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殿様の試写室

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殿が観た最新映画をいち早くお知らせ!

カテゴリ:映画( 1094 )

三毛猫ひかちゃん

-74-



あたし、ひかちゃん。



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なによ!


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今週はTVを観るのに忙しかったわ。

「華麗なる野生猫の世界」という番組でね、

いろんな子がいっぱい出てたのよ。

みんな狩りがうまくて尊敬しちゃった。




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ほら。



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あらま。



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じーーーっ。


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『アメリカ、アメリカ』も良かったわ。

エリア・カザン監督よ。


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家猫が「山猫」を観るの図よ。

なんたってヴィスコンティ監督よ。

クラウディア・カルディナーレって綺麗ねぇ。

あたしの好きな番組は

岩合さんだけじゃないの。

ま、守備範囲は広い方かしらね。



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ハワイよ。

って、うそ。

あのね、湘南にある市営プールなの。


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市民水泳大会っていうのがあってね、

飼い主が身の程知らずにも参加したのよ。

あ、この中にはいないわ。


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飼い主は夏の思い出作りができた、

なんて言ってるけど、散々な成績だったみたい。


あたしはなんでも知ってるんだから。


それにしても暑いわね。


大雨の被害を受けた皆さんは

この暑さで更に大変だと思いますが、

どうぞ、ご自愛ください。

ひかり


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by Mtonosama | 2018-07-19 07:01 | 映画 | Comments(0)

悲しみに、こんにちは

--


Summer 1993


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(C)2015, SUMMER 1993


ストーリー

1993年夏。

フリダはバルセロナの家で

大人たちが荷造りしている様子を

じっと見つめていた。


両親を亡くし、

独りぼっちになった彼女は

カタルーニャの田舎町へ引っ越し、

母の弟夫婦の許へ

ひきとられることになったのだ。

叔父と叔母、幼い従妹のアナは

フリダを家族の一員として

優しく迎え入れる。


だが、彼女は友達もたくさんいた

バルセロナが懐かしくてならない。

時折会いに来てくれる

祖父母たちの顔を見ると

一緒に帰りたくなるし、

母もいつか

迎えにくるような気がする。


叔父叔母が両親になり、

従妹のアナが妹になることは

そんなに簡単にはいかないようだ……


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映画はフリダが段ボールの積みあがる様子を

ぼんやりと眺め、

夜空を花火が彩る夜、

友達や祖父母に手を振る中、

叔父の運転する車に乗せられ

バルセロナを後にする様子から始まります。


フリダ自身も何が自分の身に起こっているか

わからないだろうし、

観客もまたどうしてこんなことに

なっているのかよくわからず

共にうろたえます。


叔父の家は山に囲まれた田舎町。

叔父も叔母も優しいし、

従妹のアナはフリダの後をついて歩く

可愛い子です。


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でも、村の人は

フリダが転んでケガをすると

自分の子を近づかせないようにするし、

叔母は嫌がる彼女を

血液検査に連れていきます。

「バルセロナでもやったのよ」と

フリーダは病院行きを拒みます。

でも、幸いなことに

以後、行く必要はなくなるのですが。


1993

もう四半世紀も昔です。

94年に治療薬が出るまでは

この病気は死の病でした。

キース・へリングもフレディ・マーキュリーも

ロック・ハドソンも

この病気で亡くなりました。


フリダの両親も新薬開発に

間に合わず亡くなりました。


世界中で大勢亡くなりましたが、

90年代初頭、

スペインでは21,000人が亡くなります。

スペインはヨーロッパでエイズ発症率が

一番高い国でした。


当時、スペインは長きにわたった

フランコ独裁政権が終り、

人々が自由を謳歌していた頃。


突然訪れた自由と解放感は

ドラッグを蔓延させることになり、

これがHIV感染の増加を引き起こしたのでした。


日本でもパニックじみた報道が

されていたことを覚えています。


治療薬ができたのは1994年。

フリダの両親は後一歩のところで

間に合いませんでした。


映画の中でも

神経質なまでに

この病気を恐れる人達が描かれています。


監督が生まれた1986年は

母子感染が30%にも上りました。

フリダが何度も血液検査を受けさせられたのは

そのせいだったのですね。


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第二の黒死病のようなものだったのでしょう。


とはいえ、フリダにはそんなことはわかりません。

いやがおうでも

新しい生活に馴染むしかありません。

叔父さんをパパと呼び、

叔母さんをママと呼び、

従妹のアナを妹と呼ぶ生活です。


「叔父さんたちはやっぱり

アナの方が可愛いんだろうな」


「マリアさまにお願いすれば

ママが迎えに来てくれるかな」


幼い頭で一生懸命新しい生活を

生きようとするフリダと

重い責任を負いつつも彼女を娘にしていく

若い叔父夫婦。


穏やかなカタルーニャの自然を背景にした

家族の物語です。



悲しみに、こんにちは

脚本・監督/カルラ・シモン、製作/バレリー・デルピエール、撮影/サンディアゴ・ラカ

出演

ライラ・アルティガス、パウラ・ロブレス、ブルーナ・クッシ、ダビド・ヴェルダグエル、フェルミ・レイザック

721日(土)、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

2017年、スペイン、カタルーニャ語、96分、日本語字幕/手束紀子、配給/太秦

http://kana-shimi.com/


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by Mtonosama | 2018-07-16 06:23 | 映画 | Comments(2)

悲しみに、こんにちは

--


Summer 1993


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(C)2015, SUMMER 1993


少女から大人になる時って

案外鮮明な記憶が

残っているような気がします。


遡り、幼児から少女になる時は

ただただ守られてきた時代から

自分でも何かを守ろうという気持ちが

生まれる時期でしょうか。


う~ん

昔のこと過ぎてよくわかりません。


ただ、

その時期に大事な人との別離を経験すると

その時間はことさら大切なものとして

心の奥底に刻まれるものなのでしょう。


そのことを表現しようとするのは

とても痛いことでしょうが。


本作の監督も20数年を経なければ

その時期を映像化できませんでした。


その時代の記憶は

薄い薄い硝子のようなものですから

壊れやすいし、

壊れれば

その破片は鋭く心に突き刺さります。



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監督はバルセロナ生まれのカルラ・シモン。


カルラ・シモン監督

1986年生まれ。

バルセロナ自治大学

オーディオビジュアル・コミュニケーション科

を卒業。

カリフォルニア大学で脚本と監督演出を学び、

2011年ロンドン・フィルム学校に入学。

在学中に制作した短編ドキュメンタリー

BORN POSITIVE

劇映画『LIPSTICK』は

多くの国際映画祭で上映された。

『悲しみに、こんにちは』は長編デビュー作。

ベルリン国際映画祭でプレミアム上映され、

新人監督賞、

ジェネレーションplus部門グランプリを受賞。

2013年、監督は子どもや10代の若者たちに

映画を教えるため”Young For Film!”をつくる。


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そんなシモン監督が描いたのは

幼女から少女になろうとするフリダの

1993年の夏のできごと。


そう、フリダは監督自身なのです。


さなぎから抜け出そうとする蝶の

痛みすら感じさせるような

フリダの新生のときを

カタルーニャの風景を舞台に描き出した本作は

ベルリン国際映画祭、

ゴヤ賞などの新人賞を受賞。

各国の映画祭でも話題を呼び、

2018年アカデミー賞のスペイン代表にも

選出されました。


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本作は監督の子供時代の思い出を

基に作られた映画です。


シモン監督は脚本も書いていますが、

脚本を書きながら、時々、

「私は何故自分の個人的なできごとを

他人に説明しなければならないの?」

と自問したそうです。


しかし、脚本を書くという作業を経て

様々な登場人物の視点に立ち

自分の子ども時代を

見つめ直すことができたとも言います。


自分が親になって初めて

親の気持ちがわかるとは

よく言われることです。


監督は脚本を書くことによって

大人の視点から子どもだった自分を

捉え返すことができたのかもしれません。


素朴なカタルーニャの風景、

可愛らしい子ども達、

おろおろと戸惑う大人たち、

血への恐怖――


さあ、彼女は子ども時代に

一体何を経験したのでしょう。



悲しみに、こんにちは

脚本・監督/カルラ・シモン、製作/バレリー・デルピエール、撮影/サンディアゴ・ラカ

出演

ライラ・アルティガス、パウラ・ロブレス、ブルーナ・クッシ、ダビド・ヴェルダグエル、フェルミ・レイザック

721日(土)、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

2017年、スペイン、カタルーニャ語、96分、日本語字幕/手束紀子、配給/太秦

http://kana-shimi.com/



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by Mtonosama | 2018-07-13 07:51 | 映画 | Comments(6)

人間機械

-2-


MACHINES


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(C)2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD


江戸川乱歩に

「人間椅子」という作品がありますが、

これは人間機械です。


人間が機械になってしまったような

おぞましい感じがあります。

もしかしたら

「人間椅子」よりも怖いかもしれません。


ラーフル・ジャイン監督は5歳の頃、

スーラトという町に祖父が所有していた

繊維工場を遊び場にしていました。

そうなんですね。

彼は本作に登場する労働者たちとは

違って富裕層に所属する人間です。


監督は撮影のため、多くの工場を訪ねる内に

自分の階級を意識するようになったそうです。

労働者たちは口を閉ざし、

自分について語ろうとはしませんでした。

彼が経営者側に属する人間だったからです。


映画の中にもそんなシーンがあり、

小心者の管理人は

「わ、こりゃ監督は辛かろう」と思いました。


それでも何人かの労働者は

自分が工場で働くことになった

いきさつを話しています。


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ストーリー

多くの機械が唸る暗くて複雑な迷路のような

工場の奥へとカメラは進む。

グジャラート州にある巨大な繊維工場。

カメラはそこに働く人々の姿をとらえ、

苛酷な労働、容赦ない貧富の差を映し出す。

1960年代からインド西部グジャラート州の

サチン地域では規制のないまま

工業化が進められた。

本作に描かれる前近代的な労働条件は

その証左である。


多くの子どもが労働に従事し、

組合もなく、残業時間は週7080時間を超える。

その殆どが無賃金あるいは低賃金である。


工場の幹部は言う。

「彼らにまともな賃金を与えても

酒とタバコに消え、

田舎の家族は路頭に迷うだけだ」


工場労働者は言う。

「組合は必要だ。だけど、誰が指導する?

代表者は殺される。

あんたがやってくれると言うなら良いさ」……


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国際労働機関によれば

世界中で2100万人が

強制労働の被害者とされています。

「世界奴隷指数」は

(オーストラリアの人権団体が発表)

3600万人にも達すると言われ、

その内半分がインドにいるとされています。


最近フェアトレードということが

良く言われますが、

フェアトレードとは

需要や市場価格の変動によって

生産者が不当に安い価格で買い叩かれたり、

恒常的な低賃金労働者が発生することを防ぎ、

また児童労働や貧困による乱開発という形での

環境破壊を防ぐことを目的としている。

最終的には

生産者・労働者の権利や知識、

技術の向上による自立を目指す。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1115767411


ああ、わかってはいるものの――


怖いのに、

理不尽なのに、

目を背けたいのに

腹が立つのに

天女が舞い降りてくるように

美しい布が生まれ、

褐色の筋肉が盛り上がって

材料を運搬する労働者の様子、

紗のような布を透して見る薄暗い明り

それらのなんと美しいことでしょう。


「実物を見るのは憚られても

それを描いた絵を見ることは喜びをもたらす」

アリストテレスの言葉です。


それにしても

1年に10億点もの新品の洋服が捨てられる日本…



人間機械

監督・脚本/ラーフル・ジャイン、撮影/ロドリゴ・トレホ・ヴィラヌエバ、製作/ラーフル・ジャイン、タナシス・カラサノス、イッカ・ヴェファカラハティ

7月21日(土)渋谷ユーロスペース他にて全国順次ロードショー

2016年、インド・ドイツ・フィンランド、カラー、71分、日本語字幕/岡崎真紀子、配給/株式会社アイ・ヴィー・シー



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by Mtonosama | 2018-07-10 08:53 | 映画 | Comments(4)

人間機械

--


MACHINES


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(C)2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD


先日、朝日新聞に

「捨てられる新品の服『年10億点』」

という見出しが躍っていました。

大手通販業者や若者に人気のブランドの

商品などの新品が売れ残り、

倉庫に山積みになっているのだそうです。

大阪市の在庫処分業者の倉庫には

売れ残った、少しほつれていた、等

理由は様々ながら、

一度も売り場に並ばなかった服さえ

アパレル業者や工場等から

年間500万点が持ち込まれ、

これらは定価の1718%で売られます。


安くても売れていくならまだいいのですが、

銀座に出店する有名ブランドなどは

売れ残りの商品をすべて破砕して焼却するよう

依頼し、1点ずつの証拠写真も

求めるのだそうです。

(朝日新聞7/3付け朝刊より)


エーッ!

あの数万円以上の洋服が

誰も手を通してないのに切り刻まれ、

燃やされてしまうのですか?

エーッ!


というショックも消えない74日に観たのが

本作『人間機械』でした。


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スクリーンに映し出される巨大な工場。

薄暗い工場内を更に薄暗くする

濛々とした蒸気。

そして膨大な量の布。


インド北西部グジャラート州にある

巨大な繊維工場がこの作品の舞台です。


インドは、衣料品用の天然繊維・化学繊維ともに

世界第2位の繊維大国で、

繊維アパレル産業は

10%を占める基幹産業のひとつです。

2016年の統計によると

繊維アパレル産業の雇用者数は

直接雇用で約4500万人

間接雇用で約1億人とのこと。


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綿花の発祥の地であるインドは

植民地時代に綿花の栽培と綿花・綿糸の

製造が産業として定着しました。


独立後のインドでは

手工業や小規模産業を保護するため、

近代的大規模工場が規制されたので、

多くの中小企業が繊維産業を担っています。

ただ、近年、成長著しいアパレル産業では

大企業の進出が認められ、

ポリエステルの糸・繊維製品の製造も盛んで

本作に登場するのもそんな工場です。


そうした工場で働くのは

出稼ぎ労働者。

家族を故郷に置いて働きに来ている人々です。

そして、子ども達。

一日12時間に及ぶ苛酷な労働。

それは子どもの働き手も同様です。


今インドは凄まじい経済成長を遂げています。

英語人口が多いだけ、ビジネス面でも

労働力の面でも中国を凌駕するのではないか、

という話も聞いたことがあります。


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しかし、

映画の舞台である繊維工場に

入ったカメラがとらえるのは

そんなきれいごととは程遠い世界。

古くて不潔で薄暗い工場では

紡績機や製織機の立てる轟音の中で

子どもを含む多くの労働者が働いています。


監督はニューデリー出身の

ラーフル・ジャイン。

本作がデビュー作です。


さあ、一体どんな作品でしょうか。

続きは次回まで乞うご期待でございます。



人間機械

監督・脚本/ラーフル・ジャイン、撮影/ロドリゴ・トレホ・ヴィラヌエバ、製作/ラーフル・ジャイン、タナシス・カラサノス、イッカ・ヴェファカラハティ

7月21日(土)渋谷ユーロスペース他にて全国順次ロードショー

2016年、インド・ドイツ・フィンランド、カラー、71分、日本語字幕/岡崎真紀子、配給/株式会社アイ・ヴィー・シー



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by Mtonosama | 2018-07-07 06:10 | 映画 | Comments(8)

ヒトラーを欺いた黄色い星

--


Die Unsichtbaren

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(C)2016 LOOK! Filmproduktion / CINE PLUS Filmproduktion (C)PeterHartwig



ストーリー


19432月、

強制労働のためベルリンに残された

すべてのユダヤ人が逮捕され、

ナチス宣伝相ゲッベルスは首都ベルリンから

ユダヤ人は一掃されたと宣言する。


だが、実際には7000人に及ぶユダヤ人が潜伏し、

最終的には約1500人が

あの悲惨な戦争と迫害を生き延びたのだ。

これはその内の4人の物語である。


ツィオマ・シェーンハウス

戦争当時20歳だったツィオマは移送命令を受け

両親と共に集合場所へ向かう。

その移送担当官に対し

「工場へ戻るように言われている」と

咄嗟に嘘をつき、収容所行きを回避できた。

だが、両親とは永遠の別れとなり、

たったひとりになった彼は

出征間際のドイツ兵士になりすまし、

ベルリン市内の空き部屋を転々とすることに。


20軒の空き家を移動した後、

親切な家主に出会い、

落ち着くことができたツィオマは

ユダヤ人を支援するドイツ人カウフマンから

依頼を受け、

ユダヤ人向け身分証の偽造を行うように。


友人から人目につかない作業場を紹介され、

多くのユダヤ人を救うこの仕事に専念。

しかし、

不注意によるトラブルから指名手配され、

新たな潜伏先に向かうのだった――


ルート・アルント

1942年に潜伏を始めた時は20歳。

ユダヤ人はダンスホールへの出入りが

禁じられていたので、

友人宅でダンスを楽しんでいた彼女も

ユダヤ人弾圧の激化から潜伏を模索。

彼女とその家族を最初に匿ったのは

医師であるルートの父親を

娘の恩人として敬うゲール夫人だった。


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いつ逮捕されるかわからない不安の中、

彼女は友人のエレンと戦争未亡人を装って

外出するようになる。

だが、隠れ家を失った彼女たちは

凍てつく街を彷徨い歩くことに。

立ち止まることは逮捕を意味した。

やがて、ナチ国防軍のヴェーレン大佐の

邸宅でメイドの職を得る。

連日、贅沢なパーティを開く大佐は

彼女たちがユダヤ人だと気づきながらも

なぜか彼女たちに仕事を与え、

守ってくれるのだった――


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オイゲン・フリーデ

1943年に潜伏を開始した時は16歳。

母親の再婚相手がドイツ人だったため

彼は家族の中でただ一人、ユダヤの黄色い星を

身につけなくてはならなかった。


両親と別れて潜伏することになった彼は

共産主義者の一家に匿われ、

その家の娘に恋をする。

だが、そんな日々は長くは続かなかった。

ベルリン郊外に住む活動家ヴィンクラ―の家に

引き取られた彼は

周囲に怪しまれないようにと

ヒットラー・ユーゲントの制服を与えられた。


ある日、

テレージエンシュタットの収容所から

脱出してきたヴェルナーが

ヴィンクラ―宅に身を寄せ、

ユダヤ人虐殺の怖ろしい実態を語る。

それを聞いたオイゲンは

ヴィンクラーやヴェルナーによる反ナチ活動を

手伝うのだが、ヴィンクラ―達は逮捕され、

オイゲンの許にも

ゲシュタポの手が伸びてくる――


ハン二・レヴィ

1943年に潜伏開始。当時17歳。

両親を亡くし、知り合いのユダヤ人一家と

暮らしていたみなしごのハン二。

彼女は一人収容所行を免れ、身一つで家を出た。

母の友人を頼り、偽名を使い、

美容院で髪を金色に染め、別人になる。


ある日、

ハン二に好意を寄せるその男性は

間もなく戦地に向かうことになっており、

映画館の窓口係をしている母親の

話し相手になってほしいという。


男性の母親に

「私はユダヤ人で逃げ場がありません」

と伝えるハン二。

するとその母親は自宅に匿ってくれた。

やがて、戦争が終わりに近づく中、

ベルリンに侵攻したソ連兵が

二人の前に現れて……


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映画撮影時は90歳になろうという4人が

インタビューに答えます。

そして

彼らの直面した日々は映画で再現されます。


彼らに残虐な仕打ちをする体制があり、

傷つけ、密告するドイツ人がいた一方で

命を賭して、あるいは豊かな愛情で

彼らを受け入れるドイツ人がいたことに

安堵感を覚えます。


イスラエルの国立ホロコースト記念施設

ヤド・ヴァシェムはユダヤ人を助けた人々を

「諸国民の中の正義の人々」として

顕彰していますが、約600人のドイツ人が

正義の人として認定を受けています。

彼らが知られるようになったのも

生き残ったユダヤ人が救済者に対する

認定を求めたからだということです。


 


ヒトラーを欺いた黄色の星

監督/クラウス・レーフレ、脚本/クラウス・レーフレ、アレハンドラ・ロペス、プロデューサー/クラウス・レーフレ、フランク・エヴァース、撮影/イェルク・ヴィトマ―

出演

マックス・マウフ/ツィオマ・シェーンハウス、アリス・ドワイヤー/ハン二・レヴィ、ルビー・O・フィー/ルート・アルント、アーロン・アルタラス/オイゲン・フリーデ、ヴィクトリア・シュルツ/エレン・レヴィンスキー

728()よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー

2017年、ドイツ、ドイツ語、111分、日本語字幕/吉川美奈子、配給/アルバトロス・フィルム、http://hittler-kiiroihoshi.com/


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by Mtonosama | 2018-07-04 05:28 | 映画 | Comments(2)

ヒトラーを欺いた黄色い星


-1-


Die Unsichtbaren

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(C)2016 LOOK! Filmproduktion / CINE PLUS Filmproduktion (C)PeterHartwig


映画は多くの知らなかったことを教えてくれます。

本作『ヒトラーを欺いた黄色い星』も

そんな映画です。


第二次世界大戦下

600万人ものユダヤ人が

1941年から45年にかけて

ナチスによって虐殺されました。


1943619日ナチス宣伝相ゲッベルスは

ベルリンからユダヤ人一掃と正式に宣言――


ところが

その時点でも約7000人ものユダヤ人が

ベルリン各地に潜伏し、

最終的には約1500人が

戦争終結まで生き延びたのです。



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ナチスによる凄まじい迫害と監視体制の中

彼らはどのような思いで

また

どのようにして

住処や食料を確保し

ゲシュタポの手や密告者の目から

身を隠してきたのでしょう。


これまでにも

地下水道などに身を潜めるユダヤ人を

描いた映画を観たことはあります。


本作では

4人の生存者に焦点を当てて

彼らへのインタビューと

俳優の演じる映画を組み合わせ、

真に迫るサバイバルストーリーを

描き出しました。


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監督はTV向けの長編ドキュメンタリーを

数多く発表しているクラウス・レーフレ。

この映画も

ナチスの諜報活動に使われた娼館について

テレビドキュメンタリーを製作した時に

ユダヤ人女性が偽の身分証明書でそこに隠れていたことを

知ったのがきっかけとなって生まれました。


そこで共同製作者と調べ始めたところ

194310月から454月までの間に

7000人ものユダヤ人が潜伏しようとし、

1500人もの人が生き残っていたことが判明したのです。


そして

彼らが生き残るには

彼らの運はもちろん

危機に際しての知恵の働かせ方や

ベルリン市民の善意も大きく働いていました。


ここに登場する生存者は

ツィオマ・シェーンハウス

男性/1942年潜伏開始、当時20

ルート・アルント

女性/1942年潜伏開始、当時20

オイゲン・フリーデ

男性/1943年に潜伏開始、当時16

ハン二・レヴィ

女性/1943年に潜伏開始、当時17


194110月、

ドイツ国内からユダヤ人の海外移住が

禁止されると同時に

絶滅収容所への移送が始まりました。

その先にどんな運命が待っているかは

まだ知らなかったにしても

既に全財産を没収され、

胸にはあの黄色い星をつけられ、

警察の監視下にあった彼らにとっては

最も恐れることが

現実になりつつあることは

ひしひしと感じられていたことでしょう。


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そんな中、7000人もの人が

死を覚悟で潜伏する道を選びました。



とどまることも死、

潜伏も死と隣り合わせの危険――


なんと厳しい現実でしょう。


7000人の人が厳しい決断をし、

そして1500人の人が生き残りました。


本作に登場する4人は

どんな日々を送ったのでしょうか。


続きは次回までお待ちください。

乞うご期待でございます。



ヒトラーを欺いた黄色の星

監督/クラウス・レーフレ、脚本/クラウス・レーフレ、アレハンドラ・ロペス、プロデューサー/クラウス・レーフレ、フランク・エヴァース、撮影/イェルク・ヴィトマ―

出演

マックス・マウフ/ツィオマ・シェーンハウス、アリス・ドワイヤー/ハン二・レヴィ、ルビー・O・フィー/ルート・アルント、アーロン・アルタラス/オイゲン・フリーデ、ヴィクトリア・シュルツ/エレン・レヴィンスキー

728()よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー

2017年、ドイツ、ドイツ語、111分、日本語字幕/吉川美奈子、配給/アルバトロス・フィルム、http://hittler-kiiroihoshi.com/



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by Mtonosama | 2018-07-01 05:56 | 映画 | Comments(12)

三毛猫ひかちゃん

-73-



あたし、ひかちゃん。


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あ、間違えちゃったわ。


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なによ。

寝ぼけたのよ。

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この子だって飼い主さんのお裾分けが欲しくって

よだれをいっぱい垂らしてるのよ。


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ぶっとい脚のこの人は

ほっそい犬を連れて台の上に立ってたわ。

あら、西郷さんっていうの?

上野は犬が似合う場所なのね。


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あら、何かしら?


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なんなのこれ。

え~~っ!

灯台の電気なの?

観音崎灯台ですって!?

飼い主は日本最初の洋式灯台だから

狭くって

良い写真が撮れなかったって言ってるわ。

でも、良い写真なんて

これまでに撮ったことなんてないじゃないねえ。



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雨のアジサイも道路ばっかり写ってるし。


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呆れて舌が出ちゃった。



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寝るが一番よ。


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ふう、極楽、極楽…



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わたくしも咲いておりますわ。

ひかり

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by Mtonosama | 2018-06-28 06:07 | 映画 | Comments(8)

乱世備忘

僕らの雨傘運動

-2-

亂世備忘(Yellowing)


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(C)2016Ying E Chi All Rights Reserved.



2014年は香港の雨傘運動の他に

台湾・ひまわり運動、

日本・SEALDsなど

同時多発的にアジアの学生運動が

盛り上がった年でした。


ううう

この言葉、老いた血が騒ぎますのじゃ。


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台湾・ひまわり運動

2013621日、馬英九政府が

中国と「台湾・中国サービス貿易協定」

に調印したことを突然発表。

この協定は国民には何も説明されることなく、

不透明なまま調印される。

協定の中には

台湾の国家安全を脅かす内容が含まれていた。

だが、与党・国民党が立法院(国会)

過半数を占めてい大変馬政府は

2014317日、採決を強行。

怒りと不満を爆発させた学生たちは

18日の夜、立法院に突入し、占拠。

この立法院占拠は

多くの一般市民や学生の支持を得た。

太陽花学連ともいう。

http://himawariundo.wixsite.com/himawariundo


SEALD

SEALDsの前身団体SASPL

「特殊秘密保護法に反対する学生有志の会」

Students Against Secret Protection Law)は

2次安倍内閣によって

提出された特定秘密保護法が

参議院本会議で可決された2013126

同法の成立以前から学内勉強会を

開催していた首都圏の大学生が

発起人となって設立された。

SASPL201421日に

特定秘密保護法に反対するデモを開始し、

同法が施行された1210日の

首相官邸前デモを最後に解散。

その後、201553日、

阿部首相の政権運営や憲法観に

危機意識を持った学生たちが

SASPLの後続団体としてSEALDsを発足させた。

「自由と民主主義のための学生緊急行動」

Students Emergency Action for Liberal Democracy-s)

20155月から翌年8月まで活動。

Wikipediaより)



SEALDsが活動を終える時、

喪失感を覚えたものでした。

台湾や香港では

運動に参加していた若者たちは

政治家への道を選び、

政党を結成しましたが、

日本では民間の立場からのアプローチを

探る人が多いということです。


それにしても2014年、ほぼ同時期に

アジアの若者たちが決起したことは

非常に意義深いし、

世の中も捨てたものではないな、

と思えます。


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ストーリー

僕の生まれる前、

1997年、香港が中国に

返還されることが決まった。

僕とは監督のことだ。


2014年、香港には民主主義はない。

若者たちは自分達で香港の代表を選ぶ

「真の普通選挙」を求めて、街を占拠した。

同じ香港人である警察官たちから

撃ち込まれる催涙弾や放水に

若者たちは雨傘を拡げて抵抗した。


僕はカメラを持ってデモに向かう。

僕は街頭で大学生のレイチェルやラッキー、

仕事を終えてデモに駆けつける建築業のユウ、

授業後、1人でデモにやってきた

中学生のレイチェルたちに出会った。

香港の街が若者たちに占拠され、

道路にテント村が出現した。


テントを設営し、水を運び、

夜になれば路上に眠る。

討論をし、笑い、共に何かを作り出す。

こんな香港を僕のこれまでの人生の中で

見たことが無かった。


僕たちが香港の未来を求めた79日間の記録だ…


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やがてテントは撤去され、

多くの若者たちが79日間を過ごした名残は

ブルドーザーによって跡形もなく

取り払われます。


しかし、

これで終わりということは決してありません。


確かに香港の若い政治家たちは

逮捕されたり、逆風にさらされています。


でも、皆さん、みていてください。

運動は連動します。

香港はこのままではいない筈です。


いま、若い人にとっても

あの頃、若かった人にとっても

必見の映画です。





乱世備忘

監督/陳梓桓(チャン・ジーウン)、エグゼクティブプロデューサー/崔允信(ヴィンセント・チュイ)、プロデューサー/任硯聰(ピーター・ヤム)、陳梓桓(チャン・ジーウン)

出演

ラッキー(23)、レイチェル(19)、フォン(19)、ユウ(25)、レイチェル(16)

714()よりポレポレ東中野ほか全国順次公開

2016年、香港、カラー、128分、配給/太秦、http://www.amagasa2018.com


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by Mtonosama | 2018-06-25 07:14 | 映画 | Comments(2)

乱世備忘

僕らの雨傘運動

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亂世備忘(Yellowing)


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(C)2016 Ying E Chi All RightsReserved.



若い人たちが状況を変えようと、

どこからともなく集まり

意見を出し合い、

行動を起こす姿には無条件で感動します。

150歳は血沸き肉躍る興奮状態に

突入してしまいます。


でも、そんな風に

ただ興奮するだけの150歳と違って

彼らは運動を組織化する力も持っていました。

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香港、2014926

香港の高校生や大学生が中心となり、

「真の普通選挙」を求めて

行われた雨傘運動。

香港の目抜き通りを黄色い傘が

埋め尽くしたあの光景を思い起こされる方は

多いのではないでしょうか。


1997年の香港返還以降に育った彼らが

一国二制度に基づいて保証された

高度な自治が揺るがされているのを

目の当たりにし

「香港人」としてのアイデンティティを

強く意識することで沸き起こった運動です。


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1997年香港が中国に返還されて以降、

中国の影響力が強まり、

香港の自治は揺らぎ始めていました。


本当なら

2017年香港特別行政区行政長官選挙から

1人1票の普通選挙が導入される予定でした。


しかし、2014831日、

中国全国人民代表大会常務委員会は

「指名委員会」が認める以外の行政長官候補は

選挙に出馬できないと決定しました。


これは事実上

民主派を選挙から締め出したことになります。


このことに抗議する高校生と学生が

926

授業をボイコットし、

普通選挙を求めるデモを行いました。

そして

(アドミ)(ラリティ)銅鑼(コーズウェイ)(ベイ)(モン)(コック)などの街を

占拠したのです。


その時、彼らが黄色い雨傘で

機動隊の放水や催涙弾から身を守ったことから

その運動は雨傘運動と呼ばれました。

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当時27歳だった本作の監督・陳梓桓(チャン・ジーウン)

デモの前線でカメラを回していました。

街で出会った若者たちと共に行動し、

機動隊への怒りや恐怖を感じました。


そう!

彼らと寄り添うことで

その情熱と真摯さと優しさを

監督自身も運動の中からの視点で描いた

ドキュメンタリーなのです。


陳梓桓(チャン・ジーウン)監督

1987年生まれ

政策研究の学位取得後、

香港バプテスト大学で映画制作を学ぶ。

本作が長編デビュー作。

2013年『香港人不知道的』

2014年『表象および意志としての雨』

2016年『乱世備忘』


東京都の半分ほどの土地に

700万人の人々が暮らす香港。

正式名称は「中華人民共和国香港特別行政区」。


その名は「香木の輸入港だった」ことに

由来すると言われています。


かつて香港には中国大陸、台湾から

逃れてきた人が集まっていました。


そして、後には

自由な生活を求め、

国外への移住を夢見た

香港人たちもいました。


しかし、本作に登場する世代は

イギリス植民地時代を経て

中国に返還された香港で育ち、

「香港人」としての

強いアイデンティティを持った世代です。


さあ、雨傘運動は

いったいどんなものだったのでしょう。


TVで見たあの黄色い傘の下には

どんな闘いと青春があったのでしょう。


続きは次回まで乞うご期待でございますよ。



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6月22日に更新しました。
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乱世備忘

監督/陳梓桓(チャン・ジーウン)、エグゼクティブプロデューサー/崔允信(ヴィンセント・チュイ)、プロデューサー/任硯聰(ピーター・ヤム)、陳梓桓(チャン・ジーウン)

出演

ラッキー(23)、レイチェル(19)、フォン(19)、ユウ(25)、レイチェル(16)

714()よりポレポレ東中野ほか全国順次公開

2016年、香港、カラー、128分、配給/太秦、http://www.amagasa2018.com



by Mtonosama | 2018-06-22 09:02 | 映画 | Comments(6)