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核の傷  肥田舜太郎医師と内部被曝 -2-
Blessures Atomiques

映画『核の傷』

本作はフランス人マーク・プティジャン監督が2006年に制作したもの。
ナレーションは日本語ですし、肥田舜太郎氏も日本語で語るし、
一瞬日本の作品かと勘違いしてしまいます。


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しかし、フランス人の作品でした。
とはいえ、原爆、放射線を扱ったテーマゆえフランスのテレビ局からは製作費を得られず、
自費で制作したとのことですが。

まず、広島市内を肥田氏が歩くファーストシーンを観て、
その矍鑠(かくしゃく)とした姿に驚きました。
映画製作時は6年前なので、氏もまだ89歳ですが、
それにしてもお若い。
声も張りがあって、戦後67年、被爆治療にかけてきた強さを感じます。



    ナレーションを担当した染谷将太さん

映画は肥田舜太郎氏の言葉と活動、原爆投下後の広島の映像やABCC(原爆傷害調査委員会)資料写真、
そして、アーネスト・スターングラスというピッツバーグ医科大学放射線科放射線物理学名誉教授への
取材から構成されています。


アーネスト・スターングラス
1923年ドイツ生まれ。14歳のとき、ナチスの迫害からアメリカへ移住。1952年からウェスティングハウス社の原子力開発研究所に勤務。1967年よりピッツバーグ大学の放射線物理・工学研究所を指揮し、放射線画像診断における線量を低減させる新しい投影技術の開発。また核実験による放射性降下物と原子炉からの放射性廃棄物による人体の健康、特に発達中の胎児や幼児への影響について広範な調査を行った。

肥田氏、スターングラス氏の発言は驚くべき内容でした。
知りたくない人、知るのが怖い人もいらっしゃるでしょう。とのもそうです。
でも、過去にこういうことがあったし、現在も解決はされていないし、
今、なんとかしないと未来もこのままだと考えたら、
どんなに怖くても知らなくてはいけないのだなと思いました。

肥田氏が広島の原爆についてこんなことを語っています。
「(原爆を投下した理由の)ひとつはソビエトに対する威嚇ですね。
原爆という爆弾を人間に使ったテストなんですよね」

ショックを受けたのは次の言葉でした。

「人体実験だったという証拠のひとつは落とした時間なんです。
8時15分という時間に爆発させるということ。
広島市にいる人間がおおぜい屋外、遮蔽物の無い場所に出ている時間が何時なのかを
毎日偵察して時間を決めた」

その残酷さに耳を疑いました。

内部被曝についても氏は
「たくさんの人を診て回っている中で、(次はこの人が死ぬな)と思っている人が私を引っ張った。
その人、火傷はしていないんです。そして『軍医殿、わしゃピカにあっとらんけんね!』と言った。
直接原爆を浴びた人と、浴びない人が同じような病気で死んでいく」

と映画の中で言っていますが、終戦直後のこのときはその理由がわかりませんでした。

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戦後、広島にやってきたABCC。
彼らは被爆者たちの火傷や怪我などを調べ、入院させていろいろ検査をするのですが、
その結果はすべて本国へ送り、日本に対して結果が知らされることはありませんでした。

映画の中でABCCの施設を慰問に訪れたアメリカのお金持ちの女性が
「なぜ彼らを治療しないの?」と口走った程です。
広島の被爆者たちはABCCの実験台にされていました。

肥田医師が内部被曝や低線量被曝の実態を知るのも、原爆投下後30年近く経過してからのことです。

ABCCにもアメリカ政府にも、そして、なんの対応もとらなかった日本政府にも、腹が立ちます。
映画を観ていると、特にABCCに対して「このヤロー!」と思います。
ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせたいです。殴りかかりたくなります。

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きっと肥田医師も悔しかったことでしょう。
でも、彼は「このヤロー!」と殴りかかることなく、国連に訴え、政府に働きかけ、
着実に運動を続けてきました。

そして、こんなことも言っていました。
「核兵器反対を言っていても時代遅れになるよ。
核はもう先の方へ行っちゃってて、我々はそれに苦しめられる世の中になる。
だから、なんと言われようと今までやってきたこのタイプの運動を
地道に長く工夫をしながら続けて死んでいけばいいと思う」

福島原発事故の後、幼い子どもを抱えた若い母親の求めに応じて、
95歳と言う高齢でありながら講演に出向く肥田医師の姿には神々しささえ覚えます。
あ、この部分は本作と同時上映される「311以降を生きる:肥田舜太郎医師講演より」
で観ることができます。

まずは知ること。怖れるだけでなく知ることから始めていかないといけないですね。
95歳まで活躍し続ける肥田医師の存在自体が希望なのだと思いますから。

4月7日(土)の公開初日には肥田舜太郎氏がアップリンクに来場。
講演付き上映会が開催されます。http://www.uplink.co.jp/kakunokizu/news.php






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映画『核の傷』

核の傷 肥田舜太郎と内部被曝
監督・脚本・撮影・録音/マーク・プティジャン、助監督・編集/瀬戸桃子、製作/オンライン・プロダクションズ、日本版ナレーション
4月7日(土)より渋谷アップリンク他、全国順次公開
フランス、2006年、日本語・英語、53分、http://www.uplink.co.jp/kakunokizu/

同時上映:311以降を生きる:肥田舜太郎医師講演より
日本、2012年、約20分、アップリンク製作

by Mtonosama | 2012-03-31 07:05 | 映画 | Comments(10)
核の傷  肥田舜太郎医師と内部被曝 -1-
Blessures Atomiques

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肥田舜太郎医師の名前は福島原発事故の後、新聞やテレビで折にふれ目にしました。
95歳という高齢の肥田さんは広島原爆投下後の広島に入り、自らも被曝しながら、
被爆者治療に従事してきた医師です。

2009年医療活動から引退し、現在は執筆、翻訳、講演など精力的に活動を続けています。
福島の事故後、急増した取材・講演依頼に応え、ご自身の経験に基づき低線量被曝、
内部被曝についての講演を日本全国で展開中です。


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肥田舜太郎
1917年 広島市生まれ。
1944年 陸軍軍医学校を卒業後、軍医少将として広島陸軍病院に赴任。
1945年8月6日 原爆に被爆。直後から被爆者救援・治療にあたる。
厚生省技官として国立柳井病院(山口県)に赴任。
1948年 広島のABCC(Atomic Bomb Casualty Commission:原爆傷害調査委員会)が被爆者を調査するだけで治療は行わないと聞き、厚生大臣と連合国軍総司令部に情報公開するよう懇願するが一蹴される。
ABCCとは、原子爆弾による傷害の実態を詳細に調査記録するために、広島市への原子爆弾投下の直後にアメリカが設置した機関である。(Wikipediaより)

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1975年 核兵器完全禁止を国連に要請する国民代表団に参加して渡米。
アーネスト・スターングラス博士に会う。オーストラリアで開催された非核太平洋会議に出席。
1978年 埼玉協同病院設立、院長になる。スターングラス博士の著書“Low Level Radiation”を翻訳、「死にすぎた赤ん坊」として出版。
1982年 「広島の消えた日」出版。国連軍縮特別総会で渡米。西ドイツで30万人デモに参加。
語り部の旅で東西ドイツ、オランダ、イタリア、フランスを訪問。
1985年 被爆40周年で核兵器保有国訪問。フランスとソ連を担当。西ドイツ遊説。
1989年 アメリカ遊説中、被曝米兵を診療するドンネル・ボードマン医師を訪問、”Radiation Impact”を贈られる。
1991年 被団協新聞の企画で大江健三郎と対談。「ヒロシマ・ナガサキを世界へ」を出版。
1992年 ボードマン医師の”Radiation Impact”を「放射線の衝撃」として翻訳。
1999年 ハーグ世界平和市民会議に出席、イギリス数都市を遊説。
ジェイ・グールド著”The Enemy Within”を翻訳、「内部の敵」として自費出版し、無料配布。
2002年 映画監督の鎌仲ひとみ氏らと渡米、米国の被爆者と会う。
2003年 鎌仲監督の「ヒバクシャ 世界の終りに」に出演。
低線量放射能の有害性を証明する論文完成。
2006年 マーク・プティジャン監督による本作「核の傷」(原題/Blessures Atomiques)完成。トロント国際映画祭で上映された他、欧州のテレビ局で放映。
2008年 原爆症認定集団訴訟で、訳書「死にいたる虚構」「放射線の衝撃」が証拠採決され、国が認めてこなかった低線量被曝を高等裁判所が認定。

戦後67年間、被爆者治療と核廃絶運動に献身する医師です。

著書
「ヒロシマ・ナガサキを世界へ---被爆医師の反核語り部世界行脚」(あけび書房‘91)
「広島の消えた日---被爆軍医の証言」(初版・日中出版‘82/増補新版・影書房‘2010)
「ヒロシマを生きのびて---被爆医師の戦後史」(あけび書房‘04)
「内部被曝の脅威」(共著、ちくま書房‘05)

訳書
「死にすぎた赤ん坊」(アーネスト・スターングラス著、時事通信社‘78)
「放射線の衝撃」(ドンネル・ボードマン著、自費‘91/PKO法「雑則」を広める会発行‘08)
「死にいたる虚構」(ジェイ・グールド他著、共訳、自費‘94/ PKO法「雑則」を広める会発行‘08)
「内部の敵」(ジェイ・グールド他著、共訳、自費‘99)

肥田先生の紹介が長くなってしまいました。
95歳という高齢でありながら、広島を語り継ぎ、
放射線について的確な情報を語り続ける肥田医師の存在は今この時期とても貴重で力強いものです。

この続きは次回までお待ちください。乞うご期待でございます。

4月7日(土)の公開初日には肥田舜太郎氏が上映館アップリンクに来場。
講演付き上映会が開催されます。http://www.uplink.co.jp/kakunokizu/news.php




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映画『核の傷』

核の傷 肥田舜太郎と内部被曝
監督・脚本・撮影・録音/マーク・プティジャン、助監督・編集/瀬戸桃子、製作/オンライン・プロダクションズ、日本版ナレーション
4月7日(土)より渋谷アップリンク他、全国順次公開
フランス、2006年、日本語・英語、53分、http://www.uplink.co.jp/kakunokizu/

同時上映:311以降を生きる:肥田舜太郎医師講演より
日本、2012年、約20分、アップリンク製作

by Mtonosama | 2012-03-28 06:44 | 映画 | Comments(8)