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殿様の試写室

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マーティン・スコセッシ監督『沈黙』を語る

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1月16日(月)来日記者会見
リッツ・カールトン東京グランドボールルーム

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マーティン・スコセッシ監督語る

原作を読んでから映画化までに28年かかりました。
しかし、若い時に映画化をしていたら今とは全然違う作品になっていたと思います。
脚本を書いて、挑戦してもいいかもしれないと本気で思い始めたのは
『ギャング・オブ・ニューヨーク』を撮っていた2003年のことです。
映画化権を失いたくないので、「やっているから」と待たせていました。
その結果、裁判沙汰になったりもしたわけですが。

2003年は私生活でも変化があった年です。
再婚し、女の子が生まれました。
成熟してから父親になるのと、若い頃に父親になるのとでは全然違います。
そういう私生活の中での変化も自分の可能性を拡げるきっかけになりました。

小説「沈黙」との出会い

1985年に作った『最後の誘惑』は
キリスト教の理念やコンセプトをシリアスに探究した作品でしたが、
大きな議論が沸き上がりました。
その映画をエピスコパル教会で上映した際に
ポール・モアという大司教から
「面白い映画だった。だが私はこれをお勧めする」
と手渡されたのが「沈黙」でした。
大司教は「この作品は信じるとはどういうことかを問うものだ」とおっしゃいました。

その後、色んな議論が沸き起こる中で私は自分の信仰心を見失ってしまいましたが、
「沈黙」を読み、遠藤周作先生が探求なさったように
私ももっと深く掘り下げていき、答えをみつけなくてはならない、と思いました。
そういう意味でこれは他の作品より重要でした。
決定的な問いに答えるという意味で非常に重要な作品でした。
「沈黙」は信じることも疑うことも書いているので、非常に包括的な小説だと思います。
我々に関わるところが多い小説ですよね。
いずれにしても、人生とは疑念に満ちていますから。
実に、制作意欲を搔き立てられた作品でした。

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弱さ、懐疑心をテーマに

この映画では弱さとか懐疑心とかをテーマとして描いています。
否定するのではなく受け入れるということを描いた映画です。
作品の中でキチジローが
「弱き者の生きる場はあるのか?どこで生きていけばいいのか?」
と問いかけます。
弱き者をはじき出さずに受け入れ、
人が人として生きる価値とはなんなのでしょう。

社会においても皆が皆強くなければいけないということはないと思います。
強くあることが文明を維持していく唯一の手段ではないと思っています。
イエスは取税人や売春婦などの傍にいて、彼らを聖化しました。
今の世の中で一番危険にさらされているのは若い世代だと思います。
例えば、10年位前に生まれた人たちは勝者が世界を制覇することしか見ていません。
それしか知らないということはとても危険なことだと思います。
なぜなら、彼らは世界のからくりとはそうしたものだと考えてしまうからです。

今は非常に物質的な世界になっていますが、
そういう世界においてこそ、何かを信じたいという心を
真剣に考えることが大事だと思います。
西洋はこういったことを真剣に考える風潮にはなっていません。
西洋の宗教的基盤を作っていたものが変化を遂げつつあるのではないかと思います。




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by Mtonosama | 2017-01-24 05:28 | 映画 | Comments(0)

沈黙
―サイレンス―

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Copyright :(C) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved


なぜ、この時期、日本の時代劇である「沈黙」を
アメリカ人であるマーティン・スコセッシ監督が映画化するのでしょう。
監督は言います。
「人々の信仰の在り方が大きく変わり、それを疑うようになり、
宗教的な組織や施設にも、おそらくは懐疑の眼が向けられている今の世界だからこそ
作らなければならなかったのです。
その中では信仰心も変わるのかもしれません。
だから、このような映画を作り、世に送り出すことで、
人々に何かを考えさせる機会になるかもしれません。
あるいは、この物欲にまみれた世界では忙しすぎて誰も目もくれなくなったことを
再び差し出せるかもしれません」と。

ストーリー
17世紀、江戸時代初期、キリシタン弾圧下の長崎。
キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる師フェレイラの行方を知るため、
若き宣教師ロドリゴとガルペはポルトガルから極東の地・日本に向かって旅立つ。
2人はマカオで出会った日本人キチジローを案内役に長崎に潜入し、
弾圧を逃れた「隠れキリシタン」と呼ばれる村人たちと出会う。
2人は村人たちのためにミサを行い、告解を聴き、洗礼を授ける。
だが、幕府のキリシタン弾圧は過酷を極め、
キチジローの裏切りによってロドリゴらも囚われの身に。
「お前たちが棄教しなければキリシタンたちは更に苦しむことになるぞ」
と長崎奉行・井上筑後守。次々と犠牲になる村人たち。
声もなく殺されていく村人を見て、自らの信仰と弱さに向き合うロドリゴだった……

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井上筑後守は「日本は沼じゃ。異国の宗教は根をおろすことはない」と
ロドリゴに説きます。

小説を読んだ時と同じく
「踏み絵などガンガン踏んでしまって、取調の時だけ調子を合わせておけば?」、
と信仰の「し」の字も節操の「せ」の字もない自分。
だって、命あってのものだね、あえて痛い思いをしなくたっていいではありませんか。

恐らくロドリゴもそう思っているのですよね。
神はいつまでも沈黙したままですし。
イエスだって十字架の上で
「主よ、どうして私をお見捨てになるのですか?」
と叫んだくらいです。

本作を観ながら、ふとチベットの五体投地を思い出しました。
キリシタンたちは現世に絶望しているからこそ、
死後の救済を信じようとしたのでしょう。
とのの中ではチベットと貧しい長崎の村人たちがここでつながってしまいました。

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徹底的にサディスティックな幕府のキリシタン弾圧。
キリシタンという異質分子の排除。
信仰心と異国の迷える子羊を救うという想いを携え、
はるかポルトガルから極東の島国へやってきて苦しむ若き宣教師たち。

SとMが、ガッツリぶつかりあった時代に
布教するポルトガル宣教師、
あえて苦しみを選ぶ村人たち。

幕府も宣教師も村人たちも皆
目的とするところが微妙にずれています。

ただひとついえることは
神は沈黙し続けるということ。
でも、人は何か大いなる存在を信じないことには生きにくいのですよね。






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沈黙 ―サイレンス―
監督/マーティン・スコセッシ、原作/遠藤周作、脚本/ジェイ・コックス、マーティン・スコセッシ、撮影/ロドリゴ・プリエト
出演
リーアム・ニーソン/フェレイラ、アンドリュー・ガーフィールド/ロドリゴ、アダム・ドライバー/ガルぺ、窪塚洋介/キチジロー、浅野忠信/通詞、イッセー尾形/井上筑後守、笈田ヨシ/村長、塚本信也/モキチ
2017年1月21日(土)全国ロードショー
2016年、アメリカ、英語、カラー、配給/KADOKAWA
http://chinmoku.jp/

by Mtonosama | 2017-01-20 07:32 | 映画 | Comments(4)

沈黙
―サイレンス―

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Copyright :(C) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved


1966年に刊行された遠藤周作の「沈黙」は2016年に50年を迎えました。

キリスト教徒である遠藤周作が
江戸時代の初め、長崎に繰り広げられたキリシタン弾圧を背景に、
神の沈黙を問いかけた作品です。

2016年はまた遠藤氏没後20年という年でした。

世界の20カ国以上で翻訳されたその「沈黙」が映画化されました。

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小学校4年生の頃、ひいばあちゃんに
「教会へ行って良い子になってきなさい」となぜか突然言われ、
毎週日曜は教会に行っていたとの。
実は、帰りにもらえるきれいなカードが楽しみだったのですけどね。
更に、中学高校とプロテスタント系の学校に通いました。
だから「沈黙」を読んだ時には、神様ってなんて意地悪なんだろうと幻滅したものです。
信者たちも拷問なんか受けてないで、さっさと踏み絵を踏んじゃえばいいのに、
と思ってもいました。

遠藤周作先生、ごめんなさい。
薄っぺらな読み方しかできなくて。

ですが、
本作を監督したマーティン・スコセッシは
少年時代にはカトリックの司祭になろうと考えていた程で
その人生も宗教への思いや習わしに囚われてきたといいます。
そして、1988年に「沈黙」と出会い、
28年を経てついに映画化を果たしました。

マーティン・スコセッシ監督
1943年ニューヨークのシチリア系イタリア移民の家に生まれる。
ニューヨークのリトル・イタリーで少年時代を過ごし、ニューヨーク大学で映画を専攻。
卒業後は母校の講師を務めながら、様々な映画関係の仕事をこなし、
72年「明日に処刑を…」で商業映画監督デビュー。
76年「タクシードライバー」でカンヌ映画祭グランプリを受賞。
主演のロバート・デ・ニーロとともにアメリカ映画の新世代を代表する存在に。
80年「レイジング・ブル」、
83年「キング・オブ・コメディ」、
90年「グッド・フェローズ」、
95年「カジノ」とデ・ニーロとともに傑作を連発、
最も重要な映画監督と称されるようになる。
02年レオナルド・ディカプリオを主演に迎えた「ギャング・オブ・ニューヨーク」、
04年「アビエイター」でアカデミー賞監督賞にノミネート。
06年「ディパーテッド」で作品賞と監督賞を受賞する。
自身初の試みとなった3D映画「ヒューゴの不思議な発明」(11)で
7度目の監督賞候補になった。
(映画・comより)

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本作『沈黙』は日本が舞台ですから、当然日本の俳優も登場します。
奉行所のしつらえや日本家屋の舞台設計なども
日本の技術アドバイザーや俳優たちが行っています。
だから、アメリカ人監督が日本を舞台にする場合にありがちな
妙に大味で不自然な建物は出てこないので
どうぞご安心ください。

日本の時代劇を外国人監督が撮るというのは
なんかちょっと不思議な感覚ですが、一体どんな作品になっているのでしょうか。

続きは次回までのお楽しみです。


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沈黙 ―サイレンス―
監督/マーティン・スコセッシ、原作/遠藤周作、脚本/ジェイ・コックス、マーティン・スコセッシ、撮影/ロドリゴ・プリエト
出演
リーアム・ニーソン/フェレイラ、アンドリュー・ガーフィールド/ロドリゴ、アダム・ドライバー/ガルぺ、窪塚洋介/キチジロー、浅野忠信/通詞、イッセー尾形/井上筑後守、笈田ヨシ/村長、塚本信也/モキチ
2017年1月21日(土)全国ロードショー
2016年、アメリカ、英語、カラー、配給/KADOKAWA
http://chinmoku.jp/

by Mtonosama | 2017-01-17 06:00 | 映画 | Comments(6)