倫敦から来た男 The Man from London
The Man from London
偉い映画評論家がこむつかしい映画に限って絶賛するのを疑問に思っていた殿です。
なのに、今回当試写室で上映するのはこの上なくこむつかしい作品です。
ごめんなさい。
そもそも、この映画を観たのは
原作が、ジョルジュ・シムノン作品であることにつられたからでして
ということはメグレ警視が快刀乱麻を断つ活躍をする映画かと
期待したからであります。
ところが、どうでしょう。
モノクローム画面のファーストシーンから
いきなり港に停泊する船が延々と映し出され
船腹が、霧に沈む街灯が、船から降り立つ乗客の黒い影が
無限とも思える長回しで続きます。
また、鉄道員である主人公マロワンの夜間勤務する制御塔が
湿った夜の闇に明るく浮かび上がっています。
この妙に印象的な建物が何度も何度も登場します。
これがまた妙に不安を誘う光景です。
タル・ベーラ監督はこの建物を出したくて
本作を撮影したのではないかと思いたくなるほど
1枚のエッチングのように心に残る建物です。
タル・ベーラ監督
1955年ハンガリーに生まれる。デビュー作「The Family Nest」(’77)でマンハイム国際映画祭グランプリを受賞。1994年には7時間半のモノクロ作品「サタンタンゴ」を世に問う。’00「ヴェルクマイスター・ハーモニー」でヴィレッジ・ボイス紙でデヴィッド・リンチ、ウォン・カーウァイに次ぐベスト・ディレクターに選ばれる。翌年7月、フランスのラ・ロッシェル国際映画祭で特集上映が行われ、ルーブル美術館では「サタンタンゴ」が上映された。同年秋にはニューヨーク近代美術館(MOMA)でも大規模な特集上映が開催される。
美術館で特集上映される監督さんでしたか。たしかに、芸術的な映画です。
メグレ警視など、どこにもいないし
サスペンス的な展開がないのも仕方ないのかも。
とにかくワンシーンが長い、したがって、展開が遅い。
まるで能のようなテンポだなあ、と思って観ていたら
なるほど、監督も脚本を担当したクラスナホルカイ・ラースローさんも
能がお好きなのだそうです。
小学生のころ、祖父から謡曲「紅葉狩」を習いました。
最初の一節はいまだに覚えていますが、こうです。
「時雨を急ぐ紅葉狩 時雨を急ぐ紅葉狩 深き山路を訪ねん」
これを「しぃぐぅれぇをぉいぃ~そ~ぐ~も~み~じ~が~~り~ …」
と謡うのです。
「倫敦から来た男」はこんな調子で進みます。
いつまで続くこのシーン、と辛抱強く観ていました。
その長回しこそが監督の狙いだったのでしょう。
とにかくワンシーン、ワンシーンが鮮烈に記憶にこびりついて離れません。
登場人物も、背景も、これでもか、とばかりにそぎ落とし
その分、カメラが向かった対象を延々と映し出します。
その顔がなにかを語りだすのをカメラを回しながら待っているかのようです。
ゆっくりとした動き、象徴化された演技、少ないセリフ。
まさに能であり、俳句です。
観客は、与えられたものを観ているだけでなく
積極的に係わることが要求されます。印象深い分、しんどい映画ではあります。
ストーリー
港に船がつくと乗客はそこから汽車に乗って各地に散っていきます。
鉄道員のマロワンは毎晩ガラスの制御塔から港と駅を見下ろしています。
ある夜、彼は倫敦から来た男が殺人を犯すのを見てしまいます。
殺された男のトランクは海に落ちていきました。
潮が干いたとき、マロワンはそのトランクを海から拾いあげます。
中からは大量の札束が。
彼はそれを同僚に告げることも、警察に届けることもせず
仕事場のロッカーに納めます。
朝が来ると仕事を終え、馴染みのカフェに寄って、家に向かう
いつものように繰り返される日々。
しかし、彼のなかで何かが静かに狂い始めていくのでした…
映画館の暗闇に身を任せていれば
スクリーンの方から勝手に飛び込んできてくれる映画と違って
こちらもじっくり対峙し、踏みこんでいくことを迫られる映画でした。
暗闇のなかで観る絵画、あるいは観る文学作品とでも呼ぶべき映画なのかもしれません。
倫敦から来た男
監督/タル・ベーラ、原作/ジョルジュ・シムノン、共同監督・編集/フラ二ツキー・アーグネシュ、脚本/クラスナホルカイ・ラースロー、タル・ベーラ、撮影/フレッド・ケルメン
出演
ミロスラヴ・クロボット/マロワン、ティルダ・スウィントン/マダム・マロワン、ボーク・エリカ/アンリエット(マロワンの娘)、デルジ・ヤーノシュ/ブラウン、レーナールト・イシュトヴァーン/刑事、スィルティシュ・アーギ/マダム・ブラウン
2007年、ハンガリー=ドイツ=フランス、138分、後援/駐日ハンガリー共和国大使館、ハンガリー政府観光局、配給/ビターズ・エンド、第60回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品、
12月12日(土)より、シアター・イメージフォーラム他、全国順次ロードショー、http://www.bitters.co.jp/london/
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・観る文学作品
くぅぅぅぅううううううううう。
美しすぎるぜ!
殿様の文章。
もうこれ以上書けません。
書くと感動が減っちゃうから。
この映画観ないでもいい。
殿様の文章だけでいい。
「ありがとう。。。」なんて、去っていく恋人のような(泣く)
能って苦手な日本人多いですよね。
だから、外国人が「能!ワンダフル!!」って言うの、
すごく不思議。
だんな様はいかがですか?
スクリーンの方から勝手に飛び込んできてくれる映画と違って
こちらもじっくり対峙し、踏みこんでいくことを迫られる映画でした。
って、ちょっと素人が書ける文章じゃあございません。
渋い!
しかし、印象からして、暗くてしんどそう・・・。
私もすっとこさんに同上。
殿様の文書だけでいいデス。
確かに暗いけど、
ほらゴヤの絵だって暗いではないですか!
あのノリですよ。
暗い部分もないと、人間、明るく生きられませんし。
ああ、みんな遠くに行ってしまうような…
置いていかないで~~~!
殿様を賛美してるんですよ。
紅葉狩り、
実はすっとこもちょびっとかじりました。
「はいをすすむる~~~~ば~ん~こ~のこーーえーーー」
みたいのがあったよ。
音痴なので破門されました・・・
というのはウソですが謡曲にも音階があるなんて!
自分から身を引きましたです。
戻ってきてくれたのね。ウ、ウ、ウ…ジュルー(鼻水すすってます)
すっとこさんも謡を習わされたので?
「はいをすすむるばんこのこえ」
すごい!殿はそんなところまで進む前にイヤになって逃亡しました。
初心者の謡曲は「紅葉狩」、仕舞は「熊野(ゆや)」と
決まっているのでしょうかね。
それにしても、毛色の違う2作ですね、前回の「カチン」とこの「男」。
「男」のほうは殿のストーリー紹介で十分堪能できる。
テラテラと光るような光と深い闇のコントラスト。
確かに息をのむ美しさだけど、これが延々ですかぁ・・・。
そして犯罪は闇に葬られるのですか?
この芸事は例によって殿の飽きやすさの証です。
いやでいやで、これをさぼるのにどれだけ苦労したか
教えてくれるのが祖父だから
家にこもって避けるってわけにゃいかないし。辛かったですぅ。
さて、映画の結末ですが、それは観てのお楽しみです^m^
そうそう、モノクロって新鮮ですね。
さらに、モノクロはただの白黒ではなく湿度があるということを
この映画は教えてくれます。
画像の鮮明な昔のヨーロッパ映画って感じです。
映画の王道はストーリーより画像なのかもしれません。
と、ふと思ったりした殿です。
え~~
たしなんだとまではいかないのです。バレエは2週間しか続かず
謡曲も祖父から逃げることしか考えていませんでしたから(;O;)
4枚のスチールを見ただけで、強烈な世界観がありますよね。
映画のスチール、というより、あるテーマのもと撮影されたモノクロの写真作品のような印象も受けました。
とても観たくなりましたよ。
ありがとうございます。
そうなんですよ。写真作品をプロジェクターで大写しにして
じっくり観てるっていう感じの映画です。
そこに時々セリフも入り
ノルマンジー地方の波や風の音も入り…
画像の素晴らしさが際立つ映画です。
この映画、美術館の展示室の真ん中に置かれた椅子に腰掛けて
お気に入りの作品を眺めているような感じでした。
ノルマンジーの冬の海は寒過ぎて猫はいなかったようですが。