餐庁ではトイレにお掃除の女性が常駐していて、
お客さんが個室から出るのと入れ替わりに個室に入っていき、
きれいに、そして、にこやかに、お掃除してくれるのです。
だから、全然臭くないし、ピカピカ!

名物・小籠包もおいしかったけど、このサービス精神には感激。
中国辺境トイレ(実は辺境には限らないところが、中国のすごいところ!)の体験者だったら、
殿の感激をわかってくださると思います。

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小籠包とトイレに満足し、次に向かったのが夜市。
士林夜市(シーリンイエスー)。台湾で最も有名な夜市です。
写真は愛玉冰。
茶色く怪しい水の中にプカプカ浮かぶ愛玉冰の様子にそそられましたが、
なにせハードだった台湾2日目。小籠包も食べたし、さすがに、もう食べられません。

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台北でも人気のキムタクを眺めたり

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不思議な台湾フーズを覗くことで良し、としましょう。 

実は、この日、さらにもうひとつお楽しみが用意されていたんですよ。 
でもね、ここまでくるとお楽しみはお苦しみに―――

台湾スイーツのお店・双連圓仔湯が待っていたのですが、
今でも、思い出すだけでお腹が苦しくなります。  
そうして、長かった台湾2日目もようやく終わりました。
台北・華華大飯店Hotel Flowersで過ごす夜も今日が最後です。

明日は3日目。

続く  

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by mtonosama | 2010-06-02 06:16 | 映画 | Comments(6)
映画にこじつけ台湾旅行
2日目 -5-

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やっと、昼ごはん。長い午前でした。
ランチに訪れた九份海悦楼餐庁のテラスからはな建物や

な風景が広がっていました。電信柱の向こうに見える海は東シナ海です。
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東シナ海というと、イメージするのは海賊とか「怪傑ハリマオ」(古ッ)ですが、
実際に目の前に広がる海はあくまでも青く、穏やかな南国の海でした。

イーピンピーチュー!(一瓶啤酒=ビールください!)の儀式も無事終え
(ま、旅先ですから昼間っから飲むのもよし、としましょう)

バスは次の目的地・金山公園に向かいます。
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これはなんでしょう?
はい、お墓です。
1995年5月8日42歳で亡くなったテレサ・テンのお墓。
訪れたのが祥月命日に近かったこともあり、お花がたくさん供えられていました。

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鍵盤の上に乗るとテレサ・テンの曲が流れるピアノもお墓の前に。
この日はなにやら修理中でした。

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山の上に建ち並ぶ家々。
実は、全部お墓です。
金山というこの墓地は正面に海を見据え、背後は山に囲まれる風水上、最高の立地なのだとか。




う~ん、そんなに素晴らしい立地なら生きている人が住めばいいのに、
と考えた殿は罰当りな人間なのでしょう。

まだまだ日が高い台北2日目。
気温33℃、快晴。

早起き殿はボチボチ疲れてきました。しかし、まだまだ予定は続きます。
さすがトク盛り台北旅行。

夕食は鼎泰豊餐庁で台北名物・小籠包を食べます。ふう…

ということで、まだ続きます。再見!

続く

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by mtonosama | 2010-06-01 06:04 | 映画 | Comments(8)
映画にこじつけ台湾旅行
 2日目 -2-


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早寝早起きが身上の殿は台北2日目もいつも通り5時に起床。
朝のお散歩にでかけました。
太極拳をやっているおじいさんやおばあさんの姿を見るのもお散歩の楽しみです。

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あ、猫だ!へぇ、アジアで見る初めての猫♪
中華人民共和国でも、ベトナムでも、カンボジアでも、
犬や豚はいても、猫って見たことありませんでした。
くろさん、カメラ目線をありがとう。もっと上手に撮れたらよかったのにね。

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散歩の途中、たくさんの予備校がありました。近くに台北医科大学があるからでしょうか。
この予備校、「儒林状元第」とありますが、状元というのは科挙(隋から清まで行われた官僚登用試験)にトップの成績で合格した人のこと。
なんとも縁起の良いネーミングの予備校です。

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二二八紀念公園にある鳥居です。

ご承知のように台湾は1895年から1945年まで半世紀もの間、日本に統治されていました。
それを証明するのがこの鳥居。
しかし、その割に、台湾の人たちは日本人に対して親切です。
そのことが不思議だったのですが…

二二八?二二八事件。
いったいなんだ?日にち的に二二六と関係があるのか?

2.28事件
1947年2月27日、台北市内で外省人(中国大陸籍)官吏がたばこ売りの台湾人女性を銃床で殴打したことをきっかけに、翌28日から国民党統治に対する抗議行動が台湾全島に拡大。国民党軍は武力による鎮圧に踏みきった。殺害・処刑された被害者はその後の政治弾圧を含めて18,000~28,000人とされる。(2007年3月1日付「産経新聞」

1945年敗戦した日本が台湾から去るのと入れ替わるように、
台湾へやってきたのが大陸の中華民国。
外省人というのは彼らのことをいいます。それに対して前から台湾に住んでいた人々は本省人
外省人は本省人を差別的に扱い、本省人たちは次第に不安を高めていきました。
そんな中、起こったのが二二八事件だったわけです。

知らなかったです。

日本が出ていき、同胞がやってきたと思ったら、政治弾圧!
台湾の人たちは裏切られた、と思ったことでしょう。

     でも、これと同じようなことが、日本でも起きているんですよね。
     第二次世界大戦時、地上戦にまきこまれ、洞窟に逃げ込んだ沖縄の人たち、
     日本兵から自害せよと言われたとき同じことを思ったでしょうね。
     そして、現在の基地問題…

二二八紀念公園はその事件を忘れないためにつくられた公園なのですね。

外省人と比べれば、日本の方がちょっとだけマシだったってことなんでしょうか。
近い国なのに、なにも知りませんでした。
と、反省しつつ、明日も台湾2日目です。

続く

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by mtonosama | 2010-05-29 06:11 | Comments(8)